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仙台からのJR一周

 早春、といっても、まだ雪の残る東北を訪れた。
 投宿した仙台から、日帰りでJR線にぐるっと乗る旅に出ることにした。

 朝、仙台駅に行ってみると、下り臨時快速「リゾートみのり」新庄(しんじょう)行の発車案内が出ていて、これに乗ろうとする人がホームにぽつんぽつんと立っている。
 「リゾートみのり」は、JR東日本があちこちの線区で走らせているリゾート列車の一つで、仙台という主要駅から出るので、そのなかでも比較的乗りやすいものだろう。しかし、わたしはこれには乗らない。帰りに上りに乗ろうと思っている。

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 「リゾートみのり」の車輌が入線する様子とその車内を眺め、帰りの「下見」をしてから、わたしは仙山(せんざん)線のホームに移った。

 山形行普通電車は、6輌編成である。地方線区としてはかなり長い。朝の下りなので、そんなに込まず、ボックスを独占できた。
 以前の仙山線は、その名のとおり仙台と山形とを直結する動脈で、快速電車が毎時一本程度走っていた。が、近年は直行客をすっかり高速バスに奪われ、普通電車、それも区間運転の便を増発する傾向にある。快速は今でもあるが、以前より本数は減ったし、停車駅も増え、一部区間だけを快速運転する便も多く、かつてのようなノンストップ快速などはない。仙台近郊の通勤通学路線としての使命が重くなってきたのである。
 発車して暫くは、東の方に向かう東北線に並行する。やがてそれと別れ、急カーブで西へ転じる。こういう遠回りをしているのは、主に距離を稼いで勾配を緩和するためだろう。仙台中心市街の北に構える山に登っていくのである。
 都市間連絡を旨としていた頃は、市街といえども駅は設けていなかったが、すぐに東照宮(とうしょうぐう)に停まる。その次が地下鉄と連絡する北(きた)仙台、山間の住宅地の中に北山(きたやま)・東北福祉大前・国見(くにみ)・葛岡(くずおか)、と続き、頻繁に停まる。このあたりの駅間は、都市部の私鉄なみの1~2㎞程度で、北仙台以外は昭和末期から平成にかけて新設された駅ばかりである。東北福祉大前など、急勾配の途中にあってホームが坂になっている。
 少し駅間が広くなって、愛子(あやし)に着く。ここもまだ拡大した仙台市街の続きと言っていい所で、駅前には仙台市バスも発着するのだが、普通電車の半数以上がここで折返す。つまり、仙山線は今や「市内電車」なのである。そう思って見ると、赤と緑のラインが入った電車は、かつての仙台市電の色合いに似ていなくもない。
 住宅は少なくなり、本格的な山地に入っていく。雪も深くなった。少しだけ平地が現れ、左手にニッカウヰスキーの工場が見えると、間もなく作並(さくなみ)である。温泉の入口の駅で、ちょっとそういう雰囲気を演出したホームだ。温泉帰りらしい客も立っているが、ほとんどがここで交換する仙台行に乗るようだ。
 県境の山に挑み、長いトンネルを抜けると、山形県側最初の駅である面白山高原(おもしろやまこうげん)に停まる。駅のすぐそばがスキー場になっていて、駅舎も山小屋風である。スキー場は現在営業休止になっているが、学生のグループが降りた。合宿所のようなものは使われているのだろうか。クルマの道が通じていない所で、列車で来るしかない、閉ざされた土地である。
 芭蕉(ばしょう)の句で知られる立石寺(りっしゃくじ)に近い山寺(やまでら)に停まると、山地から解放される。高瀬(たかせ)からは山形市への用務客が乗りはじめ、羽前千歳(うぜんちとせ)の手前で右側から来た奥羽線に合流して南に向かうことになる。奥羽線は山形新幹線の通り道でもあるから標準軌、この仙山線は狭軌、とレールの幅が違う。だから、合流と言っても、単線の両線が並列するだけである。羽前千歳の駅は、その両線がホームを挟む形で、同ホームでの乗換えができる。
 駅を出た所で、両線が平面交叉して左右入れ替わり、狭軌の線路が西側に出る。次の北(きた)山形で西側から狭軌の左沢(あてらざわ)線が合流してくるし、さらにその次の山形駅も、東側にある駅舎に近い方を新幹線の発着ホームにしているからである。標準軌・狭軌ともさほど列車本数がないからだろうが、平面交叉という簡便な方法で互いをかわす。なにか日本の鉄道らしからぬおおらかさを感じる。

 山形からは奥羽線の下り普通電車、つまり標準軌の車輌に乗ることになるので、発車案内を確認する。
 山形駅のホームの使い方は、大変分かりやすい。同じ方面の列車は必ず同じホームから発車するようにしているのである。余所者も迷うことがない。ここでの折返し列車が大半だからできることだろうが、他の主要駅でも見倣ってほしいものである。
 新幹線特急も走る主要路線ではあるが、普通電車に関しては、クラブ帰りの高校生主体の通学路線の様相で、仙山線よりも却ってローカル色が濃い。
 駅毎に高校生が降りていき、山形市を外れた所が、山形空港に近い神町(じんまち)である。ここからは東根(ひがしね)市に入り、新幹線停車駅のさくらんぼ東根に着く。ホームに新幹線と普通電車の乗車位置が並んでペイントされている様は、たまにしか訪れないからだが今だに見慣れない。
 その二つ先の村山(むらやま)がこの電車の終点である。ここで途中下車する。

 このあたりは雛祭りが派手やかな土地であり、村山市がその中心だ。駅の近くには「甑葉(こしきば)プラザ」という地域の拠点施設があり、そこで雛祭り展をやっているというので、見に行くことにする。他にも市内随所で雛飾りを施しているそうだ。
 なるほどホールいっぱいにひな人形が飾ってあり、これだけの規模のものを見たことはない。一つ一つの人形を鑑賞する余裕はないが、これは圧倒されればそれでよいのであろう。

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 お雛さまのシーズンとはいえ、道は雪を踏まねばならないし、きつい風が粉雪を常に吹きつけてくる。わたしは、悪寒をおぼえ、喉も痛くなってきた。駅から甑葉プラザまでの数百メートルを往復するだけで、風邪をひいたかもしれない。
 駅に戻ると、待合室にあるそば屋に、「全国駅そばベスト30第3位」という貼紙がある。温かいものは欲しいし、さっき山形で昼食をとったばかりなのに、気がつくとわたしはかけそばを注文していた。しっかりとした歯応えのある濃い味の麺で、出汁も香ばしささえ感じさせる深みがある。漬物が添えられているのがユニークだ。待合室にはテーブル付の席があり、自由に使っていいから、カフェを兼ねる。人心地着く。

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 後続の新庄行普通電車で、大石田(おおいしだ)などを経て新庄に着く。新庄は、国鉄乗りつぶしをしていた頃、そして最長片道切符の時を含め、何度か乗り降りした懐かしい駅である。しかし、改札を出てみると、山形新幹線が乗入れる時に大改装したとみえ、往時の面影は全くなかった。近代的な駅舎が、地域の交流センターらしい施設と棟続きになっている。
 ただ、ホームに面して「よくきてけっだじゅー」という横断幕が掲げられているのは、心和む。

 ここからは、陸羽東(りくうとう)線・東北線経由の上り臨時快速「リゾートみのり」で仙台に戻る。
 リゾート列車の割にはいかめしい前面デザインのディーゼルカーが停まっている。車内は絨毯敷きで、運転室後ろにはフリースペースとしての展望シートがある。座席は全車指定で、特急と同じかそれ以上の居住性を備えたリクライニングシートが並び、車端部には一人席もある。
 発車して次の駅が南新庄だが、ここまでは奥羽線と並行している。ただし奥羽線にはホームがなく列車は止まらないので、乗換えは新庄でということになる。ぐいと東に折れて奥羽線と別れ、早速にも山越えにかかる。せっかくの前面展望だが、ヘルメットを被った保線係員が運転室に便乗しているので、前が遮られている。どうせ見えるといっても白い山肌のみだが。  

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 山中のちょっとした平地を用いて設けられた小駅が続く。列車本数も交換できる駅も少ない。かつては急行が走っていたし、一時期は夜中ながらブルートレイン(寝台列車)もこの線を経由していたのだが、今は凡たるローカル線だ。
 峠を越えた所にある瀬見(せみ)温泉に停車する。全国的な知名度はないものの、平泉に逃れる途中の義経(よしつね)と弁慶(べんけい)によって発見された、と伝えられる由緒ある湯であり、天皇の山形行幸の際にもお泊まりの宿に選ばれるという。
 ここは最上町(もがみまち)である。最上川の本流に沿っていないのに最上町というのは奇異だが、この地方ではそれでうまく通じているのだろう。比較的大きな盆地の中心に最上駅があり、ここにも停まって下り普通列車と交換する。
 再び峠越えにかかろうという赤倉(あかくら)温泉駅停車、これも、特に西日本の人間からすると、新潟県のスキー場を想起する名だが、あちらには赤倉という駅はない。峠の分水嶺近くには、その立地を現した名の堺田(さかいだ)駅があるが、この列車は停まらない。ここからは宮城県に戻る。
 中山平(なかやまだいら)温泉を出て坂道を下る。北上川(きたかみがわ)の支流がなした鳴子(なるこ)峡が並行する。列車からは一部しか見えないが、見えそうな所では徐行してくれる。
 鳴子温泉に着く。「温泉」の付く駅が多いのは、火山帯を横切っている証であろうか。ここで、かなりの客が乗り込んできて、八割程度の席が埋まった。新庄まで足を伸ばしているのはついでであって、「リゾートみのり」の主たる目的地はこの鳴子温泉のようである。両側から来る普通列車も、ここで大半が折返しとなる。
 次の鳴子御殿湯(ごてんゆ)も温泉に由来する駅名で、立派な木造駅舎がある。温泉関係の駅はともかく停まることにしているようだ。
 発車して緩い下り勾配をニュートラルで等速直線運動を続けるディーゼルカーは、なんとも心地よい。レールの規則正しく軽快なジョイント音をパーカッションに、わたしの脳内では、なぜか「ヘビーローテーション」のサビが繰返し流れはじめ、これがずっと続いてほしかったが、列車は有備館(ゆうびかん)の手前で減速した。
 有備館は仙台藩の学問所で、現存する最古の学校建築なのだそうだ。それで観光地となっていてこの列車も停まる。その次の岩出山(いわでやま)は、伊達(だて)氏が居城としていた所である。
 ようやく山から抜け出し、左側に平野が広がる。南から東へ向きが変わると、間もなく古川(ふるかわ)である。ここで新幹線に乗換えて東京・盛岡方面に帰る客もあり、半分弱が下車する。
 列車は小牛田(こごた)から東北線に入り、ノンストップで仙台に向かう。急ぎすぎないディーゼルカーの走りぶりのおかげで、夕闇の松島(まつしま)も十分眺めることができる。

(2012年3月乗車)

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