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2013年4月27日

各駅停車の指定席

 列車の指定席といえば、特急や観光列車、というイメージがあるが、地域密着形の各駅停車に指定席車が連結されている、という珍しいケースがある。
 この夏、東京に行く途上にこの列車を組み入れてみた。

 直江津(なおえつ)から「妙高(みょうこう)8号」長野行に乗ることにする。「妙高」は、長野新幹線が開業した時、フィーダー列車として、長野(ながの)~直江津間に設定された快速列車だった。それまで上野~直江津間を直通運転していた旧・特急「あさま」や「白山(はくさん)」に代わるものであったため、快速ながら特急形車輌(旧・「あさま」に使用されていたもの)で運転され、指定席も設けられたのである。

 
 しかし、一般的な傾向として、列車の停車駅は増えることはあっても減ることは少ない。設定当時は特急なみに通過運転する便が多かったが、次第に停車駅が追加されていった。特急料金なしで乗れる列車だから、当然ながら、利用するのは新幹線との乗継ぎ客だけでなく、地元の用務・通勤通学客の方が多くなる。それなら、多くの駅に停めた方が、より多くの客の利便性を高める。
 しかも、この区間の信越本線はほとんどの区間が単線である。設定できる列車本数が限られる。そのなかで普通列車と快速列車とを走らせるより、普通列車に統一した方が、フリークエンシーが得られ、各駅の乗車チャンスが増える。そういうわけで、いつの間にか全駅停車となる便が増えたのである。
 現在では、五往復十本運転されている「妙高」のうち、九本までが全駅停車になり、快速を名乗らなくなった。残りの一本は現在も快速として運転されているが、これも、早朝の列車であるためほとんど乗降の見込めない無人駅を通過して、省力化しているにすぎない。
 ともあれ、かくして「指定席連結の各駅停車」の出来となった。

 
 直江津駅に入ってきた「妙高6号」の側面方向幕は、「普通 妙高号 長野」となっている。「普通」と愛称名の共存、そもそもわざわざ「普通」と断ること、愛称名に「号」を付けて表示、いずれも珍しい。特急形なので何かと誤解を生んではいけない、ということだろうか。98201565
98201481 わたしは最後尾6号車の指定席に坐るが、前の車輌にはクラブ帰りの高校生などが乗り込んでいる。リクライニングシートの優雅な通学である。
 この長野行「妙高」は6号車だが、反対方向の直江津行は、長野寄りの1号車が指定席となる。通常こういうのは統一されるものだが、常に最後尾にしておく方が、一人乗務が基本らしい車掌の目配りができるからだろう。
 6号車はわたしを含めて三人の乗車で発車した。

 
 高田(たかだ)や新井(あらい)など、比較的大きな町が途中にある。 地元の客が乗り降りする。ほとんどの客が慣れていて、この6号車には乗ってこないが、なかには空いていると見てこの車輌に入ってくる人もいる。様子を見ている車掌さんが放送を入れ、慌てて退散する。

 
 新井からは線路が右左に緩やかにカーブし、坂を上っていく。右窓の上の方に二本木(にほんぎ)駅の駅舎とホームが望まれ、ぐっと左にカーブして停まる。暫くしてゆっくりとカーブしてホームに入る。幹線筋では珍しくなったスイッチバックの駅なのである。
 ここで交換のため7分ほども停車する。ホームに降りてみると、6号車から向こう、ホームが途切れた遥か先で線路が行き止まりになっているのが見える。こんなに引込線が長いのは、昔は貨物列車も出入りしたからだろう。この二本木駅からも、工場の専用線が出ていた。
 「妙高」の正面も、やっとゆっくり眺めることができる。ヘッドマークの色あいはあまり電車の色とマッチしているようには見えない。文字はやはり「妙高号」と「号」付きだ。「号」を付けないと、妙高高原行と間違われるからであろうか。そして、ホームの駅名標には、行き止まりの線路に向かって、次の駅名が「新井」と表示されている。そうするしかないのだろうが98201564_298201580
 向かい側ホームに行き違いとなる直江津行普通電車が入ってきた。あちらは「妙高」ではなく「普通の普通電車」なので、こちらに比べると見劣りはする。入れ換わりにこの「妙高8号」が発車するのかと思ったら、あちらの普通電車のドアが先に閉まる。昔の単線区間が、人手を介しタブレット(通票)を用いて交換していた頃は、受け渡しの都合上、後から来た列車が先に出るのが標準だったが、それを思い出して懐かしい。
 直江津行はバックで、つまり入ってきた方へ発車していく。そちらへしか行きようがない。そしてさっきこの「妙高8号」も入った引込線に入り、再び向きを変えて直江津に向かうのだ。その進路は、「妙高8号」が長野へ向かう進路と引込線の入口で交叉する。
 駅に入るときも出るときも、上下列車の進路が互いに支障するから、同時発車は無理である。そして、後から来た列車を先に出す方が、その間ホームに入る部分のポイントを切換えずに済む分、手間が少ないのである。手間といっても機械が自動的に切り換えるだけだが、動作ステップは少ない方が故障や誤作動の確率も小さい。それで、昔ながらの交換手順を守っているのであろう。
 直江津行が引込線に入ってしまうと、ようやくこちらの信号が換わって、発車となる。左側の窓には立派とは言えない駅舎が、次に坂を下りながらカーブしていく直江津行が、続いて下に引込線が、順に映ってこの列車は本線を関山に向かう。9820156398201560 

 
 関山(せきやま)も元はスイッチバックの駅だったが、現在は本線上にホームが設けられ、引込線に営業列車が入ることはなくなった。車窓に山が迫り、大きくS字カーブを描くと、妙高高原(みょうこうこうげん)に着く。
 スキー場などのリゾート施設が周囲に多く、往時は多くの特急・急行列車の終着となった駅だが、スキーの斜陽もあって現在はいま一つぱっとしない。長野からの普通電車の一部がこの駅で折返すことが、せめてもの面目を保っている。ここは新潟県最後の駅である。
 駅を出てすぐに関川を渡ると、長野県に入る。勾配は下りに転じ、盆地に出ると、小林一茶の故郷である柏原の町だが、駅名は黒姫(くろひめ)である。さらに緩いカーブが続き、豊野(とよの)の手前で右に急カーブして左から来た飯山(いいやま)線と合流する。ここだけ見ると、飯山線の方が本線のようである。右側に、やがて営業線となるはずの新幹線基地への引込線が見え、並行するようになる。

 
 普通「妙高8号」は、終点長野に着いた。結局全区間にわたって指定席の客は三人だけだった。98201685 98201663
 新幹線のホームに上がると、多くの客が自由席に列をつくっている。新幹線は、人の流れを生み出しもするが、断ち切りもする。古くくすんだ「妙高」とうって変わり、新幹線の電車は明るく愉しげである。しかし、障碍も少なく快走する電車に面白みは少ない。

(平成21年8月乗車)

 
  

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