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広島北部のバスと清盛の宮島

 学生時代から鉄道にばっかり乗ってきたから、鉄道の通っていない所を旅したい気持ちが強い。そういう所は辺鄙で観光地でもないので、派手な旅にはならないが。

 今回は広島滞在の間合いを利用して、北の方に向かいたい。こういう地域をなんと総称すればいいのか、よく分からない。北広島というと北海道の町のようだし、芸北(げいほく)というとごく限られた町を指してしまいそうだ。
 しかしとにかく広島駅新幹線口からバスに乗り込むことにする。

 まず乗るのは、益田(ますだ)行の新広益(しんこうえき)線と呼ばれる高速バスである。広島と島根県の益田を結ぶ高速バスは二つのルートに別れて運行されているが、こちらはマイナーな方のルートで、一日二往復しかない。
 土曜日のせいだろうか、大きな荷物を持って帰省らしい人が多く乗って、席の半分くらいを占めている。

 9時43分という半端な出発時刻が迫ってきた。半端なのは、この先広島バスセンターの発車を10時ちょうどにするためらしい。そちらがメインの乗場なのだろう。バスがエンジンをかけてから、中年の男性が扉に顔を覗かせた。もう発車一分前だ。
「浜田(はまだ)行の切符買っちゃったんだけど、乗っていい?」
 時刻表をよく検討せずに買ったが、目の前にバスが来たのでこれでもいいかということだろう。
「いや、それではダメですが、お待ちしてますから払い戻して来てください。このバスは現金で払ってもらいますから」
 と運転手さんが言う。待つんかい! とわたしは顔を顰める。というのも、この先で僅か十一分待ちの際どい乗り継ぎが控えているのだ。
 バスは二分ほど遅れて発車し、やきもきしたが、バスセンターには早着し、時間調整をしたので定刻になった。余裕をみたダイヤらしい。バスは広島自動車道から中国自動車道に入り、アップダウンとトンネルの多い区間を経て戸河内(とごうち)インターで下りた。ここに待合所とトイレを備えたバス乗場がある。わたしはここで降りる。イコカが使えたので、助かる。

 ここからは、総合企画コーポレーションという、社名だけ聞くと何の商売か分からないバス会社の路線に乗り換える。地元のバス会社で、総企バスと通称されているようだ。
 加計(かけ)戸河内線という線のバスがすぐにやって来る。一緒に降りた人何人かが待合室にいたが、加計戸河内線に乗ったのはわたし一人だ。皆迎えのクルマを待っているのだろうか。
 北東の方向に太田川(おおたがわ)を下る。このルートは、旧JR可部(かべ)線跡に沿っているのだが、あまりこれと分かる痕跡は見あたらない。わたしは広島から来て乗り継いだのに、可部線はこの方向が広島に向かう上りだった。大きく蛇行する太田川にあまりに忠実に敷かれていたからだ。それが仇となり、広島近郊の可部までの区間を残して廃止されたのである。
 加計の狭い市街を抜け、小さなスーパーの脇にある停留所でおばあさんを一人乗せて方向転換、また加計市街を戻り、国道186号で北の山に分け入る。山の麓あたりでおばあさんは降りていった。
 ダムが続けざまに現れる。ダム湖のほとりに突然温泉施設があったりする。安芸太田町から北広島町域に入り、山中のリゾート施設などに立ち寄ったりしながら、一時間ほど走ると、芸北支所に着いた(写真下の左は総企バスの車輌。右は芸北支所付近)

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 芸北支所にはやはりちゃんとした待合室とトイレがあり、初老の婦人がバスを待つ。
 芸北金城(きんじょう)線のバスに乗って十五分ほどで美和(みわ)診療所に着く。こんどはわたしが先に降りる。どこに診療所があるのかよく分からないような田園で降ろされた。ここで大朝(おおあさ)方面に二十二分の待ち合わせで乗り継げるのだが、それらしいバスがもう停まっている。なぜこんな何もない場所が乗り継ぎ停留所なのか。

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 窓を開け放って換気しているバスの後部座席で、運転手らしい小太りの男性が、弁当を食べている。もう乗っていていいか、と訊くと、愛想よく招じ入れてくれる。貴重な食事休憩を邪魔して申し訳ないが、わたしも行く所がない。
 このバスは大朝交通という別会社が運行しているのだが、総企バスとは同じグループ会社らしく、ともに「ホープバス」というブランドと路線網を形成している。その割に、総企バスの停留所名が「美和診療所」であるのに対し、大朝交通は「安芸美和」である。大朝交通にとってはここが終点だからだろうか。
 この美和線と呼ばれているバスは、またまた山の中を走るが、渓流に沿う道が多く、眺めはいい。しかも、分水嶺を越えたのか、途中で川の流れが逆になった。
 急に土地が開け、大朝市街に入った。このバスには降車ボタンがなかったので、大朝駅でお願いします、と告げて降りた。
 大朝駅は、大朝交通と中国JRバス共同のターミナルで、ショッピングセンターに隣接する。近くには大朝交通の車庫もあり、「ホープバス」と書かれた観光タイプのバスも停まっている。

 今度は大朝千代田(ちよだ)線に乗継ぐ。JRバスとの共同路線のせいか、一般的な大型路線バスタイプの車輌だ。
 しばらく進んで新庄(しんじょう)地区に入ると、右手に浜田自動車道の大朝インターが見える。広島方面に往来するには、ここで高速バスを利用するのが便利だが、わたしはこのまま下道を行く。その浜田道とつかず離れず南下していき、広めの盆地まで出ると、右に折れて、中国道の千代田インターに至る。
 ここにバスターミナルを兼ねた道の駅があり、終点となる。高速バス乗場とも隣接しており、歩道橋を介して連絡する。

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 ここまで、総企及び大朝交通のバスに乗ってきたが、これらの多くはかつてJRや広電が運行してきた路線を代替しているものだろう。
 コミュニティバスのような性格だが、市町村が運営するコミュニティバスと異なるのは、平気で町境や地区の間の山を越えていること、そして住民の便を図り、ショッピングセンターを意識した経路になっていること、複数のバス会社が連携して乗継ぎしやすいダイヤを組み、広域移動に対応していること、などであり、この方が便利なことは言うまでもない。
 営業エリアとか町域とか難しい問題はあると思うが、住民が行き来したいのは自分の町の中だけとは限らないのだから、各地のコミュニティバスにも見倣ってほしいものである。

 ただし、ここでホープバスのエリアは終わりなので、スムーズに乗継げたのはここまでである。二時間以上の待ち時間が生じる。
 幸い、インターから少し歩いた所に芸北民俗芸能保存伝承館というのがあり、なかなか充実した展示内容だった。単調な農作業に彩りを与える風俗や祭が、芸北から石見にかけての地域でかなり発達したのが分かる。
 その隣には中規模のショッピングセンターがあり、その庭にファミリーレストランもあったので、時間を潰すには困らない。

 ショッピングセンターに近い停留所から、中国JRバスの広浜(こうひん)線に乗る。昔の名残で広浜線を名乗っているが、今は浜田まで行く便は高速にのせかえられ、下道のバスは広島と大朝を結ぶのみである。
 ここからは、国道261号で中国道に沿って南下するが、かなりの勾配で下り坂が続く。勾配が緩和された中国道は、遥か上を走っていたりする。盆地が開けていたからそうも思わなかったが、大朝や千代田もけっこう標高があったのだな、と思い知る。
 田舎の山道だったのが、次第に家がたてこんできて、新興住宅地も現れる。その住宅街に寄り道したりする。
 可部の市街に入ると、地方の県庁所在地の都市景観を思わせる賑わいであり、これほどの街だったのかと目を見張る。
 終点は可部線の可部駅の前だが、さすがJRバスで、駅名は鉄道と同じ「可部」であった。

 山の中を堪能したので、海側へも足を伸ばすことにし、日を改めて宮島(みやじま)に渡った(写真は松大フェリーから見たJR宮島フェリー)

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 何度か来たことがあるが、やはり厳島(いつくしま)神社はうまく造られていると思う。

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 現在は『平清盛』放送中なので、歴史資料館も「平清盛館」に模様替えしている。

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 展示内容は神戸の展示館と大同小異だが、やはり清盛人気で訪れる人は多いようだった。

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