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「鉄道の日」の鯖江駅

 10月14日の「鉄道の日」とその前後は、鉄道関係のイベントが各所で行われる。大小いろいろあるのだが、なかには意外な所で開催されたりする。

 昨秋の「鉄道の日」は、北陸本線の鯖江(さばえ)駅にいた、というか、別の用事があってたまたま通ったに過ぎないのだが、二階に上がる階段に妙な立て看板があった。

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 この二階は、かつてそば屋や土産物屋があったのだが、現在は閉鎖されている。こういうイベントにたまに使うようだ。
 看板を眺めていると、駅員さんが、どうぞ、と促すので、上がってみることにした。鯖江駅で「鉄道の日」関連イベントがあるなどということは全く聞いていなかったし、どういうものか興味がある。

 階段を上がってみると、元は土産物屋だった狭いスペースに、鉄道関連のいろんな物が展示されていた。
 正規の名称は忘れたが、地元の鉄道利用促進会議だか、そういう肩書の人らが坐っていて、写真撮影の是非を伺うと、よろしい、とのことだった。鯖江駅関連店舗や国鉄の退職者と見うけたが、詳しいことはよく分からない。
 
 展示物を見てみよう。   

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 左は、融雪用カンテラで、ポイント(分岐器)が凍結しないよう、火を焚いてレールの下に入れておくものである。現在は金属製の電気ヒーターになっているのだろうと思うが、これは昔使っていた陶器製のものだ。雪が降ると、ポイントの所にちろちろとレールを舐める炎が見えることがある。
 地元福井を本拠とする焼鳥屋「やきとりの名門 秋吉(あきよし)」で、焼き鳥が冷めないようにと使われている陶器製のホットプレートは、この鉄道のカンテラをヒントに採用されたものだそうだ。
 右は、スタフ(運行指示票)で、運転席に掲げられていたものである。左から、小浜(おばま)線・越美北(えつみほく)線・北陸本線のものだが、左二つはまだタブレット(通票)交換を行っていた時代のもので、通票の形状が各交換駅ごとに記されている。

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 これは、周遊券である。ちゃんと表紙を付けて売られていたよき時代のものである。

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 帰省シーズンの終わりに、福井始発大阪行の臨時急行「あすわ」が運転されることになった、という新聞記事と、その「あすわ」の着席券である。かつては、混雑する時期や列車で、始発駅で、自由席に着席する権利を得るための切符が売られていたのである。狭いホームやコンコースに行列を作られても困るし、収入にもなるから、国鉄としては一石二鳥だったのだろう。「あすわ」の車輌は、恐らく予備車をかき集めたか、夜行列車用の編成を間合いで使用したか、そんな感じだったのだろう。帰省のピーク時は車輌もフル回転しているはずだ。
 この福井始発の大阪行臨時列車は、その後も愛称や種別を替えながら運転が継続されたようだ。その流れを汲んで、平成十年頃までは、福井始発の特急「雷鳥」臨時便が運転されていた。上り方面の特急・急行は金沢以遠から来るものばかりなので、福井からでは座席確保が難しい。それで上りのみ帰省Uターンのピークにのみ運転されたのだろう。だから、下りで福井行というのはなかった。
 「あすわ」の時代は知る由もないが、福井始発の「雷鳥」には乗ったことがある。これも旧「きらめき」(米原~金沢のノンストップ形特急)の間合いを活用しての運転だったので、定期「雷鳥」とは編成が全く違った。だが、特急になると、指定席が主体となったため、あまり意味がなくなり、運転されなくなったようだ。わたしが乗った折も、指定席はほぼ満席だったが、自由席は前後の列車と時刻が近いこともあって、かなり余裕があった。 

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 駅ホームの柱に取り付けられていた駅名票である。「ぜにばこ」(銭函)だけは北海道の駅で、なぜここにあるのかはよく分からない。他の駅はこの近辺のものだ。「さばなみ」は、漢字では「鯖波」と書き、現在の南条(なんじょう)駅の昔の名である。

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 ここには、列車名票が並んでいる。デッキ扉の脇に掲出されていたものだ。既に廃止された列車や、期間限定の臨時列車のものが多い。
 「白山(はくさん)」は上野(うえの)~金沢間の列車で、特急としても運転されたが、これは恐らく急行時代のものだろう。昼行列車としてはかなり遅い時期まで機関車牽引の客車列車であった。碓氷(うすい)峠を越えるのに適応した交直両用の急行形電車がなかったためである。
 「兼六」は、名古屋~金沢の急行電車で、特急「しらさぎ」に格上げされて廃止となった。
 「しおかぜ」は、現在は四国の特急に使われている名だが、この列車名票は敦賀(つるが)~福井間に運転されていた海水浴臨時快速のものである。
 「あおもり」も、帰省シーズンに運転されていた臨時急行の名だ。寝台特急「日本海」(大阪~青森)の臨時増発便が、車輌の陳腐化から急行に格下げされて「あおもり」を名乗っていた時期もある。が、おそらくこの列車名票は、全体の時代観から考えて、もっと前の、名古屋~青森間に運転されていた頃のものではないかと思う。

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 これは、列車のサボ(側面表示板)である。
 急行「越前」は信越本線(長野)廻り、急行「能登」は上越線(長岡(ながおか))廻りで運転されていた、いずれも上野と北陸地方を結ぶ夜行急行だった。
 「京都行」は、小浜・綾部(あやべ)廻りであるから、敦賀始発であった急行「丹後」の付属編成に付けられたものではないか。
 「金津(かなづ)-勝原(かどはら)」という運転区間は、現在からみると奇異に感じられる。金津は現在の芦原(あわら)温泉駅であり、勝原は越美北線の途中駅だ。これは、かつて国鉄芦原線(金津~芦原)があった時代に、芦原線と越美北線でディーゼルカーが共通運用されており、両線の車輌を融通するため、こういう列車が設定されていたのである。越美北線は、現在の終点九頭竜湖(くずりゅうこ)まで延伸される前は、勝原が終点だったのである。

 小規模ながら、なかなか愉しい展示であった。しかも、帰りにはお土産として、サンダーバードを象った定規などの景品の入った袋をくれた。
 きっとこれに類する小イベントが、全国で無数に行われていたのだろう。

(平成24年10月訪問)

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