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終わっていく国鉄のサービス

 時代が移るとともに、鉄道のサービスも変わっていく。長く親しまれてきたものが終わるのは淋しいが、よく考えると、自分自身何年も使っていないな、と気づいたりする。
 国鉄型の車輌がどんどん引退していくことが話題になるが、国鉄時代から引き継がれてきたJRグループ共通のサービスが、これまた次々終了しつつある。 
 そういうのをいくつかとりあげてみよう。
 

 

 最初は、プッシュホン予約である。
 こういうものがあったのを知っている人も少なくなったかもしれない。プッシュホン回線の電話から、所定の番号につなぎ、合成音声の指示に従って、電話の数字キーを押すことで入力していくと、指定席の予約や空席照会ができたのである。

 現在はJRに限らずWebで指定券予約するのが普通になっているが、インターネットが普及していなかった頃は、自宅にいてまがりなりにも列車の予約ができる唯一の方法であった。だから、わたしも平成初期(十年くらいまで)は、これを重宝していた。自宅や職場に、申込用の記入シートを自作して大量にコピーしたのを備えていたほどだ。
 駅の窓口での発売は一カ月前の10時からとなっていたが、回線の混雑を避けるためか、プッシュホン予約は11時からとなっていた。だから寝台特急「北斗星」のような当時の超人気列車をこれで押さえるのは難しかったが、日常の出張などの行き来には十分使えた。
 必要事項を全て入力した後、少し間をおいて、
「予約番号を、お知らせします」
 と合成音声のアナウンスが聞こえれば、予約OKである。
「ご希望の列車は、あいにく、満員です」
 となることも多かった。アナウンスまでの数秒間はサスペンスに満ちていた。

 『時刻表』の特急列車欄には、「予約コード」の数字が印刷されていた。駅名や列車名を、それぞれ四桁・五桁の数字で入力するのである。
 しかし、大判の時刻表を常々持ち歩くわけにもいかないので、わたしは、よく使いそうな駅や列車のコードをワープロ打ちで書き出して、システム手帳に入れておいたりした。
 それでも、たまにそのリストにない駅などを入力したいときも出てくる。どのような法則で番号が割り振られていたのか、よくは分からないのだが、ある程度類推できる場合もあった。
 例えば、高岡は5275、富山が5280なので、その間にある小杉は、多分5277か5278だろうな、と一か八か入力してみると、「小杉、ですね」とアナウンスが返ってきて、当たっていたりした。
 あるいは、列車コードを入力するのにミスタッチすると、とんでもない列車名がアナウンスされたりしたこともあった。ずいぶん前に廃止になった列車とか、ごく短期間運転された臨時列車の名前などである。そういうのは逆に楽しみにもなっていた。
 また、「加越」という特急が以前走っていたのだが、この名のコールがいやにテンションが高かったのも覚えている。

 告げられた予約番号を持って、駅の窓口に行き、発券してもらう。二度手間のようだが、少しでも早く席を確保したいときに便利であった。いくつかの席をプッシュ予約しておいて、まとめて買いに行く、ということもあった。
 しかし、だんだんプッシュホン予約の利用が減っていくと、駅での発券にぎくしゃくすることが多くなった。
「プッシュホンで予約した…」
 と言っても、
「はい、お名前は?」
 と訊かれたりする。プッシュホン予約で名前などは登録しない。駅に直接電話しての予約依頼と混同されるのだ。発券の操作に慣れておらず、時間がかかったり、応援を呼んだりしないといけない係員も増えていった。
 そういうことが煩わしくなってきたので、わたしの利用法も、プッシュホンで空席照会だけを利用し、席があることを確かめてから駅に買いに出かける、というように変わっていった。さらにその空席照会がWeb上で簡単にできるようになってからは、ほとんど使わなくなった。「みどりの券売機」が駅に設置されてからは、好みの席を指定できるようになったし、そっちの方が断然便利になったので、システム手帳の一覧表もいつか外してしまった。

 同様の人が多いのだろう。プッシュホン予約は今年の1月末をもって予約受付を終了した。『時刻表』にも、2月号を最後に予約コードが載らなくなった。
 お世話になったサービスではあるが、実際に使わなくなっているし、より優れたサービスが提供されているわけだから、あんまり惜しいとか淋しいとかは、感じない。
 

 
 

 この他、オレンジカードの発売も、この3月で終了である。売らなくなるだけで、使用は今後もできるようだが、SuicaなどのICカードが普及した現在、いちいち券売機で切符に引換えないといけないオレンジカードの利便性はない。
 オレンジカードが登場した当初は5000円券や10000円券といったのがあり、これらにはプレミアムがついてお得だった(5000円券は5300円分、10000円券は10700円分使えた)し、何より小銭を持ち歩かなくていいのがよかったのだが、偽造対策などのために、高額券は廃止された。これではうまみもない。
 オレンジカードは、もはや記念購入が主になっているのではないだろうか。記念切手などと違って、使用してもカード自体は手許に残るので、死蔵されることで利益が上がることも少なかろうし、売るのにかかる経費の方が大きくなったのだろう。
 国鉄・JRのプリペイドカードの嚆矢としての価値はあるが、やはり役割を終えたと言わざるを得ないのだろう。 
 

 
 

 
 とりあえずこの年度替わりになくなるサービスはこの二つか、と思っていたら、「周遊きっぷ」も廃止されてしまった。次はこれが危ないのではないかとは案じていたが。
 「周遊きっぷ」自体はJR化後に創設されたものだが、国鉄時代からの「周遊券」の流れをくんでいる。これも、うまく使えば便利なのだが、ルールが複雑なのと、後発の割引切符に圧されてきたことで、当初よりかなり縮小していた。
 このニュースを受けてブログやSNSで感想を述べているのを読んでみると、前身の「周遊券」との混同がよくみられる。要するに、「周遊きっぷ」になってからほとんど利用していないという人が少なくないのである。それも無理はなく、「周遊券」時代には「ワイド周遊券」「ミニ周遊券」「ニューワイド周遊券」「一般周遊券」と用途に応じていろんな種類があったのが集約され、それぞれの悪いところをより集めたような(JRはいいとこを集めたつもりなのだろうが)きっぷだったので、申込みも煩雑だし、窓口の係員にも、すんなり発券できる人が少なかった。これでは、買うのが億劫になってしまう。
 わたしが買うときも、係員の負担にならぬよう、懇切丁寧にルートを記した紙を持参していたものである。
 そのわたしでさえ、近年は利用することが少なくなっていた。ゾーンの種類が減ってきて使える地方が少なくなったこともあるが、何よりわたしの旅行形態が変わってきた。乗りつぶしを典型とした、地域内をあちこち移動するということをあまりやらなくなり、一つの街にじっくり滞在して観光やホテルライフを楽しむ、というふうになったのである。それなら、周遊きっぷよりも、往復割引きっぷの類の方が便利である。

 
 

 国鉄の名残を残すようなものが次々と消えていくのは、心情的に淋しいというだけでなく、民営化はともかく分割してしまったことの悪い面が現れているようにも思われる。
 全国統一の分かりやすいブランド商品を失っていくことは、国の基幹交通の座を放棄することでもある。そのうち、「みどりの窓口」とか「グリーン車」といったものも、会社ごとに名称や運用が変わるのかもしれない。  

(平成25年4月執筆)

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