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2014年9月 2日

下り「トワイライトエクスプレス」夏も大遅延

INDEX
1.はじめに
2.順調な大阪出発
3.雨の湖西ランチタイム
4.至福の越後パブタイム
5.まだ東北の朝食
6.北海道へ


1.はじめに

 寝台券が取りやすいということもあって、「トワイライトエクスプレス」は上り(大阪行)に乗ることが続いていた。この夏は下り(札幌行)に乗ることを志し、なんとかB個室を確保した。
 ブログの記事にしているように、「トワイライトエクスプレス」にせよ「北斗星」にせよ、わたしが寝台列車に乗ると遅れることが多い。今回もその例に洩れなかったが、こういう乗ること自体が目的の列車は、多少遅れても、却って乗りがいがあっていいものである。

 上りの時と同様、遅延した場合の記録というのも意味があると思うので、今回の乗車も記事にしておくことにする。


2.順調な大阪出発

 下り「トワイライトエクスプレス」の大阪発は、11時50分である。午前中から走りはじめる夜行列車というのも、近年はこの列車くらいしかない。
 さらに、昼間はホームに余裕のある大阪駅のこと、かなり早くから入線するのも、いかにも長距離列車という感じの演出で、これを味わうためにも下りに乗る方がいいし、乗るなら始発の大阪から、と思う。

 食堂車や車内販売もあるとはいえ、定刻でも車内で二十時間以上過ごすのだし、大幅に遅れたり立ち往生した場合なども想定すると、非常用食料も含めて、いろいろな物を買い出しておくのがいいだろう。各地が断続的に大雨にみまわれてもいるし、長距離になるほど支障に出くわす率も高くなる。
 わたしは、十時過ぎには大阪駅近辺に着き、百貨店などを回って買い物をした。そして、十一時頃には10番ホームに上がった。
 昼間の9・10番ホームは、JR宝塚(たからづか)線の快速が終着するぐらいで、他に目ぼしい列車の発着はない。だから、ひっそりとして清掃係員などが行き来しているが、カメラや大きなバッグを持った人が数人いる。「トワイライトエクスプレス」の撮影や乗車を待つ人だろう。
 一般に、用心深く乗り物が出る時刻のかなり前に乗り場に来る人が、年配の女性を中心にけっこう多くいるものだが、さすがに一時間近くも早く来る人は少ない。入線時刻を把握している乗り鉄や撮り鉄ばかりである。

 発車案内に列車の名が出て、アナウンスが入った。いよいよ列車が入ってくる。11時11分頃である。多くの視線とカメラが機関車の方に向くが、観光シーズンのピークを過ぎた平日なので、人の密度は粗く、楽に撮ることができる。
 機関車は客車と塗装を合わせてはあるが、武骨な箱型で、他の貨物列車などを牽く機関車と同じスタイルである。このあたりは、上野発の列車とは異なる。客車も、改造・改装はされているが、国鉄時代のものを使っている。

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 それでも、列車固有のエンブレムや、最後尾の展望スィートなどを見ると、特別な列車という感じはする。

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 早速、予約してあった個室に入る。前回の上りの時のように、A個室(ロイヤル)だとよかったのだが、発売開始と同時に照会してもらうよう手配したにもかかわらず、それは取れなかった。それでB個室(シングルツイン)で旅することになった。進行方向左側の部屋である。
 写真では分かりにくいだろうが、部屋はけっこう狭い。写真下左が昼間(座席)の状態で、テーブルを挟んで一人分のソファが向かい合う。夜になれば、テーブルを側壁に折り畳んで、ソファの座面と背凭れをレバー操作で平面にし、そこにシーツを敷いてベッドにするのである。
 上段のベッドは作り付けになっていて、二人で部屋を使うときだけベッドとなる。わたしは一人なので、荷物置きにする。

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 とにかく荷物を部屋に入れて配置を考える。キャリーバッグを寝かせるスペースはないので、立てておいて、その上でスマホを充電しながらテザリングをONにしておく。ノートパソコンはテーブルの上に広げる。コンセントは扉側の壁面に付いているが、スマホとパソコンを同時に使うため、持参したトリプルタップを差し込む。

 ちょっと前だと、走っている列車の中でインターネットに接続するなど、機械音痴には煩わしさに過ぎる設定や機材を伴わないとできなかったし、そこまでしなくても、という思いから、はなからする気にもならなかった。しかし、今は本当に手軽になった。
 電話もネットもできないのを逆手にとって、この列車の個室内で集中して論文原稿を書きあげる、なんて離れ業もやったことがあるが、この節そういうこともできなくなった。わたし自身の気のもちよう如何でできるはずなのだが、意志も弱くなった。
 トンネルなどもあるし、この後も接続は不安定で、何度も繫ぎなおしはしたが、概ね快適にネットができたのである。そして、繫ぎなおすときに「ワイヤレスネットワーク」を表示してみると、スマホのテザリングらしい接続先が常にいくつも表示されたから、周囲の個室でも同様の人が多かったらしい。

 そんなセッティングをしていると、早くも車掌さんが検札に来て、個室カードキーをくれた。これは助かる。発車前に車内やホームをうろつきたいのだが、その際に個室を施錠できるのは安心だ。
 おかげでゆっくり列車全体を見てまわり、ついでに食堂車「ダイナープレヤデス」でシャワーカードを買っておく。札幌終着が9時52分なので、朝風呂は八時からの枠までで終わりだ。その最終枠を予約した。「北斗星」の時にはシャワーの時間と朝食の時間がかち合ってえらいめに遭ったが、この列車の朝食はシフト制だから、あのようなことはないはずだ。が、何にしても余裕をみておく方がよかろう。

 そんなことをいろいろやっていると、すぐに発車時刻が近づいてくる。わたしは個室に戻り、腰を下ろした。
 と、いつの間にか向かいの11番線ホームが、歩くような速さで後ろへ流れはじめているではないか。シャッターを切り終えた人たちがホームからわたしたちに手を振って見送ってくれている。いつ動きだしたのかも分からぬ、機関士さんの見事な引き出し技であった。
 客車を牽く機関車の運用は近年とみに減っているので、機関車運転の技術が継承されなくなるのでは、と危惧するが、今のところ名人芸が健在のようで、嬉しくなる。こういう発車は、電車やディーゼルカーでは味わえないものだ。


2.雨の湖西・北陸ランチタイム

 新大阪にも停車した後、東海道線を京都へ向かう。ところが、千里丘(せんりおか)あたりから速度が落ちはじめ、時速60キロくらいで安定する。が、先を急がぬ身に、これはなかなか心地よい速度であった。揺れも少なくていい。先行列車が遅れているので暫く徐行する旨、放送がある。
 高槻(たかつき)の手前で一旦停まり、すぐ動きだす。どうも京都付近の大雨の影響らしく、前途が心配になる。このあたりで前夜札幌を出発した上り「トワイライトエクスプレス」と離合したはずだが、遅れが出ているためかその案内放送もなく、左側の個室だから気づかないまま京都に近づいた。
 京都でも、ホームが空くのを待って数分停まった後に停車した。

 京都を出ると湖西(こせい)線に進む。この線は琵琶湖岸をゆく全線高架の路線だから、踏切がないのはいいが、比叡(ひえい)颪に曝されてしばしば運転抑止となる。荒れ模様の今日も危ない。
 ところで、わたしは自分の個室を出て、サロンカー「サロン・デュ・ノール」に席を移し、雨に煙る比叡連山を眺めている。まもなく十三時から「ダイナープレヤデス」のランチタイムが始まるからである。同じような人が多数待機している。
 所定の扱いにおいて、昔ながらの食堂車で昼食がとれる列車は、この下り「トワイライトエクスプレス」だけになってしまった。「北斗星」では昼食臨時営業にありつけたけれど、あくまであれは遅延時の特別対応である。だから、是が非でもランチタイムを体験しておきたい。
 開店直後は込み合うだろうから十五時頃にでも行けばいい、と思って、乗車前のホームで虫抑えの菓子パンを一個、腹に入れてある。のだが、実際十三時が近づき隣の食堂車から料理の香りが漏れ来るにつれ、逸る気持ちが体に働きかけ、空腹を強烈に覚えてきた。
 結局、開店後ほどなく「ダイナープレヤデス」の扉を開けた。比叡山側に二人掛け、びわ湖側に四人掛けのテーブルが並ぶが、二人掛けのテーブルはもう埋まっていて、わたしは四人掛けの方に案内され、込み合いましたら相席をお願いするかもしれません、と断りが入った。

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 メニューを眺めて、オムライスを注文した。あまり他の列車ではお目にかからない料理だし、いかにも昼食らしいのがいい。スープ・サラダを付け、飲み物の勧めに応じてコーヒーも追加した。
 料理を待つうち、近江舞子(おうみまいこ)で停まる。時刻表上は通過だが、ここで後続の特急「サンダーバード」を待避するために停車するのであり、ドアは開かない。
 後から入ってきたやはり男性の一人客が、わたしのテーブルの斜め向かいの席に案内されてきた。テーブルはけっこう広いので、相席といってもまともに顔を見合わせるわけではない。それにしても、その客からわたしに何らかの挨拶はあるだろうと思って、軽く視線をそちらに運んで待った。が、遺憾ながら件の男性は、無言のままわたしと目を合わせようとしないで席に着いた。

 わたしは、食堂車は言うに及ばず、列車の座席で先客がいるボックスに坐るときには、必ず挨拶をする。特に二人並んで坐る転換クロスシートの通路側に坐る場合など、赤の他人と通常では考えられないほど体を接近させるのだし、「失礼します」の一言は当然の礼儀だと思うからである。相手が音楽を聴いていたり眠っていたりする場合は、軽く会釈で済ませるが。
 こういう場合に、挨拶が返ってくるかどうか、あるいは、逆の立場で挨拶があるかどうか、これは地方によってその度合が異なる。
 この種の「ふれあい」は、都会ほど稀薄であるとか、でも関西人は人懐こいから自然にやるだろうとか、そういう印象を持たれるかもしれない。しかし、わたしの長年の乗り鉄経験からすると、違う。最も挨拶を交わす割合が大きいのは北海道(札幌付近を除く)、二番めが四国なのだが、それに次いで多いのは意外にも首都圏である。人の密度が高いと潤滑油も多く必要になるのだろうか。そしてこれも意外だが、関西はワーストから二番めの地方となる。思いのほか他人への冷たさを感じるのが関西なのだ。最悪の地方がどこであるかは、武士の情けをもって伏せることとする。
 ともあれ、そうした挨拶はした方がしないよりはお互いずっと気持ちいいと思うのだが、そう考えない人も多いようだ。この男性も関西人かもしれない。しかし、仮にもこういうクルーズトレインなどと称される列車に乗って、食堂車の相席で先客に何の挨拶もしない、というのは、少なくともわたしには理解できない行動様式である。

 軽い不快の念を抑えつつ待っていると、 放送が入った。さっきからいやに長く停まっているな、と思っていたのだが、ここでこの列車を追い抜くはずの「サンダーバード」に抑止がかかって遅れているという。そういえば、雨足がかなり強まって横なぐりになっている。
 そこへオムライスが来た。前回の上り乗車のときもそうだったが、食堂車は列車が走っているときに食べてこそ値打ちがある、と思っているのに、わたしが食堂車で食事しようとすると、列車が停まってしまう傾向がある。

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 オムライスは、大変上手に成形されており、さすがプロだと思うが、薄焼き玉子に全く焼きムラや焦げがないのは、何か食品サンプルのごとく無機的にも見える。もちろん、いただけば大変旨い。
 相席の男性は、ハンバーグステーキを単品で注文したので、料理はわたしより後に来たが、先に食べ終えて席を立った。
 少しほっとして食後のコーヒーを待っていると、新たな相客が案内されてきた。南アジア方面と見うける外国の女性である。どうも、夫婦で食事をしたいが並んで坐れるかどうか、を確かめに来たようだ。ウェイトレスさんにわたしの向かいの並びを勧められ、
「コンニチハ、イイデスカ?」
 と、わたしに笑顔で問いかける。わたしも、どうぞ、と快く頷く。女性は旦那さんを呼びに行った。その間にわたしはコーヒーを飲み終えてしまったが、彼女が帰ってくる前にわたしがいなくなっていたら、逃げて行ったようで気が悪いだろう、と思って待っておく。
 ほどなく、二人連れでやってくる。
「ゴメンナサイ」
「ドウモ」
 とわたしに笑いかけて席に着いた二人に、
「どうぞごゆっくり」
 と声をかけ、わたしは伝票を手にした。何とか本来のコミュニケーションにめぐり会えて満足した。いつか列車も動きだしていた。

 「サロン・デュ・ノール」は、すっかり空いていた。山側(進行右側)にゆったりしたソファ、日本海側の窓際には低い位置にベンチが並ぶ。
 

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 ここで暫し休憩してから、個室に戻る。列車は約十六分の遅れ、と放送が入る。
 この後も風雨の影響で一時停車したり、速度制限がかかったりして、遅延は増大していった。敦賀(つるが)には一時間近い遅れで十四時四十五分頃に着き、やはりすぐ発車となった。
 所定なら、鯖江(さばえ)でも停車して「サンダーバード」を待避するはずだが、ダイヤが乱れているからか、鯖江は通過となった。こういう場合、一応待避線に入って一旦停車する場合が多いのだが、この時は通常の通過列車と同様に、下り本線である1番線をあっさり通過した。福井には五十五分遅れて十五時三十五分頃着。
 金沢手前の手取川(てどりがわ)鉄橋において、風のため断続的な運転見合せが続いており、列車がつかえているため、小松(こまつ)でも長く停まる。金沢も慌ただしく発車し、高岡(たかおか)には一時間四十三分遅れの十七時五十七分に着いた。
 富山の神通川(じんづうがわ)もやはり、なかなか渡れない。高岡の次の越中大門(えっちゅうだいもん)でまた臨時停車、風が弱まる間合いを狙って川を渡る列車の順番待ちである。そろそろと動きだすが、小杉(こすぎ)~呉羽(くれは)間は強風による速度制限がかかっているため、徐行する。富山を発車したのは十八時四十一分、ここで二時間十分遅れとなった。
 北陸を抜けないうちに、「ダイナープレヤデス」では予約ディナーの営業が始まっている。わたしはそれは予約していないので、買い込んであった虫抑えを再び口にする。

 同様の調子で進んだため、直江津(なおえつ)では二時間四十三分遅れの二十時四十分着。面白いように、というと不謹慎ながら、遅れが膨らんでいく。当方は、乗り心地よく愉しい列車に長く乗れるのだから、遅れてくれてもいっこうにかまわないのだが、これほど遅れてくると、別の心配が出てくる。
 それは、途中の五稜郭(ごりょうかく)、函館(はこだて)の一つ手前の駅だが、そこで運転が打切りになるケースがあることだ。もちろんその場合、札幌方面へは、別の列車を手配してくれる。のだが、それはもう、この列車に乗ったまま札幌へ行けるに越したことはない。
 いくら心配しても、わたしにはどうしようもないことなのだが。


4.至福のパブタイム

 二十一時前に、再び「サロン・デュ・ノール」へ赴く。 サロンの片隅のカウンターには、手作りとみえるスタンプがある。陶製のスタンプは、この列車を牽く三種の機関車を象っていて、可愛らしい。記念スタンプの類は滅多に捺さないわたしだが、これには好感をおぼえたので、手帳に捺しておく。

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 こんなことをしながら時間を潰しているのは、間もなく「ダイナープレヤデス」でパブタイムが始まるからである。「サロン・デュ・ノール」は込み合っていて空いた席がない。持参の料理を広げて自主的な酒盛りをするグループもある。わたしは食堂車通路の角の部分で壁に凭れて揺れを堪えつつ待つことにする。

 準備が遅れているのか、二十一時になっても「ダイナープレヤデス」の扉には「Close」の札が掛かったままだった。その扉が開いて車掌さんが出てくる。わたしに、
「もうすぐ始まりますよ!」
 と快活な声をかけてくれ、すぐに札が裏返った。
 サロン側で待っていたなかではわたしが一番乗りで案内されたはずだが、既に席に着いている人もいる。A個室(ロイヤル・スィート)の客だろう。A個室はサロン・食堂を挟んで、Bクラスの車輌とは反対側に連結されていて、何かにつけ優先される。

 初期の「トワイライトエクスプレス」では、パブタイムはまさに寝酒を呑むためのもので、料理は簡単なおつまみしかなかった。しかし、要望に応えてメニューは改善が繰返され、現在はけっこう腹に溜まるものも出すようになり、予約ディナーをとらなかった客を救済している。

 まずは生ビール、そしておつまみに「但馬高原鶏のからあげ」を注文する。鶏のからあげなど、素人でも簡単にできる料理だが、やはりプロのは違う。肉の柔らかさ、火の通り具合、衣の歯応えなど、適度なところが見きわめられている。意外にボリュームもあるし、ビールもすいすいと進む。だからグラスワインを追加する。
 揺れる列車の中で、生ビールやらワインやら温かい料理やらをサーブされてテーブルに並べ、ゆったり味わう。これは乗り鉄の至福の一つだ。
 そして食事替わりのパスタを頼む。「きのことムール貝のスパゲッティ」である。比較的あっさりしていて、腹に落ち着く。

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 食べて呑んでいるうちに、列車は柏崎(かしわざき)を通過した。普通なら、パブタイムは本州側の停車駅を全て済ませてから始まるのだが、まだ乗車が続く。長岡(ながおか)ではついに遅れが三時間を突破、二十二時四分頃の発車となる。
 「サロン・デュ・ノール」で少し雑誌など読んだ後、ほろ酔いで自分の個室に戻り、そろそろ寝る準備をする。この遅れ方、そして遅れの増し具合だと、朝起きて本州なのか北海道なのかが微妙なところで、今度もやはり、目覚めるのが楽しみである。


5.まだ東北の朝食

 歳をとってきたせいか、前夜どんなに夜更かししても、六時前後には目が醒める。こういう列車に乗って、軽い昂奮状態にあるのだから、尚更早い。もうちょっと寝てもいいかな、と思って横になったまま目を瞑るが、揺れもあるし、神経が冴えてきて、とても眠れない。

 そっと窓のカーテンを開いてみると、ちょうど大鰐(おおわに)温泉を通過し、弘南(こうなん)鉄道のガードをくぐるところであった。時刻は五時四十分くらいか。下りに数回乗ったが、朝目覚めてもまだ本州だったのは初めてである。
 六時を過ぎると、個室内のいろんなものを再び昼間態勢にセットする。ただし、腰掛ける椅子は、昨夜と反対向きの方にする。まもなく到着する青森で進行方向が換わるからである。枕とシーツ、それに浴衣はまとめて上段に放り上げ、着席して髭を剃ったりする。
 朝食は、6時45分からの回を予約してある。だいたい五分くらいは早めに呼び出しの放送がかかるので、最低限の身支度はしておかないといけない。

 それにしても、ふつう夜行列車だと朝六時頃には「おはよう放送」が入るものだし、前回の上りでは、大幅遅れを受けて、少し早めに放送があったのだが、今朝のスピーカーは黙りこくったままだ。朝食の最初のシフトは6時からだが、皆遅れずに食堂車へ行ったのだろうか。
 平常ダイヤでは六時には北海道に入っているから、「おはよう放送」は交替したJR北海道の車掌さんの仕事だ。交替の青森にまだ着いていないから、ということか。西日本の車掌さんは、下車と引継の準備に忙しいのかもしれない。

 新青森でも交換のため長く停まった。ゆっくりと行き止まりの青森駅に入っていく。ここで機関車も付け替える。切り離された緑色の電気機関車が、窓の外を基地に向かう。こういう光景は、いつもなら闇の中で行われる一連の作業なので、まずは眼福ではある。
 反対側、1号車スィートの方に交替の機関車が連結されたはずである。進行方向が逆になり、津軽海峡線に歩みを進めた。
 ここでやっと「おはよう放送」が入り、遅れが三時間四十分ほどに嵩んでいることが分かる。さては五稜郭打切りか、と身構えたが、車掌さんは平然と札幌までの到着時刻の案内を始める。この先通勤通学時間帯にかかるので、列車の待ち合わせなどでさらに遅れるかもしれない、ついては定刻での到着時刻を案内する、ということだが、こんなに遅れていては、あまり参考にならない。この先の区間で、通勤ラッシュがそれほど激しいとも思えないが、青函(せいかん)トンネルの前後は単線で、タイトなダイヤになっているはずだから、この列車を割り込ませるのは至難であることも分かる。
 ともかく、五稜郭で打切るつもりなら、この時点でもう決まっているだろうから、このまま札幌まで行けるのだな、と安堵する。

 続いて、食堂車から6時45分シフトの呼出しがかかったので、早速出かける。
「ダイナープレヤデス」に入ってみると、すみませんが相席をお願いします、とウェイトレスさんに言われ、初老の紳士が坐るテーブルの斜め向かいの席を案内された。わたしは、ウェイトレスさんに、はい、と返事して、紳士に、
「失礼します」
 と声をかけ、軽く会釈して坐った。が、全く無視して窓を見ている。わたしの声が聞こえなかったはずはないし、この場面で「失礼します」という言葉が自分に向けられたものでしかあり得ないことも、馬鹿でなければ分かるはずである。朝から困ったことだ。

 それはともかく、朝食メニューはこの春から換わっていて、一種類しかない。列車の朝食としてはかなり斬新な、そしてお洒落なものになっている。朝食は和食でないと、という人は、弁当を持ち込むか何かしないといけないので、注意が必要だ。

 テーブルクロスが白っぽく柄のあるものに替わっているのに気づく。これはすがすがしい。
 まず、スターターの皿とカクテルが供された。
 スターターは、「豆のごま和えサラダ」「茄子・胡瓜・パプリカのマリネ イタリア風甘酢トマトソース」「海老とアボカドのカクテル」とのことである。どれもさっぱりした味で、喉に馴染む。フォカッチャ(パン)が一切れついていて、パンは希望すればお代わりもできる。
 カクテルはフルーツがたっぷり入ったもので、もちろんノンアルコールである。ビネガーで味付けされており、酸味と甘味とがうまくとけあっている。

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 次に出たのは、「『丹波のたまご』の半熟3分ボイルと花の塩」と「生姜とタイムのミニお粥」であった。ここだけ見ると、ちょっと和食風でもある。
 半熟玉子をこんなふうに出されて食べるのは、幼児の時以来なので、おっかなびっくりスプーンを差し込んでみたが、ほんのり温かくてなかなか美味しい。お粥も、出過ぎない薬味が食欲を刺戟する。

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 そしてメインディッシュの「ミート&サラダ&ホットベジタブル」である。
 盛りだくさんなので、いちいちの料理を説明するのは省略するが、カボチャとかポテトサラダとか、ありふれた料理・食材であっても、いちいち味が上品である。 盛り付けも凝っていて、皿の上を探検している気分だ。

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 最後に、デザートとなる「フルーツ&フロマージュブラン」である。メロンとパイナップルの切れに、チーズの冷たいスープがかかっている。これも口の中が一気に爽快になる、なかなかのものである。

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 わたしがこのデザートにとりかかった時に、相席の親爺が席を立った。いい歳して挨拶もできない輩は「親爺」でよろしい。おかげで当方はゆっくりできる。わたしより早く席に着いてはいたが、それにしてもわたし以上の早食い親爺である。
 こういう人に一人ならず二人も遭遇したとなると、わたしの感覚の方がおかしいのだろうか、と不安になる。そういえば、玉子にかける塩やコーヒーの砂糖は、双方の席に用意されていて、互いに譲り合ったりする必要がないようになっている。

 ただ、メニューを説明した表示はテーブルに一つしかないので、一人になったわたしは、気兼ねなくそれをスマホの写真に収める。スマホには無音でシャッターを切ることができるアプリを入れたため、その面でもこういう場所で周囲への遠慮が要らなくなった。

 この他にコーヒーも付く。他の営業時間帯や車内販売とはブレンドが異なるのだそうだ。
 大変お洒落で美味しい朝食をいただけたのだが、この間のドリンクが、最初のカクテルとこのコーヒーしかなかった。カクテルの味はよかったが、水気はそんなに多くない。やはり、ジュース類を選ばせてほしいし、せめてお冷やは出してほしい。不満の点はそこだけである。コーヒーを飲みながら、少し手の空いたウェイトレスさんに、お冷やを所望する。
 高級ホテルでも、朝食はバイキングが主流、さもなくばルームサービス、という状況になっているなか、テーブルでサーブしてもらう朝食自体が貴重だし、それに見合う料理の内容でもある。

 わたしも席を立ち、個室に戻る。列車は蟹田(かにた)を出て、JR北海道の路線に入っている。時刻は七時を回った。
 もうすぐ青函トンネルに入る。車掌さんによるトンネル案内の放送が入る。下り所定ダイヤでは未明に通過してしまうから、上り用の放送原稿を流用しているのだろう。
 わたしは、八時からのシャワーを予約してあるので、またまた「サロン・デュ・ノール」に移動した。こんなに遅れるのなら、もっと遅い時間に浴びてもよかったのだが、八時からが予約できる最後の時間帯なのだ。
 すっきりして個室に帰っても、まだ青函トンネル内を走っている。新幹線工事のため休止となった吉岡(よしおか)海底駅のホームが過ぎていく。ドラえもん広場などというものまで設けられて、避難設備や建設の跡の見学もできた駅だが、駅名票も撤去されて薄暗いばかりなのが侘びしさを募らせる。今後は非常時でもなければここに降りることは叶わない。津軽海峡線自体も、ドラえもんのイラストが大書された賑やかな車輌が行き来していた頃の溌剌さがこのところなくなっているのが、淋しい。
 対向の線路を見ると、既に新幹線用の広軌も敷かれてレールが三本になっている箇所がところどころある。レールがない所でも、それを取り付ける位置に金具が見える。


6.北海道へ

 いよいよ北海道に入った。木古内(きこない)の手前で、建設中の新幹線の路盤と分岐する。ここからはまた単線になり、行き違い待ちが多くなる。やって来るのはコンテナ貨物が多い。並行する道路もない青函間は、物流の大動脈なのだ。これと新幹線と、同じ線路上で輸送を両立させるのは、なかなかの課題である。
 雲に切れ目ができていて、朝日を浴びる函館山が見えてきた。まもなく機関車付け替えの五稜郭である。「北斗星」の時のような後続の特急への乗換え案内はない。

 JR北海道では、特急ディーゼルカーから火が出る事故が相次いでおり、その原因も定かでない。安全を最優先に考え、事故を起こしたのと同じタイプの車輌を運用から外している。結果、特急車輌は不足しており、各線の特急が間引き運転となっている。この後の五稜郭9時34分発特急「北斗5号」札幌行も運休なのである。
 五稜郭打切りや「北斗」への振替えがなされないのは、そういう事情も影響しているのかもしれない。この列車は札幌まで「北斗」に抜かれずに走ることになるようだ。

 また向きが換わって、わたしの個室は左窓になる。
 七飯(ななえ)からは路線が8の字状になるが、一旦合流する大沼(おおぬま)に九時二十分頃に着くと、また行き違い待ちとなる。何が来るかと見ていると、普通列車用のディーゼルカーがたった一輌で、らしからぬスピードで駆け抜けていった。この先の森(もり)に終着した下りの通学列車が、五稜郭の基地に戻って行くものらしい。拍子抜けしたが、一輌でも列車は列車で、やり過ごさないと前に進めないのが単線の宿命である。
 小沼(こぬま)と駒ヶ岳(こまがたけ)がさっきから見えている。この列車はここから内陸側の線を行き、左窓から大沼は見えない。上り列車だと海側の線を走るから、大沼と駒ヶ岳の組み合わせを愉しめるし、駒ヶ岳もいろんな角度から見られる。春の上り「トワイライトエクスプレス」に乗った時には、夕刻の情景に心うたれたのを思い出す。

 森にも長万部(おしゃまんべ)にも停まらずに、室蘭(むろらん)線に入る。十一時を過ぎたので、早昼に予備食料として買い込んでおいたパンを食べる。
 昼食時間帯を挟むことになるが、「北斗星」と違って「ダイナープレヤデス」の昼食営業などはしないようだ。その代わり、せめてもの配慮か、昼前に合わせてマドレーヌの販売があった。上りの大遅延の時のような缶パンの支給や買い物停車はない。停車しようにも、ホームに多数の売店があるような駅は限られているから、しかたないのかもしれない。

 やはり随所で交換待ちをしながら進むので、遅れはいよいよ積み増され、北海道最初の停車駅である洞爺(とうや)には、四時間十七分遅れの到着となる。機関車付替えや機関士交替のための停車はあったが、ドアが開くのは、新潟県の新津(にいつ)以来である。
 洞爺の先の稀府(まれっぷ)を通過したあたりで、十一時五十分になる。つまり、大阪出発からまるまる二十四時間が経過したのである。それでも、わたしについては、疲れたり飽きたりすることはない。
 東室蘭からは、かなり列車のスピードが上がった。直線や複線の区間が多くなったからであるが、後で時刻表を見ると、後ろから特急「スーパー北斗7号」札幌行が追い上げてきていたのが分かった。これから逃げきる必要もあったようだ。
 登別(のぼりべつ)、苫小牧(とまこまい)と少しずつ客を降ろしてはすぐ発車していく。南千歳(ちとせ)では、既に隣のホームに到着していた快速「エアポート133号」旭川(あさひかわ)行の発車を遅らせてこちらが先に出る。快速の後追いになっては、「スーパー北斗」に追いつかれてしまうからだろう。

 終着札幌に到着したのは、三時間五十八分遅れの十三時五十分頃であった。洞爺からは三十分近くも遅れを回復したことになる。所定ダイヤでは東室蘭~苫小牧間でかなり交換待ちがあるからでもあるが、ともかく最後の力走が効いている。

 五稜郭から頑張って列車を牽いてくれたのは、「北斗星」に合わせた塗装のディーゼル機関車二重連である。武骨な凸型だが、ヘッドマークも付けられてそれなりに優美さを湛えている。

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 折返し大阪行上り「トワイライトエクスプレス」の発車は定刻だと14時05分だが、間に合うはずもない。これから車輌基地に回送して清掃と整備を行うのである。後で聞いたところでは、この日の上りは十七時半頃の発車になったそうだ。

 結局大阪からの所要時間は二十六時間ちょうど、ということだ。わたしが「一般営業列車に乗換えも途中下車もしないで乗り続けた時間」としては最長記録となった。
 この記録は簡単には破られないだろうし、破られることがあればそれは深刻な災害か何かということになろうから、破りたいともあまり思わない。もちろん、所定ダイヤで二十六時間を超える運転時間の列車が今後登場するというなら、それは歓迎するが、その可能性も低いだろう。

(平成25年9月乗車)

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