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南海「天空」と雪の高野山

 南海高野(こうや)線に「天空」という特別仕様車輌による観光列車が走るようになったのは知っていたし、大阪に出かける機会は多かったのだが、あまりに奥まった所を運行しているので、なかなか足が向かなかった。指定席の取り方が面倒なのも、敷居が高かった。
 しかし、やっとこの間の休日に乗ることができた。

 空席情報は上記彩図に公表されているので、それを確かめてから「天空予約センター」に電話をかける。予約受付は9時~17時というお役所のような時間設定である。鉄道会社なのだから、職員は二十四時間いると思うのだが、なんでまたこんなきつい制限をかけるのか。
 さらに彩図には、「座席番号は選べません」「グループ予約で満席の場合は個人電話予約をお受けできません」「ご予約後のキャンセルはご遠慮ください」「運行当日のご予約はできません」などと註記があり、何から何まで不自由な列車である。
 どうも南海は、2輌しかない電車に予約が殺到して収拾がつかなくなる事態が怖くて怖くてしかたなく、指定席確保のハードルを過剰に高くしているようにみえる。

 しかし、電話した感触は全く違っていた。
 

 電話をかけたのは乗車予定の前日午後である。キャンセルしてはいけないのなら、予定が確定するまでは予約を入れられない。本当は前日でも確定とはいえないのだが、当日の予約ができないのでは、しかたがない。
 電話には極めて愛想のよい女性係員が出、よくぞかけてきてくださった、という思いに溢れた受け応えであった。しかも、
「お座席はどこになさいますか」
 と言う。座席は選べないはずなので、何も考えていない。その旨を告げると、
「お一人様でしたら、運転席右側最前列のお席はいかがでしょう」
 との提案である。空いてるならそこでいい、と答えると、十分空いております、とその場で座席が指定されてしまった。

 南海は、座席指定の特急も運行しているが、どうもWeb予約には消極的なようである。基本的に、駅に行かないと特急券は買えない。ケータイ画面を特急券代わりにできる、会員制のチケットレスサービスがある程度だが、それにも「天空」の指定席は入っていない。
 

 さて、わたしが予約した「天空3号」は、橋本(はしもと)発13時22分である。これに乗るためには、難波(なんば)発12時02分の急行で行かないといけない。この急行は橋本に12時52分に着く。三十分もの待ち時間はちょっと長い気がするが、そう指示されたので、乗らねばしかたない。

 橋本駅は、JR和歌山線との共同使用駅で、発着する列車本数は南海の方が多いが、JRが二面三線のホームがあるのに対し、南海のホームは一面二線だけで、駅本屋からも離れている。
 二線しかない所で両側からの折返し列車も捌くので、慌ただしい。「天空」もホームに据え付けられるのは、発車の直前である。
 わたしの乗った急行は、ホームの西寄りに停まるが、東寄りに極楽橋(ごくらくばし)からの終着列車も入る。一本の線路を東西に分けて使っているのだ。橋本~極楽橋間はカーブや勾配がきつく、車体長などの規格が特殊な車輌しか入線できないため、ここで乗換えとなる場合が多くなるのである。
 せせこましいホームの使い方をせざるを得ない南海をよそに、向こうのJRのホームには、マリンブルーに塗られた電車が悠然と停車している。あれは、和歌山から来た桜井(さくらい)経由奈良行である。行き違いをするわけでもないのに、橋本で9分も停まるのである。県庁所在地同士を結ぶとはいえ、大阪と直結しない列車なので、2輌の電車で十分な客しか乗っていない。

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 折返して難波行となる急行と向かい合って停まっている赤い2輌連結の電車は、車体長の短い「山用」車輌である。「天空」のような凝った内装ではないが、車内はクロスシートで、景観がよく勾配が急な路線に対応している。
 これが停まっている位置に「天空」が据え付けられるはずなので、この高野下(こうやした)行普通電車が出るまでは、来ないことになる。高野下行の発車は13時17分、「天空3号」の僅か五分前である。

 橋本駅の狭いホームには、「天空」専用の窓口が設けられている。予約した者はここで名を告げて指定券を交付してもらわなければならない。この窓口は「天空」発車前の数十分間しか開かない。
 ここで、補充券風の指定券をもらう。窓口の脇には、グッズを売る女性係員もいる。この人は、その後「天空」に乗り込んで、ガイドを務めていた。

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 「天空」の車輌はというと、留置線に停まっている。難波行特急「りんかん」の向こうにその姿が見えている。さきほどの高野下行が発車したのに続き、「天空」がのっそり動きだし、極楽橋方に一旦引き上げられた。
 編成は4輌連結で、後ろ2輌は自由席の一般車輌である。それがゆっくりと4番線に入って来る。自由席車が先頭で入るが、ちゃんと方向幕に「天空」の文字が見える。

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 この時には、既に「天空」の窓口は閉まっている。発車十分前には受付を終了するのであり、それまでに窓口に行けなかった者は、乗れないことになる。
 その十分間には、難波から次の急行が到着するし、JRホームにはさっきと逆方向の奈良発和歌山行が着くのだが、それらに乗って来て「天空」を眼前にしても、乗ることはできない。そういう客はいなかったので、実際に駆け込んできた人にどう対応するかは分からない。

 外側から車輌を観察してみる。
 緑と赤という色合わせは、あまりわたしの好みではない。昔の中国にこういう色が多かったように思う。赤をもう少しくすませて臙脂にすれば、いい感じになりそうではある。

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  二輌めとなる車輌は、壁の一部がぶち抜きになっていて、風が通る。ここが「展望デッキ」である。飯田線で乗った「そよ風トレイン117」と似た造りだ。
 座席配置は実にさまざまなパターンがあり、窓の方を向いたロングシートがあるかと思えば、四人がけボックスにテーブルがしつらえられていたりする。

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 あまり時間はないので、急ぎ乗り込む。
 わたしの席は予約どおり右側最前部の二人がけである。この列車に何を求めるかにもよるが、ある意味で最も恵まれた席だ。さっき指定券を受け取る時、台帳を盗み見たが、隣は空席のようだ。それ以前に、座席数の三分の一ほどの客しか乗っていない。
 ボックスに割り当てられたらしい家族連れの男の子が、そこに坐りたそうな素振りを見せたが、親が手を引いて行った。が、そもそもわたしの席には先客が坐っている。中年の男性だが、わたしがその人の顔と指定券を見比べるしぐさをしただけで、席を立って一つ後ろに移った。
 二列めに割り当てられて、あわよく空いていれば最前列に坐ろうということか、お気の毒に、と思っていると、車掌さんが来て、男性に指定券の提示を求めた。

 すると、予約をしていない、と背後で答えている。車掌さんは、有無を言わせず、自由席車へ行くように指示した。男性は、追加料金が必要なら払う、と言ったのだが、空席は十分あるのに、それも認められなかった。
 なかなか厳しいが、車掌さんはわたしの検札はしようとせずに去って行った。台帳と見比べて、空いているはずの席に坐っている人にだけ声をかけているようだ。結局極楽橋まで一度も検札はなかった。わたしが予約した本人であるという保証はないのだが、まあホームで引き換えたばかりだし、何となくこれでいいのだろう。
 全体に、列車の指定席と言うより、バスツアーのような扱いである。手続的にはツアーなのかもしれない。

  「天空3号」は、定刻に橋本を発車した。すぐに大きく右にカーブして紀(き)ノ川(かわ)を渡る。赤いトラスで守られた橋は、いかにも列車の鉄橋、という感じで、よい。トンネルも長短二十四本をくぐることになるが、最前部から見ていると、入口も出口も快感がある。

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 紀ノ川を渡ったらまた右に九十度曲がる。橋本駅の対岸に出て、和歌山線に並行して坂道を昇っていくかたちになる。紀伊清水(きいしみず)を通過する。橋本市街中心部へは、ここから道路橋を渡った方が、橋本駅からよりも近くなる。ここで橋本行普通電車と交換する。
 さらに紀ノ川南岸を西進し、学文路(かむろ)に停車する。ここは、「学問(文)の路」という字面から、その入場券が特に受験生のお守りとして人気が高い。この駅は無人駅なので、本来入場券など存在しないのだが、需要が多いので、橋本や難波など、南海の主要駅でもこの入場券を買うことができるし、通信販売もしている。
 そういうこともあってか、この「天空」も停車するが、後ろの自由席車に一人乗車があったようである。地元の人は日常の行き来にこの列車を利用しているらしい。
 次の九度山(くどやま)にも停車、ここから南に針路をとり、紀ノ川とも別れていよいよ山に分け入ることになる。この対岸にある和歌山線の駅は高野口(こうやぐち)である。あちらから見ればここが高野山の登山口ということなのだ。九度山の名は、弘法大師が母に会うため月に九度ここまで下りてきたことに因むそうだが、まさに霊山の入口だったのだろう。

 最初のトンネルを抜けると、高野下である。麓は晴れていたのに、山の天気になったのか、雨がぱらつきはじめた。先行していた赤い普通電車が、ホーム向かい側で折返し待ちしている。その駅名から、高野山に向かう観光客が誤下車するという事態が未遂も含めて跡を絶たないので、高野山への下車駅は極楽橋である旨、看板で知らせている。それならさっさと改称すればよさそうに思うが、適当な名がないのだろうか。
 電車は、不動谷川(ふどうだにがわ)というそれほど大きくない支流に沿って、湾曲しながら勾配を登る。最前部から見ていると、登り具合や曲がり具合がよく分かる。谷あいの集落は、遥か下に見えるようになる。小さくU字形に曲がって、通ってきた線路が右窓に見えたりもする。

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 下古沢(しもこさわ)を通過するとき、電車は徐行する、というより元々そんなに速度は出ていないのだが、なぜなら対面の今は使っていないホームに、「花屏風」と呼ばれる飾りつけがなされているからである。ガイドさんが、それに注目するよう、促す。元々周囲に分布していた折々の花を、車窓から眺められるように、地元住民がボランティアで立体的な花壇を整備しているのだという。
 上古沢(かみこさわ)では、ドアは開かないが、交換待ちのため停車する。何が来るのか、と思って目を凝らしていると、小雨をついて現れたのは、難波行の特急「こうや」である。わたしも帰路はあれに乗ることにしているが、電車が通ると、殊更に坂の急であることが分かる。停まっている駅部分も緩やかに傾いている。

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 上古沢を出た頃から、雨足が強まった。いよいよ人家も途切れるため、次の紀伊細川(ほそかわ)まで三キロほども駅がない。都市近郊の私鉄としては長い駅間である。紀伊細川では、難波行の快速急行と行き違う。橋本で分離された運転系統のなかにあって、特急以外では珍しく難波と極楽橋の間を直結する列車で、山用の短い車体を連ねた電車が難波まで入るのである。
 相当に谷幅が狭まってきた所に紀伊神谷がある。窓外の雨には雪も混じりはじめた。ガイドさんが降り支度を促す。特等席に乗っていると、降りたくなくなるが、線路の行き止まりも特等席なればこそ眼前に迫る。
 右手に欄干が赤く塗られたごくささやかな橋が架かっている。灰色に霞んだ車窓に、鮮やかに、というほどではないが、浮かび上がってくる。これが駅名の由来となった極楽橋なのだそうだ。クルマが一台通れるかどうか、という幅しかなく、くぐっているのも小川である。普通なら駅名になるような橋ではないが、そんなのに因まないと名が付けられぬほど何もない所に、ケーブルカーの起点を造らざるを得なかった、ということである。しかたなく極楽橋に終着した。

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 ホームに降りると、震えるほどの寒さで、難波はもちろん、橋本とも全く気候が異なる。日本海側に出てきたような錯覚に陥る。
 ケーブルカーは、特急とイメージが統一された塗装である。「天空」から降りた人が皆乗っても、だいたい坐れる。
 五分ほどで高野山駅に着く。橋本から極楽橋までの高野線の各駅もそうだったが、「天空」に合わせたデザインの駅名標が整備されている。ケーブルカーの常として、ホームは急な階段状になっているが、それを厭う客のために、改札口に上がるエレベーターが設置されているのは珍しいことである。普通なら、ケーブルカーに乗ってであっても、山に登ろうとするほどの人なら、足腰は丈夫なのだろうが、高野山の性格からいって、必ずしもそうでない人も乗るからであろう。

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 山上はすっかり雪景色である。近畿でこういうのが見られるとは思わなかったが、薄白い駅前広場には、南海りんかんバスの車輌が待機している。そのなかには、「天空」と同じ塗色の車もあり、それが奥の院前行として乗場に着いた。
 「天空」に接続する便にはこれを充てるようにしているのだろう。

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 高野山には三度ほど来たことがあるが、奥の院に参ったことはないので、バスで終点まで行った。奥の院前の停留所は鄙びた所かと思っていたが、意外に開けて賑わっている。

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 その後、別系統のバスで移動し、金剛峯寺の本堂にもお参りした。

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 傘をさしていても体の芯まで冷えてしまう。食堂に駆け込んで、暖をとっている観光客に交じる。

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