« 富山地鉄のレトロ電車 | トップページ | 福鉄ドイツ電車と工事中の田原町駅 »

神戸市バスささやかに乗りつぶし 平成26年春

 この春は、神戸市バスの完乗タイトルを防衛する必要は特にないと思っていた。市街西部で系統の再編もあったが、新たな停留所間が出現することはないかに見えた。
 それで、以前から気になっていた所を、落ち穂拾い的に乗ってみることにした。厳密な意味で完乗できていたのかどうか、定かでないのである。その後、再編した系統をよく見ると、やはり乗りつぶさないといけないことに気づいた。

  気になっていた系統は、73系統である。通常の73系統は、地下鉄の名谷(みょうだに)と妙法寺(みょうほうじ)、隣り合う両駅を、北須磨(きたすま)団地を経て結ぶ路線である。昭和52年の地下鉄西神(せいしん)線開業と同時に開設されたし、わたしも早い時期に乗ったことがある。
 ところが、それの区間便で、どうも引っかかる便がいつの間にかできていた。平日朝8時台に一本だけ、名谷駅発友(とも)が丘(おか)高校前行、というのがあるのである。この友が丘高校前というのは、友が丘停留所と一体のもので降車場の位置がちょっと通常と違うのかな、と思っていたのだが、これもいつの頃からか、路線図にも独立した停留所として、分岐して描かれるようになっていた。分岐するとなれば乗りつぶす必要がある。正式な扱いがどうなっているのかは知る由もないが、疑わしきは乗るのが無難である。
 しかし、運転される日や時間帯から考えて、これは高校生専用のような便ではなかろうか。もしかしたら、終点は高校の構内にあるのかもしれない。そう考えると、乗るのが億劫になる。妙な部外者が乗って不審に思われないか、と不安だからである。女子校でないのが救いだが。そうでなくても、込み合う朝の便に用のない客が乗っては迷惑ではないか、と思える。
 それに、平日朝しか運転されないのでは、勤めのある身では乗る機会がないし、そもそも名谷駅に朝八時に立つことがなかなか大変である。
 心理的にも物理的にもなかなかハードルの高い路線だったのだが、いつまでも放置することはできない。今年の春休み期間に、神戸の宿を早朝出立し、名谷駅に向かった。通学便だと、学休期間は運休になることも多いが、幸い交通局の彩図にある時刻表にそういう註記はない。春休みなら学期中ほど込まないだろう。

 名谷駅の広大なバスターミナルはいつ行っても壮観だ。何もない所を開発したニュータウンだから、自由な設計ができたのだろう。その後新設された地下鉄駅でも、これほどの広さのターミナルはなかなかない。バスの待機場も十分な広さである。
 いろいろなタイプのバスが集結している。少数になった方向幕のバスも走っているのだ。

143280771 143280870 143280871

 その待機所の中から、いよいよ友が丘高校行のバスが出てきた。方向表示は「友が丘(高校前)[止]」という感じの表記になっている。通常の友が丘バス停止りで入庫する便もあるからである。

143280872 143280875 

 予想どおり、乗り場に列を作っていたのは僅か数人である。クラブ活動の友が丘高校生が乗るかな、と思っていたが、意外にもそれらしい制服姿は女子が一人だけである。他は社会人らしい広い年齢層の人たちである。
 しかも、ドアが開いてからも、そういう社会人たちが続々乗ってきて、ほぼ席がふさがったのである。学生風も二人乗ったが、制服ではない。
 考えてみれば、73系統は駅から駅へ行くのだから、もとより終点まで乗り通す人がいるはずはなく、利用するのは竜(りゅう)が台(だい)や菅(すが)の台(だい)といった名谷南地区、さらに北須磨(きたすま)団地内へ行く人が大半であろう。行先の友が丘はそれらを越えた先にあるのだから、名谷駅から乗る人がこの便を忌避する理由はないのである。

 二人ほどの立ち客も出て、バスは発車した。はたして団地内で次々下車する。途中の停留所で待つ人は、「妙法寺駅へは行きません」というアナウンスを聞いて、見送る人が多い一方、名谷南センター前からこのバスに乗る人がいたのにも驚かされる。
 北須磨団地でも数人降りたが、その中には停留所に留まる人もいる。ここ始発の71系統須磨一(いち)の谷(たに)行に乗継いで須磨駅方面へ向かうらしい。そういう利用もあったのか、と思う。

 バスは通常の友が丘停留所に着いた。と、あの制服の女の子が降りて、友が丘高校と逆方向の住宅地へ駆け入ってしまった。てっきり友が丘高校生かと思ったら、そうではないのだ。車内は、わたしを入れて四名の陣容になった。
 下の写真は後で撮ったものだが、左の写真は友が丘停留所の方から妙法寺駅方向の交叉点を見たものである。奥に映っている市バスは妙法寺駅前行で、このように先の大きな道へ右折するのが73系統のメインルートだ。
 ところが、この友が丘高校前行は、その手前の道、青い乗用車が出てきている道へ折れた。この道に入ると右の写真のような所を通る。右に見えているのが友が丘高校の校舎である。バスは高校の正門の前に停まるか、あるいは門に入っていくのか、と思ったが、その前は素通りする。

143280882b 143280880

 その先の丁字路を左折した所に、頭が白いポールが立っていた。柱には「降車場」と書いてある。そこに停まったバスは、わたしたちを降ろす。高校の方へ向かった人は誰もいず、散っていく。そのうちの一人は、朝から営業している万代(まんだい)百貨店というスーパーに入っていった。
 バスは一分ほど停まると、その先を左折して、つまりさきほどの交叉点の方へ戻って、おそらくは回送で落合車庫に入庫する。 
143280876 143280879b

 実は、左折した先すぐには、74系統(名谷駅~柏台(かしわだい))の啓明(けいめい)女学院前停留所がある。友が丘高校前を除けば、そこが友が丘高校の最寄り停留所である。しかし、通学のピークたる八時台には、74系統の便はない。してみると、この友が丘高校前止りは、それを補うために設定されているようである。
 意外にも友が丘高校生が誰も利用しなかったが、学期中なら様相が異なるのかもしれない。この日に同高校生が登校していなかったわけではない。妙法寺駅からの坂道を、制服姿が続々歩いて登ってきていた。

 さて、ついでに市街地に出て、3月限りでなくなる系統を見ておこうと思う。
 大橋(おおはし)五丁目東行の停留所で待っていると、81系統が来た。従来は兵庫駅方面まで直通していたが、4月からはそれをやめた。 

143280960 143280964b

 4月からの81系統は、須磨一の谷~新長田(しんながた)駅の系統となった。
 これは、かつて存在した旧臨時85系統と同じ運行区間である。旧臨時85系統は、須磨水族園方面の観光エリアに市街東部や大阪方面からの客をスムーズに運ぶために開設されたものであったが、震災によって運行休止し、ついに復活しなかった。わたしも、一度乗りたいと思いながら、乗らないままになった。
 この運行区間になって、新長田駅付近の経路は小さな片循環(ループ)を描くようになった。すなわち、須磨方面から来て、本庄町(ほんじょうちょう)から国道2号を大橋五丁目まで直進、先を左折して新長田駅前の北行ブースで乗降扱い、そしてまた左折してJR高架の南側に沿って西進、さらに左折して大橋九丁目交叉点に出てこれを右折、本庄町に到って須磨方面に戻るのである。この経路も、旧臨時85系統と同じである。一応、新長田駅前が終着・始発となっているが、大橋九丁目・五丁目から須磨方面へ連続乗車することもできる。

 わたしは、6月になってから、乗りつぶしの意図などなく、試しにこの新81系統に乗ってみたのだが、それで新長田駅前→本庄町という新たな停留所間が出現していることに気づいた。復路の大橋九丁目交叉点に停留所はないのである。右折する関係で停まれないのだと思うが、そもそも停留所がないという扱いなのか、大橋九丁目を「通過」しているのか、定かでない。
 やや疑わしいながら、乗っておくに越したことはないわけで、結果的に乗りつぶしをしたことになる。旧臨時85系統が同じ扱いだったかどうかは、よく分からない。
 バスは中型のノンステップ車が使われていて、終始座席の八割程度が埋まる感じであった。昼間だったからか、買物のお年寄りが利用者の大半を占めていた。
 

 再び3月に遡る。
 系統自体がなくなる85系統神戸駅行に乗ってみる。

143281062 143281071

 元々八十番台の系統番号は、市電代替系統として設定されたものである。85系統も、市電松原(まつばら)線の代替で須磨と神戸駅を長らく結んできた。しかしその歴史も途絶えることになる。八十番台は、七十番台が満杯になってしまった名谷地区にシフトしつつある。市電の系譜を伝える八十番台は、先の81系統だけになってしまう。

143281076_2

 神戸駅前に着いた。長い間ここで見られた「須磨水族園」の行先も、見納めとなった。

 5月に入ってから、新設の96系統(神戸駅~中央市場~兵庫駅~新長田駅)にも乗ってみたが、利用状況は先の新81系統と似たようなものであった。

(平成26年3~6月乗車)

|

« 富山地鉄のレトロ電車 | トップページ | 福鉄ドイツ電車と工事中の田原町駅 »