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長崎周辺の列車とバス

 今年の夏は、中国・九州方面に出かけたが、最遠は長崎であった。
 長崎には、学生の引率では何年かに一度行くのだが、なかなか自分の旅では行かないので、この機会に、と思ったのだ。
 近辺の鉄道やバスにもいろいろ乗ることができた。

 長崎は、広島と並んで、路面電車の元気な街だが、広島と比較して、旧い電車を大事に使っている感じがする。

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 宿泊先に近いのは、宝町(たからまち)電停である。1~3系統が頻繁に発着し、どの電車も込んでいて、観光客だけでも地元客だけでもないので、感心する。 

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 1系統は赤迫(あかさこ)~出島(でじま)~正覚寺下(しょうかくじした)、3系統は赤迫~桜町(さくらまち)~蛍茶屋(ほたるぢゃや)で、この二つが幹線と言っていい系統だ。しかし現在、3系統の赤迫行は運休している。公会堂前交叉点で立て続けに脱線事故が起き、問題のあるポイント(分岐)を通らないよう、蛍茶屋からの赤迫行は、出島経由の2系統として迂回運行しているのだ。
 本来2系統は、深夜やイベント時のみ運行される臨時系統なのだが、これが終日運行される変則的な状態が、もう三カ月ほど続いているし、その前にも断続的な変則運行があった。抜本的な原因究明と対策がなされ、通常運行に戻る日が早く来ればいいのだが、とにかくそういう状態の長崎を訪れたわけである。

 さて、宝町から電車に乗り、以前から行きたかった、「きっちんせいじ」という洋食店を訪れた。
 電車のカットボティを利用した外装で、店の入口も、電車の折戸を活用している。

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 店内にも電車関係の展示などがあるが、この店の詳細は、『まるよし出歩く』の方で記事にする。

 この「きっちんせいじ」の最寄り電停は賑橋(にぎわいばし)である。宝町から賑橋へは、直通の系統はないので、わたしは3系統に乗って公会堂前で降り、一駅分歩いた。
 しかし、帰りは事故の功名で、賑橋から長崎駅前や宝町方面に乗換えなしで行けることになり、わたしも臨時運行の恩恵をこうむった。
 待っている間に、向かいのホームに明治カ~ルの広告電車が着いて、出て行った。昔のCMを思い出して、なんだか懐かしい色合いだ。これはカレー味の色か。

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 さて、長崎駅前の県営バスターミナルから、わたしは雲仙(うんぜん)行特急バスに乗った。
 特急バスといってもこれもまた、クラブ帰りの高校生や、地元のおばさんが多く、観光一辺倒ではない、ちょっと素朴な系統だ。実際、観光路線と生活路線を統合してできた系統らしい。

 基本的に橘湾(たちばなわん)に沿って走る。愛野(あいの)展望所、というカップルの聖地になりそうな名のポイントや、少年使節の一人である千々石(ちぢわ)ミゲルの出身地、千々石などを通り、小浜(おばま)の街に入る。小浜は海辺の温泉街で、放熱量が日本一なのが自慢だ。
 小浜の町で、駅名標の形をした墓石のようなものが車窓に映った。どうも駅の遺跡のようだ。そういえば、さっきから国道沿いに、不自然に細長く仕切られた田圃や空き地が目について、まるで廃線跡だな、と思っていたのだが、まさにそうらしい。が、こんな所に鉄道が通じていたなど、全く知らなかった。
 後で調べると、雲仙鉄道というのが、後で乗る島原鉄道の愛野駅から分岐して雲仙小浜という駅まで運行されていたそうだ。おそらく墓石は、その雲仙小浜駅の跡なのであろう。昭和十三年という時期に廃止された鉄道の遺跡が、今も大事にされているのだ。

 小浜を過ぎると、バスは一転して山登りを始める。終点の雲仙は、今度は山の上の温泉街となる。二つの雰囲気の異なる温泉を目指すバスなのだ。
 かなり広大に噴煙を上げる雲仙地獄を間近に見た後、終点の雲仙に着く。ここは島原(しまばら)鉄道のバスターミナルで、温泉街の中心だ。

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 このターミナルには係員が常駐していて、バスの切符も売っている。わたしは島原港までの切符を買った。いわゆる硬券と軟券の中間くらいの厚みがある、手触りが独特の古めかしい切符であった。

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 島原行の島原鉄道バスは、純粋な路線バス仕様の車輌だが、やはり観光路線の性格を併せ持っている。雲仙普賢岳(ふげんだけ)の大火砕流や平成新山の景観などのガイドが、自動アナウンスに組み込まれている。
 驚いたのは、「周遊券をお持ちの方も、切り取って運賃箱にお入れください」というアナウンスがあったことである。国鉄~JRの周遊券制度が廃止されて十八年も経って、こんなアナウンスを聞くとは思わなかった。あるいは、現地で「周遊券」と通称される割引きっぷでもあるのだろうか。乗り放題タイプのきっぷはあるが、「切り取って運賃箱に入れる」タイプのきっぷが今どきありそうにないのだが。

 島原港でバスを降りる。熊本・三池(みいけ)方面への船が発着するが、出た後なので、閑散としている。
 以前はここと熊本県の三角(みすみ)、つまりJR三角線の終点とを結ぶ船もあり、両端が鉄道に直結した、まがりなりにも「鉄道連絡船」と言えたが、今はもうない。この航路には、中学生時代の修学旅行で、貸切バスごと乗った思い出もあるのだが。

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 ここから三百メートルほども歩くと、島原鉄道の今は終点となった島原外港(がいこう)駅に至る。
 以前は駅舎もあったと記憶するが、現在は片面ホームだけの無人駅だ。黄色いディーゼルカーが発車待ちしている。
 以前からはさらに西方、加津佐(かづさ)まで路線が伸びていたが、廃止された。その加津佐方向にも線路は残っているのが、ディーゼルカーの後方に見える。
 スタイルも車内も、最近の地方私鉄によくあるディーゼルカーという感じだ。 

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 諫早(いさはや)行普通列車として発車した一輌のディーゼルカーは、次の南島原に停車する。ここには車輌基地があり、黄色いディーゼルカーが多数憩う。

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 その中に一輌だけ、クリーム地に赤帯の車輌がある。これは旧塗装、島原鉄道が国鉄に直通していた頃の、国鉄のディーゼルカーにイメージを合わせた塗装が再現されたものである。車内の吊り広告によると、これは「赤パンツ車両」というらしい。かつて、最も遠くでは小倉(こくら)まで、島原鉄道の車輌が乗り入れていたのである。

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 列車は海沿いを走る区間が多い。有明海(ありあけかい)の壮大な遠浅が車窓に広がる。大三東(おおみさき)駅は、ホームが海に直に面している。

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 そうかと思えば、神代町(こうじろまち)では、向かい側のホームの仕切りが、沿線の家の塀と一体化しており、しかもその家専用の通用口があったりして、驚く。こういう家なら住んでみたいものだ。
 総じて、私鉄の線路沿いはJRに比べて建造物が近く、列車からすぐ手の届く所にある。 

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 古部(こべ)を過ぎたあたりからは、何かと物議の対象となってきた潮受け堤防が長大な姿を見せる。

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 干拓の里という駅に停まる。あんまり記憶にない駅名だと思ったが、これは平成になってから新設された駅である。そういう名のテーマパークができたからだ。
 「干拓」と「里」がなんとなく語感としてつながらない気はするのだが、これが分かりやすいのだろう。それにしても、島原鉄道の駅名標は、その色合いやデザインが、駅に出された広告看板とあまり印象が違っていない。

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 諫早に近づいた所に、幸(さいわい)という駅がある。これも新設駅だが、当然ながら島原鉄道は、この駅の入場券をしっかり宣伝している。幸・愛野・吾妻(あづま)の三駅をセットにして売り出しているのだ。

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 こうした各駅に停まりながら進んだ普通列車だが、わたしは職業柄、どうも自動アナウンスの文言が耳につき、気になってしょうがない。
「次の停車駅は、〇〇に停まります」
 というアナウンスを駅ごとにくり返すのである。こんな文のねじれたアナウンスにしなくても、「次は〇〇です」とシンプルに言えばいいのに、ともどかしい。

 終点諫早の駅は、JRと一体となっているが、島原鉄道はワンマン運転が基本で、車内で運賃精算をするため、中間改札はなく、乗換え客は改めてJRの改札を入ることになる。

 翌朝は、長崎を離れることになる。
 宝町から長崎駅前まで、二電停間電車に乗るつもりだったが、億劫になった。朝ラッシュで電車は込んでいそうで、車内を乗車口(後扉)から降車口(前扉)まで移動するのも大儀だ。そのうえ、両電停とも歩道橋と直結になっていて、もちろんエレベーターなどはない。道路の交通量は多く、横断するのは危ない。
 だからわたしは、来たときは重く大きなキャリーバッグを不自由な手に提げて歩道橋を昇り降りしたのだが、これはなかなかしんどかった。歩道橋直結というのは、昭和の頃には時代の最先端をいっていたのだろうが、現代は世の趨勢に反する電停になってしまった。
 僅か二~三分電車に乗るためにしんどい思いをするくらいなら、歩いた方が楽かもしれない。そう思って余裕をもってホテルを出、ぶらぶら駅に向けて歩いた。平坦な歩道を歩く限り、キャリーバッグは勝手に転がってくれる。 

 駅に着いても時間があるので、駅前を行き交う電車やバスを眺める。
 最近、各地のバスで、回送車が方向幕で謝っている様子が話題になったりする。が、この県営バスの表示は、わたしが見た中では最も丁寧な表現である。

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 朝の電車は、系統番号のない築町(つきまち)行がしばしば来るのが見える。築町は市街中心の電停である。
 運休しているはずの、3系統赤迫行もやって来る。これは、問題の分岐を通らなくてもいいように、公会堂前始発で朝夕ラッシュ時のみ運転されているものである。逆の公会堂前行という便はないので、築町で終着した電車が公会堂前に回送されて3系統赤迫行になるのか、と推測して観察していたが、確としたことは分からなかった。

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(平成28年9月乗車)
 

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