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函館で見た乗り物たち

 さて、前記事のように、東京駅から新幹線で新函館北斗に着いた後、函館の市街に入った。そこでいろいろな乗り物や、乗り物に関する施設について、見たままをご紹介する。
 平成生まれのエンジニアと同行しているので、彼とわたしの見方の違いも楽しみである。

 函館山に行こうとして、函館駅前から山の麓にある十字街電停へ市電で移動した。乗ったのは昭和の香り漂う、昔ながらの市電という感じの車輌だった。が、その電車を降りて歩道に上がると、後続の電車は箱館ハイカラ號だった。
 しまった、一本やり過ごせばよかった、と後悔したが、とりあえず写真を撮る。わたしは以前に乗ったことはある。のだが、やはり函館が初めてである同行者も乗せてやりたかった。
 これは大正時代、函館市電草創期に走っていた車輌で、平成の初めごろに登場時の姿に復元された。冬季は運休するが、この種の車輌には珍しく、平日も含めて昼間運行している。

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 こういうインパクトある電車は、乗るよりも見る方がよい、と負け惜しみを言っておこう。

 さて、この十字街で見逃してはいけないのが、市電の操車塔である。
 交叉点の一角に、ポイント切替えを手動でやっていた頃、ポイントマンが詰めていた塔が現在も産業遺産として遺されている。下左の写真で、交叉点を曲がっている超低床電車のすぐ右側に見えている、巨大なぼんぼりのようなものがそれである。最近のアニメ好きなら、クインケみたい、と言うかもしれない。
 説明した案内看板も建っている。平成7年と、意外に最近まで使われていたようである。平成の初めまでは、函館市電にもあちこちに分岐点があったが、路線廃止によってここだけが残っている。この十字街にしても、現在は運行のない宝来町方面~末広町・函館どつく前方面を直通する系統もかつてはあったのである。
 なお、操車塔の向こうの建物が、函館市企業局のオフィスで、市電の経営母体ということになる。市電は「交通局」の運営であることが多いが、函館は市バスを民間移譲して、交通関係は市電だけが残ったため、企業局の中の交通部に改組されたのである。
 そして、看板の陰に見えているのは、自転車タクシー「notte」である。

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 この超低床車を見ていると、LED式方向幕の表示は自在で、日本語・英語・ハングル・簡体字・繁体字と五種類の文字で行先を表示するのはもちろん、「次は魚市場通」などという表示も出ていた。
 同行者は、電車も大好きなのだが、十字街交叉点のそばにある坂本龍馬像と記念館に大いに関心を惹かれていた。歴史好きなのである。函館と龍馬が一瞬結びつかないが、縁がないことはない。

 十字街から坂道を昇って、函館山ロープウェイの駅に向かった。
 駅は中腹にあるのだが、市街は斜面にもひろがっている。だから、ロープウェイのゴンドラが、住宅や神社の上空を滑っていく、なかなかシュールな場面が見られた(写真下の左)。
 ゴンドラが駅に到着するところを真下から見たが、横幅の広いゴンドラであることもあって、到着というより収納される感じがする(写真下の中)。

 乗り込んでから駅がだんだん小さくなるところは、なかなかわくわくするものである。
 幸いにも、同行者は「夜景」に特にこだわらなかったので、明るく込まないうちに函館山に登れて、よかったと思う。

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 そして、函館駅近くに繋留保存されている旧・青函連絡船「摩周丸」も見学した。朝市の至近距離にあるので、セットで散策するのがお勧めである。
 わたしたちも、朝市の店でいくら丼を食べてからここに来た。

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 中に入ると、プラレールを使って貨車構想の様が再現されている。

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 普通席とグリーン席、二種類の座席が展示されており、坐ることもできる。
 実際の運航時には、どちらにも坐ったことがある。わたしが乗った頃は、既に青函連絡船の廃止がほぼ決まっていたので、それなりに混雑していた。桟敷席では自分のスペースの確保が難しかったので、座席が無難と思ったのだ。この普通席は夜行便で使ったと思う。
 そして、グリーン席は通常運航の最終日に坐った。あの日のことは今でもよく覚えている。青函トンネルの開業日と青函連絡船の最終運航日は同じ日であった。一日だけ、両者が同時に営業したのである。JRの粋な計らいだったのか、夜行便・夜行列車の時刻のかねあいでそうならざるを得なかったのかは分からないが、これを活かさない手はないだろう。というわけで、わたしは下り特急「はつかり」で青函トンネルを通って函館に着き、改札も出ずに青函連絡船「十和田丸」で青森に取って返したのである。函館滞在時間は僅か九分だった。

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 そんなことを含めて、わたしの方だけ知っている現役時代の話を同行者に聞かせているが、優越感と歳をとった実感がないまぜになってくる。
 ともあれ、あの日のことは、言いだすときりがないので、別の機会に譲ろう。

 操舵室ももちろん開放されている。運航時にもブリッジ見学があったと思うが、現代だったらセキュリティ上難しいのではないか。 

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 無線室にも入ってみる。トン・ツー(モールス信号)式の無線発信機を実際に触ることができる。同行者の専門はこのあたりなので、格別の関心で見学している。

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 自動車航送を行っていた甲板も、そのまま残されている。
 こんな雨ざらしでクルマを載せていたのか、と意外である。運航時乗ったときは、自動車航送に興味がない、というか、そこまで目を配る余裕がなかったので、全く覚えていなかった。

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 見学を終えて下船したが、全体に運航時の状態をできるだけそのまま残そうとする姿勢が感じられた。
 間近に全貌を見ると、案外小さな船だったのだな、と感じる。長距離フェリーに乗り慣れた目で見ているからであろう。

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 こうして、陸海空(「空」はこじつけ気味だが)それぞれの乗り物を堪能して、函館を離れることができた。
 同行者も、函館を堪能してくれたようで、仕事の都合で先に帰ったわたしと別れた後も、五稜郭を観に行ったりしたそうである。

(平成29年5月訪問)


 

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