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終電感覚

 都市部に住んでいる人は、だいたい一般的な人間が活動している時間帯なら電車は動いている、という感覚がある。だいたい日付が替わる頃まではあるよね、というくらいにしか思っていない。呑み会や残業、時にはデートの下心に備えて、自分が通勤で使う路線の終電時刻くらいは覚えているケースが多いだろうが。

 都会人が、たまに地方に旅行してそんな感覚のままでいると、面食らったりすることが多かったのだろう。
 「青春18きっぷ」で鈍行旅行をするようなときは、その日のうちにどこまで乗り継げるか、しっかり調べてから出かけないと、変な所で中途半端に泊まることになって、却って高くついたりしかねない。 地方でも、酒酔い運転に対する目が厳しくなるにつれ、終電が遅くなる傾向にはなってきたし、金曜日だけ終電を繰り下げたりする路線も増えたが、それでも都市部に比べれば格段に早い。ちゃんと把握して行かないと、えらいことになりかねない。
 以下のエピソード、古い話になる。ダイヤは当時のものである。
 古い話になるのは、現代ならケータイで簡単に時刻を調べられるので、以下のような仕儀にはなりにくいと思われるからだ。
 

 国鉄末期かJR草創期、つまり昭和最末期だったと思う。学生だったわたしは、大阪を午前中に出て、福知山線・山陰線の鈍行を乗り継ぎ、鳥取で泊まる、というスケジュールに沿って旅した。幸か不幸か、鈍行は駅で長く停まったりするし、接続も悪いので、適度に途中下車など楽しみながら乗り進むことができる。

 温泉の外湯を浴びた後、城崎発18時06分の鳥取行普通列車に乗った。もう薄暗いが、余部鉄橋を渡る音だけ堪能したりした。途中の浜坂で十数分停まる。
 その間に、米子行快速列車が追いついて来て、先に出て行くことになるので、わたしも乗り換えた。

 快速のディーゼルカーに乗り込んでみると、通路を挟んだボックス二つに陣取っている若い男女六人のグループがいた。皆軽装かつ関西弁で、一部メンバーは、旅館の名の入った浴衣を着ている。知らない名だが、城崎温泉の旅館であることは、声高な彼らの会話から分かった。城崎に泊まっているグループが、なぜ快速列車に乗っているのか。
 じきに鳥取県に歩みを進めた車内で、相変わらず昂揚した会話を盗み聞くと、どうも彼らは、旅館の早い時間の夕食をあっという間に平らげ、外へ浮かれ出たが、温泉街が渋すぎて、若い世代が好んで過ごせるような所もない。ふらっと駅に入って路線図を見ると、鳥取まではすぐだ。鳥取なら都会だから遊ぶ所にも事欠かないだろう。しかもまもなく鳥取方面に行く快速が出る。快速なら、城崎に来る時に使った「青春18きっぷ」で乗れる。よし、いっちょ鳥取まで行ってみよう、ということだったらしい。
 関西弁の彼らにとっての「快速」のイメージは、駿足の新快速か何かであろうし、駅の数を数えて、意外に近い、と思ったのだろうが、都市部との駅間距離の違いは計算に入っていないようだ。普通乗車券を買えば、その値段から結構な距離があることに気づいたろうが。この快速の城崎発車は18時22分であった。
 わたしは彼らの会話を漏れ聞きながら、今頃から鳥取に行って、うまく城崎に戻れるんやろか、と疑問に思った。が、当時はケータイなどないし、時刻表も持っていなかったから、確たることも分からず、口を挟めない。仮に挟んだところでどうしてあげることもできない。
 快速でたった五駅先のはず(当時、大阪~神戸間も快速電車で五駅だった)の鳥取に、一時間以上乗っても着かず、日もとっぷり暮れてきたことに、さすがに彼らも口数が少なくなってきたようである。岩美から鳥取にかけては、人里離れた山中、すなわち闇の中を走る。その途中にある信号場では上り東京行寝台特急「出雲2号」と行き違う。この信号場はスイッチバック式なので、バックしてから改めて発車する、という不気味な動き方を真っ暗ななかでするため、よけいに不安が煽られる。

 鳥取に着いたのは19時46分である。彼らは、呑む時間あるんかなあ、帰りの電車の時間訊いとこう、と話しながら、わたしの前を改札口へと向かう。改札の駅員さんに切符を見せながら、リーダー格の男子が訊ねた。
「城崎まで行く終電は何時発ですか?」
「城崎? 城崎へ行くのは、もうないですね」
「え?」
「今出た豊岡行が城崎まで行く最終です」
 そういえば、さきほど快速が鳥取に着くのと入れ替わりに、ディーゼル機関車に牽かれた赤い客車が発車して行くのを見た。
「こんな時間に? もう、電車ないんですか?」
「この後、20時12分に出る「出雲4号」でしたら城崎行きますけど、特急寝台なんで、運賃料金かかってきますね」
「……」

 わたしはさっさと改札を抜けてホテルに向かったので、彼らがどうなったかは知らない。
 
 
 福井に移り住んで間もない平成一ケタ年後半頃、「青春18きっぷ」のシーズンである。
 日曜日にちょっと金沢に買物と散策に出かけて、遅くなってしまった。金沢19時16分発の福井行快速で帰ろうと思っていたが、のそのそしていて駅に着くのが遅くなり、19時35分発の敦賀行普通電車になった。

 ここにもまた、関西弁の女子大生グループ、彼女らも「青春18きっぷ」で乗っているようだが、五人グループのうち、四人は非常に垢抜けた美人で、あと一人が、度の強い眼鏡をかけてもっさりした恰好をしている。そして、一人携帯用時刻表とにらめっこしている。どうも彼女はコンダクター要員として動員されているようだ。福井までの間、眼鏡の子はにらめっこを続け、垢抜けた四人は口を開けて寝ている。
 福井には21時03分に着いた。大量の乗降があって車内がざわついたので、垢抜けた四人も目を覚ました。眼鏡の子がおずおずと言う。
「今から敦賀行っても乗り継ぐ電車がないんやないかなあ」
「うそー」
「予定より一時間遅なっただけやで?」
「そやけど、時刻表見ても、敦賀からの電車、載ってない」
 この北陸を行き来している旅の最中で、今夜は福井にでも泊まるのかな、と思って見ていたが、なんとこの時間から普通電車で大阪方面に帰る気らしい。誰かがぐずぐず買い物などしていて、予定の電車を逃したのだろうか。
 垢抜けたうちの一人が、いかにも要領よく生きてきたような、軽く強い口調で言う。
「あんた、ちゃんと見てんの? もう福井過ぎてんやし、敦賀までもうちょっとやん。十時ぐらいには敦賀に着くやろ? そんな時間に終電なわけないやん。常識で考えーや」
 それが終電なんやなあ、と笑いを堪えながら聞く。人が悪いようだが、これまた、教えてあげたところでどうなるもんでもない。このあたりの小駅で降りたところで立ち往生するだけだし、敦賀で状況を把握したうえでゆっくり考えればいいだろう。
 見下げた言い方をされて、眼鏡の子は黙ってしまい、また時刻表を捲っている。わたしは21時25分の武生で下車した。わたしだって、福鉄の最終にぎりぎりで駆け込まねばならないので、ひとの心配をしている場合ではない。

 この電車の敦賀着は21時58分の予定である。その先、大阪方面への接続は全くない。途中まで行く列車もない。当時、多客シーズンのピークにあたる数日に限ってなら、22時11分に臨時特急「北越4号」大阪行(金沢止りの特急が大阪まで延長運転するもの)があったが、この日はそれもなかった。次の大阪行は4時38分発の急行「きたぐに」となる。
 彼女らがどうなったのかも気にはなるが、知る由もない。垢抜けた四人が眼鏡の子に謝ったりは絶対しないだろうということだけは察しがつく。 むしろ、責任を圧しつけ合って、結局眼鏡の子が詰られるのではないか、と妄想たくましくしたが、それは当ブログの守備範囲外の要素である。
  

 神戸に住んでいた頃、都心の三ノ宮から自宅最寄り駅まで行く終電は、1時01分発であった。一応覚えてはいたが、歳の割に深更までの夜遊びには興味も機会も乏しかったわたしには、全く気にする必要がなかった。
 だから、そういう人たちの感覚も、分からなくはない。

(平成29年6月執筆)

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