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2018年3月26日

特急とバスで訪ねる足摺岬

 西の方へ旅行する、となると、どうしても九州を目指しがちで、山陰や四国は素通りしてしまう。気がつくと、もう何年も四国、それも南の方には行っていない。
 そこで、この春は四国四県を巡ってみよう。なかでも、四国の最も南西に位置する足摺(あしずり)岬には行ってみたい。高校時代に田宮虎彦(たみやとらひこ)の小説を読んだことで、ずっと行きたいと思いながら、機会がなかった。

 狭い四国といえども、鈍行で行き来するのはまどろっこしい。特急を主に使うことになるが、ちょうどいい企画きっぷがこの時期に発売されていた。

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 JR四国が、「四国お城スタンプラリー」を開催している。四国四県に散在するお城を訪れてスタンプを集めると、その数に応じて景品が貰えるのである。
 これに参加する人のために、「四国お城スタンプラリーきっぷ」がイベント期間に限って発売されている。JR四国と土佐くろしお鉄道の全線が三日間乗り放題となるもので、特急の自由席にも乗れる。

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 普段から「四国フリーきっぷ」というきっぷも常時発売されているのだが、そっちはJR四国全線の切符だ。「四国お城スタンプラリーきっぷ」は、それと千円も違わないのに土佐くろしお鉄道にも乗れる。わたしは土佐くろしお鉄道に少なくとも中村までは乗らねばならない。片道の運賃だけで千円を超える。
 それで、「四国お城スタンプラリーきっぷ」が好都合だったのである。

 名古屋から夜行バスに乗って、早朝の徳島駅に着いた。一日めの始発からめいっぱい時間を使うために夜行バスを使ったのだが、こんな時間の徳島駅は初めてである。鉄道としても、徳島着の夜行列車などというものもなかった。
 駅の改札は開いていないが、既にホームには各方面の列車が入っている。

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 徳島駅は、県庁所在地駅としては今どき珍しくなったが、地平に非電化の線路が並ぶだけの素朴なターミナル駅で、ホームの上にターミナルビルが覆い被さっていたりもしていない。そして、駅に隣接して車輌基地があり、多数の留置線が見える。
 国鉄時代の主要駅の姿を今に伝える貴重な駅なのである。

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 留置線には、最新型のエコタイプディーゼルカーと、国鉄時代に製造された武骨なディーゼルカーとが連結された編成が見える。
 ディーゼルカーというのは、あまり形式の違いにこだわることなく連結できるようなのだが、特にJR四国は昔からその傾向が顕著なように思う。最新型も、実際に他の形式と連結して運用されている姿を、この後もよく見かけた。

 最初に乗る列車は、6時47分発の徳島線阿波池田(あわいけだ)行特急「剣山(つるぎさん)1号」である。
 自由席にしか乗れないので、席の確保は気になるところだ。「剣山1号」は二輌連結で、前の1号車前半分が指定席、後ろ半分が自由席、そして2号車はまるごと自由席である。こうなると、間違って指定席に坐ってしまうのを恐れてか、自由席の客は2号車を選びがちで、1号車の自由席の方が空いている。わたしは1号車に乗ることにした。
 もっとも、列車全体で二十人ほどしか乗っていないので、気にするほどのことではない。半車の指定席には、家族連れと外国人観光客が六人ほど坐った。

 石井(いしい)に停まり、先に出ていた穴吹(あなぶき)行普通列車を追い抜く。目の前に跨線橋がきたが、その支柱に「鐵道院 大正四年」の文字が見える。特に衒いのない姿なので、建設当時の姿のままなのではないか。遺産ではなく現役で使用されている設備である。
 川田(かわた)では行き違いのために停車、ドアは開かない。向かい側のホームをゆっくり「剣山2号」が通過していく。「剣山」はほとんど二輌連結なのだが、2号だけは四輌も繋いでいる。徳島着8時03分なので、平日には特急通勤の客で込むのだろう。しかし休日の今日は、こっちと同様の乗車率である。
 穴吹で二分停車するので、ホームに降りてみた。この車輌は国鉄最末期の製造で、方向幕のサイズや文字も国鉄特急のそれである。辛うじて国鉄の姿を偲べる存在になっている。 

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 終点阿波池田に8時10分着。ここからは土讃線に乗り換えて高知に向かうことにする。
 特急「南風(なんぷう)1号」が入ってきた。これは岡山から海を渡ってきた三輌連結だが、後ろに高松始発の「しまんと3号」を二輌繋いでおり、五輌連結の高知行である。今度はJR四国になってから造られた車輌だ。
 岡山発時刻は早く、東京方面からの新幹線には接続していないので「南風」の車輌の方が空席が多いだろう、と踏み、その半車自由席に乗った。が、この列車も拍子抜けするほど全体に空いている。

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 既に桜が開いている大歩危(おおぼけ)峡を見たりしながら進み、一時間余りで終点高知に着いた。

 足摺岬の玄関である中村(なかむら)に向かうには、さらに特急「あしずり1号」に乗り換えることになるが、「あしずり」もここまで乗った「南風」と同じ型の車輌である。それで乗り換えさせられるのは、腑に落ちない。実際、中村まで直通する「南風」もあるのだが、不運な便に乗ったものだ。「あしずり」もまた二輌だから、二輌だけ切り離して中村まで行ってくれると簡単でいいのだが。
 それにしても、「あしずり」の自由席もまた空いている。さっきから三本乗った特急が、長い編成でもないのに皆がら空きなのは、JR四国の行く末を案じさせるものがある。休日であり、わたしが人の流れと逆方向に移動している、ということなのだろうが。
 前半分の指定席にほとんど客がいないので、自由席の最前列からでも前面展望が愉しめそうだ。
 しかし、中村着は11時32分で、その後はバス乗り継ぎになるから、「あしずり」の中で早昼を食べたいのだが、ホームの売店に弁当は並んでいるものの、店員がいない。悪意の人がいれば持って行き放題で、不用心だ。店員の休憩なら店を閉めて行くべきだし、特急が発車しようというタイミングで休憩をとるのもどうかと思う。
 わたしは、エスカレーターを昇り降りして隣のホームに行ってみたが、そこに売店はない。改札内コンコースにもない。しかたなく元のホームに戻り、メモと代金をレジに置いていこうか、と考えていると、どこからともなくおばさん店員が戻ってきて、からくも弁当を手にすることができた。

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 入手した「三色駅弁」は、なるほどおかずのラインナップを見ると駅弁っぽいが、容器や値札の感じは、コンビニ弁当と変わるところがない。折に掛け紙が付いた昔ながらの駅弁が珍しくなったことは承知しているが、そういうちょっとした演出で、気分が盛り上がるのになあ、と惜しい。時刻表で確認しても、これは正規の駅弁なのだ。
 もっとも、名物の「かつおたたき弁当」などを避け、比較的安い「三色駅弁」を選ぶわたしがいけないのかもしれない。が、腹具合との相談でこうなった。

 元々少ない客が、佐川(さかわ)、須崎(すさき)でほとんど降りてしまい、1号車自由席の客はわたし一人になる。窪川(くぼかわ)から土佐くろしお鉄道線に入り、決して味は悪くない「三色駅弁」を平らげたところで中村に終着。

 足摺岬行のバスは、特急到着の十分後に出るのが基本である。接続はいいのだが、わたしは荷物を預けたい。中村駅に近いホテルに泊まることにしているが、ホテルに預けに行く時間はない。それで、出札口に申し出て、駅で預かってもらう。有料だが背に腹は替えられない。

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 駅前から、高知西南交通の足摺岬行バスに乗り込む。

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  足摺岬まではバスで二時間近くかかる。それがまたなかなか足摺岬に来られなかった一つの理由でもある。土佐の小京都と呼ばれる中村の街歩きもそそられるが、迷わず足摺岬をめざす。
 それでも、バスの自動アナウンスは、随所に観光案内が入る。各地にある小京都というのは比喩的に言われることが多いが、この中村は、室町時代に一條教房(いちじようのりふさ)が意図的に京都を模したまちづくりをした所である。
 バスは、四万十川とそれに合流しそうでなかなかしない中筋(なかすじ)川に挟まれた狭い堤の上を走る。揖斐川と長良川の並流するあたりを思い起こさせる。大文字がかたどられた山を望んだりする。
 土佐清水市(とさしみず)の市街を通る。中村と遜色ない規模の、南土佐の中心都市だが、鉄道とは無縁である。森林鉄道や簡易軌道の類さえ周辺に存在したことはなく、鉄道の計画線もない。太平洋に面した港があったゆえに、鉄道を敷こうという発想がなかったのだろう。かつては、高知や大阪と結ぶ航路もあった。

 足摺岬は、土佐清水市街から南に突き出した半島の先端にある。半島の東岸と西岸それぞれに集落があるので、足摺岬方面のバスも、二種類の経由がある。このバスは西岸廻りである。
 西岸側の主な集落となるのは、ジョン万次郎の生誕地である中(なか)の浜(はま)である。この中の浜も、その南の松尾(まつお)も、集落の中は極端に湾曲した狭い道を行く。最小限、ぎりぎりバスの通れる幅の道を無理やり通した感じである。松尾の海沿いでは、いちばん海を見わたせる場所で、写真タイムを兼ねた時間調整停車をする。大戸(おおと)の集落内へ入っていく手前で再び停車して、行き違い待ちを運転手さんが告げる。集落内でバス同士のすれ違いは不可能だから、「交換」場所が決まっているのだろう。

 とんでもない悪路の連続だった西廻りのバスが、ようやく足摺岬に着いた。自家用車の観光客のためには、内陸を快適に走るバイパスが整備されていて、土佐清水からはバスの半分ほどの時間で着くことができる。
 バスの運賃表を見ていて気づいたのは、ごく短距離の区間を除き、運賃に十円の位の端数がないように設定されていることである。料金箱に十円玉の用意が少なくて済み、乗客も両替の手間が軽減される。こういう配慮は他の地域でも見倣ってほしい。 

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 足摺岬の入口には万次郎の銅像が立つ。黒潮に洗われる峻険な断崖に建つ灯台は、生きることの厳しさと哀しさを体現するようである。まさに文学の世界なのだが、もはや田宮虎彦などは観光客にアピールする要素にはならないようで、観光客向けのスローガンや解説は、専らジョン万次郎に絡めたもののみだ。
 万次郎が主人公の大河ドラマ制作を訴える看板も散見したが、今年の『西郷どん』が同じ幕末を扱っているし、万次郎も脇役で登場しているので、実現は微妙な情勢だろう。
 岬のたもとには、札所の一つでもある金剛福寺(こんごうふくじ)がある。一つ前の札所からは百キロも道のりが離れているから、難所の一つだろう。お遍路さんの姿も周辺に多い。わたしもお参りしておく。

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 帰りは東岸廻りの清水プラザパル行に乗る。東岸も、岬の近くは狭くるしい道を辿ったが、その先は西岸に比べるとまだしも走りやすそうだ。お遍路さんもこちらを歩くようになっている。
 途中左手に、唐船島(とうせんじま)が見える。昭和21年の南海地震で隆起して海水面が下がった痕跡が如実に分かることで、天然記念物に指定されている。そのことを運転手さんがマイクで説明する。往路のバスでは自動アナウンスで解説があったし、観光客はわたしくらいで、他の客は地元の人とみえるのに、わざわざ申し訳ない。
 清水プラザパルは土佐清水の中心にあるショッピングセンターだが、小規模なスーパーがあるだけで、飲食店などはない。閉店した跡は見えるが、いずこも同じく、郊外に新しいスーパーやドラッグストアができているのである。わたしもお茶くらい飲みたいところだったが適当な店がなく、プラザパルの休憩スペースで自販機のコーヒーを飲む。

 中村駅行のバスで戻る。駅の一つ手前、中村駅前東で下車、サンリバー四万十という大規模な名産品店に寄る。コンビニや郷土料理のレストラン、ホテルも隣接し、中村の観光拠点になっている。
 この周辺で、市内を巡るバスを見かける。観光客向けらしい「しまんとトロリーバス」は、もちろん無軌条電車ではなく、レトロなボンネットバスである。ジャンボタクシータイプの車輌で運転されている「中村まちバス」は、市民の足らしい。

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 ホテルに入ってしまうにはまだ時間が早いので、中村から土佐くろしお鉄道の普通列車に乗って、宿毛(すくも)まで往復してみた。こういうそぞろ乗りができるのは、フリータイプのきっぷの余得だ。
 中村の次の具同(ぐどう)の方が、市街の中心に近いし、何より郊外型の大型店が周囲に立ち並んでいる。乗降も多かった。宿毛にしても、宿毛駅よりも東宿毛駅あたりの方が賑わっている。なん十年も前に計画された鉄道線が、街の発展に追随していないのを感じる。
 しかし、昭和26年に窪川、昭和38年に土佐佐賀(さが)、昭和45年に中村、平成9年に宿毛、と小刻みに延伸をくり返した鉄道線を辿るのは面白い。新しい区間ほど勾配や曲線が緩くなり、高架橋とトンネルが多くなるのが分かる。景色は望みにくいが、気持ちいい走りになっていく。

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 高架があっけなく途切れて、いかにももっと延びたそうな宿毛駅では、改札から出ずにそのまま折返す。
 中村駅前のホテルは、市街から離れているので、夕食もホテル内の居酒屋ですませた。青海苔を練り込んだすり身の天ぷらがなかなかの美味であった。

(平成30年3月乗車)



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