身延線から中央特快グリーン開放へ
春には「青春18きっぷ」の三日間用を初めて使ってみよう、と計画していた。どっちに向かうか、となったとき、3月のダイヤ改正前日まで行われている、中央快速線のグリーン車「お試し利用」としての無料開放を体験したくなり、東京方面へ行こう、と決めた。
グリーン開放はなかなか人気があると聞いたので、込まないであろう都心と反対側の始発駅から乗ってみようと思った。それもなるべく長い距離が望ましいので、大月(おおつき)始発の中央特快に乗ることにした。関西から大月へのアプローチとして、「青春18きっぷ」を活用することを前提に、いろいろ考えた結果、身延(みのぶ)線で甲府に北上して、中央本線を利用することにする。
身延線は、乗りつぶしの際と、最長片道切符の経路として、の二回しか乗ったことがないと思う。三十年ぶりくらいに乗り通すのが楽しみだ。
大阪からの高速バスを、早朝の沼津(ぬまづ)で降り、東海道線の電車で富士(ふじ)に着いたのが、朝七時前である。わたしは、7時45分発の甲府行に乗ろうと思う。朝食のパンなど買い込んでも、まだ時間が余る。わたしは、ゆっくり電車を観察しながら待とう、と身延線のホームに下りかけた。
と、階段の上まで追いかけてきた駅員さんが、
「身延線はこのホームじゃありませんよ!」
と声をかけてきた。親切なことで、次の7時12分発も7時27分発も、なぜか隣の東海道線ホームから発車するのだ。わかってます、と言う意味で、わたしは頷いて片手を挙げた。
が、まだ不安なのか、その後も身延線ホームには、「この時間、このホームから発車する列車はございません。身延線ご利用の方は、…」という肉声アナウンスがくり返し流れた。申し訳ないことだ。しかし、12分、27分発とも、途中の西富士宮(にしふじのみや)止りだ。その先、身延、甲府方面へ行くには、45分発を待つしかない。45分発はこの身延線ホームの発車だ。
ベンチに坐って、行き交う電車を眺める。先発の12分発が、学生をいっぱい乗せて発車していく。その後には、東海道線の「ホームライナー沼津2号」沼津行が、特急型6輌で入ってきた。
いよいよ、身延線全線を走破する、甲府行が発車した。ボックスシート車2輌編成で、ワンマンカーのため途中の無人駅で降りる場合は前の車輌から、と案内があるが、わたしは終点まで行くので、後ろの車輌に乗った。
いわゆる買収路線なので、駅間距離も短く、飯田(いいだ)線などと似た乗り心地だ。もっとも、飯田線のように山奥の秘境駅を縫っていったりはしない。
源道寺(げんどうじ)で、静岡行特急「ふじかわ2号」とすれ違う。ほぼ満席で、客層を見ると、これもホームライナー的な使われ方をしているようだ。
富士宮は、まだ静岡県内のはずだが、駅前に発着する路線バスは、富士急系に山梨交通と、山梨県側の業者ばかりである。山梨交通はなかなか積極的に路線を展開したようで、東海道本線沿いの蒲原(かんばら)付近にも路線があるほどだ。
西富士宮を過ぎると、車窓はにわかにローカルな感じになる。右側の山肌に沿って、左側の富士川を遡っていくのだが、右側から合流する支流が刻む谷が、なんとも深い。この身延線の切り通しもかなり深い。山に貼りつくように墓地が作られている所が多い。同じ墓地には同じ名字が多く並ぶ。
ちょっと盆地が開けた所に出て、かつてなんでも屋だったであろう廃店舗が見えると、内船駅に着く。白梅が咲いている。
線区の中心駅ともいうべき身延に着く。身延山久遠寺(くおんじ)は花見の名所でもあるという。もう少ししたら、にぎわうことだろう。
塩之沢(しおのさわ)駅の手前に、「猫飛び出し注意」の幟を見る。子供ならともかく、こういう注意書きは初めて見た。よほど猫が多いのだろうか。
甲斐常葉(かいときわ)で、今度は「ふじかわ4号」と交換する。半分ほどの席が埋まっている。線路がカーブしているので、遠くの方の遮断機が下りるのが見え、こちらも発車する。次の市ノ瀬(いちのせ)では、電車に不慣れそうなおばあさんが、後ろの車輌の扉が開かないのでとまどったりしている。駅ごとに一人二人と乗ってくる。このあたりから、駅のホームにほんの少しずつ、残雪が見えるようになる。
久那土(くなど)の手前で、左側にいかにも高校の校地という感じの場所が見える。が、人気はなくがらんとしている。地図で見ると、山梨県立峡南(きょうなん)高校跡らしい。実業系の学校だったようだが、少子化のためだろう、統合されて三年前に廃校となっている。高校の再編も、各地で進んでいるのを感じる。甲斐岩間(いわま)あたりからは、前方遠くに雪で薄化粧した山が見えてくる。甲府よりもまだ北側の山並みだ。
鰍沢口(かじかざわぐち)の手前には、「児童横断中」の看板が道路に出ており、違和感を持つ。「横断注意」はよく見るが、これは初めてだ。朝から晩まで横断しているわけではないだろうに。鰍沢口は、甲府側から折返す列車が多い。この辺からが甲府近郊なのであろう。構内にも一編成の電車が留置されている。
その次の市川大門(いちかわだいもん)で交換した富士行は、ロングシート車ばかりの3輌編成であった。このあたりの路線は、どんな座席タイプの車が来るか、けっこうギャンブル性が高い。旧型国電の時代を思い出させる。甲斐上野(かいうえの)は、五つの母音がその順序どおり揃っている唯一の駅名として、その筋には人気だ。しかと駅名標を眺める。
東花輪(ひがしはなわ)は、中央市の中心駅である。山梨中央、とかではなくただの中央市という命名はなかなか大胆だ。山梨の中央は甲府ではないのか、と思う。駅周辺にはにわかに集合住宅が増え、中心駅であることはよくわかる。ここまで来ると、平野が開けていて、甲府の方まで見通せるのだが、まだ甲府市には入らない。
国母(こくぼ)は、昭和町の中心だ。この西方には、鉄道は通じていないが、南アルプス市という市もあり、なかなか命名が壮大な自治体が多い。
善光寺(ぜんこうじ)は、長野県にありそうな駅名だが、この近くにもそういう名の寺がある。そこを過ぎると、すぐに中央本線に寄り添い、三本の線路が並行するようになる。その途中にも金手(かねんて)駅があるが、これは身延線列車しか停まらない。
10時24分、終着甲府に着く。どこからか鐘の音が響いてきた。
10時41分発の高尾(たかお)行普通電車が来てみると、期待に反しロングシート車だった。この線も、ギャンブルになる線だ。途中、勝沼(かつぬま)ぶどう郷(きょう)からは、対岸、と言いたくなるような向かい側の丘に、「ぶどうの丘」が見える。ワイン好きのわたしなので、もちろんあそこまで歩いて行ったことがある。
中央特快の始発となる大月に、11時28分に着いた。少し待ち時間があるが、発着する特急「あずさ」や富士山麓電鉄などを眺めていれば、飽きなくてすむ。
ホームの待合室には、ダイヤ改正から営業を始めるグリーン車のポスターやリーフレットが置かれ、ホームのサイネージでも熱心にPRしていた。
ダイヤ改正でサービスを開始するグリーン車なので、中央快速線の編成には順次グリーン車が組み込まれていってる最中だ。だから、全編成にグリーン車があるというわけではないのだ。グリーン車付の編成が来るまで何本でも見送る覚悟はしているが、どうなるか。今はダイヤ改正直前だから、大半の編成には入っていそうだが。
グリーン車が組み込まれているかどうかは、スマホアプリにある列車走行位置表示を見ると、見分けられる。編成輌数も表示されるので、それが10輌なら普通車のみ、12輌ならグリーン車付なのだ。それで見てみると、次の東京行中央特快へ折返し運用となると思われる大月行は、「12両」と表示されている。どうやら時間のロスなく進めそうだ。
改札口に面したホームで待っていると、その終着列車が到着する。ちゃんとグリーン車がある。
勝手を知った人が、グリーン車の乗車口に並んでいるが、四つある乗車口に二人ずつくらいで、大したことはない。
扉が開いて、次々人が降りてくる。ドアを閉めて車内整備、ということもなく、入れ替わりに乗り込んでいいようだ。そもそも整備の要員が待機する様子もなかった。二階に上がると、座席の向きも下り側を向いたままである。自分が坐る前後の所だけ、各自自主的に回転させる。天井のカードをタッチする所も、まだ稼働していない。
一階や平屋席の様子はわからないが、この二階席にはわたしを含め二人しか乗っていない。車輌全体でも数名程度だろう。この状態で発車、ホームにある広告も窓を流れていく。走行位置表示で、自分の列車を確認したりする。
あまり人が乗ってこないまま、高尾の一つ手前、相模湖(さがみこ)まで来た。ここで七人ほどまとまって乗ってくる。
相模湖から高尾までは、トンネルを抜けたり谷を渡ったり、忙しい。谷間に釣り堀が見えたりする。いわゆる「都内」と郊外の境目ということになる。
右に京王の高架が見えると、高尾である。
高尾からは、中央特快・快速が主になる区間である。隣に停まっているここ始発の快速にも、グリーン車が連結されている。窓側の座席は全て埋まり、通路側にもぽつぽつ坐るようになる。
高尾を出る時、右側にこれ以東の普通電車に運用される車輌で、セミクロスシートタイプのが留置されているのが見える。口惜しい。
八王子(はちおうじ)では、乗り込んできた五人くらいの男子高校生グループが、騒がしく空席を探している。こんなグリーン車は、今しか見られないだろう。そのうちの一人がわたしの隣に腰掛けた。車輌全体も、ほぼ満席になったようだ。
立川(たちかわ)になると、もうここでは坐れない、と分かっているのか、乗り込んでくる人も少なくなった。都心に近づく方がかえって車内が落ち着いている。
中野(なかの)まで来ると、中央総武緩行線の黄色い電車が車庫で休んでいるのが見える。その向こうにはもう新宿(しんじゅく)のビル群も。
新宿で、四割くらいの人が降りた。隣の高校生も降りる。乗ってくる人もいて、できた空席の半分ほどが塞がる。
神田(かんだ)に着いたので、降り支度を始める。ホーム向かい側の下り電車も、グリーン車付だ。やがて、東京駅に入る。
ドアが開き、狭い階段を下りて、ホームに出た。
ホームで待機している整備係員も、予行演習の真っ最中のようで、口々に打合せをしながら、車内に入っていく。昔の特急のように、車内で食べた弁当やら読んだ新聞やら何やらが放置してあると、整備に時間がかかりそうだが、このごろはマナーも向上し、たいていの物は乗客が持って降りてくれるようになった。だから、三分程度の折返しも可能になるのだろう。
ひと通り車内の巡視が済むと、ここでは座席が自動的に回転する。二回に分けて一列おきに回転する方式だ。
すぐに折返し青梅(おうめ)行の客が招じ入れられ、発車していく。なかなかの手際だ。
なお、この中央特快の大月から東京まで(折返し時間を含む)は、断片的ながら動画にまとめたので、併せてご覧いただければ幸いである。特に、座席回転の様子などは、動画の方がわかりやすいだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=5MzO51JH3Uo
わたしは、これから東海道線で元の沼津に戻って泊まろうと思う。
東京駅の中は、新幹線のトラブルがあったようで、かなりごった返しており、弁当を買うのも一苦労であった。
(令和7年3月乗車)
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