近江塩津駅待合室

 滋賀県の北端に位置するJR近江塩津(おうみしおつ)駅は、湖西(こせい)線が北陸線に合流するジャンクションである。
 特急に乗っていると、ここには停まらないので、意識せずに通りすぎてしまうが、「青春18きっぷ」などで普通列車の旅をしていると、ここで乗換えることが多くなる。北陸線の敦賀(つるが)方面は県境を越えることになるから、地元客の流動は少なく、北陸線長浜(ながはま)方面と湖西線近江今津(いまづ)方面とを往来する客が多い。
 しかし、その長浜方面と近江今津方面とを直通する列車は、スイッチバックを要する駅の構造もあって、朝夕の数本のみである。その不便をいささかでも補うため、両方面の接続は概して優先されている。
 ただこれが旅行客となると、県境を越えて敦賀方面へ移動することになる。昼間のダイヤだと、近江今津方面と敦賀方面とは新快速が直通するので問題ないが、長浜方面と敦賀方面との行き来は、ここで乗換えなければならず、その接続も悪い。

 周囲に何もない町外れの駅で途方に暮れる乗換え客をもてなすため、以前からこの駅では、待合室で簡易的な食堂営業が行われている。委託された駅の窓口と、食堂の厨房とが一体化している。

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鯖江駅の特急臨時停車

 福島からの帰りは、金沢で最終の「サンダーバード」(48号)に乗るスケジュールになった。
 通常なら福井で降りて福鉄に乗り換えて帰らないといけない(福井の次は敦賀まで停まらない)ところ、この日はサンドーム福井でのコンサートに合わせ、「サンダーバード48号」が鯖江に臨時停車してくれたので、嬉しくこれで鯖江まで帰った。

 コンサートを終えて関西方面に帰る客のための臨時停車なので、鯖江駅のホームで多数待っていた人たちが乗り込んだが、下車したのはたぶんわたし一人である。
 この停車時間を捻出するため、福井を出た列車は、怖いほどのスピードでぶっとばした。

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 そういうことなので、各種表示にも臨時停車があまり反映していなかった。
 金沢駅でのホームの表示にも。

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 車内の電光表示にも。

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 さすがに車内放送ではきちんと案内していたが。
 
 この他、福井方面には鯖江始発の臨時普通電車2本が運転され、客の集中に備えていた。

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 夜10時近いとは思えない鯖江駅の賑わいに、目を見開かされた夜であった。

 この先、あの超人気アイドルグループのコンサートも予定されている。今回にもまして、混雑することだろう。

(平成28年4月訪問)

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阪堺電車住吉付近の年末年始

 先月末で廃止された「日本一終電が早い駅」・阪堺(はんかい)電気軌道上町(うえまち)線の住吉(すみよし)公園駅には、昨年暮れ、朝の「終電」の時間帯、そして終日臨時電車が増発される初詣の時期にも立ち寄った。
 住吉公園駅は、数年前から、朝ラッシュの限られた電車だけが発着するようになってしまっており、昼から夜は閉鎖されていたのである。それが遂に廃止されるというので、徐々にマニアなどが集まるようになっていた。

 暮れの頃は、まだ落ち着いていた。
 南海の住吉大社駅から、ガード下の通路を抜けて駅に行く。通路には店もあるのだが、朝ラッシュの時間はほとんど閉まっている。通路に掲げられた「住吉公園駅」の看板はもう撤去されているのだろうか。
 通路からホームに抜ける所にも、居酒屋があったりして、路地の雰囲気がある。一時は電車を待つ客のためのカラオケルームが設けられていたこともある。

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 1・2番線の二線の線路がある。1番線は両側にホームがあり、東側のホームが降車ホームとなっている。
 駅に入る所は、珍しくカーブ上にダブルクロッシングがある。

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 通常は1番線で折返すが、平日に一回だけ2番線で折返す電車があり、このときだけ二輌の電車が並ぶ。錆取りの意味もあるのだろう。
 2番線からの発車も、貴重なシーンとしてカメラに収めておく。

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 そして、下の写真が駅の時刻表である。平日は8時24分が終電。僅か200メートルほど歩いた所に、阪堺線の住吉鳥居前電停があるので、廃止してもそんなに支障はない。

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 1月2日は、住吉大社に初詣がてら、阪堺電車の様子を見てきた。いつもなら初詣は神戸市内で済ませるのだが、住吉公園電停にとって最後の正月になるから、見ておきたかった。住吉大社初詣は、阪堺電車の総力を挙げて輸送にあたる大イベントである。
 
 住吉大社付近に行く前に、堺市内のセンターリザベーション区間、とりわけバリアフリー工事が進んでいる宿院(しゅくいん)電停あたりを見てみる。近代的な電停に生まれ変わろうとしているのは心強い。その区間を、大阪市電と共通の三枚窓を誇るツリカケ電車が走るのは、面白い風景だ。

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 また、御陵前(ごりょうまえ)電停付近にある水路から望む阪堺電車は、堺市内と思えない風情を感じる構図になる。

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 住吉~住吉公園の廃止に伴い、ダイヤ改正が行われるので、その告知がもう電停に貼られている。

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 満員の電車で住吉へ移動。
 正月は車輌総動員で増発運転しているので、古いタイプの電車もやって来る。茶色のレトロな電車は、昭和3年製造の164号で、住吉公園電停を惜しむヘッドマークが付けられている。

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 この住吉交叉は、今や貴重な存在である路面電車の複線同士が交叉する箇所である。ここを新旧の電車が行き交う。

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 交叉の脇には、臨時の切符売場が設けられ、女性係員が愛想よく切符を売っている。普段は現金やプリペイドカードで運賃を収受するから、紙の切符は珍しい存在である。せっかくなので、これを購入して乗る。

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 天王寺(てんのうじ)駅前行は住吉交叉の西詰・南詰の二カ所から乗車するようになっている。ホームは手狭なので、二手に分けた方が好都合だが、来年からはそれができなくなる。どうするのだろうか。
 一方、廃止予定ゆえか、住吉公園電停は積極的に案内していないが、ここからも乗ることができる。1番線と2番線交互に発車するので、常にどちらかの線で電車が扉を開けて発車待ちしており、ここでなら待たずに乗れるし、確実に着席できる「穴場」となっていた。これも今年限りである。

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 住吉鳥居前の電停は、乗降ホームを分離して、スムーズな運行を図っているが、とにかく人が多いので、常に電車が停まっているような状態である。料金も地上の係員が収受するようになっている。

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 わたしも住吉公園から天王寺駅前行に乗る。
 天王寺駅前に着いてみると、ここはもっと大変なことになっていて、地下街に何重にも折返して乗車列が伸びており、最後尾の人はおそらく五便以上待たないと乗れない状態であった。
 やはり、住吉大社の人気は大したものである。

 この駅も鬼籍に入ってしまったが、住吉公園廃止後、日本一終電が早いのはどこの駅になったのか。それに誰も言及しないし、わたしも分からない。お分かりの方はご教示いただきたい。
 三月以降はJR北海道札沼(さっしょう)線の終点、新十津川(しんとつかわ)駅がそれに該当することになりそうだ。

(平成27年12月・28年1月乗車)

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そんなに寂しくない新十津川駅

 急行「はまなす」で札幌に着いた後、札沼(さっしょう)線に乗り継いでいくと、終点の新十津川(しんとつかわ)まで行くダイヤにうまくつながる。

 新十津川は、現在でも一日三往復の列車しか発着しない超閑散駅なのだが、これが三月改正からは、わずか一日一往復にまで減ると報じられている。新十津川は、乗りつぶしの時に行って以来、足を運んでいない。時間もあるので、近頃の様子を見てくることにした。

 年始の冬休み期間なので、けっこう同じ魂胆の人がいるのではないか、と思って、新十津川行に接続する一本前の電車で、石狩当別(いしかりとうべつ)まで行くことにした。新十津川行は石狩当別始発である。

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 それでも、ディーゼルカー一輌の新十津川行は、ほとんどのボックスに客がいる。わたしは辛うじて空いていた右側のボックスを取る。本来の接続電車が札幌から着くと、デッキには立つ人もでてくる。
 発車して、次の駅が北海道医療大学である。札幌からの電車で、石狩当別始発の列車に接続しないものは、多くがこの北海道医療大学が終点となっている。ここまでは通学生などが乗るのだろう。一駅だけで、立ち客はいなくなった。札沼線は「学園都市線」という愛称がつけられており、このディーゼルカーの側面にも、その愛称の札が掲出されているが、その名に相応しいのは、この一駅間だけのようだ。
 さらに、二十分以上停車する石狩月形(つきがた)に着くと、一般客よりも乗り鉄の方が多くなった。時間があるので、皆思い思いに写真など撮っている。

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 浦臼(うらうす)を出ると、ついに実用的な利用者は皆無となった。浦臼から先が、一日三往復しかない区間だ。雪が深いから、沿線の地勢が確とは分からないが、牧場が続く、平凡な道央の風景のようだ。並行する道路も整備されているし、一往復になっても支障がなさそうに見える。
 ローカル線の主要な客であるはずの高校生も、この区間には乗らないだろう。高校の始業に間に合うような便はないのだ。
 そうなると、なぜ一往復だけ残し、廃止しないのか、逆に疑問である。線路の維持だけでも大変なコストのはずである。どうせ線路があってダイヤに余裕があるのなら、札幌から近いのだし、観光客向けの列車でも走らせてはどうか、とも思う。しかし、SL、トロッコ、グルメ列車…、そんなものが似合うような線でもないから、難しい。だいいち、今のJR北海道にそんな余裕はなさそうである。

 そんなことを考えるうち、終点の新十津川に着いた。ここの名物でもある、近隣の保育園児による出迎えがある。列車を降りて駅舎に入ると、歓迎の言葉とともに、記念のカードをくれた。

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 一日三往復だけ走るローカル線の終点駅、というと、これ以上ないくらい鄙びた土地柄を想像するかもしれない。しかし、駅の周辺は家屋や店舗、それに工場などが建ち並んでいる。人がいないわけではないのだ。
 実は、新十津川の街は、石狩川を挟んで滝川市街と向かい合っており、滝川との間を十五分程度で結ぶバスが頻発している。人の流れは滝川に向いているのだろう。

 列車を降りた二十人ほどの客は、三つのグループに分かれた。そのまま折返し列車で引き返す人、すぐのバス便で滝川に向かう人、そして駅に残って折返し列車を見送り、付近を観察する人である。わたしは最後のグループに属する。
 すぐにバスで滝川駅に向かい、列車を乗継ぐと、廃止が近いと噂される留萌本線の終点、増毛(ましけ)に行く列車に乗れるので、そういう行程をとった人もいるだろう。

 わたしは、園児とともに折返し列車を見送る。

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 夏に来ればまた印象も違うのだろうが、雪に包まれた駅は、消え入りそうに佇んでいる。駅舎には、侘びしい時刻表なども掲示されている。

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 三々五々、客が散りはじめる。散る、といっても、滝川に出るしかないから、皆次のバスに乗るため、町役場に向かうのである。

(平成28年1月訪問)

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奥越の駅二題~ 九頭竜湖と勝山カフェ

 初夏に福井県東部の奥越と呼ばれる地域に出かけてみた。

 「青春18きっぷ」の発売が始まり、常備券(いわゆる「赤券」)を買おうと思ったのが、出かけるきっかけであった。赤券は何かとマニアに人気だが、北陸に住んでいると、自然に赤券を買うことが多くなる。北陸線には売っている駅が多いのである。
 ただ、越美北線(九頭竜線)の終点の九頭竜湖駅では買ったことがなかった。一度買ってみようと思う、というか、こんなことでもないと九頭竜湖まで行かないのである。大野まではまだ行く用事もあるのだが。

 福井から午前中の九頭竜線に乗って、一時間半強かかって九頭竜湖に着いた。九頭竜線自体も、約半数の列車は越前大野折返しとなるから、九頭竜湖まで来る列車は一日五往復のみである。
 越美北線は、国鉄の開通させたローカル線としては比較的新しく、この九頭竜湖駅が開業したのは昭和47年である。だから、駅舎もそんなに古いイメージではない。

 この駅には何度か来たことがあるが、その多くは、岐阜県側の美濃白鳥からJRバスで県境の油坂峠を越えて来て、列車に乗り継いだのである。あまり乗継ぎ時間もなかったので、あんまり駅を観察したことがない。
 といっても、今回もこの列車が折返す十二分間しか滞在しない。目当ての「青春18きっぷ」は無事入手できたので、駅前広場を散策する。現在はJRバスの乗入れはなく、大野市営のコミュニティバスの乗り場がある。

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 駅前広場の右手には、道の駅を兼ねた観光案内所がある。地元の物産なども販売しているが、それほど品数は多くないし、すぐ口にできるような食べ物も売っていない。

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 今乗ってきた列車の中に戻る。運転士さんは、特に怪訝な顔もせず、観音開きの扉を開けてくれた。すぐ引返す客は珍しくないのだろう。こういう新しいタイプのディーゼルカーだが、扉は手動になっているのである。
 このディーゼルカーは、越美北線開業五十周年を記念した塗装が施されている。これは沿線の一乗谷遺跡をイメージしたラッピング車輌である。車内にも塗装の説明が掲示されている。

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 せっかくの飾りつけだが、残念ながら越前大野まで客はわたし一人であった。こういう超閑散としたローカル線の味わいも久しぶりである。
 越前大野で下車すると、駅前からすぐにバスの便があった。これで勝山に向かう。えちぜん鉄道の勝山駅に開店したというカフェを訪れたかったのである。
 大野と勝山とを結ぶバスにも何度か乗ったが、寄り道して高校のすぐ前に新設された停留所に停まるなど、細かな改善がなされていた。

 勝山駅前でバスを降りると、すぐ前に古風を残しつつもきれいな駅舎が待つ。この駅舎と駅前広場は、昨年(平成25年)に再整備されたばかりである。再整備の直後にも訪れて、記事にしている。
 その駅舎、待合室だったスペースを一角が、カフェになっている。巨大なサイフォンが迎えてくれる。

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 店内には、勝山駅とえちぜん鉄道の歴史を示すパネルと展示物がある。カフェになる前から展示してあったものであろう。それを見ながらお茶を飲むことができる。

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 メニューはほぼドリンクで、固形物はケーキが数種類のみである。カレーやサンドイッチなどの軽食がないのは残念である。ただ、電車の待ち時間をつぶす、という趣旨だとすれば、最大でも三十分だから、これでいいのかもしれない。

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 わたしはケーキとコーヒーを注文することにした。薩摩芋のパイとコーヒーのセットがカウンター席に届いた。
 カウンターと言っても、窓に面していて、電車やバスの出入りを眺めることができる。あのテキ6の保存展示場も正面に見えるが、遺憾ながらテキ6にはカバーが掛けてあり、よく見えない。

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 電車は最初から一本遅らせるつもりだったので、ゆっくり四十分ほど滞在した。三人の従業員がいたが、制服も清潔で、なかなか洗煉された接客であった。

 狙ったわけではないが、やって来たのは七夕アート電車であった。その旨のヘッドマークが付いている。

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 福井工業大学デザインアート学科の学生がデザインしたものだという。
 天井や座席の背凭れに、細かい手が入れられていて、目を愉しませてくれた。

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 近すぎてなかなか出かけられない奥越の旅は、その距離に似てこぢんまりとした心地よい印象を残してくれた。

(平成26年7月訪問)

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福鉄ドイツ電車と工事中の田原町駅

 福井鉄道にこの3月に入線したドイツ電車「レトラム」は、土曜休日の昼間のみ福井駅前~田原町間を往復運転することになっていた。
 が、黄金週間を前にして調子が悪くなったのか、運休が相次ぎ、やきもきさせられた。せっかく多くの人へのお披露目の機会となり得るというのに、結局黄金週間のほとんど、運行中止となった。

 せっかくの新規導入車輌がどうしたことか、と心配になったが、黄金週間が明けた5月8日(金)に、10・11日の週末も運行中止、と発表された。ところが、10日の夜になって、急遽11日は運行する、と前言を翻す発表がなされた。福鉄のこういう情報は、公式Twitterアカウントによるツィートによって、最も迅速に発表されるので、チェックしておかねばならない。それはともかく、どうも落ち着かないことで、またいつダウンするかもしれない、と思い、乗ってくることにした。

 福井駅前の電停で待っていると、黄色い車体が徐々に近づいてきた。

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  電停に停車したので、外観をあれこれ観察する。方向幕にはシュツットガルト市内の行先がそのまま表示されている。そして、本来系統番号を表示する窓上の幕に、本当の行先が書いてある。
 ヘッドライトが二つ縦に並ぶ前面は、広島のハノーバー電車と同様である。
 車体側面の広告もドイツ時代のままだが、これはドイツ語に堪能な方に見てもらったところ、家具屋の広告とのことであった。 

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 意外だったのは、ドア部のステップの折り畳みが手動であったことである。電停に着くたびに、車掌がロックを外してステップを下ろす。このステップは福鉄に入るのに合わせて設置されたものである。自動にはできなかったのか、と思う。

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 そのステップを上がって車内に入ると、なかなか清潔感があって落ち着く内装である。四人掛けと二人掛けのボックスが並び、車端部のみロングシート、というセミクロスシートである。ボックス部には小さなテーブルも付いていて、ちょっとした飲物やお菓子など愉しむのもよさそうだ。

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 また、車内の壁には、ドイツ語の勉強のための掲示があちこちにある。シュツットガルトの路線図がそのまま掲示されてもいる。

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 そういう観察をしているうちに、発車時刻となった。
 ステップを上げてドアが閉じられたのは見えたが、動きだす瞬間に気づかなかった。古い電車だという先入観があるせいか、滑り出すような発車が予想外である。
 あまりスピードは出さないが、出さないのか出せないのかは分からない。路面区間にはちょうどいいのんびりした走りである。

 途中の仁愛女子高校で、五分ほど時間調整する。福井駅前と田原町、両終点の折返し線がそれぞれ一線しかない関係で、定期列車の運行を乱さないようにダイヤを挿入すると、調整が必要になるため、ここで数分停車する便が多い。それはそれで、じっくり観察や撮影ができてよい。
 仁愛女子高校の電停は、昨年度改修されたばかりである。以前は車道の中に狭い安全地帯があるだけの貧相な電停だったが、屋根や時刻表も備えた今風の電停に生まれ変わっている。富山の市内電車の新しい電停と同様の、明るいイメージになった。 

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 終点の田原町に着く。この田原町も、えちぜん鉄道との直通運転に備えて、改修工事の最中である。電車は仮設ホームに発着している。
 ここで電車を降り、改めて眺めて、福井駅前では気づかなかった側面方向幕の存在を知った。この方向幕には、きちんと実際の行先が表示されている。車内にも同じ行先が表示されるように考えて幕が作られているので、車掌が幕を回すと、逆向きの字のコマが現れたりする。昔の阪神電車のホームにあった発車案内のようだ。

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 ドイツ電車は、一旦奥の線路に引き上げられる。続いて定期列車の折返しをしなければならないからだ。
 田原町のえちぜん鉄道側駅舎も、一部を残して解体された。入口側から見ると、折返し中の定期列車と、その奥のドイツ電車が見える。
 えちぜん鉄道と反対側、フェニックスプラザに近い方の仮設ホームには、割と大きな待合室が設けられている。この少し前には、このホームが使われていたそうである。
 いずれは折返し線が二線に増設されることになるようで、コンクリート道床の線路が複雑に配線されている。

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 えちぜん鉄道駅舎からえち鉄の線路沿いにフェニックス通りの方に進んだ所には、仮設トイレが設置されている。いずれはきちんとしたトイレが造られるのだろう。
 田原町にあったコンビニの跡地は、工事のために立入禁止になっている。このコンビニの駐車場で福鉄バスが転回していたのだが、現在はできない。僅かに立札に名残がある。

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 さて、使用中の仮設ホームに、再びドイツ電車が着車した。またこれに乗って福井駅前に戻ることにする。
 急な運転告知だったためか、来る時もこの電車も、がら空きである。

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 なかなかこの電車の乗り心地は気に入ったので、また時間をみて乗りに来ようと思う。冷房がないので、夏季は運転しないが、秋に無事運転再開できることを祈りたい。

(平成26年5月乗車・訪問)


(平成26年10月追記)

 秋からの運行は、赤十字前~福井駅前~田原町に区間延長されたが、やはり車輌は不調気味で、9月上旬の運行開始早々から不具合が続出、一カ月近くの運行中止を経て、10月4日から再開した。
 ただ、それは結果としてであって、毎週の運行の有無が間際になるまで発表されなかったので、 遠来のマニアを中心に、かなりやきもきしたことである。せめて一週間前くらいには運行の有無を確定してほしいものである。

 そういうこともあって、運行のある日には、かなりの人が集まったようで、春と比べてもかなり人出が多かった。赤十字前~福井駅前は元々利用の旺盛な区間なので、たまたまレトラムが来たから乗った人も多く、注目を集めていた。


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東京駅構内の大駅弁店

 既にいろんな所で話題になり、報道もされているが、東京駅改札内に、日本最大の駅弁売場が誕生している。
 もっとも、それでは日本第二位、すなわちそれまで最大だった駅弁売場はどこか、と訊かれても、誰も答えられない。要するに、駅弁など小さなスタンドで売るのが当たり前であって、「大規模」にしよう、という発想そのものがなかったのである。

 こういう面白いのはほっとけないし、東京駅だからこそできることだ。覗かずにはいられない。昨年の夏、上京した折に立ち寄ってみた。

 ホームの下を横切る広い通路の一画に、この駅弁店「祭」があった。こういう店が開店すると、これができる前は何の店だったっけ、といつも考える。のだが、いつも思い出せない。
 多くの人が店内にいて、見て回るのも大儀だ。

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 何にしろ、ここには全国の駅弁が集まっているのである。デパートの駅弁大会のようだが、ここはこれが常態なのである。
 デパートだと、各地の駅弁業者が出張ってきて各ブースで駅弁を製造直売するのが普通だ。しかしここでは、その場で調整している弁当はごく一部で、ほとんどは現地から運び込まれたものである。弁当のような保存の利かない商品がこのように集められるのは、新幹線を初めとする高速列車網が全国にいきわたった恩恵である。あまり距離が遠いものは飛行機で運んでるのかもしれないが。

 まさに目移りばかりするが、わたしは、当面行きそうにない地方から選ぶことにし、夕食用と夜食用とを物色する。
 しかし、陳列は地方別ではなくジャンル別、つまり、海鮮ものなら海鮮もの、サンドイッチならサンドイッチばかり、ばらばらの地方から集めたのがまとめて置いてある。ちょっと見ただけではどこの駅弁か分からないものも多い。それだけに探索が愉しい。

 店を三度くらい周回した末、わたしは鳥取の「カレーメンチカツサンド」と高松の「讃岐でんぶく ふぐ弁当」を選んだ。どちらも聞いたことのない駅弁である。

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 ホテルに持って帰り、開けてみる。まず、「カレーメンチカツサンド」からである。
 まい泉のカツサンドに代表される、シンプルな味付けのカツサンドが流行りだが、カレーメンチカツとは、そのバリエーションとしてもユニークだ。
 これは、大方のカツサンド同様、いわゆる「空弁」として有名になったらしい。なんでカレーか、というと、鳥取県はカレーの消費量が日本一なのだという。それも知らなかった。

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 普通の豚カツとは違い、ミンチなのでさっくり噛み切れて食べやすい。マヨネーズでぎとぎとしていないのもいい。カレーのルーが挟まれているというわけではなく、カレー風味のソースが塗ってあるだけなので、刺戟が強すぎず、すっと喉を通る。
 そして忘れてはいけないのがパンの味である。具にいくら手をかけても、それに負けるパンでは、全体の仕上がりが台無しになるところだが、さすがにきめが細かい、香りのいいパンが使われている。

 次に、「讃岐でんぶく ふぐ弁当」の方である。
 讃岐といえばうどんという印象が強すぎるが、瀬戸内海に面した県だから、当然いい魚が揚がる。ふぐも隠れた名産なのだという。
 そのふぐが、形をこれでもかと様々に変えて、小さな輪っぱの中に散りばめられている。わたしはやはり、ご飯に載った唐揚げが気に入った。最も美味しい唐揚げはふぐ、ふぐの最も美味しい食べ方は唐揚げ、と思っているので、駅弁で気軽に口にできるのは嬉しい。

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 炊き込みご飯の量は多くなく、おかずは魚と野菜が大半なので、胃に重くもなく、若いうちだと物足らないと思っただろうが、今なら十分だ。

 たまたま買った二つの駅弁は大当たりだった。全商品を制覇することなど考えていないし、毎日東京駅を通って通勤する人でもなければそんなことは無理だろう。しかも、半月ぐらいごとに、商品は入れ換えるという。
 しかし、それはまた、いつ行っても未知の駅弁が待っているということでもある。出かけるのが億劫な人にも、舌の旅ができる店である。

(平成24年8月訪問)

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新装稚内駅と臨時特急上り「まんぷくサロベツ」

 「キュンと北海道フリーきっぷ」で北海道のそぞろ乗りを続けているが、この日は稚内へ出かけた。か細い宗谷本線が通うのみの稚内は、先日の釧路とは異なり、列車での日帰りは難しい。そこで、往路は飛行機を使うことにし、新千歳(しんちとせ)から稚内空港へ飛んで連絡バスで市内に入った。
 途中副港市場を覗いてみようか、とも思ったが、天候が怪しいので見合わせた。副港市場から駅までは、ちょっと歩く距離があるのである。

 直行でやってきた稚内駅に、わたしは目を見張った。新しい駅舎ができ、全面改装されたとは聞いていたが、これほど変幻しているとは、思いもよらなかった。

 くすんだ昔ながらの駅舎が佇んでいた旧稚内駅とは似ても似つかぬ、今風の軽快な駅ビルがわたしを迎えてくれた。

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 終着駅リニューアルの常として、それまでの駅よりも少し後退させて駅前広場を整備する、というやり方がとられている。駅前広場にはバスターミナルが新設され、従前の宗谷バスターミナルは取り壊された。
 とにかく駅付近は全く様相を新たにしているのだ。記憶にあった以前の駅周辺と、照合しようにも、何がどこにあったのかも分からない。雪の季節に来ることが多かったせいもあるかもしれない。

 駅のすぐ北側には従来から全日空ホテルがある。待ち時間に覗いてみる。
 ここには泊まったこともあるが、街の中心が南稚内付近であり、ビジネスホテルなどもそちらに集中するなか、ひとり稚内駅前に気を吐いているホテルである。利尻・礼文航路の波止場にも隣接している。
 が、それだけに観光の宿という面が大きく、短い夏を終えた今、ホテルのロビーはうら寂れた陰鬱な雰囲気であった。あまり長居する気にならず、さっさと駅に戻った。途中の通路には、舗装のコンクリートのなかに二本の細く黒い帯が一定の間隔を保ちながら続いている。まるで鉄道のレールのようだ、と思うまでもなく、駅前広場に出ると、本物のレールにつながるのだ。

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 これは、駅舎が後退して線路が短くなる前、実際に敷かれていた線路の跡らしい。その一部は道床もそのまま残され、「最北端の線路」という表示も添えられて、一種のオブジェになっている。

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 線路を模した二本線は、そのまま駅舎に吸い込まれている。

 駅舎に入ると、改札付近のコンコースの隣に、土産物屋や飲食店の入った店舗群がある。その一角に食堂があるが、食堂の一部が立ち食いそばのカウンターとなっている。これが最北端の駅そばということになる。

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 駅部分はホーム一面一線だけの最小限のつくりだ。南稚内駅には留置線があり、列車の整備ができるようになっている。稚内発着の列車はそこで折返し整備を行い、乗降を扱うためにこの稚内駅に回送されてくる寸法である。
 線路の行き止まり部分は、コンコースからガラス張りの壁を通じて見通せるようになっている。この壁に向かって列車が入ってくるのだから、迫力はなかなかのものだ。
 液晶表示の発車案内には、これからわたしが乗ろうとしている特急「まんぷくサロベツ」札幌行が表示されているが、文字化けしているのは残念だ。
 やがて、「まんぷくサロベツ」の車輌がコンコースに向けて突入して来、多くの人がカメラを構える。

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 この車輌は、やはりJR北海道のジョイフルトレインの一つで、「ノースレインボーエクスプレス」と呼ばれているものである。
 その名のとおり、車輌ごとに異なるパステルカラーが塗装されており、華やかな外観である。七輌つないでいれば「レインボー」の名にぴったりくるのだが、それは輸送力が過剰なのか、実際は五輌である。

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 「まんぷくサロベツ」は、観光シーズンに合わせて、定期特急の「サロベツ」を、車輌を変更し、独自の趣向を凝らした企画列車として運転するものである。「まんぷく」の名で知れるごとく、車内の供食に特に力を注いだ列車である。土曜日の下りと日曜日の上りが「まんぷくサロベツ」となるのが基本である。
 中間に位置するダブルデッカー車輌は、二階が客席、一階がラウンジと売店になっている。売店では、この列車限定のさまざまな「食」に関する商品が売られる。ラウンジの壁にメニューが貼ってある。 

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 わたしは、最初このダブルデッカーに席を占めたのだが、天井の低さに窮屈を感じ、隣の車輌に移った。この車輌もハイデッカーであるから、見晴らしはよい。そのうえ、この車内には、ダブルデッカーにはなかったモニターが設置され、前面展望が映写されているから、それを見ていると飽きない。

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 発車して暫くすると、ラウンジの売店から営業開始の放送がある。行ってみると、これまた行列ができている。
 わたしの番がくる直前に、豊富(とよとみ)が近づいた。てきぱきとした女性店員が、
「豊富でプリンを積み込みますので、暫くお待ちください」
 と行ってデッキに出て行った。
 店員が戻り、やっと順番が来て、いろいろ買い込む。さっきの稚内全日空ホテルで調製された「宗谷黒牛サンドイッチ」も売られている。分厚く香り高い食パンにほどよい歯応えのビーフカツが挟んであり、冷めても美味しい工夫がなされている。
 豊富温泉の「湯上がり温泉プリン」は、川島旅館で温泉から上がった客にサービスされているプリンで、地元産の牛乳とそれを使った生クリームだけでできていて、あっさりしたスィーツである。通常は同旅館に泊まった客しか食べられないものを、この列車で特別に供している。デザートとしていただいたが、とてもスムーズに喉を通り、美味しかった。

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 この他、途中経過地である名寄の名物、「もち米の里ふうれん館のソフト大福」も求めた。これもべたつかない甘さで、上品な菓子であった。

 売店では、この列車の乗車記念証も配布されていた。裏面は、かつて宗谷本線を走っていた急行「礼文」のイラストに、自分でラウンジにあるスタンプを捺してヘッドマークを入れる、という趣向であった。

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 観光列車然としていたのは名寄までで、ここからは用務客も多く乗ってきて、自由席も半分ほどが埋まった。定期列車のダイヤで運転されているので、普段使いの客も多いのである。
 旭川からは都市圏に入るので、かなり日常的なムードになるが、すぐ前を特急「オホーツク」も走っているので、さほど込まない。それでも女性係員は精力的に放送や車内販売に勤しみ、常連客も観光客も分け隔てなく、「まんぷく」を提供しようとしている。
 札幌には定刻に到着する。五時間を超える行程だが、食の楽しみがいささかでもその時間を短く感じさせてくれた。

(平成24年9月訪問・乗車)

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福井駅前電停臨時移転

 福井駅前の電車通りでは、しばしばイベントが行われる。
 安易に福井鉄道の電車を運休させてイベントをやることに、わたしは苦々しい思いを抱いていたのだが、今年に入って、「まちフェス」というイベントで、なかなか面白い措置がとられている。
 終点の福井駅前電停を、手前に臨時移転して、そこで折返しているのである。9月初頭にもそれがあったので、見に行ってみた。

「まちフェス」は、月初めの日曜日に実施されるイベントだが、月によってその内容も異なるようである。6月は駅前枝線を運休したが、7・9月は電停移転で対応している。

 福井駅前電停が移転した先は、西武百貨店の前である。ここに仮設ホームが設置されている。仮設とはいえ、スロープもつけられて幅も広く、そこそこきちんとしたものだ。
 ホーム両側はクルマの通行が禁止され、屋台などが出ている。

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 それにしても、ここに電停があるのを見ると、思い出すのは平成13年に実施されたトランジットモール実験である。あの時は「ぷらっとモール」という名の臨時電停がこの位置に設けられ、本来の福井駅前と両方に停車した。
 駅前枝線には、路面電車タイプの車輌だけが入っていたのだが、そのうちの1輌は、名鉄から貸し出された低床車輌であった。その車輌はその後正式に福鉄に譲渡された。名鉄の軌道線が廃止になり、福鉄は低床車輌主体に衣替えしたのだ。
 が、その当時はまだ、そんなことは想像もつかなかった。

 軌道の上に敷かれた敷物の上で、お笑い芸人が進行するステージが行われていたりする。

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 休止している定位置の福井駅前電停付近にも、いろいろな店が出て、人々がそぞろ歩いている。

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 何とかこの電停まで電車を運行して、本当の意味のトランジットモールにできなかったのか、その点は残念だが、枝線自体を運休にするよりはよほどよい。
 福鉄としても、途中まででも電車を枝線に入れられるということは、部分運休時の記事で紹介したようなややこしいことをしなくてすみ、仮設ホーム設置の手間を考えても、この方が好都合だろう。

 新型超低床車F1000形も仮設電停に入ってくる。


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 これからも、イベントと共存するような電車の運用を望みたいものである。

(平成25年9月訪問)

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「鉄道の日」の鯖江駅

 10月14日の「鉄道の日」とその前後は、鉄道関係のイベントが各所で行われる。大小いろいろあるのだが、なかには意外な所で開催されたりする。

 昨秋の「鉄道の日」は、北陸本線の鯖江(さばえ)駅にいた、というか、別の用事があってたまたま通ったに過ぎないのだが、二階に上がる階段に妙な立て看板があった。

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 この二階は、かつてそば屋や土産物屋があったのだが、現在は閉鎖されている。こういうイベントにたまに使うようだ。
 看板を眺めていると、駅員さんが、どうぞ、と促すので、上がってみることにした。鯖江駅で「鉄道の日」関連イベントがあるなどということは全く聞いていなかったし、どういうものか興味がある。

 階段を上がってみると、元は土産物屋だった狭いスペースに、鉄道関連のいろんな物が展示されていた。
 正規の名称は忘れたが、地元の鉄道利用促進会議だか、そういう肩書の人らが坐っていて、写真撮影の是非を伺うと、よろしい、とのことだった。鯖江駅関連店舗や国鉄の退職者と見うけたが、詳しいことはよく分からない。
 
 展示物を見てみよう。   

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 左は、融雪用カンテラで、ポイント(分岐器)が凍結しないよう、火を焚いてレールの下に入れておくものである。現在は金属製の電気ヒーターになっているのだろうと思うが、これは昔使っていた陶器製のものだ。雪が降ると、ポイントの所にちろちろとレールを舐める炎が見えることがある。
 地元福井を本拠とする焼鳥屋「やきとりの名門 秋吉(あきよし)」で、焼き鳥が冷めないようにと使われている陶器製のホットプレートは、この鉄道のカンテラをヒントに採用されたものだそうだ。
 右は、スタフ(運行指示票)で、運転席に掲げられていたものである。左から、小浜(おばま)線・越美北(えつみほく)線・北陸本線のものだが、左二つはまだタブレット(通票)交換を行っていた時代のもので、通票の形状が各交換駅ごとに記されている。

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 これは、周遊券である。ちゃんと表紙を付けて売られていたよき時代のものである。

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 帰省シーズンの終わりに、福井始発大阪行の臨時急行「あすわ」が運転されることになった、という新聞記事と、その「あすわ」の着席券である。かつては、混雑する時期や列車で、始発駅で、自由席に着席する権利を得るための切符が売られていたのである。狭いホームやコンコースに行列を作られても困るし、収入にもなるから、国鉄としては一石二鳥だったのだろう。「あすわ」の車輌は、恐らく予備車をかき集めたか、夜行列車用の編成を間合いで使用したか、そんな感じだったのだろう。帰省のピーク時は車輌もフル回転しているはずだ。
 この福井始発の大阪行臨時列車は、その後も愛称や種別を替えながら運転が継続されたようだ。その流れを汲んで、平成十年頃までは、福井始発の特急「雷鳥」臨時便が運転されていた。上り方面の特急・急行は金沢以遠から来るものばかりなので、福井からでは座席確保が難しい。それで上りのみ帰省Uターンのピークにのみ運転されたのだろう。だから、下りで福井行というのはなかった。
 「あすわ」の時代は知る由もないが、福井始発の「雷鳥」には乗ったことがある。これも旧「きらめき」(米原~金沢のノンストップ形特急)の間合いを活用しての運転だったので、定期「雷鳥」とは編成が全く違った。だが、特急になると、指定席が主体となったため、あまり意味がなくなり、運転されなくなったようだ。わたしが乗った折も、指定席はほぼ満席だったが、自由席は前後の列車と時刻が近いこともあって、かなり余裕があった。 

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 駅ホームの柱に取り付けられていた駅名票である。「ぜにばこ」(銭函)だけは北海道の駅で、なぜここにあるのかはよく分からない。他の駅はこの近辺のものだ。「さばなみ」は、漢字では「鯖波」と書き、現在の南条(なんじょう)駅の昔の名である。

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 ここには、列車名票が並んでいる。デッキ扉の脇に掲出されていたものだ。既に廃止された列車や、期間限定の臨時列車のものが多い。
 「白山(はくさん)」は上野(うえの)~金沢間の列車で、特急としても運転されたが、これは恐らく急行時代のものだろう。昼行列車としてはかなり遅い時期まで機関車牽引の客車列車であった。碓氷(うすい)峠を越えるのに適応した交直両用の急行形電車がなかったためである。
 「兼六」は、名古屋~金沢の急行電車で、特急「しらさぎ」に格上げされて廃止となった。
 「しおかぜ」は、現在は四国の特急に使われている名だが、この列車名票は敦賀(つるが)~福井間に運転されていた海水浴臨時快速のものである。
 「あおもり」も、帰省シーズンに運転されていた臨時急行の名だ。寝台特急「日本海」(大阪~青森)の臨時増発便が、車輌の陳腐化から急行に格下げされて「あおもり」を名乗っていた時期もある。が、おそらくこの列車名票は、全体の時代観から考えて、もっと前の、名古屋~青森間に運転されていた頃のものではないかと思う。

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 これは、列車のサボ(側面表示板)である。
 急行「越前」は信越本線(長野)廻り、急行「能登」は上越線(長岡(ながおか))廻りで運転されていた、いずれも上野と北陸地方を結ぶ夜行急行だった。
 「京都行」は、小浜・綾部(あやべ)廻りであるから、敦賀始発であった急行「丹後」の付属編成に付けられたものではないか。
 「金津(かなづ)-勝原(かどはら)」という運転区間は、現在からみると奇異に感じられる。金津は現在の芦原(あわら)温泉駅であり、勝原は越美北線の途中駅だ。これは、かつて国鉄芦原線(金津~芦原)があった時代に、芦原線と越美北線でディーゼルカーが共通運用されており、両線の車輌を融通するため、こういう列車が設定されていたのである。越美北線は、現在の終点九頭竜湖(くずりゅうこ)まで延伸される前は、勝原が終点だったのである。

 小規模ながら、なかなか愉しい展示であった。しかも、帰りにはお土産として、サンダーバードを象った定規などの景品の入った袋をくれた。
 きっとこれに類する小イベントが、全国で無数に行われていたのだろう。

(平成24年10月訪問)

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