東京駅ラウンジから函館ゆきグランクラス

 飛行機に乗り慣れると、空港のラウンジも使い慣れる。
 航空会社が独自に設けているラウンジもあるし、いわゆるカードラウンジなら、ちょっとした規模の空港には必ずある。サービス内容や、有料・無料の区別は、空港によって少しずつ違うが、フリードリンク(アルコールは有料だったりなかったり)はだいたい共通している。ラウンジによっては、コピーやファックスが利用できたり、軽い朝食を提供していたり、シャワーまである所もある。

 こういう空港ラウンジを使うにつけ、駅にもこんなラウンジがあれば便利なはずなのに、と慨嘆せざるを得なかった。特にラウンジサービスが活きるはずなのは、夜行列車である。
 夜行列車に乗るまでの間、あるいは朝降りてから、中途半端な待ち時間が生じることが多い。早朝深夜の時間帯なので、適当な店が開いていなかったりする。そこで駅に、ちょっと呑んだり食べたり、身支度を整えたり、あるいはテレビや新聞など観ながら情報収集したりできる場所があれば、時間とエネルギーを有効に使える。そうなれば、夜行列車も十分ビジネス需要に堪えるのではないか。
 夜行列車の中で食事が提供されたり風呂に入れたりするのは、情緒的には趣があっていいのだが、そういうサービスを提供する場としては、走る列車に連結するより、夜行の発着する主要駅に施設を作っておいた方が、どう考えても効率的だろう。ラウンジ単体で運営するのが難しいかもしれないが、主要駅に併設された鉄道関連会社系列のホテルやレストランとタイアップもしくは一体化した運営をする方法もある。
 そうすれば、夜行需要もここまで落ち込まなかったのではないか。

 そんなことを歯がゆく考えていたわたしだが、皮肉なことに、夜行列車がほぼ壊滅状態になったタイミング、平成27年12月に、遂に駅のラウンジが誕生した。
 東京駅の「ビューゴールドラウンジ」である。

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JR筑豊線DENCHA

 「電車」「気動車」「客車」と区分されてきた鉄道車輌だが、その区分がこのごろはかなり怪しくなってきた。「電車」は架線から集電してモーターを回すもの、と決まっていたが、蓄電池式の電車が実用化されるようになった。他に、ディーゼルエンジンで発電してその電気でモーターを回す、という車輌もあり、こういうのは「電車」なのか「気動車」なのか、微妙なところになる。
 蓄電池の車輌は、電気だけで動くから「電車」であることは確かなのだろうが、架線がないのに「電車」が走ることには、やっぱり違和感がある。

 その蓄電池式電車が走るようになった線区の一つが、JR筑豊線である。ここの蓄電池式電車は、DENCHA(でんちゃ)という愛称が付けられている。幼児語のようで、口にするのがやや恥ずかしいが、考えてみれば、電源たる電池を車輌そのものに搭載している、というのは、プラレールと同じ原理であるから、ちょうどいいのかもしれない。
 もっとも、本来は「UAL ENERGY CHARGE TRAIN」の略なのだそうだ。

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可部線復活延伸

 この春の鉄道線乗りつぶし(タイトル奪還)の旅は、広島である。
 JR可部(かべ)線の終点可部から二駅、あき亀山(かめやま)までの区間が延伸された。 

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 この区間は、一旦廃止された路線の路盤を復活させたもの、ということで、ニュースなどでも採り上げられたので、ご存じの方も多いと思う。
 廃止前の路線には、当然乗ったことがあるのだが、一旦線路の籍がなくなり、営業キロを失った後、改めて新線として敷設されたことに、少なくとも書類上はなるので、やはりこれは乗りなおす必要があるだろう。

 広島に向かうときは、山陽線を「青春18きっぷ」で普通列車を乗継いで向かうことにした。
 ダイヤの都合で、岡山県に入ってすぐの和気(わけ)で広島方面の大野浦(おおのうら)行に乗換えたのだが、ここで早くも、広島支社下関車両区所属の電車がやって来た。
 和気で「大野浦」の行先が理解されるとは思えないが、放送は「岡山方面」とくり返していた。実際は岡山までしか乗らない人が多いのだろう。しかし、わたしはこれで広島方面まで乗り通す。

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 広島駅から、いよいよ可部線に乗る。可部線は、従来可部行が多かったが、今回の改正で可部の行先はなくなった。可部は単なる途中駅になったようである。
 ここで来たのも、国鉄が作った古いタイプの車輌で、思いがけなく、側面方向幕の表示が、国鉄時代を思わせる白地に紺字であった。上の大野浦行がそうであるように、旧型車の幕も、黒地に白ヌキのJR仕様になっているはずなのだが、なぜ今更この幕にしたのだろうか。

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 「あき亀山」という駅名は、JR関西線や山陽(さんよう)電鉄に亀山駅が既にあるため、旧国名を冠したもので、それ自体は国鉄開設からよくあることだが、最近のJR西日本の新駅は、こういう場合に旧国名の部分を平仮名にしている。
 駅名が古めかしくとっつきにくくなることを避けるためだろうが、「あき」と平仮名で書かれると、太めの女優さんの顔が浮かんでしまう。

 さて、あき亀山行電車は、かつての終点可部に到着した。ここは、広島市内ではあるが、副都心、というより隣町という感じの所で、さらに郊外に向かうバスのターミナルともなっている。
 以前、ここから先の路線があった時は、この可部までが電化されていて電車が走っていたが、可部から先、三段峡(さんだんきょう)までは非電化のまま線路が伸びており、ディーゼルカーが走っていた。
 それで、電車用の折返しホームや留置線が設けられていたのだが、それらはもう使われなくなった。

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 可部を出て、いよいよ新開業もしくは復活区間に入った。国道を潜る部分は、以前まだ延伸計画中で旧線路が放置されたままだった頃に歩いたこともあり、この線路沿いにも闖入して廃踏切を渡ってみたりした。そこを今また車窓から眺めるのは、大いなる感慨である。

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 じきに、次の駅、河戸帆待川(こうどほまちがわ)に着く。狭い片面ホームだけの駅である。
 河戸帆待川の駅前は、広場というほどのものはないが、駅の案内板とモニュメントが建っていた。普段は無人駅のはずだが、開業間もないためか、案内の係員が立って集札している。

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 以前の路線では、もう少し先に進んだ所に河戸という駅があったが、今回の復活に当たっては、住民の便を考え、旧河戸駅の両側に二駅を新設した。
 そういうわけなので、河戸帆待川から終点のあき亀山まではごく近く、歩いて十分ほどしかかからない。それなら、乗る前に歩いてみた方が面白そうだ。

 現在、原則として新たに踏切を設けることは認められないのだが、ここは旧路盤を活かした新線であり、踏切を廃止すると、付近住民の利便が大きく損なわれることになるため、特認でいくつかの踏切が新設されている。
 「新たな踏切」というものを見るのも珍しい体験なので、じっくり観察した。

 旧踏切が全て復活したわけではなく、閉鎖されたものもある。その代わり、その踏切跡には、エレベーター付きの跨線橋が設けられている。スロープで潜る地下道の方がよさそうな気もするが、付近は住宅が建て込んでいるので、それは難しいのだろう。

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 四日市(よっかいち)踏切は、既にあき亀山駅の構内であり、西側にはもうあき亀山駅のホームや停車中の列車が遠望できる。
 踏切の東側が、旧河戸駅があった地点である。旧ホームは既に撤去されている。

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 線路の終端側を横切るようにして、あき亀山駅の取付道路が設けられている。駅舎はこぢんまりとしている。ここも無人駅だが、ICOCAのタッチができる簡易改札機はある。
 そして、駅舎の反対側を望むと、旧路盤跡が続いている。

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 改札がないので、駅に入ったり出たり、うろうろしながら観察する。
 ホームは一面二線だが、留置線が三本もある。従来の可部駅の機能を全てここに移したようで、時刻表を見るかぎり、あき亀山での滞泊編成が四本もある。
 最も北寄りの1番線が、かつての路盤のようで、さきほどの旧路盤跡に続くかたちになる。
 駅の北側では、未だ自転車置場の設置工事などが勧められている。

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 やがて、次の折返し列車が接近してきた。
 今度もやはり国鉄タイプの車輌だが、JR西日本が効率化のため進めている塗装の単色化にしたがって、黄色一色になっている。側面方向幕は、やはり白地に紺字だが、往路に乗ってきた編成とは微妙にフォントが違うようにも見える。この行先が、この配色とフォントで表示されているさまも、後々から見れば、貴重な記録となろうから、画像に収めておくかちはある。 

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 折返しの電車で広島へ戻る。途中で行き違う電車は、多くが新鋭の227系である。いつの間にか、広島付近は227系の比率がかなり高くなっていることに気づいた。

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(平成29年3月乗車)

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常磐線付替え復旧

 東日本大震災で津波などの被害を受け、普通になっていた常磐(じょうばん)線の各区間が、少しずつ復旧している。
 といっても、もう震災から六年以上も経っているわけで、それでもまだ完全復旧に至っていない。阪神淡路大震災のときには、通常の鉄道は半年ほどで全て復旧し、最後まで不通だった摩耶(まや)ケーブルも、六年で復旧を果たしている。そう考えると、東日本大震災の規模の大きさが改めて痛感されよう。

 仙石(せんせき)線や石巻(いしのまき)線もそうだったが、復旧にあたって、線路や駅を内陸に移設する、というケースもある。そうなると営業キロも変更となるから、わたしの完乗ルールでは乗りなおさないと完乗タイトルを維持できないことになる。
 被災地を遊びで訪れるのは不謹慎かもしれないのだが、救助活動の最中ならともかく、復興の途上についている地は、むしろ訪問していいのではないか、とも思う。自身も神戸の者として、実感したことなので、お邪魔することにする。
 今回、営業キロを変更して復旧したのは、相馬(そうま)~浜吉田(はまよしだ)間である。その南側の小高(おだか)~相馬間は既に復旧しており、二つの不通区間に挟まれた離れ島のような路線として独立した運行を続けていた。
 阪神淡路大震災でも、神戸高速鉄道などで同様の「離れ島」状区間ができ、たまたまその区間に取り残された車輌を使って運行されていたが、小高~相馬間は別途車輌を搬入して復旧したとのことだ。
 相馬~浜吉田間が復旧すると、仙台(岩沼(いわぬま))側と線路がつながるので、ようやく車輌の融通ができることになる。

 わたしは、乗りつぶしにあたっても、往きと帰りとではルートを替えたい質なのだが、常磐線はまだ不通区間があり、代行バスの本数も少ないから、東京(日暮里(にっぽり))・水戸方面からは、復旧区間へのアプローチがしにくい。
 そこで、わたしは福島からバスで相馬に向かうことにした。県都である福島と、県北東部の相馬・原町(はらのまち)とを直結する鉄道はないが、この区間を福島交通の急行バスが結んでいる。これに乗って、まず相馬駅に近い相馬営業所に降り立った。

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 相馬の市街は、すっかり平静をとり戻しているように見える。細かく見ていくと、震災の影響は見いだせるのだろうが、わたしは駅周辺をうろつく闖入者なので、なかなかそこまで観察できない。

 相馬駅に向かう。
 ちょっと見ると、普通の民家のようでもある、瓦屋根の駅舎だ。なんとなく落ち着くが、本来なら特急停車駅、しかもかつては特急・急行の始発終着駅だったわけで、そう思って見ると、こぢんまりしている。
 発車案内のディスプレイ、上り側には「いわき・上野(うえの)方面」とあるが、その方面の列車が発着するのは、まだ先である。もっとも、震災がなくても、このあたりから東京方面への直通列車はなくなり、いわきで系統分割することが発表されていた。東京への行き来は、福島や仙台からの新幹線利用が主になっているのだろう。

 今回の復旧区間はここから下り方向になるのだが、とりあえずの終点になっている小高も見てみたいので、上り電車に乗ることにする。小高~原(はら)ノ町(まち)間はその二駅間のみの折返し運転になっており、原ノ町で乗り換えなければならない。原ノ町行を待つ。

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 構内に入ってみると、さすが幹線の貫祿で、ホームは長い。上りホームへの跨線橋に掲げられた案内は、ちゃんと「原ノ町方面」に修正されている。休日ながら、クラブ帰りらしい高校生が数人電車を待っている。仙台方面のホームにはもっといる。
 やって来た原ノ町行は、仙台からの列車である。けっこう長時間の運行なのに、ロングシート車なのは意外だった。

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 十七分ほどで原ノ町に終着する。しかし、ホームに降りてみると、乗ってきた電車の方向幕が「小高」に換わっていた。直通運用なのである。

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 仙台から小高~原ノ町間折返し運用の車輌を送り込むためのスジだったようだ。
 改めて乗り込むと、原ノ町から乗った客も含めて二十人ほどを乗せ、小高行となって発車した。二駅なので、十分ほどで小高に終着する。暫定的に行き止まりの終着駅となっているのだ。

 小高駅は、信号の関係からか、待避線で折返す。元々待避線はホームに面していなかったので、仮設ホームが造られ、改札口と連続した平面となっている。そういえば、神戸市の住吉(すみよし)駅も普段は橋上駅なのに、往時は新快速が折返すホームから線路の上に板を渡して、直接代行バスの乗り場に出られるようになっていたのを思い出す。
 この仮設ホームは2輌分の長さしかないので、小高~原ノ町間運転の列車は全て2輌編成であり、送り込みの列車も2輌でないといけないわけだ。
 2輌だけでそんなに込んでもいないのに、ワンマンではなくちゃんと車掌さんも乗っている。そしてこの区間はSuicaも使えないなど、何かと暫定的な扱いのようである。 

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 原ノ町での仙台方面との接続の都合であろう、折返し時間は三十分ほどある。ほどよい時間なので、駅の周辺を散策する。

 駅舎は相馬よりもむしろ整った感じで、新しさもある。震災後に建て替えられたのだろう。
 駅前には、今もって不通である竜田(たつた)~小高間の代行バスのポールが立っている。乗客の便を考え、バスは原ノ町まで直通する。このバスは一日僅か2往復しかないため、代替輸送手段としては心細い。帰宅困難区域を通り抜けるため、ノンストップで窓も開けてはいけない。いろんな制約もあって2往復が精一杯なのだろう。地元の人の最小限の需要を満たすためだけの運行とも推察され、このバスで小高に向かうことは、今回は遠慮したのである。

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 駅付近は住宅街だが、更地もそこここに目立っている。ここもつい昨年までは避難指示が出ていたので、やっと新しい生活が回りはじめたところだろう。
 仮設のスーパーや飲食店、ワゴン車を使った喫茶スタンドなどもある。わたしはそれらでいくらか買い物をし、わずかばかり地元に貢献する。この先、常磐線がさらに復旧して乗りに来ることがあっても、おそらく小高では降りないだろう。

 時間になり、折返し原ノ町行が発車した。今度は正真正銘、原ノ町止りである。原ノ町では僅か四分接続で仙台行がある。
 既に席が埋まっているようなら、一本見送って原町の市街を歩いてみようか、とも思っていたが、跨線橋を渡ってみると、手近な車輌に空席が見えたので、そのまま乗ることにする。午後に仙台に向かう列車となると、そんなに乗らないのだろう。仙台行はセミクロスシート車4輌である。進行右側のボックスに坐れたので、乗りつぶし区間の観察も好都合だ。

 相馬からが今回の復旧区間である。次の駒ヶ峰(こまがみね)からは線路が内陸に付け替えとなった区間に入る。旧線路跡が分かれていくのははっきり認められた。その後も、それらしい道筋が右窓に時々映った。
 それよりも、浜側に広がる、本当に広がっているのは、何もない荒蕪地である。海岸沿いには土が堆く積まれ剥き出しの法面を曝している建設中の堤防も車窓を圧してきたりもする。そして、そこを重機があちこちに動いて作業している。ゼロから、あるいはマイナスからの復興が盛んに行われているのだ。
 移転した真新しい各駅で、原ノ町や相馬から乗った人が少しずつ降りてゆく。大いに待たれた末の復旧であることがよく分かる。

 新地(しんち)駅もまた、移転した駅である。
 新地といえば、津波が引いた後のニュース映像を思い出す。ヘリコプターから俯瞰して実況中継していたのだが、貨物列車が転覆しているさまは、鉄道好きを茫然とさせるに十分な衝撃を有していた。アナウンサーは「牽引車が横転しています」と叫び、「電気機関車じゃ!」とつっこんだりはしていたが。新地駅では旅客列車も津波に巻き込まれたが、乗客は避難して無事だったという。
 その新地も周囲は、全てはこれから、という光景である。 

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 その次の坂元(さかもと)から宮城県に入るが、胸を衝く様が続くことに変わりはない。この区間、線路は高架化され、踏切が解消された。そして高速で駅を通過しやすいよう、工夫した配線になっている。ここを特急や貨物列車が行き交うのはいつのことだろう。
 浜吉田の手前で、浜側から旧線路を転用した道路がそれらしい緩いカーブで近づいてきて、合流する。これで乗りつぶしは完了である。

 亘理(わたり)からは、かなりの乗車がある。亘理に市制は敷かれていないが、相馬市と変わらない人口を擁している。仙台のベッドタウンでもあるのだろう。
 わたしは、東北線に合流する岩沼で途中下車することにした。このまま仙台まで乗ってもいいのだが、「常磐線」に区切りをつけておきたい気分になった。

 岩沼は、最長片道切符の旅でも途中下車し、街中の街道沿い、JRバスの駅にある待合室で食事をとった覚えがある。そこを見に行ってみる。
 その場所はすぐ分かったが、JRバスはもう撤退しており、民間バスの停留所になっていて、立派な待合室は姿を消していた。二十年も経つと、街道沿いの店も変化している。くすんだ商店街だったはずが、小洒落た喫茶店やファーストフードも多くなっている。

 岩沼駅でも、いろいろ興味深いものを見た。
 駅構内に、地元コミュニティFM局のスタジオが設けられている。わたしも普段、そういうラジオ局に関わっているので、貼ってある番組表などを、興味深く瞥見する。駅入口には、痴漢防止の呼びかけ、かと思ったら、痴漢逮捕の礼を述べた掲示もあったりする。なかなか珍しい。
 そして、街側に向いたメインの改札、東口改札から構内に戻り、岩沼始発の仙台行に乗るため跨線橋に上がると、そこに西口改札があった。東口から階段を昇っただけの所で、駅全体からみると東側である。首を捻りながらよく観察すると、改札内と改札外、二本の跨線橋の間に渡り廊下のような物が設けられ、そこに改札機を置いているのだ。なるほど、こういうショートカットのし方もあるのか、と感心する。これを「西口」と称するのは、少々大胆な気がするものの、駅の西側に出たい人はここを通ってください、という意味だろう。こういう改札は初めて見た気がする。

 さきほどの小高駅といい、JRの駅もいろいろ柔軟になったものだ、と思う。

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(平成29年1月乗車)

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臨時特急「あそぼーい!92号」門司港行

 長崎に出かけた帰り、ちょうど運転日に当たっているので、博多(はかた)~門司港(もじこう)間で臨時特急「あそぼーい!」に乗ってみることにした。
 「あそぼーい!」は、通常なら熊本から阿蘇山(あそさん)方面に向かう豊肥線で運行されている観光特急である。が、平成28年4月に発生した熊本地震で豊肥線の一部区間が不通になっているため、本来の場所で運転できない。
 路盤ごと流失した区間もあり、復旧には時間がかかりそうだ。やはり乗り鉄としては災害による不通は心痛むので、「あそぼーい!」も豊肥線で運転される日が早く来てほしいと願う。
 その思いはJR九州も同じだろうが、転んでもただでは起きないのがJR九州である。「あそぼーい!」を門司港~博多で臨時運行することをいち早く決定した。利用しやすい花形区間で運転し、観光客にも地元客にもこの車輌に親しんでもらおう、という意図であろう。
 わたしも、この運転区間のおかげで、帰途に無理なくこの列車の試乗を組み込むことができた。

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 前座扱いするのは申し訳ないが、長崎から博多までは、「白いかもめ」車輌で運転される「かもめ8号」のグリーン席で移動した。下左の写真で左側に停まっているのが「白いかもめ」である。
 グリーン車は最後尾だが、一番前の席が指定されていたので、壁に向かって坐る。テーブルも広く、絵なども飾られていて、圧迫感が全然ないのは、さすがのデザインである。ちょっとしたコンパートメント感覚ですらある。

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 さて、博多に着いてちょっと用を足した後、小倉(こくら)方面の特急が主に発車するホームに上がると、既に「あそぼーい!」の発車案内が出ている。

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 いよいよ、特徴あるデザインの先頭車から、「あそぼーい!92号」門司港行が入って来た。
 車体には、この車輌を中心にJR九州を象徴するキャラクターとして使われている「くろちゃん」という犬が描かれている。
 わたしが乗るのは、先頭4号車の最前部パノラマシートである。

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 扉でアテンダントさんに迎えられて、車内に入ると、まず一般席がある。くろちゃんがあしらわれた暖簾をくぐって進むと、ラウンジである。ソファやベンチが設けられていて、憩うことのできるスペースだ。JR九州の観光列車、そして一部の特急にも、うまくこういう空間を設けている車輌が多いので、ほっとする。
 さらにその先にあるパノラマシートに向かう。

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 パノラマシートは、椅子自体にはそんなに高級感はなく、むしろ素朴なデザインである。しかし、横三列独立シートなので、ゆったりはしている。何よりも全面展望が身上の席で、普通車扱いながら、割高の料金が設定されている。

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 わたしは進行方向右側の最前列一人掛けという最高の席である。この指定券を駅で買うのは、ちょっと苦労した。パノラマシートは指定券の券売機には入っておらず、有人窓口に行かないといけないが、一般席とは別列車扱いで「あそぼーい!パノラマ」という列車名を入力(選択)する必要がある。個室寝台やカーペットカーなどと同様の扱いだ。
 そんなことを、JR九州のサイトにある「あそぼーい!」の席番表など参照しながら窓口の駅員さんに説明し、どうにかこの席の指定に成功した。二週間ほど前でも空いていたから、わりあい間際に指定券を買う人が多いのかもしれない。

 キャリーバッグはパノラマシート入口にある荷物棚にすっぽり収納し、わたしは車内探訪に出かけた。
 3号車には「くろカフェ」と呼ばれるビュッフェがあり、営業の準備をしている。また子供が遊べるスペースや図書室もある。ここでは、走行中にアテンダントさんが遊び相手や読み聞かせをしてくれるそうだ。

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 この3号車の座席は、「くろちゃんシート」という1.5人掛けシートが九つ並んでいる。親子連れが利用できるようにしているのである。

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 いろいろ楽しい設備はあるのだが、わたしは自席が最高の席なので、結局発車してからは動く気にならなかった。
 車内放送は、「自由席特急券ではご乗車になれません」とくり返している。この区間は特急の本数も多く、気軽に特急の自由席に乗る人が多いので、注意を促しているのだろう。それに、途中で定期特急に抜かれるので、急ぎの客に誤乗されても困る。

 博多を発車してすぐ、早速にも大分からの特急「ソニック」と離合する。香椎(かしい)付近では、香椎線のディーゼルカーと行き違う。複線区間でコンテナ貨物の機関車が来るのは、なかなかの迫力である。 

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 こういう前面展望を愉しんでいると、検札が来た。車掌さんは男性だが、子供に対してはおどけた口調で話しかけたりして、列車の性格を十分に心得た立ち居振る舞いである。
 わたしは、乗車券が小倉から新幹線で本州に向かう経路になっているので、小倉から門司港までの飛び出し乗車区間の乗車券を作ってくれるよう、車掌さんに頼む。至って愛想よく発行してくれる。

 平日ということもあって、列車全体では三割程度の乗車率である。やはり家族連れが多いようで、アジア諸国からの観光客も多い。一般席から入れ代わり立ち代わりパノラマシートにやってきては、暫く乗り心地を試す、といった人が多い。
 車掌さんはちゃんと目配りしていて、パノラマシートを指定されていないのに居すわる人や、最前部にかじりつく子供には、頃合いをみてやんわり声をかけて、自席に戻るよう促している。このへんも、ノウハウが確立しているように見うけた。
 香椎で、わたしの横の二人掛けの方に、初老の紳士がアテンダントさんに、こちらのお席です、と案内されて入って来た。パノラマシートに試乗したくて、窓口で頼んだ、と話している。結局、きちんと指定を受けてパノラマシートに坐ったのは、この人とわたしの二人だけのようである。家族連れや外国の人は、パノラマシートの買い方に不案内、というか、どういう座席があるかもよく分からずに乗っているのかもしれない。

 アテンダントさんが、よろしければカフェから何かお持ちしますが、と声をかけてくれたので、有機栽培コーヒーと大人プリンを頼む。プリンには大人プリンとこどもプリンの二種類があり、これもまた親子連れで愉しめるようになっているようだ。
 揺れる車内でも扱いやすい形にして持ってきてくれた。折り畳み式テーブルも付いているのだが、最前列の役得で、ダッシュボードをテーブル代わりに広く使う。大人プリンは、ラム酒の香りがかなりきつい独特の味であった。

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 これらに添えて、アテンダントさんが乗車証明書をくれた。くろちゃんのスタンプのほか、手書きのメッセージも添えられているのがよい。

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 こういったデリバリーは、パノラマシートの特権らしい。これを持ってきたついでに、アテンダントさんと暫し雑談する。
 門司港で降りた後、門司港レトロを歩いて焼きカレーを食べる、という予定を告げると、お勧めの店を教えてくれたりする。この「あそぼーい!」についても、10月からはハウステンボス方面に運転するので、それも是非乗りに来てください、と勧められた。

 海老津(えびつ)で運転停車して、定期特急と快速を先に行かせ、ゆっくり動きだす。
 折尾(おりお)に停車する。折尾には駅弁「かしわめし」が伝統の立売り方式で売られているはず、とホームに注目すると、果たして立売りのおじさんがスタンバイし、列車に向かって手を振っているのが見える。焼きカレーのためにお腹を空けておかないといけないので、わたしは買わないが、6分停車なのは、駅弁を買う人に配慮しているのだろう。買わないまでも、客もアテンダントさんも、思い思いにホームに降りて散策したりしている。

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 折尾からの北九州市内区間も、意外に地形は複雑である。橋梁やトンネルは、前面展望のアクセントである。
 小倉では、通常の列車と異なり、主に博多方面の下り列車が発着するホームに入る。ホームにラーメンやかしわうどんのスタンドが見えるのが、いかにも九州である。

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 長崎もそうだったが、門司港も行き止まりの終点である。これ以上どこへも行きようのない終着駅というのは、なかなか情趣がある。それをかぶりつきで見ていると、なおさらだ。
 門司港レトロのとり組みに合わせ、門司港駅も何かと古めかしい演出がなされている。ホームの駅名標も、国鉄時代を思わせる仕様で、わたしには懐かしい感じがする。

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 駅はなおも改修工事中で、その工事を見学するためのデッキも設けられている。建築関係の人にはこたえられないだろう。
 また、洗面所・便所に至るまで、レトロが貫かれているのがよい。

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 焼きカレーを食べて駅に戻ってくる。普通電車で小倉に向かうためである。
 ホームは、付け根、つまり改札口に近い方3輌分くらいは、電車に合わせて嵩上げがなされているが、その先は昔の客車時代のまま、低いホームとなっている。もちろん、意図的に残しているのだろう。
 そして、「あそぼーい!」の車輌は留置線に引き上げられているのが見える。黒っぽい車輌なので、こうなってしまうと、影が薄くなる。

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(平成28年9月乗車)
 

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一部不通の日高線と周辺のバス

 北海道の日高線方面に出かける用事があった。
 JR日高線は、昨年(平成27年)に相次いで発生した土砂崩れにより、鵡川(むかわ)~様似(さまに)間が不通、バス代行となっている。列車が運行されているのは、苫小牧(とまこまい)~様似間全線146.5㎞のうち、苫小牧~鵡川間30.5㎞に過ぎない。
 バス代行が一年半以上も続いているので、列車が走らないことが常態化しつつあると思われ、この代行バスの乗場も、各駅前に寄るのが基本であったのが、トータルの到達時間を短縮するため幹線道路上に移行する傾向にあり、また便数やダイヤも利用実態に合わせて手直しがくり返されている。
 これは、かつて正面衝突事故によって運行停止命令が出てバス代行となった、旧京福(けいふく)電鉄福井支社の各線と状況がよく似ている。地域を挙げて、ローカル鉄道のバス移行の是非を社会実験しているようなものであることも。
 そのあたり、興味を惹かれるので、様子を見てくることにした。行くのは休日なので、普段の状態までは見られないが。

 実は、日高線のほぼ全線に並行して、道南(どうなん)バスによる路線バスも走っている。この点は京福とは異なるが、その存在も気になるところである。併せてその路線バスにも乗ってみたい。

 まず、苫小牧駅前発9時07分の静内(しずない)行道南バスに乗る。高速バスや貸切バスにも使えるような、リクライニングシートの一扉車が来た。北海道の中長距離路線ではよくある。最前列の席は荷物置き場となっている。長距離利用が多いのだろう。
 苫小牧駅前で乗ったのは、わたしを含めて三人、その後市街の停留所で乗った客もあって、十人ほどになった。が、職訓センター通りという停留所で大量に下車があり、結局残ったのは駅前で乗った三人だけである。そんなに職業訓練に行く人が多いのか、と思ったが、実はこの停留所はイオンの前に位置するのである。その割に地味な名前だが。
 三十分近く走って、まだ「沼(ぬま)ノ端(はた)」という地名を冠した停留所が続いている。沼ノ端は、JR室蘭線だと苫小牧の次の駅である。駅間距離の長い北海道とはいえ、これは意外である。
 JR日高線は沼ノ端の手前で南に分岐してしまうため、郊外の住宅・商業地である沼ノ端地区には駅がない。とはいえ、地区の南側を掠めてはいるのだから、駅を設ければ利用がありそうである。内地なら、こんな立地にはすぐ、新駅を、という声が上がりそうだ。

 路線バスは、「浦河(うらかわ)国道」と通称される国道235号を基本的に走り、時々脇道に逸れて集落に立ち寄ったりする。鵡川駅前に着いたのは、10時04分であった。
 苫小牧~鵡川間の所要時間は、JR列車のちょうど倍くらいになるが、その分苫小牧市内できめ細かい停留所があるので、利便性は一長一短であろう。本数は、路線バスが一日四往復、鉄道が八・五往復となっている。

 このまま静内まで乗ってもいいのだが、鵡川で一旦降りた。朝が早かったこともあり、何か食べようと思ったのである。鵡川はシシャモで知られる街である。が、市内の店では、旬を外れているということで、生シシャモの寿司などは食べられなかった。スーパーで適当なものを買って駅に戻り、「むかわ交通ステーション」の看板がかかった駅の待合室で食べる。
 その後、膝の上でノートパソコンなど触っていると、客のおばさんに「駅の方ですか?」と声をかけられた。鵡川は現在のところ終点、かつては急行も停まった駅だが、無人駅になってしまった。

 ここからも、路線バスで進む。静内行は夕方までないが、途中の富川(とみかわ)を通る平取(びらとり)行のバスが12時25分に鵡川駅前を出る。まずそれに乗る。

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(写真は、鵡川駅前に着く平取行道南バス。後方には待機中の酒井運輸のJR代行バスが見える)

 平取は、富川から沙流川(さるがわ)沿いに内陸に入った所にある町だが、昔から町の中心に鉄道が通ったことはなく、道南バスが主要な足だが、本数は少ない。主にクルマの生活なのだろう。
 これに乗って、富川中学校前で降りる。こんな所で降りたのは、スマホのナビアプリに従ったからで、平取から来る静内行に三十分ほどの待ち時間で乗継げるのである。クルマがあまり通らない国道沿いに、途切れ途切れに並ぶ店、電話局の残骸などがあるだけの所だ。再び訪れることはありそうにない。

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(写真は、富川中学校前停留所付近の風景)

 あまりに何もないので、富川の町の中心の方へ歩いて戻る。次の停留所、富川北には、待合小屋があったので、ここで待つことにする。地元の自治会あたりが整備した待合小屋かと思ったが、この後も道南バスの各地停留所で同じ規格の待合小屋を見たから、雪国ならではの設備としてバス会社が用意したものらしい。
 この近辺にもシシャモ料理の看板を出した店が多い。
 13時20分発の静内行が来た。苫小牧からのバスに比べればちょっと見劣りするが、それなりに大きなバスだ。

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(写真は、富川北停留所の待合小屋と、そこに着く平取からの静内行バス)

 乗っていたのは二人、この富川北でわたしともう一人が乗った。門別(もんべつ)の町内で二人降り、二人になって、後は静内まで誰も乗ってこない。
 今日の用務先は新冠(にいかつぷ)だが、宿は静内にとったので、終点まで乗る。静内の中心街、というか、賑わっている地区は、国道沿いの末広町(すえひろちよう)付近で、イオンを初めとする大規模なロードサイドショップが建ち並んで、優駿の町のイメージとは全く異なる、内地でもよくある地方都市郊外の光景である。唯一の相客であった女性客も、末広町で降りてしまい、終点の静内駅前まで行ったのはわたし一人だった。

 駅舎の正面に、路線バスとJR代行バスの停留所ポールが仲よく並んでいる。
 暫く見ていると、ここからさらに東に向かう、様似行代行バスが発車して行った。静内以東の代行バスは、JR北海道バスが担当している。様似に営業所があり、浦河・えりも方面に路線があるからだろう。

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(静内駅前の停留所と、JR北海道バスの様似行代行バス)

 静内は、わたしが様似を起点とする最長片道切符の旅をした時、最初に途中下車した駅で、駅前で唯一空いていた何でも屋さんで、ひじきご飯を主食とする弁当を買って夕食にしたのを覚えているが、それらしい店は見あたらない。

 静内駅近くのホテルにチェックインして、改めて新冠に向かう。新冠は、日高線でいうと、苫小牧方面に一駅戻った街である。
 16時05分に鵡川行の代行バスが発車する。酒井(さかい)運輸という、静内にある会社のバスである。この酒井運輸は、馬を運ぶ背の高いバス、馬匹車(ばひつしや)も所有していて、滞在中何度か走っているのを見かけた。あの車自体が巨大な馬のようにも見え、ユーモラスだ。
 その直後、16時11分に道南バスの苫小牧駅前行が出る。わたしが朝苫小牧から乗ったあの車である。

 代行バスと路線バスが数分の間隔で雁行するのは面白い。どちらも日に数えるほどの便しかないのだが、客の流れに合わせてダイヤを組むと、こうなるのだろう。
 これなら、どちらか一方に統合してもいい気もしてくる。バスになると運賃が高くなるのでは、という懸念があるが、新冠まではどちらに乗っても210円で同じである。富川までも鵡川までも、ほぼ同じ額になっている。道南バスがJRを意識した運賃設定をしているのだろうが、ますます統合する方が効率的では、と思えてくる。
 もっとも、高校生の通学定期は、おそらく割引率が異なってくるだろうが。

 わたしはどっちに乗っても新冠に行けるからいいのだが、用務先へは道南バスの停留所が僅かに近いので、道南パスに乗る。代行バスは乗客ゼロで発車し、道南バスはわたし一人だけが客となった。末広町で五人ほど乗る。
 道南バスは途中、国道から山の方に折れて、中腹にあるリゾート施設である「レ・コードの湯」に立ち寄るので、新冠までは代行バスよりも時間がかかる。
 それぞれの性格と事情で路線やダイヤが設定されているから、やはり統合は難しいだろうか。

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(写真左は酒井運輸のJR代行鵡川行バス。右は道南バスの苫小牧駅前行で、わたしが苫小牧から鵡川まで乗ったバスの折返し)

 新冠の用務先は、レ・コード館である。新冠町は、アナログレコードの収集・保存に町の事業として力を入れており、その展示館がレ・コード館なのである。道の駅も併設されていて、新冠観光の拠点となっている。

 用を済ませた後、新冠駅に行ってみた。
 地方のローカル駅に多い瀟洒な駅舎である。「新冠」と駅名が掲げられているのはホーム側で、駅前広場に面する方には「出会いと憩いのセンター」と記されている。こういう名目をつけて地元自治体などが無人化された駅舎を維持するのは、鵡川とも共通する事情であろうか。

 それにしても、列車の来ない線路やホームというのは、廃線跡とも異なる侘びしさが漂う。

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(写真は、JR新冠駅の駅舎とホーム)

 この日の新冠は、「にいかっぷふるさとまつり」という夏祭りが開催中である。駅前広場と、隣接する農協駐車場には、露店が多数出ていて、賑わっている。
 普段なら駅前広場に代行バスが発着するのだが、祭りの間はバスが入れないので、踏切を隔てた路上に臨時乗場が設けられている。特別ポールが立てられているなどではなく、道南バスの新冠本町停留所に一枚時刻表が貼られているだけで、見過ごしてしまいそうになる。

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(写真は、新冠駅舎に貼られた代行バス乗場案内と、代行バス臨時乗場となった道南バス新冠本町停留所)

 わたしは、夏祭りが終わる頃まで新冠に滞在し、新冠21時23分発の静内行最終代行バスで静内に戻ることにしていた。
 ところが、遺憾ながら上の写真にある時刻表が、二十一時過ぎにバス停に行った時には、既に剥がされていた。確かに祭りの後片付けが始まり、交通規制も解除されようとしているところだが、祭り帰りの人が数人バス停に集まってきている。そしてわたしたちは、「ここでいいんですよね?」と不安げに言葉を交わした。わたしはスマホに収めた上の写真を見せて、「いいはずですけどね」と話したりした。
 誰が剥がしたのかは知らないが、終バスがまだ出ていない、しかも最もその時刻表が必要となるタイミングを前に、なぜ剥がすのかと思う。それだけ代行バス、ひいてはJR日高線の存在感がないということなのだろうか。

 幸い、二十一時十八分頃に、酒井運輸のバスがやって来て、この臨時停留所に停まった。乗場が分からなかったのか、発車間際に駆け込んできた若い女性もいる。既に乗ってきた客も含め、七名の乗車で発車する。
 代行バスは、最も便利そうな末広町にはもちろん停まらず、静内駅に直行した。バスに料金箱はなく、新冠からのJR運賃210円は、静内駅構内にある箱に入れるよう、運転手さんに言われる。

 翌日、静内からの帰りも、代行バスを利用した。
 静内駅で帰りのJR切符を買った。駅に列車は発着しないのに、窓口が営業していてこういう切符が買えるのは、不思議な感じがする。
 列車が来ないホームに出る改札口も開いている、というか閉める扉がない。入場券も発売していて、ホームに踏み出してしまうと入場料金が必要になるから、内側からホームを眺める。やはり手持ち無沙汰なホームはどこか存在感が霞んで見える。

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(写真左は、この時使った切符。右は改札口から見たホーム) 

 静内駅構内には道南バスの案内所を兼ねた売店があり、九時からの営業である。開店を待って昼食にするパンとお土産を急いで買い、駅前のバス停に向かう。
 静内発9時07分発の鵡川行は、樽前(たるまえ)観光のハイデッカー車である。ずいぶんいい車輌を充ててくれている。ドアの前に立っていた運転手さんが、わたしの大きなキャリーバッグを見て、
「苫小牧まで行きますか」
 と嬉しそうに言った。が、トランクにバッグを収納しようとは言わなかった。その必要がないことが分かっていたのだろう。わたしは最前列の席に座り、隣席にバッグを寝かせた。

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(写真は、静内で発車待ちの樽前観光のJR代行バス鵡川行)

 鵡川行は、わたし一人を乗せて発車した。
 路線バスと同様、主に国道を行くが、もちろんJR駅に対応する箇所にしか停まらない。駅前に入るのが基本だが、道路事情などで入れない駅は、道路上に停留所がある。当然、踏切を何度も渡るのだが、列車が来ないと分かっていても、バスはきちんと一時停止する。バスだけでなく、どのクルマもそうしている。
 問題の土砂崩れが発生したのは、主に厚賀(あつが)~大狩部(おおかりべ)間だが、ここは急峻な地形ゆえか、国道は築堤上に新道が設けられ、線路と離れる。代行バスは旧道に入り、大狩部の停留所は、新道の下をくぐるトンネル歩道の入口に設けられていた。トンネルの向こうに駅があるのだろう。
 厚賀のように、停留所によっては、仮設の待合小屋が設置されていたりする。
 厚賀を出て暫く行ったところで、静内行代行バスと擦れ違う。向こうには十人程度の客が乗っているのが見える。

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(写真左はトンネル入口に設けられた大狩部停留所。右は簡易待合室のある厚賀停留所) 

 富川の街にさしかかると、交叉点を隔てて前方のバス停に、大きなキャリーバッグを携えた人が数人待っているので、やっとこのバスに他の客が乗るのか、と思ったが、バスは交叉点をあっさり左折してしまった。富川の駅は、国道の通る中心街からは少し離れた旧市街に位置するので、脇に逸れるのである。
 さっきの客は、札幌行の高速バス「ペガサス」を待つ客だったようだ。昨日の夕方といい、どうも路線バスと代行バスは同じような時間帯にならざるを得ない。
 富川では高校生の女の子が一人乗った。運転手さんとは顔見知りのようで、ずっと二人で雑談している。

 富川から鵡川までは、二駅で三十分もかかるダイヤので、なぜなのかと思っていたが、途中にある汐見(しおみ)駅が、国道から大きく離れた海岸部に位置しており、富川や鵡川から直接通じる広い道がないため、国道を折れ、原野の中の地方道を延々往復して立ち寄るのである。
 汐見駅のそばには、数十戸の家が肩を寄せ合っている。バスも通じていない集落にとっては、駅が生命線であった時代もあったろうが、このバスに乗降はない。
 舗装もされていない狭い道で切返しをくり返して、元来た道を戻る。ここまで直行ルートを外れている場合、その駅のための代行手段を別途設けたりすることもあるのだが、そこまでの需要もないのか、そうなっていない。おかげで、のどかな寄り道を愉しむことができた。

 定刻よりやや早く、鵡川に到着した。
 ここからはやっと列車に乗れることとなる。ポイントの関係で、駅舎から離れた方の下りホームに折返し列車が発着するので、踏切を渡らないといけない。上下線のホームがずれた位置にあるため、けっこうな距離を歩く。これだけ長期の折返しなら、駅舎側に列車を着けるようにできないものだろうか。
 代行バスから乗り継いだのは二人だけだが、鵡川から乗る客が多く、一輌の苫小牧行ディーゼルカーは全てのボックスが埋まった。

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(写真は、鵡川駅に停車する折返し苫小牧行)

 その状態のまま進んだが、苫小牧の一つ手前となる勇払(ゆうふつ)では多数の客が乗り込んできて立つ人もでた。周囲には工場や住宅が多い。沼ノ端の住宅街も空しく望んで通り、すぐに室蘭線に合流するが、それからも長らく直線の線路を走る。
 気持ちよくはあるが、先のイオンのすぐ裏手も通る。ここから苫小牧まで三キロ以上もあるのだから、室蘭線ともども駅を設ければ便利になるだろう。イオンだけでなく、公共施設や学校もこの付近に多いのである。
 しかし、やっぱりクルマ社会なのであろう。そんな話はないようである。 

(平成28年7月乗車)

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上り「レトロふくしま花見山」~ 旧型客車の臨時快速

 先日も仙台・福島方面に出かけたばかりだが、重なるときは重なる。仙台~福島間の臨時快速「レトロふくしま花見山号」に乗ることにした。
 仙台に早朝高速バスで着いて、午前中の上り福島行に乗る、というのが、最も時間を効率的に使えるのであった。
 これは、JR東日本が動態保存している旧型客車で運転された列車である。

 こういう旧型客車は、わたしが鉄道のそぞろ乗りを始めた学生時代には、この東北線など、地方線区で多く走っていたものだから、大変懐かしい。
 旧型客車を用いた臨時列車はしばしば運転されるが、大抵SLとセットになっている。SLが牽いていたり最後尾にぶら下がっていたりすると、どうしても用心深くスピードを抑えた運転になる。わたしは既にSL世代ではないので、電気やディーゼルの機関車に牽かれて幹線をかっ飛ばす旧型客車こそ、懐かしんで味わいたいのだが、そういう機会がなかなかなかった。
 今回は、全行程を電気機関車のみが牽引、天下の東北本線だから線路状態も良好。やっと念願かなったわけで、こういう列車があると聞くと、足を運ばずにはいられない。
 
 この臨時列車は、文字通り福島の名所に宮城の客を運ぶためのものだが、宮城にも花見の名所はあるだろうに、なんでわざわざ福島へ? と疑念を抱いた。
 聞けば、花見山は、桜だけでなく、季節ごとにさまざまな花が途切れずに咲き誇る、桃源郷のような所なのだそうで、県境を越えて出かける価値があるようだ。

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 東北線上りのホームに上がると、さすがに注目を浴びているようで、カメラを構える人が多い。
 数日しか運転しない臨時なのに、ホームにはちゃんと乗車口のペインティングがある。

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 アナウンスが入って、列車が入ってくる。仙台駅北方はS字状に線路が曲がっているので、おもむろに列車が現れる、という演出には最適である。
 牽いているのは鮮やかな赤色の機関車で、この色も懐かしい。そして、最後尾が素っ気ないのも、いかにも客車だ。

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 デッキや車内の四人掛けボックスも、昔は当たり前のものだったが、今となっては追憶の対象だ。

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 わたしのボックスは、親子連れと相席で、三人だけであった。満席ではないようだ。
 女性の車掌さん、これは旧型客車の時代に合っていないが、「つばめガール」か何かの再現と思えばいいのだろうか。
 その車掌さんは、案内とともに、記念撮影のシャッター係も買って出てくれ、それ様のプレートを持ち歩いている。

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 途中、大河原では、「一目千本桜」の名所案内がある。やはり花見の名所である。列車の設定趣旨にも合っているから、アナウンスがあり、徐行もした。

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 幸い、と言っては不謹慎かもしれないが、踏切の遮断桿が折れる事故があって大河原に臨時停車、その後回復運転のためいよいよ飛ばしてくれたりしたので、旧型客車の爆走を堪能できた。
 かなり沿線の注目を集めていて、ランニング中に踏切待ちとなった部活の男子高校生たちも、列車に明るく手を振ってくれていたりした。

 福島に着くと、着飾った女性たちが出迎えてくれ、福島の観光案内のパンフレットなどを貰う。
 改めて客車をよく見た後、回送で発車するのを見送る。郡山まで回送して折返すのだそうで、それなら郡山まで乗せてほしかったが、いろいろな都合があるのだろう。

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(平成28年4月乗車)

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オプション券で行く青函周辺各線

 北海道新幹線に初乗りして函館入りした翌日、改めて新幹線で青森まで行き、そこから「青春18きっぷ」とそのオプション券を使用して、函館に戻ってくることにした。

 「青春18きっぷ」は、JRの普通列車だけが乗り放題という切符だが、今回の北海道新幹線開業で、青函間が新幹線だけになってしまったうえ、北海道側の並行在来線が第三セクター化されたため、「青春18きっぷ」だけでは北海道に渡れないことになる。
 これを救済するため、「オプション券」が発売されることになった。「オプション券」は2300円で、これと「青春18きっぷ」を併用することで、奥津軽(おくつがる)いまべつ~木古内(きこない)間の北海道新幹線と、木古内~五稜郭(ごりょうかく)間の第三セクター鉄道、道南(どうなん)いさりび鉄道に、それぞれ片道一回乗れる、というものである。奥津軽いまべつに併設されている在来線駅である津軽二股(ふたまた)駅までは青森からJR津軽線が通じているし、五稜郭~函館間は従来どおりJR北海道の路線である。従って、「オプション券」を買い足すことで、まがりなりにも「青春18きっぷ」で津軽海峡を越えられることになる。

 まず、函館駅から朝の「はこだてライナー」で新函館北斗(しんはこだてほくと)に向かう。昨日は各駅停車に乗ったが、今日乗るのは快速で、途中五稜郭のみの停車である。この列車は「青春18きっぷ」だけで乗れるので、函館駅で日付を入れてもらった。
 ただし、函館駅の案内表示には快速と各駅停車の区別がない。電車にはきちんと「快速」「Rapid」と表示されていた。

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 新函館北斗駅は、昨日と違って閑散としていた。朝早いからかもしれないが、開業のお祭が終わればこんなものなのか。
 わたしの乗った車輌も十数人しか乗っておらず、そのままの状態で新青森に着いた。新青森からはかなり多くの人が乗り込むようであった。

 青森の駅ビルの中でいくらかの買い物をする。ここも北海道新幹線開業関連のキャンペーン中のようで、特別仕様のポケットティッシュをおまけにくれた。同じ仕様のものは、後で函館駅でも貰えた。

 「青春18きっぷ」 を使って、奥津軽いまべつへ向かう。津軽線の列車に乗るのだが、発車案内にあったホームに行ってみると、三輌編成の電車が停まっている。これは回送かな、この後に津軽線が来るのかな、と思ってよく見ると、行先が「蟹田(かにた)」と表示されている。
 津軽線の普通列車はディーゼルカー、という古い固定観念が抜けていなかった。津軽線は特急や寝台列車で通ることがほとんどで、普通列車など十年以上乗っていなかった。
 これに乗り込むが、ロングシートの通勤型で、あまり旅情はない。

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 途中、西側に新幹線の高架が遠望できる。これほど近接して並行しているのに、津軽線が「並行在来線」扱いにならなかったのは不可解だが、東日本と北海道で方針の違いがあるのかもしれない。

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 終点の蟹田で、三厩(みんまや)行のディーゼルカーに乗り換える。ディーゼルカーは二輌だ。さっきの電車といい、詰め込めば一輌で十分乗れるだけの客しか乗っていないのに、JR東日本は太っ腹である。昨日の北海道の普通列車が、一輌で立ち客が出ていたのと対照的だ。

 十五分ほどで奥津軽いまべつの隣にある津軽二股に着く。しかし、奥津軽いまべつに停車する新幹線列車はすぐにはなく、一時間半ほども待ち時間がある。その間に終点の三厩まで往復して来ることができるので、そうした。

 中小国(なかおぐに)を過ぎると、貨物列車の線路が分かれていき、これが新幹線の高架に合流していくのが見える。

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 三厩に来るのも、三十年ぶりくらいではないかと思う。
 駅自体はさほど変わっていないが、龍飛(たっぴ)岬へ向かうバスが、かなり派手なラッピングバスになっていたのに驚く。わたしが来た時はまだ青森市営バスの運行だったが、現在は地元のコミュニティバスに変わっている。

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 三厩から今度は青森行直通となったディーゼルカーで折返し、津軽二股に戻る。
 道の駅が併設されており、ちょうどお昼時なので、レストランには列ができている。新幹線見物の客で賑わっているようだ。
 在来線時代の海峡線には、ここに津軽今別(いまべつ)という駅が併設されていた。やはり津軽線とは別駅扱いだったが、そこへの階段跡も残っている。駐車場に入っていく通路の方を抜けると、新幹線の奥津軽いまべつ駅の大きな駅舎に着く。
 駅舎の前の広場には、マイクロバスが停まっている。新幹線開業に合わせて運行を開始した、津軽中里(なかざと)行の弘南(こうなん)バスである。津軽中里は、ストーブ列車で知られる津軽鉄道の終点であり、これと新幹線とを組み合わせた回遊ルートをなそうという意図である。

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 奥津軽いまべつに停車する新幹線はかなり少ないのだが、13時台には上下列車が続けて発着する。それで、それに合わせて見学に来ている人が多いようだった。
 エレベーターで最上階に昇り、跨線橋を渡って改札口に至る。跨線橋からは、周辺の線路がジオラマのように見下ろせる。駅の前後は、新幹線と貨物線が分かれていて、貨物線は駅の脇をすり抜けている。

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 ここから「オプション券」を使いはじめることになるので、改札口でスタンプを捺してもらう。

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 向かい側ホームに東京行の「はやぶさ」が来たが、紫帯のJR北海道車であった。北海道新幹線といっても、東日本の車の方が圧倒的に多いから、北海道の車はなかなか見られない。
 続いて、わたしの乗る新函館北斗行が来た。この奥津軽いまべつは、下り線は通過線と待避線に分岐し、待避線にホームが面しているが、上りの線路は一本だけである。

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 「はやぶさ」の車輌は普通車でも座席がゆったりしているので、リクライニングして車窓を眺めていると、「青春18きっぷ」の旅とは思えない贅沢な気分である。
 昨日から三回めとなる青函トンネルを抜け、木古内に着く。「オプション券」の客はここで降りないといけない。

 木古内駅は、在来線時代からあった駅だが、やはり新幹線開業に合わせて、キュービックな大駅舎が建てられている。
 表口の南側、裏口の北側、それぞれに駅前広場が整備されている。バスやタクシーの客は南側、自家用車は北側に誘導されているようで、合理的だ。
 内装は、名前に因んでか、かなりウッディであり、木の柱などが目立つ。

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 従来の江差(えさし)線が、道南いさりび鉄道に変わっており、「オプション券」で乗れる。この「オプション券」は、片道一回しか乗れないし、道南いさりび鉄道線内では途中下車できない。そういう厳しい制約があるのだが、乗るときに乗車券のチェックはなかった。その旨の掲示もある。
 要するに、係員を配置していないわけだが、これでは重複使用しても分からないのではないか。そのリスクと人件費を天秤にかけた結果、こうなったのだろうが。

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 ホームに下りてみると、既に次の函館行ディーゼルカーが入っていた。これも一輌だけである。が、見た目はJR北海道の車輌そのままである。
 塗装もそうだし、車内もJR、というか国鉄車そのままの雰囲気で、扉のガラスにも、JRのロゴマークが残ったままだ。

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 地元の人と、新幹線から乗り換えたらしいフランスからの団体客などで、満席になった。「オプション券」利用らしい客はあまり見あたらない。
 観光客は渡島当別(おしまとうべつ)で降り、車内は空いた。トラピスト男子修道院を見学するのだろう。そのまま五稜郭でJR北海道の路線に入り、函館に終着する。「オプション券」は自然に手元に残った。

(平成28年3月乗車)

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北海道新幹線開業

 北海道新幹線開業の当日は、仙台付近で過ごしていたのだが、その翌日に初乗りすることになった。

 仙台駅から新函館北斗(しんはこだてほくと)行の「はやぶさ」に乗ることにする。新幹線のホーム案内板で函館の文字を見るのは、やはり感慨深い。秋田行「こまち」を先頭に入ってきた列車の広報が「はやぶさ」である。

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 新青森までの東北新幹線延伸が、そんなに前のこととは思えないのだが、それからもうこの日を迎えたのか、と思う。
 乗り込んだグリーン車は、ツアー客と思われるお年寄りの団体を中心に、満席の盛況である。わたしの隣にはツアコンさんが坐っている。

 新青森を過ぎてしばらくすると、右側から在来線の狭軌線路が合流してくる。ともに青函トンネルをくぐる貨物線である。つい先日までは特急やら寝台列車やらも行き来していたが、これからはほぼ貨物専用となる。

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 トンネル内は、新幹線も従来どおりの時速140キロに制限されている。貨物列車と擦れ違うときの風圧を考えて、そうしている。ただし、わたしの乗った「はやぶさ」は貨物列車とは一度も出会わないままトンネルを抜けてしまった。

 抜けると同時に、
「北の大地、北海道へようこそお越しくださいました」
 とアナウンスが入る。洒落た放送で、こういうところは、JR北海道らしさだな、と思う。

 車窓風景も、なんとなく北海道らしくなっている。隣の線路は三線軌道、つまり新幹線と在来線が両方通れる線路になっているのが分かる。

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 木古内(きこない)で貨物線と分かれると、またスピードが上がる。やがて、右窓に函館山が見えはじめる。本当に新幹線で北海道に来たのだ、という実感が募る。

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 満席状態が続いたまま、終着の新函館北斗に到着した。観光には中途半端な夕刻だが、これからホテルに荷物を置いて函館山の夜景を観に行くのに、ちょうどいいのだろう。

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 駅の内外は、乗る人、降りる人、単なる見物の人、入り交じって混雑している。
 乗り場である11番線には、新幹線の特急券を持った人のみ入れるようになっている。見学客は降車ホームの12番線に行くよう、案内されていた。新幹線ホームといっても、そんなに広くはないのだ。
 改札外の通路からは、ホームと線路を見下ろせるようになっていて、そこに多くの見学客が詰めかけている。

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 構内は左側通行が呼びかけられ、つまりそれだけ多くの人がいたわけである。
 その割に、店などの設備は貧弱である。改札内の売店、それに、改札外にカフェがあるくらいだが、いずれの店も、弁当類は売り切れていた。
 寂しい気がするが、考えてみれば、新幹線駅といっても、定期列車はわずか十三往復しか発着しない駅なのである。そう考えれば、この程度の設備でしかたないのか。

 駅前広場に出てみると、多数のバス乗り場があり、函館市内や大沼(おおぬま)公園に向かうバスなどが発着している。
 北海道の物産展が開かれていたようで、屋台が並んでいるが、今日の営業は既に終わっていた。

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 駅の通路から、駅前広場と反対側を見てみると、なんとものどかな風景が広がるのみで、ずいぶん表側とはギャップがある。

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 そして、新幹線の線路の終端部を見てみると、路盤は続いているが、空しく車止めが施されている。この先も、早く乗れる日がきてほしい。

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 ひと通り駅を見た後、函館市内に向かうことにする。
 すぐに接続する函館行は、ディーゼルカー一輌の普通列車である。これに、けっこうたくさんの客も乗り、立ち客も出ていた。

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 しかし、わたしは今回運転を開始した「はこだてライナー」に乗ることにする。先の普通列車の僅か十五分後に出るので、新型車輌を調えた新幹線連絡列車であるのに、ほとんど客が乗っていない。
 大きなエンブレムの付いた電車は、半自動ドアである。つまり、停車中は客がボタンを押して扉を開閉する方式である。この方式は、札幌近郊ではかなり定着しているが、函館付近には初めての導入である。だから、係員が巡回して、丁寧に客に使い方を説明したり、開け放しの扉を閉めて回ったりしている。

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 結局、六輌編成に乗った客は三十人程度で、駅の喧騒から考えるとあまりに少ない。
 これから利用状況をみながら、ダイヤや編成の調整がなされるのだろう。結局、函館までわたしの乗った二輌めは、わたしの貸切であった。

(平成28年3月乗車)

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阿武隈急行「ホリデー宮城おとぎ街道」と長い名の駅

 夜行バスで仙台に着いて、この日は近隣をそぞろ乗りしようと思って、阿武隈(あぶくま)急行の臨時列車に狙いを定めたのだが、たまたまこの日はキャンペーンのオープニングセレモニーの日だった。仙台駅で「ホリデー宮城おとぎ街道」梁川(やながわ)行の発車に合わせて開催されていた。

 この列車用に派手なラッピングが施された電車が梁川側に2輌、そして一般車輌が後ろに2輌付いた4輌で運転される。

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 一般車輌の方にも、沿線の各市町村に因んだイラストが描かれている。

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 セレモニーに人が集まっていたのと裏腹に、列車に乗る人は少ない。楽にボックスを占有できた。

 阿武隈急行は、勾配が多い東北本線の福島~仙台間のバイパス線とするべく、建設が進められていた丸森(まるもり)線が、国鉄再建法によって工事や開業の目途が立たなくなったのを、地元が第三セクターとして引き受けたものである。
 そういう目的で計画されているので、比較的線形はよいし、JR線にも乗り入れている。車輌もそれゆえにかどうか、国鉄タイプに近い電車が使われている。

 仙台付近のJR線では、既に国鉄型車輌があらかた引退してしまったので、阿武隈急行の車輌は逆に異彩を放っている。二扉車はもはや少数派なのである。槻木(つきのき)まではJR東北本線を行くが、長町あたりの駅では、ラッピングも相まって、不思議そうに車内を覗き込む客もいた。
 車内も、長く親しまれてきた国鉄車輌そのものだ。

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 しかし、あくまで阿武隈急行はJR線ではないので、JRの切符では乗れない。
 わたしは「青春18きっぷ」で仙台駅の改札を入ったので、阿武隈急行線となる槻木からの切符を買わなければならない。車内で買えるのか、降車時に精算するのか、と思っていた。そのあたりはよそ者には予測できない。

 幸い、槻木を過ぎると車掌さんが回ってきたので、車内補充券を購入した。
 これも、JRでは見かけなくなったパンチ式の券なので、手元に残したかったが、これは降車時に回収される。写真だけ撮っておく。

 この列車は梁川行だが、わたしは一つ手前のやながわ希望の森公園前で降りることにしている。一時期、地方の鉄道では駅に長い名前を付けることが流行した。そのブームに乗ってできた駅だが、各地の長名駅に比べて、無理やり長くした感があまりない、好感を持てる駅名だ。
 国鉄時代の終点であった丸森を過ぎると、県境を越え、福島県に入る。富野(とみの)で駅名標を見ると、次の駅名が非常にせせこましく書いてある。さっきの車内補充券では、書き切れないので「公園前」と略してある。

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 ホームに降りてみると、ここの駅名標は、明らかに特別仕様の横長のものだった。縦書きも一行に収まっていない。

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 名前が長いというだけで、他に変わったことがあるわけでない駅である。
 線路は掘割状になっていて、周囲の土地より低い所を走る。世が世なら、ここを長大なコンテナ列車が走っていたはずである。

 駅舎はなかなかユニークなデザインで、カフェが入っているようだが、時間が早くてまだ営業していない。

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 駅名になった希望の森公園は、駅の東側にある広大な公園である。スポーツ施設からキャンプ場、植物園まである。
 その園内をSL列車が運行している。正規の鉄道ではなく、あくまで園内の遊戯施設の扱いである。興味をひかれるが、冬季運休中であった。

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 SLだけでなく、人通り自体がほとんどない。冬の眠りについている公園の周囲は、住宅街が広がっている。やながわ希望の森公園駅も、普段は住民の足なのだろう。

(平成28年3月乗車)

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