2018年9月28日

男鹿線営業キロ変更と蓄電池電車

 秋田からの「リゾートしらかみ」で五能(ごのう)線を廻って弘前(ひろさき)に着いたわたしは、そのまま奥羽線で秋田方面に戻った。弘前から大館(おおだて)までは県境区間なので、本線筋なのに普通列車は極めて少なく、特急で移動せざるを得ない。遅れた「リゾートしらかみ」が引き上げて行ったホームに、ほどなく特急「つがる4号」が入って来た。よく空いた自由席に坐って三十分あまりで大館に着く。
 大館は比内(ひない)地鶏を使った駅弁「鶏めし」で知られている。それを買おうと思ったが、ホームはもとより、駅舎内に駅弁売場が見当たらない。駅舎に隣接したコンビニの弁当売場には、鶏めしのポップがあるので、扱っているらしいが、売り切れている。入手できないのか、と思って駅前広場を見わたすと、駅舎の向かいに販売元の作業所兼売店があり、ようやく手にした。本来駅で買えてこその駅弁だが、こういう恰好が増えてきた。
 先日も、四国の松山駅に降り立って名物駅弁「醤油めし」を買おうと思ったら、売場がどこにも見当たらず、撤退したのか、とがっかりした数日後、松山の駅弁業者の事業停止のニュースを見て驚いたことがあった。大館は業者自体は元気なようで、安心した。

 大館始発14時16分の秋田行普通電車に乗る。終点の秋田に直行せず、15時47分着の追分で、15時49分発男鹿(おが)行に乗り換える。
 すぐの接続なので、男鹿行は通常男鹿線が発着する片面ホームではなく、同じホームの向かい側となる奥羽線下りホームに入っている。こういう濃やかな配慮は、とみに増えてきた。国鉄時代など、こういうケースでは確実に跨線橋の階段を客に走らせたものである。

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2018年9月24日

「リゾートしらかみ」往復乗車

 JR五能(ごのう)線の観光列車「リゾートしらかみ」に乗った。
 五能線は四度ほど乗っているが、乗りつぶしの時だけは通常の普通列車だったものの、その後、最長片道切符の時は前身の「ノスタルジックビュートレイン」、後はこの「リゾートしらかみ」に乗っている。
 それだけこの列車が魅力的なのと、秋田や青森に直通するのが便利なのである。今回も、この列車を堪能してみたい。

 青森駅から、13時51分発の「リゾートしらかみ」秋田行に乗ることにした。「リゾートしらかみ」は三編成あり、それで一日三往復を運行している。日によって一部の便が他の車輌に置き換えられたり運休したりするが、夏の間は三往復フル運転の日が多い。どの便にどの編成が入るかは、日によって異なるが、わたしは最も新しく設備も整っているらしい「橅(ぶな)編成」が入る便を選んだのである。 

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2018年5月28日

覚醒して大糸線

 国内の鉄道線を完乗しているわたしは、もちろん大糸(おおいと)線にも乗ったことがある。回数も、おそらく十指に余ると思う。
 乗りつぶしの条件は、自分が納得できればいいもので、人によって基準がさまざまだ。厳しい人たちは、寝てしまったら乗ったと見做さない、とか、夜はだめ、通路側に坐って景色が十分見えなかったらだめ、各駅停車でないとだめ、などの条件を自分に課している。
 わたしは気楽なもので、暗かろうが寝てようが特急だろうが、乗れば乗ったことにしている。昼か夜か、寝たか起きたか、は境界線が明確でないからであり、特急だって列車であることに変わりない。ただ、たしかに景色や駅を確と眺めていない線区はどこか心残りなので、極力後で乗りなおすようにはしている。

 大糸線は、何度も乗ったのにちゃんと車窓を見ていない線区の最右翼だ。この線は、中央線や北陸線の夜行が直通したり、それから乗継ぐことも多いため、朦朧としているのが常だからだ。 
 それらの夜行列車も姿を消した今、今度こそ昼間に全く覚醒した状態で大糸線に乗りたい。

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2018年3月29日

ホビートレイン・「伊予灘ものがたり」から徳島に戻る

 中村(なかむら)に泊まった翌朝は、予土(よど)線に向かう。 土佐から伊予に道程が移ることになる。

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2018年3月26日

特急とバスで訪ねる足摺岬

 西の方へ旅行する、となると、どうしても九州を目指しがちで、山陰や四国は素通りしてしまう。気がつくと、もう何年も四国、それも南の方には行っていない。
 そこで、この春は四国四県を巡ってみよう。なかでも、四国の最も南西に位置する足摺(あしずり)岬には行ってみたい。高校時代に田宮虎彦(たみやとらひこ)の小説を読んだことで、ずっと行きたいと思いながら、機会がなかった。

 狭い四国といえども、鈍行で行き来するのはまどろっこしい。特急を主に使うことになるが、ちょうどいい企画きっぷがこの時期に発売されていた。

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2017年11月27日

急行「ぶらり横浜・鎌倉号」

 前回の大井川鐵道SL急行「かわね路」に続いて、JRの急行にも乗ってみる。
 北海道新幹線開業と引き換えに廃止された夜行急行「はまなす」を最後にJRの定期急行列車は絶滅してしまった。が、臨時列車では細々と残っているのである。
 それらの臨時急行列車は、実質的にツアー列車であるようなものも多いが、そのなかにあって、比較的乗りやすそうなのが「ぶらり横浜・鎌倉号」である。

 久しぶりに、「急行券」を駅で購入する。

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 そして休日夕方の鎌倉駅にやって来た。江ノ電もJRも、駅はかなりごった返している。江ノ電に至っては、積み残しや遅延がひどくなっていたが、JRはまだしも駅や列車のキャパシティがある。

 通常優等列車が入る線ではないので、発車案内はそっけない。7両編成と日立行という情報しかないのは、不親切とも言える。何よりわたしの気分が盛り上がらない。

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2017年6月 5日

東京駅ラウンジから函館ゆきグランクラス

 飛行機に乗り慣れると、空港のラウンジも使い慣れる。
 航空会社が独自に設けているラウンジもあるし、いわゆるカードラウンジなら、ちょっとした規模の空港には必ずある。サービス内容や、有料・無料の区別は、空港によって少しずつ違うが、フリードリンク(アルコールは有料だったりなかったり)はだいたい共通している。ラウンジによっては、コピーやファックスが利用できたり、軽い朝食を提供していたり、シャワーまである所もある。

 こういう空港ラウンジを使うにつけ、駅にもこんなラウンジがあれば便利なはずなのに、と慨嘆せざるを得なかった。特にラウンジサービスが活きるはずなのは、夜行列車である。
 夜行列車に乗るまでの間、あるいは朝降りてから、中途半端な待ち時間が生じることが多い。早朝深夜の時間帯なので、適当な店が開いていなかったりする。そこで駅に、ちょっと呑んだり食べたり、身支度を整えたり、あるいはテレビや新聞など観ながら情報収集したりできる場所があれば、時間とエネルギーを有効に使える。そうなれば、夜行列車も十分ビジネス需要に堪えるのではないか。
 夜行列車の中で食事が提供されたり風呂に入れたりするのは、情緒的には趣があっていいのだが、そういうサービスを提供する場としては、走る列車に連結するより、夜行の発着する主要駅に施設を作っておいた方が、どう考えても効率的だろう。ラウンジ単体で運営するのが難しいかもしれないが、主要駅に併設された鉄道関連会社系列のホテルやレストランとタイアップもしくは一体化した運営をする方法もある。
 そうすれば、夜行需要もここまで落ち込まなかったのではないか。

 そんなことを歯がゆく考えていたわたしだが、皮肉なことに、夜行列車がほぼ壊滅状態になったタイミング、平成27年12月に、遂に駅のラウンジが誕生した。
 東京駅の「ビューゴールドラウンジ」である。

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2017年3月27日

JR筑豊線DENCHA

 「電車」「気動車」「客車」と区分されてきた鉄道車輌だが、その区分がこのごろはかなり怪しくなってきた。「電車」は架線から集電してモーターを回すもの、と決まっていたが、蓄電池式の電車が実用化されるようになった。他に、ディーゼルエンジンで発電してその電気でモーターを回す、という車輌もあり、こういうのは「電車」なのか「気動車」なのか、微妙なところになる。
 蓄電池の車輌は、電気だけで動くから「電車」であることは確かなのだろうが、架線がないのに「電車」が走ることには、やっぱり違和感がある。

 その蓄電池式電車が走るようになった線区の一つが、JR筑豊線である。ここの蓄電池式電車は、DENCHA(でんちゃ)という愛称が付けられている。幼児語のようで、口にするのがやや恥ずかしいが、考えてみれば、電源たる電池を車輌そのものに搭載している、というのは、プラレールと同じ原理であるから、ちょうどいいのかもしれない。
 もっとも、本来は「UAL ENERGY CHARGE TRAIN」の略なのだそうだ。

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2017年3月23日

可部線復活延伸

 この春の鉄道線乗りつぶし(タイトル奪還)の旅は、広島である。
 JR可部(かべ)線の終点可部から二駅、あき亀山(かめやま)までの区間が延伸された。 

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 この区間は、一旦廃止された路線の路盤を復活させたもの、ということで、ニュースなどでも採り上げられたので、ご存じの方も多いと思う。
 廃止前の路線には、当然乗ったことがあるのだが、一旦線路の籍がなくなり、営業キロを失った後、改めて新線として敷設されたことに、少なくとも書類上はなるので、やはりこれは乗りなおす必要があるだろう。

 広島に向かうときは、山陽線を「青春18きっぷ」で普通列車を乗継いで向かうことにした。
 ダイヤの都合で、岡山県に入ってすぐの和気(わけ)で広島方面の大野浦(おおのうら)行に乗換えたのだが、ここで早くも、広島支社下関車両区所属の電車がやって来た。
 和気で「大野浦」の行先が理解されるとは思えないが、放送は「岡山方面」とくり返していた。実際は岡山までしか乗らない人が多いのだろう。しかし、わたしはこれで広島方面まで乗り通す。

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 広島駅から、いよいよ可部線に乗る。可部線は、従来可部行が多かったが、今回の改正で可部の行先はなくなった。可部は単なる途中駅になったようである。
 ここで来たのも、国鉄が作った古いタイプの車輌で、思いがけなく、側面方向幕の表示が、国鉄時代を思わせる白地に紺字であった。上の大野浦行がそうであるように、旧型車の幕も、黒地に白ヌキのJR仕様になっているはずなのだが、なぜ今更この幕にしたのだろうか。

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 「あき亀山」という駅名は、JR関西線や山陽(さんよう)電鉄に亀山駅が既にあるため、旧国名を冠したもので、それ自体は国鉄開設からよくあることだが、最近のJR西日本の新駅は、こういう場合に旧国名の部分を平仮名にしている。
 駅名が古めかしくとっつきにくくなることを避けるためだろうが、「あき」と平仮名で書かれると、太めの女優さんの顔が浮かんでしまう。

 さて、あき亀山行電車は、かつての終点可部に到着した。ここは、広島市内ではあるが、副都心、というより隣町という感じの所で、さらに郊外に向かうバスのターミナルともなっている。
 以前、ここから先の路線があった時は、この可部までが電化されていて電車が走っていたが、可部から先、三段峡(さんだんきょう)までは非電化のまま線路が伸びており、ディーゼルカーが走っていた。
 それで、電車用の折返しホームや留置線が設けられていたのだが、それらはもう使われなくなった。

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 可部を出て、いよいよ新開業もしくは復活区間に入った。国道を潜る部分は、以前まだ延伸計画中で旧線路が放置されたままだった頃に歩いたこともあり、この線路沿いにも闖入して廃踏切を渡ってみたりした。そこを今また車窓から眺めるのは、大いなる感慨である。

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 じきに、次の駅、河戸帆待川(こうどほまちがわ)に着く。狭い片面ホームだけの駅である。
 河戸帆待川の駅前は、広場というほどのものはないが、駅の案内板とモニュメントが建っていた。普段は無人駅のはずだが、開業間もないためか、案内の係員が立って集札している。

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 以前の路線では、もう少し先に進んだ所に河戸という駅があったが、今回の復活に当たっては、住民の便を考え、旧河戸駅の両側に二駅を新設した。
 そういうわけなので、河戸帆待川から終点のあき亀山まではごく近く、歩いて十分ほどしかかからない。それなら、乗る前に歩いてみた方が面白そうだ。

 現在、原則として新たに踏切を設けることは認められないのだが、ここは旧路盤を活かした新線であり、踏切を廃止すると、付近住民の利便が大きく損なわれることになるため、特認でいくつかの踏切が新設されている。
 「新たな踏切」というものを見るのも珍しい体験なので、じっくり観察した。

 旧踏切が全て復活したわけではなく、閉鎖されたものもある。その代わり、その踏切跡には、エレベーター付きの跨線橋が設けられている。スロープで潜る地下道の方がよさそうな気もするが、付近は住宅が建て込んでいるので、それは難しいのだろう。

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 四日市(よっかいち)踏切は、既にあき亀山駅の構内であり、西側にはもうあき亀山駅のホームや停車中の列車が遠望できる。
 踏切の東側が、旧河戸駅があった地点である。旧ホームは既に撤去されている。

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 線路の終端側を横切るようにして、あき亀山駅の取付道路が設けられている。駅舎はこぢんまりとしている。ここも無人駅だが、ICOCAのタッチができる簡易改札機はある。
 そして、駅舎の反対側を望むと、旧路盤跡が続いている。

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 改札がないので、駅に入ったり出たり、うろうろしながら観察する。
 ホームは一面二線だが、留置線が三本もある。従来の可部駅の機能を全てここに移したようで、時刻表を見るかぎり、あき亀山での滞泊編成が四本もある。
 最も北寄りの1番線が、かつての路盤のようで、さきほどの旧路盤跡に続くかたちになる。
 駅の北側では、未だ自転車置場の設置工事などが勧められている。

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 やがて、次の折返し列車が接近してきた。
 今度もやはり国鉄タイプの車輌だが、JR西日本が効率化のため進めている塗装の単色化にしたがって、黄色一色になっている。側面方向幕は、やはり白地に紺字だが、往路に乗ってきた編成とは微妙にフォントが違うようにも見える。この行先が、この配色とフォントで表示されているさまも、後々から見れば、貴重な記録となろうから、画像に収めておくかちはある。 

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 折返しの電車で広島へ戻る。途中で行き違う電車は、多くが新鋭の227系である。いつの間にか、広島付近は227系の比率がかなり高くなっていることに気づいた。

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(平成29年3月乗車)

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2017年1月30日

常磐線付替え復旧

 東日本大震災で津波などの被害を受け、普通になっていた常磐(じょうばん)線の各区間が、少しずつ復旧している。
 といっても、もう震災から六年以上も経っているわけで、それでもまだ完全復旧に至っていない。阪神淡路大震災のときには、通常の鉄道は半年ほどで全て復旧し、最後まで不通だった摩耶(まや)ケーブルも、六年で復旧を果たしている。そう考えると、東日本大震災の規模の大きさが改めて痛感されよう。

 仙石(せんせき)線や石巻(いしのまき)線もそうだったが、復旧にあたって、線路や駅を内陸に移設する、というケースもある。そうなると営業キロも変更となるから、わたしの完乗ルールでは乗りなおさないと完乗タイトルを維持できないことになる。
 被災地を遊びで訪れるのは不謹慎かもしれないのだが、救助活動の最中ならともかく、復興の途上についている地は、むしろ訪問していいのではないか、とも思う。自身も神戸の者として、実感したことなので、お邪魔することにする。
 今回、営業キロを変更して復旧したのは、相馬(そうま)~浜吉田(はまよしだ)間である。その南側の小高(おだか)~相馬間は既に復旧しており、二つの不通区間に挟まれた離れ島のような路線として独立した運行を続けていた。
 阪神淡路大震災でも、神戸高速鉄道などで同様の「離れ島」状区間ができ、たまたまその区間に取り残された車輌を使って運行されていたが、小高~相馬間は別途車輌を搬入して復旧したとのことだ。
 相馬~浜吉田間が復旧すると、仙台(岩沼(いわぬま))側と線路がつながるので、ようやく車輌の融通ができることになる。

 わたしは、乗りつぶしにあたっても、往きと帰りとではルートを替えたい質なのだが、常磐線はまだ不通区間があり、代行バスの本数も少ないから、東京(日暮里(にっぽり))・水戸方面からは、復旧区間へのアプローチがしにくい。
 そこで、わたしは福島からバスで相馬に向かうことにした。県都である福島と、県北東部の相馬・原町(はらのまち)とを直結する鉄道はないが、この区間を福島交通の急行バスが結んでいる。これに乗って、まず相馬駅に近い相馬営業所に降り立った。

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 相馬の市街は、すっかり平静をとり戻しているように見える。細かく見ていくと、震災の影響は見いだせるのだろうが、わたしは駅周辺をうろつく闖入者なので、なかなかそこまで観察できない。

 相馬駅に向かう。
 ちょっと見ると、普通の民家のようでもある、瓦屋根の駅舎だ。なんとなく落ち着くが、本来なら特急停車駅、しかもかつては特急・急行の始発終着駅だったわけで、そう思って見ると、こぢんまりしている。
 発車案内のディスプレイ、上り側には「いわき・上野(うえの)方面」とあるが、その方面の列車が発着するのは、まだ先である。もっとも、震災がなくても、このあたりから東京方面への直通列車はなくなり、いわきで系統分割することが発表されていた。東京への行き来は、福島や仙台からの新幹線利用が主になっているのだろう。

 今回の復旧区間はここから下り方向になるのだが、とりあえずの終点になっている小高も見てみたいので、上り電車に乗ることにする。小高~原(はら)ノ町(まち)間はその二駅間のみの折返し運転になっており、原ノ町で乗り換えなければならない。原ノ町行を待つ。

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 構内に入ってみると、さすが幹線の貫祿で、ホームは長い。上りホームへの跨線橋に掲げられた案内は、ちゃんと「原ノ町方面」に修正されている。休日ながら、クラブ帰りらしい高校生が数人電車を待っている。仙台方面のホームにはもっといる。
 やって来た原ノ町行は、仙台からの列車である。けっこう長時間の運行なのに、ロングシート車なのは意外だった。

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 十七分ほどで原ノ町に終着する。しかし、ホームに降りてみると、乗ってきた電車の方向幕が「小高」に換わっていた。直通運用なのである。

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 仙台から小高~原ノ町間折返し運用の車輌を送り込むためのスジだったようだ。
 改めて乗り込むと、原ノ町から乗った客も含めて二十人ほどを乗せ、小高行となって発車した。二駅なので、十分ほどで小高に終着する。暫定的に行き止まりの終着駅となっているのだ。

 小高駅は、信号の関係からか、待避線で折返す。元々待避線はホームに面していなかったので、仮設ホームが造られ、改札口と連続した平面となっている。そういえば、神戸市の住吉(すみよし)駅も普段は橋上駅なのに、往時は新快速が折返すホームから線路の上に板を渡して、直接代行バスの乗り場に出られるようになっていたのを思い出す。
 この仮設ホームは2輌分の長さしかないので、小高~原ノ町間運転の列車は全て2輌編成であり、送り込みの列車も2輌でないといけないわけだ。
 2輌だけでそんなに込んでもいないのに、ワンマンではなくちゃんと車掌さんも乗っている。そしてこの区間はSuicaも使えないなど、何かと暫定的な扱いのようである。 

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 原ノ町での仙台方面との接続の都合であろう、折返し時間は三十分ほどある。ほどよい時間なので、駅の周辺を散策する。

 駅舎は相馬よりもむしろ整った感じで、新しさもある。震災後に建て替えられたのだろう。
 駅前には、今もって不通である竜田(たつた)~小高間の代行バスのポールが立っている。乗客の便を考え、バスは原ノ町まで直通する。このバスは一日僅か2往復しかないため、代替輸送手段としては心細い。帰宅困難区域を通り抜けるため、ノンストップで窓も開けてはいけない。いろんな制約もあって2往復が精一杯なのだろう。地元の人の最小限の需要を満たすためだけの運行とも推察され、このバスで小高に向かうことは、今回は遠慮したのである。

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 駅付近は住宅街だが、更地もそこここに目立っている。ここもつい昨年までは避難指示が出ていたので、やっと新しい生活が回りはじめたところだろう。
 仮設のスーパーや飲食店、ワゴン車を使った喫茶スタンドなどもある。わたしはそれらでいくらか買い物をし、わずかばかり地元に貢献する。この先、常磐線がさらに復旧して乗りに来ることがあっても、おそらく小高では降りないだろう。

 時間になり、折返し原ノ町行が発車した。今度は正真正銘、原ノ町止りである。原ノ町では僅か四分接続で仙台行がある。
 既に席が埋まっているようなら、一本見送って原町の市街を歩いてみようか、とも思っていたが、跨線橋を渡ってみると、手近な車輌に空席が見えたので、そのまま乗ることにする。午後に仙台に向かう列車となると、そんなに乗らないのだろう。仙台行はセミクロスシート車4輌である。進行右側のボックスに坐れたので、乗りつぶし区間の観察も好都合だ。

 相馬からが今回の復旧区間である。次の駒ヶ峰(こまがみね)からは線路が内陸に付け替えとなった区間に入る。旧線路跡が分かれていくのははっきり認められた。その後も、それらしい道筋が右窓に時々映った。
 それよりも、浜側に広がる、本当に広がっているのは、何もない荒蕪地である。海岸沿いには土が堆く積まれ剥き出しの法面を曝している建設中の堤防も車窓を圧してきたりもする。そして、そこを重機があちこちに動いて作業している。ゼロから、あるいはマイナスからの復興が盛んに行われているのだ。
 移転した真新しい各駅で、原ノ町や相馬から乗った人が少しずつ降りてゆく。大いに待たれた末の復旧であることがよく分かる。

 新地(しんち)駅もまた、移転した駅である。
 新地といえば、津波が引いた後のニュース映像を思い出す。ヘリコプターから俯瞰して実況中継していたのだが、貨物列車が転覆しているさまは、鉄道好きを茫然とさせるに十分な衝撃を有していた。アナウンサーは「牽引車が横転しています」と叫び、「電気機関車じゃ!」とつっこんだりはしていたが。新地駅では旅客列車も津波に巻き込まれたが、乗客は避難して無事だったという。
 その新地も周囲は、全てはこれから、という光景である。 

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 その次の坂元(さかもと)から宮城県に入るが、胸を衝く様が続くことに変わりはない。この区間、線路は高架化され、踏切が解消された。そして高速で駅を通過しやすいよう、工夫した配線になっている。ここを特急や貨物列車が行き交うのはいつのことだろう。
 浜吉田の手前で、浜側から旧線路を転用した道路がそれらしい緩いカーブで近づいてきて、合流する。これで乗りつぶしは完了である。

 亘理(わたり)からは、かなりの乗車がある。亘理に市制は敷かれていないが、相馬市と変わらない人口を擁している。仙台のベッドタウンでもあるのだろう。
 わたしは、東北線に合流する岩沼で途中下車することにした。このまま仙台まで乗ってもいいのだが、「常磐線」に区切りをつけておきたい気分になった。

 岩沼は、最長片道切符の旅でも途中下車し、街中の街道沿い、JRバスの駅にある待合室で食事をとった覚えがある。そこを見に行ってみる。
 その場所はすぐ分かったが、JRバスはもう撤退しており、民間バスの停留所になっていて、立派な待合室は姿を消していた。二十年も経つと、街道沿いの店も変化している。くすんだ商店街だったはずが、小洒落た喫茶店やファーストフードも多くなっている。

 岩沼駅でも、いろいろ興味深いものを見た。
 駅構内に、地元コミュニティFM局のスタジオが設けられている。わたしも普段、そういうラジオ局に関わっているので、貼ってある番組表などを、興味深く瞥見する。駅入口には、痴漢防止の呼びかけ、かと思ったら、痴漢逮捕の礼を述べた掲示もあったりする。なかなか珍しい。
 そして、街側に向いたメインの改札、東口改札から構内に戻り、岩沼始発の仙台行に乗るため跨線橋に上がると、そこに西口改札があった。東口から階段を昇っただけの所で、駅全体からみると東側である。首を捻りながらよく観察すると、改札内と改札外、二本の跨線橋の間に渡り廊下のような物が設けられ、そこに改札機を置いているのだ。なるほど、こういうショートカットのし方もあるのか、と感心する。これを「西口」と称するのは、少々大胆な気がするものの、駅の西側に出たい人はここを通ってください、という意味だろう。こういう改札は初めて見た気がする。

 さきほどの小高駅といい、JRの駅もいろいろ柔軟になったものだ、と思う。

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(平成29年1月乗車)

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