阪堺上町線改キロ

 阪堺電気軌道の上町線(天王寺駅前~住吉)は、道路拡幅に伴う天王寺駅前電停の移設により、営業キロが改定された。
 天王寺駅前電停はこころもち後退するかたちになるので、営業キロは0.1キロ減少するのだが、起点側が減少する、というのはちょっと厄介だ。営業キロはコンマなんキロ、というように、小数第1位までで表すのが通常だが、第2位以下の端数を四捨五入する関係で、途中駅の駅間キロ数が替わってしまうケースが出てくる。
 わたしの乗りつぶしルールは、営業キロに変更(増減を問わない)があった駅間には乗りなおさないといけない、というものなので、この上町線も、全線に乗りなおしたいと思う。

 それも、改キロしたのが昨年の12月であり、結局正月休みまで乗りに行くことができなかった。正月の阪堺電車というと、住吉大社初詣客の輸送で大混雑となることは、昨年の正月、住吉公園駅廃止を前に乗りに行った際に、十二分に思い知っている。
 天王寺駅前電停には地下道からの長い列ができて、電車には機械的に詰め込まれるだけになり、周囲の観察もままならないと思われるので、天王寺駅前に到着するかたちで乗りつぶしたいが、天王寺駅前行電車は、住吉大社付近からはもちろん、堺市内でも既に満員になることも、昨年の経験で分かっている。昨年は住吉公園から始発の電車に坐って天王寺駅前まで行ったけれども、今年はその住吉公園駅が既にない。

 わたしは結局、天王寺駅前行の始発駅である浜寺駅前駅から乗ることにした。他にもいろいろ魂胆があってのことだが、とにかく南海電車で浜寺公園に着いた。ここに魂胆の一つがあるのである。

 浜寺公園の駅舎は、わが国でも最も古い時代から使われている部類に入っていたことで、よく知られている。文化財的価値もあり、見る分にもなかなかの眼福である。風格ある洋風建築なのだ。わたしも結構好きな駅舎だったので、何度も嬉しく乗降りしたものだ。
 しかし、浜寺公園駅前後の線路が高架化されることが決まり、当然この駅舎もその役目を終えることとなった。高架工事が完成するのはまだ先だが、とりあえず仮駅舎での営業に移った。それが一年ほど前である。
 それで、駅がどうなっているのか、見ておきたかった。

 ホームから地下道を通り、西側の改札に出てみると、なるほどずいぶん無機質な駅舎に替わっている。

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 しかし、この仮駅舎の右奥には、件の旧駅舎が遺されているのが見える。現在は閉鎖され、立入ることはできない。

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 囲いに説明板も掲示されているが、この駅舎は解体するに忍びないので、場所を移して保存することになったそうで、いよいよ嬉しい。

 さて、そこから西へすぐの所にあるのが、阪堺線の浜寺駅前駅である。こちらは、浜寺公園ほどの貫祿と風情はないが、軌道線にしてはしっかりした駅だし、やっぱり古めかしい。

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 折返し天王寺駅前行となる電車は既にドアを開けており、着いたばかりと見えて、誰も乗っていない。運転士さんもいない。わたしは、進行左側ロングシートの一番後ろに坐った。普通なら一番前に行きたいところだが、住吉大社付近で一斉に客が入れ換わると分かっている日に、通して乗る客が降車口のそばに陣取っていては邪魔だろう。
 普段よりも増発されているので、もう次の電車が着いて、この折返し線が空くのを待っているが、駅の手前でも降車を扱えるよう、簡易な降車ホームがあるので、客が待たされることはない。

 目の前に後部運転台があり、乗換券操作のためのパネルが貼られている。住吉公園駅が廃止されて一年近く経つのに、今も「住公」の文字が見える。

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 やがて、古びた駅舎の扉が開いて、休憩時間を終えた運転士さんが乗り込んできて、駅には発車を告げる自動放送が流れた。

 電車は、停まるごとに客が乗り込み、堺市内の併用軌道区間に入った御陵前で、通路までいっぱいになった。すれ違う電車もみな込んでいる。高須神社では、積み残しも出た。
 我孫子道には車庫があり、ここ始発の天王寺駅前行や恵美須町行も出るので、係員が、次の電車なら坐れます、などと案内している。

 いよいよ、住吉鳥居前電停の臨時ホームに停まる。ここは臨時に降車専用として地上集札を行っていて、前後両方の扉が開いて、乗っていた人が降りていく。が、降りずに乗り通す客などわたしくらいかと思っていたら、意外に多く、十数人が坐ったままだったり、空いた席に腰を下ろしたりしている。
 そこへ、後扉から破魔矢を持って乗り込んできた二人連れがいる。老母とその息子、とおぼしいが、降車ホームから乗り込むとは、横着な掟破り、と思いかけたが、かなりお歳を召したお母さんは足が不自由なようである。横着どころか、この混乱のなか並ぶのはつらく、同情するべき人なのかもしれない。ホームはロープで仕切られているし、係員が多数張りついているから、その目を盗んで乗り込むのは難しそうだ。
 立客がいなくなった電車は、数百メートル進んで住吉電停に停車する。ここが乗車専用である。去年までは、この阪堺線上のホームと、住吉公園から来る側のホーム、二カ所に天王寺駅前行の乗車ホームが分かれていて、列も二つに分かれて伸びていたが、今年は一つになった。そして、住吉公園駅からは始発電車が出るので、必ず坐れる穴場になっていて、身体の不自由な人などには、係員が住吉公園乗車を勧めているのも見た。
 してみると、そういう客を今年からは住吉鳥居前から特例で乗せることにし、そういう案内をしているのだろう。さきほどの二人連れもそのくちとみえる。

 阪堺電車も、三が日は車輌をフル稼働している点は昨年までと変わらず、昨年まで住吉公園発着だった臨時便が、我孫子道発着に改まったのみである。我孫子道以北はかなりの頻度になるので、すぐ次の電車が追いついてくるし、旧いタイプの電車ともすれ違う。
 広くはない電車道に人が溢れているのも去年と同じである。再び満員となって住吉を発車したところで後部から交叉点付近を見ると、電車待ちの長い列は、撤去された住吉公園方面の軌道跡に伸びている。三~四便待たないと乗れないだろう。係員は、この先の電停から乗る人のことも考え、極限までは詰め込まない。
 住吉大社から天王寺へ行くなら、南海とJRか地下鉄を新今宮で乗継ぐ方が快適で早そうなのだが、上町線もかなりの人気である。乗換えと階段の昇り降りがないことが、かなりアドバンテージになっているのだろう。

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 帝塚山あたりの狭い熊野街道を抜けて、阿倍野に出てきた。いよいよここからが、今回の主目的である軌道付替え区間となる。
 阿倍野の交叉点の所で、旧線から分岐して、少し西側に寄る。道路が拡幅されるので、中心がずれるのである。

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 このあべの筋の新軌道では、軌道緑化も行われている。軌道敷に芝生を植えることで、景観の向上や騒音の軽減を図るとともに、クルマの進入も防いでいるのである。
 相変わらず、右側には旧軌道が未だ撤去されずに並行しているのが見える。

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 移転した天王寺駅前まで来ると、折返し線に入る。旧電停は、上りと下りの線路が両方から歩み寄るY字形だったが、新電停は、上り(到着)線が下り(出発)線に合流する形になっている。ここは、普段から降車後の集札口で運賃を収受している関係で、合流前に降車ホームは設けられていない。次の電車が来ないうちに、迅速に折返す必要がある。

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 もう午後ではあるが、これから参拝に向かう人もまだまだ多い。
 発車案内が見やすいものになり、ホームも新しく清潔になったようである。

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 電停には、歩道橋と地下道、普段はどちらからも到達することができるが、今日は歩道橋から通じる階段は閉鎖され、ここでも地下道に長い行列がある。地下に降りる階段は狭いので、電車が着くと、乗車待ちの列を切って降客を通している。

 都市近郊の路線で、けっこう車輌数も多いので、車輌の新陳代謝はなかなか一気には進まないようで、古めかしい電車が近代的に改装された駅に出入りする様は、なかなか愉しい。少しずつ、少しずつ、改まる時代を辿っていくのだろう。

(平成29年1月乗車)

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長崎周辺の列車とバス

 今年の夏は、中国・九州方面に出かけたが、最遠は長崎であった。
 長崎には、学生の引率では何年かに一度行くのだが、なかなか自分の旅では行かないので、この機会に、と思ったのだ。
 近辺の鉄道やバスにもいろいろ乗ることができた。

 長崎は、広島と並んで、路面電車の元気な街だが、広島と比較して、旧い電車を大事に使っている感じがする。

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 宿泊先に近いのは、宝町(たからまち)電停である。1~3系統が頻繁に発着し、どの電車も込んでいて、観光客だけでも地元客だけでもないので、感心する。 

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 1系統は赤迫(あかさこ)~出島(でじま)~正覚寺下(しょうかくじした)、3系統は赤迫~桜町(さくらまち)~蛍茶屋(ほたるぢゃや)で、この二つが幹線と言っていい系統だ。しかし現在、3系統の赤迫行は運休している。公会堂前交叉点で立て続けに脱線事故が起き、問題のあるポイント(分岐)を通らないよう、蛍茶屋からの赤迫行は、出島経由の2系統として迂回運行しているのだ。
 本来2系統は、深夜やイベント時のみ運行される臨時系統なのだが、これが終日運行される変則的な状態が、もう三カ月ほど続いているし、その前にも断続的な変則運行があった。抜本的な原因究明と対策がなされ、通常運行に戻る日が早く来ればいいのだが、とにかくそういう状態の長崎を訪れたわけである。

 さて、宝町から電車に乗り、以前から行きたかった、「きっちんせいじ」という洋食店を訪れた。
 電車のカットボティを利用した外装で、店の入口も、電車の折戸を活用している。

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 店内にも電車関係の展示などがあるが、この店の詳細は、『まるよし出歩く』の方で記事にする。

 この「きっちんせいじ」の最寄り電停は賑橋(にぎわいばし)である。宝町から賑橋へは、直通の系統はないので、わたしは3系統に乗って公会堂前で降り、一駅分歩いた。
 しかし、帰りは事故の功名で、賑橋から長崎駅前や宝町方面に乗換えなしで行けることになり、わたしも臨時運行の恩恵をこうむった。
 待っている間に、向かいのホームに明治カ~ルの広告電車が着いて、出て行った。昔のCMを思い出して、なんだか懐かしい色合いだ。これはカレー味の色か。

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 さて、長崎駅前の県営バスターミナルから、わたしは雲仙(うんぜん)行特急バスに乗った。
 特急バスといってもこれもまた、クラブ帰りの高校生や、地元のおばさんが多く、観光一辺倒ではない、ちょっと素朴な系統だ。実際、観光路線と生活路線を統合してできた系統らしい。

 基本的に橘湾(たちばなわん)に沿って走る。愛野(あいの)展望所、というカップルの聖地になりそうな名のポイントや、少年使節の一人である千々石(ちぢわ)ミゲルの出身地、千々石などを通り、小浜(おばま)の街に入る。小浜は海辺の温泉街で、放熱量が日本一なのが自慢だ。
 小浜の町で、駅名標の形をした墓石のようなものが車窓に映った。どうも駅の遺跡のようだ。そういえば、さっきから国道沿いに、不自然に細長く仕切られた田圃や空き地が目について、まるで廃線跡だな、と思っていたのだが、まさにそうらしい。が、こんな所に鉄道が通じていたなど、全く知らなかった。
 後で調べると、雲仙鉄道というのが、後で乗る島原鉄道の愛野駅から分岐して雲仙小浜という駅まで運行されていたそうだ。おそらく墓石は、その雲仙小浜駅の跡なのであろう。昭和十三年という時期に廃止された鉄道の遺跡が、今も大事にされているのだ。

 小浜を過ぎると、バスは一転して山登りを始める。終点の雲仙は、今度は山の上の温泉街となる。二つの雰囲気の異なる温泉を目指すバスなのだ。
 かなり広大に噴煙を上げる雲仙地獄を間近に見た後、終点の雲仙に着く。ここは島原(しまばら)鉄道のバスターミナルで、温泉街の中心だ。

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 このターミナルには係員が常駐していて、バスの切符も売っている。わたしは島原港までの切符を買った。いわゆる硬券と軟券の中間くらいの厚みがある、手触りが独特の古めかしい切符であった。

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 島原行の島原鉄道バスは、純粋な路線バス仕様の車輌だが、やはり観光路線の性格を併せ持っている。雲仙普賢岳(ふげんだけ)の大火砕流や平成新山の景観などのガイドが、自動アナウンスに組み込まれている。
 驚いたのは、「周遊券をお持ちの方も、切り取って運賃箱にお入れください」というアナウンスがあったことである。国鉄~JRの周遊券制度が廃止されて十八年も経って、こんなアナウンスを聞くとは思わなかった。あるいは、現地で「周遊券」と通称される割引きっぷでもあるのだろうか。乗り放題タイプのきっぷはあるが、「切り取って運賃箱に入れる」タイプのきっぷが今どきありそうにないのだが。

 島原港でバスを降りる。熊本・三池(みいけ)方面への船が発着するが、出た後なので、閑散としている。
 以前はここと熊本県の三角(みすみ)、つまりJR三角線の終点とを結ぶ船もあり、両端が鉄道に直結した、まがりなりにも「鉄道連絡船」と言えたが、今はもうない。この航路には、中学生時代の修学旅行で、貸切バスごと乗った思い出もあるのだが。

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 ここから三百メートルほども歩くと、島原鉄道の今は終点となった島原外港(がいこう)駅に至る。
 以前は駅舎もあったと記憶するが、現在は片面ホームだけの無人駅だ。黄色いディーゼルカーが発車待ちしている。
 以前からはさらに西方、加津佐(かづさ)まで路線が伸びていたが、廃止された。その加津佐方向にも線路は残っているのが、ディーゼルカーの後方に見える。
 スタイルも車内も、最近の地方私鉄によくあるディーゼルカーという感じだ。 

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 諫早(いさはや)行普通列車として発車した一輌のディーゼルカーは、次の南島原に停車する。ここには車輌基地があり、黄色いディーゼルカーが多数憩う。

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 その中に一輌だけ、クリーム地に赤帯の車輌がある。これは旧塗装、島原鉄道が国鉄に直通していた頃の、国鉄のディーゼルカーにイメージを合わせた塗装が再現されたものである。車内の吊り広告によると、これは「赤パンツ車両」というらしい。かつて、最も遠くでは小倉(こくら)まで、島原鉄道の車輌が乗り入れていたのである。

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 列車は海沿いを走る区間が多い。有明海(ありあけかい)の壮大な遠浅が車窓に広がる。大三東(おおみさき)駅は、ホームが海に直に面している。

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 そうかと思えば、神代町(こうじろまち)では、向かい側のホームの仕切りが、沿線の家の塀と一体化しており、しかもその家専用の通用口があったりして、驚く。こういう家なら住んでみたいものだ。
 総じて、私鉄の線路沿いはJRに比べて建造物が近く、列車からすぐ手の届く所にある。 

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 古部(こべ)を過ぎたあたりからは、何かと物議の対象となってきた潮受け堤防が長大な姿を見せる。

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 干拓の里という駅に停まる。あんまり記憶にない駅名だと思ったが、これは平成になってから新設された駅である。そういう名のテーマパークができたからだ。
 「干拓」と「里」がなんとなく語感としてつながらない気はするのだが、これが分かりやすいのだろう。それにしても、島原鉄道の駅名標は、その色合いやデザインが、駅に出された広告看板とあまり印象が違っていない。

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 諫早に近づいた所に、幸(さいわい)という駅がある。これも新設駅だが、当然ながら島原鉄道は、この駅の入場券をしっかり宣伝している。幸・愛野・吾妻(あづま)の三駅をセットにして売り出しているのだ。

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 こうした各駅に停まりながら進んだ普通列車だが、わたしは職業柄、どうも自動アナウンスの文言が耳につき、気になってしょうがない。
「次の停車駅は、〇〇に停まります」
 というアナウンスを駅ごとにくり返すのである。こんな文のねじれたアナウンスにしなくても、「次は〇〇です」とシンプルに言えばいいのに、ともどかしい。

 終点諫早の駅は、JRと一体となっているが、島原鉄道はワンマン運転が基本で、車内で運賃精算をするため、中間改札はなく、乗換え客は改めてJRの改札を入ることになる。

 翌朝は、長崎を離れることになる。
 宝町から長崎駅前まで、二電停間電車に乗るつもりだったが、億劫になった。朝ラッシュで電車は込んでいそうで、車内を乗車口(後扉)から降車口(前扉)まで移動するのも大儀だ。そのうえ、両電停とも歩道橋と直結になっていて、もちろんエレベーターなどはない。道路の交通量は多く、横断するのは危ない。
 だからわたしは、来たときは重く大きなキャリーバッグを不自由な手に提げて歩道橋を昇り降りしたのだが、これはなかなかしんどかった。歩道橋直結というのは、昭和の頃には時代の最先端をいっていたのだろうが、現代は世の趨勢に反する電停になってしまった。
 僅か二~三分電車に乗るためにしんどい思いをするくらいなら、歩いた方が楽かもしれない。そう思って余裕をもってホテルを出、ぶらぶら駅に向けて歩いた。平坦な歩道を歩く限り、キャリーバッグは勝手に転がってくれる。 

 駅に着いても時間があるので、駅前を行き交う電車やバスを眺める。
 最近、各地のバスで、回送車が方向幕で謝っている様子が話題になったりする。が、この県営バスの表示は、わたしが見た中では最も丁寧な表現である。

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 朝の電車は、系統番号のない築町(つきまち)行がしばしば来るのが見える。築町は市街中心の電停である。
 運休しているはずの、3系統赤迫行もやって来る。これは、問題の分岐を通らなくてもいいように、公会堂前始発で朝夕ラッシュ時のみ運転されているものである。逆の公会堂前行という便はないので、築町で終着した電車が公会堂前に回送されて3系統赤迫行になるのか、と推測して観察していたが、確としたことは分からなかった。

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(平成28年9月乗車)
 

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福鉄福井駅広場乗入れ

 以前からの懸案で、工事が進められていた、福鉄福井駅前枝線(通称ヒゲ線)の福井駅前広場への乗入れがついに実現した。営業キロも0.1キロ伸びたので、乗りつぶしの対象となる。北海道新幹線に一日遅れての延伸だったので、北海道を先に片づけてから、福井に戻ってきた。それで、開業初日の様子は見られなかったが、函館からの帰り、福井駅電停から福鉄に乗った。

 JR福井駅ホームからは駅前広場が見えない(窓がすりガラスなので)。富山駅のように、新幹線ホームから市電の出入りが見えると面白いのだが。
 中二階からは見えたが、低い位置なので、様子がよくわからない。やはり、電停を福井駅側に持ってきてほしかった。

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 福井駅側にあるのはバスターミナルである。京福・福鉄両社のバスが交じってターミナルに出入りするのは感慨深い。「すまいる」もここ発着である。

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 福井駅電停は、せっかく二線あるのに、通常は同時に二線は使用しない。臨時などが入るときだけ二線使うようだ。

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 ただし、わたし個人が駅前で買い物や用務するのは、駅前電車通り沿いが多いので、却って電停が遠くなってしまった。
 そして、やはり越前武生(えちぜんたけふ)方面への発車が終日毎時二本程度に減り、朝ラッシュ以外急行に乗れなくなったのは、大きなマイナスである。急行の方が電車も大型で、着席チャンスも大きいため、市内からの帰りは、市役所前から急行に乗ることが多くなった。枝線が延伸されたとたんに、枝線を使わなくなる、という皮肉な結果になったのである。
 西武百貨店前あたりに新たに電停を設け、急行はそこまで入って折返すなどすれば、利便性が増すことだろう。

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 ともあれ、これで完乗タイトル奪還したが、このダイヤ改正で、面白い変化もいくつかあった。

 まず、改正前は予備車的存在に成り下がっていたはずの600形・610形の両編成が、ばりばりの現役に復帰したことである。福鉄オリジナルの200形が運用を休止し、武生の車庫で寝ているうえ、ダイヤ改正で運用数が増えたので、駆り出されることになったようだ。
 600形は、従来居酒屋電車やビア電などのイベントにも使われてきたが、このあおりで、2016年度のビア電は運行しない旨、発表されている。
 600・610形は、越前武生~田原町(たわらまち)間の急行に入ることが多い。えちぜん鉄道には直通しない。

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 市内軌道線区間で、木田四(きだよ)ツ辻(つじ)の電停が、商工会議所前に改称されたが、駅名表には括弧書きで「木田四ツ辻」と書いてある。誤乗を防ぐため、親切に旧名称を併記しているのか、と思いかけたが、同じく改称された足羽山(あすわやま)公園口(旧称・公園口)で括弧書きされているのは「毛矢町(けやちょう)」であった。
 これはいずれも、隣接しているバス停の名前を書いているのである。ならば、この機会にバス停と名称を統一すればよかったように思うが、以前取り沙汰されていた、「電車・バス兼用レーン」への布石なのであろうか。
 面白いことに、木田四ツ辻電停で使われていた電停名称のポールは、歩道のバス停に移設されている。どことどこがどういうやりとりをして、こうなったのだろうか。

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 そして、この改正で新しく登場した種別が、「区間急行」である。朝の上り一本だけで、神明(しんめい)まで急行、そこから越前武生までは普通電車として運転する。サンドーム西駅近くにある鯖江(さばえ)高校への通学に配慮した運行と思われる。
 神明で列車番号も変わるので、運転士さんによっては神明で種別幕を換えるが、「区間急行」のままで越前武生まで行く日もある。
 面白いのは、この区間急行が、神明駅の予備ホームである通称「3番線」に発着するようになったことである。「3番線」は臨時列車が発着する程度で、あまり使われていなかった。この線路の錆取りのために、従来は朝ラッシュ輸送を終えて回送で武生に戻る電車がここを通っていた。しかし、改正によって回送がなくなり、皆営業列車になったため、やむなく区間急行を「3番線」発着にしたのだとか。

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 これからも目が離せそうにない福鉄である。

(平成28年3月乗車)

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函館市電も新幹線歓迎

 さて、北海道新幹線に湧く函館の街を象徴するように、市電も祝賀ムードに満ちていた。

 函館に着いて、市電でホテルに向かおうとすると、向かい側に無料運行電車が入ってきた。旧型ながらまだまだ主力車輌である710形の一輌に看板が掲げられ、定期電車として運行していた。
 電停にはこの無料電車の運行予定時刻も掲示されていたが、実際の運行はかなり遅れていたようである。市民の方にしてみれば、わざわざこれに合わせて移動はしないだろうから、たまたま来た電車が無料電車だったら幸運、というくじ引きのようなサービスだったのではないか。

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 それにしても、久しぶりに函館市電に乗る。
 函館駅前の電停も、きれいに整備されたものである。特に雪除けの屋根のデザインが、洗煉されている。

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 これまで、北海道というと、「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」などの寝台特急で札幌へ直行することが多く、なかなか函館で降りる機会がなかった。
 今回は、新幹線やその周辺の列車に乗るための拠点として、三日間滞在したので、市電にもかなりお世話になったのである。

 「らっくる号」というニックネームが付けられている二車体連接の超低床車には、北海道新幹線に合わせた塗装が施されて、歓迎ムードを盛り上げている。側面には新幹線のイラストも描かれている。

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 五稜郭(ごりょうかく)公園前電停は繁華街の中心にあたるが、ここの電停も整備されていた。単に屋根だけではなく、車道との境界にしっかりした壁があるのが、安心感もあってよい。

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 お気づきだろうか。LED式の行先表示には、「祝 北海道新幹線開業」の文字が入り、右端には新幹線のイラストが入っている。
 こういうことが臨機応変にできるところが、LEDの利点だ。 

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 幕の車輌の方が多いのだが、それを見て感心したのは、実に四種類の文字で行先が書いてあることである。外国からの観光客が増えた影響だろう。

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 そうかと思えば、最初の710形のように、毛筆体だけで書かれている幕もあったりして、不統一なところが、また北海道らしくていいような気もする。

 二日めは、一日乗車券を最初に乗った車内で購入した。
 朝ラッシュの忙しい時間帯だというのに、運転士さんは愛想よく、自ら日付を削って渡してくれた。

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 最終日には荷物を引いて、湯(ゆ)の川(かわ)終点まで乗り、そこからバスに乗り継いで空港に向かった。観光にも実用にも十分に使える、活気ある市電は、頼もしいことである。

(平成28年3月乗車)

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オプション券で行く青函周辺各線

 北海道新幹線に初乗りして函館入りした翌日、改めて新幹線で青森まで行き、そこから「青春18きっぷ」とそのオプション券を使用して、函館に戻ってくることにした。

 「青春18きっぷ」は、JRの普通列車だけが乗り放題という切符だが、今回の北海道新幹線開業で、青函間が新幹線だけになってしまったうえ、北海道側の並行在来線が第三セクター化されたため、「青春18きっぷ」だけでは北海道に渡れないことになる。
 これを救済するため、「オプション券」が発売されることになった。「オプション券」は2300円で、これと「青春18きっぷ」を併用することで、奥津軽(おくつがる)いまべつ~木古内(きこない)間の北海道新幹線と、木古内~五稜郭(ごりょうかく)間の第三セクター鉄道、道南(どうなん)いさりび鉄道に、それぞれ片道一回乗れる、というものである。奥津軽いまべつに併設されている在来線駅である津軽二股(ふたまた)駅までは青森からJR津軽線が通じているし、五稜郭~函館間は従来どおりJR北海道の路線である。従って、「オプション券」を買い足すことで、まがりなりにも「青春18きっぷ」で津軽海峡を越えられることになる。

 まず、函館駅から朝の「はこだてライナー」で新函館北斗(しんはこだてほくと)に向かう。昨日は各駅停車に乗ったが、今日乗るのは快速で、途中五稜郭のみの停車である。この列車は「青春18きっぷ」だけで乗れるので、函館駅で日付を入れてもらった。
 ただし、函館駅の案内表示には快速と各駅停車の区別がない。電車にはきちんと「快速」「Rapid」と表示されていた。

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 新函館北斗駅は、昨日と違って閑散としていた。朝早いからかもしれないが、開業のお祭が終わればこんなものなのか。
 わたしの乗った車輌も十数人しか乗っておらず、そのままの状態で新青森に着いた。新青森からはかなり多くの人が乗り込むようであった。

 青森の駅ビルの中でいくらかの買い物をする。ここも北海道新幹線開業関連のキャンペーン中のようで、特別仕様のポケットティッシュをおまけにくれた。同じ仕様のものは、後で函館駅でも貰えた。

 「青春18きっぷ」 を使って、奥津軽いまべつへ向かう。津軽線の列車に乗るのだが、発車案内にあったホームに行ってみると、三輌編成の電車が停まっている。これは回送かな、この後に津軽線が来るのかな、と思ってよく見ると、行先が「蟹田(かにた)」と表示されている。
 津軽線の普通列車はディーゼルカー、という古い固定観念が抜けていなかった。津軽線は特急や寝台列車で通ることがほとんどで、普通列車など十年以上乗っていなかった。
 これに乗り込むが、ロングシートの通勤型で、あまり旅情はない。

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 途中、西側に新幹線の高架が遠望できる。これほど近接して並行しているのに、津軽線が「並行在来線」扱いにならなかったのは不可解だが、東日本と北海道で方針の違いがあるのかもしれない。

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 終点の蟹田で、三厩(みんまや)行のディーゼルカーに乗り換える。ディーゼルカーは二輌だ。さっきの電車といい、詰め込めば一輌で十分乗れるだけの客しか乗っていないのに、JR東日本は太っ腹である。昨日の北海道の普通列車が、一輌で立ち客が出ていたのと対照的だ。

 十五分ほどで奥津軽いまべつの隣にある津軽二股に着く。しかし、奥津軽いまべつに停車する新幹線列車はすぐにはなく、一時間半ほども待ち時間がある。その間に終点の三厩まで往復して来ることができるので、そうした。

 中小国(なかおぐに)を過ぎると、貨物列車の線路が分かれていき、これが新幹線の高架に合流していくのが見える。

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 三厩に来るのも、三十年ぶりくらいではないかと思う。
 駅自体はさほど変わっていないが、龍飛(たっぴ)岬へ向かうバスが、かなり派手なラッピングバスになっていたのに驚く。わたしが来た時はまだ青森市営バスの運行だったが、現在は地元のコミュニティバスに変わっている。

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 三厩から今度は青森行直通となったディーゼルカーで折返し、津軽二股に戻る。
 道の駅が併設されており、ちょうどお昼時なので、レストランには列ができている。新幹線見物の客で賑わっているようだ。
 在来線時代の海峡線には、ここに津軽今別(いまべつ)という駅が併設されていた。やはり津軽線とは別駅扱いだったが、そこへの階段跡も残っている。駐車場に入っていく通路の方を抜けると、新幹線の奥津軽いまべつ駅の大きな駅舎に着く。
 駅舎の前の広場には、マイクロバスが停まっている。新幹線開業に合わせて運行を開始した、津軽中里(なかざと)行の弘南(こうなん)バスである。津軽中里は、ストーブ列車で知られる津軽鉄道の終点であり、これと新幹線とを組み合わせた回遊ルートをなそうという意図である。

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 奥津軽いまべつに停車する新幹線はかなり少ないのだが、13時台には上下列車が続けて発着する。それで、それに合わせて見学に来ている人が多いようだった。
 エレベーターで最上階に昇り、跨線橋を渡って改札口に至る。跨線橋からは、周辺の線路がジオラマのように見下ろせる。駅の前後は、新幹線と貨物線が分かれていて、貨物線は駅の脇をすり抜けている。

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 ここから「オプション券」を使いはじめることになるので、改札口でスタンプを捺してもらう。

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 向かい側ホームに東京行の「はやぶさ」が来たが、紫帯のJR北海道車であった。北海道新幹線といっても、東日本の車の方が圧倒的に多いから、北海道の車はなかなか見られない。
 続いて、わたしの乗る新函館北斗行が来た。この奥津軽いまべつは、下り線は通過線と待避線に分岐し、待避線にホームが面しているが、上りの線路は一本だけである。

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 「はやぶさ」の車輌は普通車でも座席がゆったりしているので、リクライニングして車窓を眺めていると、「青春18きっぷ」の旅とは思えない贅沢な気分である。
 昨日から三回めとなる青函トンネルを抜け、木古内に着く。「オプション券」の客はここで降りないといけない。

 木古内駅は、在来線時代からあった駅だが、やはり新幹線開業に合わせて、キュービックな大駅舎が建てられている。
 表口の南側、裏口の北側、それぞれに駅前広場が整備されている。バスやタクシーの客は南側、自家用車は北側に誘導されているようで、合理的だ。
 内装は、名前に因んでか、かなりウッディであり、木の柱などが目立つ。

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 従来の江差(えさし)線が、道南いさりび鉄道に変わっており、「オプション券」で乗れる。この「オプション券」は、片道一回しか乗れないし、道南いさりび鉄道線内では途中下車できない。そういう厳しい制約があるのだが、乗るときに乗車券のチェックはなかった。その旨の掲示もある。
 要するに、係員を配置していないわけだが、これでは重複使用しても分からないのではないか。そのリスクと人件費を天秤にかけた結果、こうなったのだろうが。

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 ホームに下りてみると、既に次の函館行ディーゼルカーが入っていた。これも一輌だけである。が、見た目はJR北海道の車輌そのままである。
 塗装もそうだし、車内もJR、というか国鉄車そのままの雰囲気で、扉のガラスにも、JRのロゴマークが残ったままだ。

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 地元の人と、新幹線から乗り換えたらしいフランスからの団体客などで、満席になった。「オプション券」利用らしい客はあまり見あたらない。
 観光客は渡島当別(おしまとうべつ)で降り、車内は空いた。トラピスト男子修道院を見学するのだろう。そのまま五稜郭でJR北海道の路線に入り、函館に終着する。「オプション券」は自然に手元に残った。

(平成28年3月乗車)

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阿武隈急行「ホリデー宮城おとぎ街道」と長い名の駅

 夜行バスで仙台に着いて、この日は近隣をそぞろ乗りしようと思って、阿武隈(あぶくま)急行の臨時列車に狙いを定めたのだが、たまたまこの日はキャンペーンのオープニングセレモニーの日だった。仙台駅で「ホリデー宮城おとぎ街道」梁川(やながわ)行の発車に合わせて開催されていた。

 この列車用に派手なラッピングが施された電車が梁川側に2輌、そして一般車輌が後ろに2輌付いた4輌で運転される。

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 一般車輌の方にも、沿線の各市町村に因んだイラストが描かれている。

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 セレモニーに人が集まっていたのと裏腹に、列車に乗る人は少ない。楽にボックスを占有できた。

 阿武隈急行は、勾配が多い東北本線の福島~仙台間のバイパス線とするべく、建設が進められていた丸森(まるもり)線が、国鉄再建法によって工事や開業の目途が立たなくなったのを、地元が第三セクターとして引き受けたものである。
 そういう目的で計画されているので、比較的線形はよいし、JR線にも乗り入れている。車輌もそれゆえにかどうか、国鉄タイプに近い電車が使われている。

 仙台付近のJR線では、既に国鉄型車輌があらかた引退してしまったので、阿武隈急行の車輌は逆に異彩を放っている。二扉車はもはや少数派なのである。槻木(つきのき)まではJR東北本線を行くが、長町あたりの駅では、ラッピングも相まって、不思議そうに車内を覗き込む客もいた。
 車内も、長く親しまれてきた国鉄車輌そのものだ。

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 しかし、あくまで阿武隈急行はJR線ではないので、JRの切符では乗れない。
 わたしは「青春18きっぷ」で仙台駅の改札を入ったので、阿武隈急行線となる槻木からの切符を買わなければならない。車内で買えるのか、降車時に精算するのか、と思っていた。そのあたりはよそ者には予測できない。

 幸い、槻木を過ぎると車掌さんが回ってきたので、車内補充券を購入した。
 これも、JRでは見かけなくなったパンチ式の券なので、手元に残したかったが、これは降車時に回収される。写真だけ撮っておく。

 この列車は梁川行だが、わたしは一つ手前のやながわ希望の森公園前で降りることにしている。一時期、地方の鉄道では駅に長い名前を付けることが流行した。そのブームに乗ってできた駅だが、各地の長名駅に比べて、無理やり長くした感があまりない、好感を持てる駅名だ。
 国鉄時代の終点であった丸森を過ぎると、県境を越え、福島県に入る。富野(とみの)で駅名標を見ると、次の駅名が非常にせせこましく書いてある。さっきの車内補充券では、書き切れないので「公園前」と略してある。

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 ホームに降りてみると、ここの駅名標は、明らかに特別仕様の横長のものだった。縦書きも一行に収まっていない。

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 名前が長いというだけで、他に変わったことがあるわけでない駅である。
 線路は掘割状になっていて、周囲の土地より低い所を走る。世が世なら、ここを長大なコンテナ列車が走っていたはずである。

 駅舎はなかなかユニークなデザインで、カフェが入っているようだが、時間が早くてまだ営業していない。

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 駅名になった希望の森公園は、駅の東側にある広大な公園である。スポーツ施設からキャンプ場、植物園まである。
 その園内をSL列車が運行している。正規の鉄道ではなく、あくまで園内の遊戯施設の扱いである。興味をひかれるが、冬季運休中であった。

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 SLだけでなく、人通り自体がほとんどない。冬の眠りについている公園の周囲は、住宅街が広がっている。やながわ希望の森公園駅も、普段は住民の足なのだろう。

(平成28年3月乗車)

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北陸新幹線周辺の三セク発足

 北陸新幹線が金沢まで延伸されてまもなく、長岡(ながおか)への出張があった。
 それで、往路は在来線(およびそれが第三セクター化したもの)で、復路は新幹線を中心とした速達系列車で移動してみることにした。

 第三セクター鉄道に、例えば一日フリー乗車券の類があるような噂も聞いていたが、どこで買えるのかもよく知らず、予備知識や下調べがほとんどないまま、金沢駅に着いた。

 とりあえずIRいしかわ鉄道のカウンターへ行き、
「第三セクター鉄道を乗り継いで直江津(なおえつ)まで行きたいのですが」
 と、若い女性係員に相談すると、
「ここで買っていただけるのは越中宮崎(えっちゅうみやざき)までになりますので」
 と言って、そこまでの切符を売ってくれた。
 越中宮崎とはまた中途半端である。隣(富山県)のあいの風とやま鉄道の東端の駅まで売るべきだと思うのだ。その向こう、新潟県のえちごトキめき鉄道との境界駅は、越中宮崎の次の市振(いちぶり)である。そこまで売ってくれないと、運賃が打切りで割高になるのではないか。
 と思うが、こういう案内のあり方も、ありのままを体験しようという趣旨で来ているから、何も言わずにおく。

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 金沢駅の改札は、JRもIRいしかわ鉄道も共通なので、ホームに上がるところまで、従来と変わりはない。
 16時40分発の泊(とまり)行普通電車が既に入っていた。JRの最新型と同じタイプの車輌だが、これはIRいしかわ鉄道の所属だ。水色基調の明るい塗装である。とりあえず、IRいしかわ鉄道の線路を走りはじめる。ここもこの間まではJRだったのだから、乗っていて特に変わることはない。

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 ともかくこれで東へ向かう。倶利伽羅(くりから)からがあいの風とやま鉄道の路線となる。
 途中、女性の車掌さんが回ってきたので、切符のことを訊くと、泊駅の窓口へ行ってください、と言う。市振か直江津までの乗越し切符を車内で発行することもできないのだろうか。

 すっかり日が暮れた18時28分、電車は終着泊に着いた。
 この先、直江津行は同じホームから出る。せっかく階段を昇り降りせずに乗り換えられるように配慮されているのに、わたしは切符のことがあるので、跨線橋を渡って駅舎へ行かねばならない。二十五分の待ち合わせ時間があるので、暇つぶしにはちょうどいいかもしれない。
 窓口の若い男性駅員さんは愛想が非常によかった。わたしの話を聞いて、越中宮崎から直江津までの乗車券を発行してくれた。
 が、見ると、単純に越中宮崎→市振(あいの風とやま鉄道)と市振→直江津(えちごトキめき鉄道)の運賃が合算されているようである。倶利伽羅~市振の通算扱いをするべきではないのだろうか。

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 計算すると、わたしは金沢~直江津の第三セクター区間で、合計3400円払ったわけである。所定の運賃は、IRいしかわ鉄道の金沢~倶利伽羅間360円、あいの風とやま鉄道の倶利伽羅~市振間2060円、えちごトキメキ鉄道の市振~直江津間970円を合わせて、3390円となるので、わたしは僅かに10円だけ余計に払ったことになる。思ったほどの被害額ではなかった。
 この日は平日だったが、土曜休日や学校の休業期間であれば、あいの風とやま鉄道の一日フリーきっぷが1500円で発売されるので、もう少し安くなるはずだが、当然これを金沢で買うことはできないので、このようにまっすぐに乗り通そうとすると、どこかで下車して買わなければいけないことになる。

 泊駅には、コミュニティバスの発車案内らしいディスプレイが設置されている。この時間はもう便がないようだが。表に出てみると、あいの風とやま鉄道の開業を祝する横断幕が掲げられている。
 駅舎自身はJR、いや国鉄時代から使われている年季の入ったものなので、ちぐはぐさもあり、新しさと旧さとがない交ぜになった駅である。

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 駅舎から見ていると、貨物列車が高速で通過していく。貨物列車は両社線、いやそれどころか関西方面と東北・北海道方面とを直通で結んでいる。貨物は自分で乗り換えてくれないのだから当然なのだが、なにか恨めしい。
 二つ先の市振が会社の境界駅だが、運転系統上の乗換駅はこの泊になっている。ホームには、誤乗を防ぐための案内看板が立ち、えちごトキめき鉄道の停止位置が大きく示されている。同じホームに両側から列車が入ってくるから、用心のため結構端の方に停止位置が設定されている。

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 駅名標はあいの風とやま鉄道の仕様だが、ここから市振までは、あいの風とやま鉄道の路線ながら、旅客列車の大半がえちごトキめき鉄道の車輌で運行されている。

 万全の乗継ぎ態勢が用意されているように見える泊駅だが、ダイヤは必ずしも乗継ぎに便利ではない。わたしが乗ってきた列車は、僅か八分の停留で、えちごトキめき鉄道からの接続を受けることなく、18時36分発富山行となって折返して行った。
 そしてホームで待っていると、18時48分に直江津からのえちごトキめき鉄道のディーゼルカーが終着した。県境をまたぐ区間で客も少ないので、1輌だけで運転できるディーゼルカーが経済的、ということで、電化区間にもかかわらずディーゼルカーが使われているのだ。

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 車輌のスタイルや塗装は、電車と統一されている感じである。
 折返し18時53分発直江津行となって発車した。その僅か四分後には次の金沢発の普通電車が到着するのだが、眼中にない。

 もう真っ暗なので、親不知(おやしらず)の景観などは全く見えない。途中、糸魚川(いといがわ)でJR大糸(おおいと)線の車輌を瞥見したりしながら、ゆったり走り、20時04分に直江津に着いた。
 ディーゼルカーは、また泊に向けて折返して行く。

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 出張先は長岡だが、翌日の午後に着けばいいので、早めに出てちょっとゆっくり移動しているのである。直江津に泊まる。
 翌朝は北越(ほくえつ)急行の列車も見る。これは第三セクターといっても、既存のものである。北陸新幹線延伸によって東京~北陸のメインルートから外れ、普通列車ばかりの運行となり、先行きが心配されている。現在のところは元気に運行しており、「超快速」という刺激的なネーミングとダイヤの列車も走りはじめた。

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 仕事を終えて、JR長岡駅に出る。
 ここから、福井へ戻るのだが、以前なら特急「北越」で直江津へ、旧・特急「はくたか」に乗り継いで福井に、と一回の乗換えでスムーズに帰れたのだが、同じ時間帯なのに、新幹線のおかげで却ってややこしくなった。三回もの乗換えが必要になる。

 以前の「北越」に相当するダイヤは、糸魚川行の快速になっている。それに乗る。

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 快速に格下げされても、車輌は特急型のままである。だから乗り得な列車で、ゆったり弁当など食べる。この列車は直江津から往路に通ったえちごトキめき鉄道の路線に乗り入れて糸魚川まで行く。
 が、わたしは新幹線に乗るので、直江津で、えちごトキめき鉄道の別の路線に乗り換える。妙高(みょうこう)高原行がすぐに接続する。十六分ほど揺られ、上越(じょうえつ)妙高に着く。JRの在来線と新幹線を順路で乗継ぐのに、第三セクター鉄道を介さなければならない。そしてその第三セクター鉄道線で乗るのは国鉄製の車輌である。何重にも割りきれない。
 上越妙高には、特急「しらゆき」の車輌が留置されていた。新潟とこの上越妙高とを結ぶ列車である。常磐線で「フレッシュひたち」などに使われていた特急車輌がコンバートされてきたものだ。

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 新幹線の上越妙高駅は当然だが、新しくて清潔である。待合室には人気はなかったが、わたしはゆっくり過ごせた。新幹線の「はくたか」で金沢まで帰る。また乗換えである。

 夜も遅い時間なので、もう大阪や名古屋へ行く特急はない。福井行の特急「ダイナスター」に乗る。なかなかインパクトある名前で、慣れるのに時間がかかりそうだ。

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 平日ながらビジネス客の姿もこの時間になるとあまりなく、車内は空いている。加賀温泉でわたしの乗った車輌はわたしだけになった。

(平成27年3月乗車)

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福鉄レトラム全線で運転

 昨年(平成27年)3月から、福井鉄道のドイツ電車「レトラム」が全線で営業運転するようになったため、早速乗ることにした。

 この日は、駅前電車通りでイベントが行われるため、福井駅前には入らない特別ダイヤでの運行であった。このため、始発駅は田原町(たわらまち)で、ここから越前武生(えちぜんたけふ)までの直通運転である。

 当時の田原町駅は、まだえちぜん鉄道との直通対応工事が半ばだったので、ホームも駅舎も通路も暫定的な使用になっていた。

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 奥の引上線で待機していたレトラムが、ホームに入ってきた。
 この当時は残念ながら、まだ方向幕が「臨時」表記だった。「福井駅前」や「田原町」など、従前の市内線運行に対応したコマしかなかったのだ。

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  車内方向幕も、「臨時」である。 

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 運行のし方は以前の市内線運行と変わらず、駅に着くたびに車掌さんがステップを手動で出し入れしなければならない。
 赤十字前以南が急行運転になっているのも、速達を狙うというより、この扉開閉の手間を省くためだろう。実際、途中駅での交換待ちは長く、所要時間は定期の普通電車よりも長い(下の写真は水落駅で交換待ちをするレトラム。恰好の撮影タイムになった)

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 鉄道線の走り具合を期待したが、そんなにスピードは出さない。古い電車だからか、用心深く使っているようだ。本来はそれなりにスピードが出るはずだが。

 終点の越前武生に着くと、意図したことかどうかは知らないが、フクラムと200形とのスリーショットになっていたので、降りた客も皆これを撮影していた。

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 この日のダイヤが下記である。

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 なお、その後の夏季運行では、方向幕が整備された。といっても、恐らくパソコンで打ち出した紙を幕に貼り付けたものと見うけた。
 何にしても、種別や行先をきちんと表示するのはいいことである。

(写真下左は、市内線運行のための「赤十字前」表示。中は赤十字前発越前武生行の「急行」表示。右は越前武生発田原町行の「区間急行」。いずれも平成27年9月撮影)

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 「区間急行」はこの時初めて登場した種別で、時刻表などには書いていない。
 鉄道線内(赤十字前以南)は急行運転、福井市内(軌道)線内は各駅停車、という運行なので、この表示になった。
 平成28年3月のダイヤ改正からは、全ての急行が福井市内線内各駅停車となるため、レトラムも晴れて「急行」になるのだろう。
 そして、新たに「区間急行」は、朝の福井駅発越前武生行の一本が定期列車として運行されるようになる。これは、神明(しんめい)まで急行、以降は各駅停車となる列車である。恐らく、サンドーム西駅付近の鯖江(さばえ)高校への通学に配慮したものだろう。従来と全く異なる意味合いの「区間急行」が見られるのである。えちぜん鉄道乗入れにも対応し、方向幕も一新されることだろう。

(平成27年3月乗車)

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札幌市電延伸(環状化)

 正月休みに札幌市電に乗ってきた。延伸されたため、完乗タイトルを防衛する必要があったのである。
 しかも延伸区間は、「路側走行方式」という珍しいものなので、面白い光景を見ることができた。

 札幌市電は、昔は市内縦横に路線を伸ばしていたが、次第に廃止が進み、西4丁目~すすきの間の一路線だけが存続していた。
 この両終点、西4丁目とすすきのの間は、四百メートルほどしか離れていなかったのである。つまり、市街南西部をぐるっと回って、元の場所に近い所に戻ってくる、「準環状線」ともいうべき形状だった。

 それなら、両終点をつないで、完全な「環状線」にした方が、乗客の利便性も運行の効率も上がる、ということで、環状化計画がもちあがったのだが、今どき路面電車なんていう古くさいものを延伸するのか、道路交通を阻害するのではないか、など、懐疑的な声(実は、そういう考えのほうが世界的には時代後れになってるのだが)もあった。

 しかし、なんとか実現にこぎつけた。昨年12月、市電の環状化が成ったのである。
 
 この延伸(実際は復活)区間である駅前通りは、通常の路面電車のように道路の中央を走るのではなく、両端(路側)を走り、歩道から直接乗り降りできるようにした。バリアフリーの風潮にも合致している。
 これにも賛否はあったのですが、いちおう実現した。恒常的な路側走行方式が採用されたのは、日本では初めてのことである。
 ゆえに、他の路線では見られない、独特の情景が見られるようになった。
 
着いたのは夜だったので、イルミネーションの中でとりあえず様子を見る。写真は、駅前通りを走る内回り循環の超低床車「ポラリス」である。道路の端を走っているのがおわかりだろうか。
 電車専用信号に不慣れなドライバーに注意を促す看板が掲出されている。免許を取るときには習うはずだが、身近にないと忘れてしまうのだろう。左側に見えているのが、改修成ったすすきの電停である。

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 仔細な観察は翌朝にした。
 下は朝のすすきの付近である。駅前通りを南に走ってきた外回り電車が、右折してすすきの電停に入る。手前のタクシーは左折して画面右の方へ行こうとしている。当然、電車専用信号が設けられている。
 やって来た電車はすすきの止りであった。朝ラッシュ時は、すすきの~西4丁目~西線16条の折返し便が運行される。環状化前は西4丁目~西線16条間で運転されていた区間便だ。

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 路側走行と中央走行の境目は、変則カーブになる。すすきの交叉点には時計台があるので、外回り軌道の敷設には苦労したことだろう。

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  すすきの電停は大改修され、上下線路の間に折返し用の引上げ線が設けられ、ラッシュ時に折返し運転が行われる(昼間は環状運転が基本)。だから、そんなに広くない道路に三本の線路が並ぶ。よくこれが許容されたもの、と拍手したいところである。左が外回り線。中央が引上げ線で、折返し西線16条行が待機している。右が内回り線で、遠くに超低床車が見えている。

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 すすきので折返し内回り循環になるダイヤもある。外回りには、中央図書館止りも来る。これは、ラッシュ輸送を終えて入庫する電車である。中央図書館前電停から入庫線が分岐している。

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 路側走行区間に新設された狸小路(たぬきこうじ)電停に行ってみる。
 手前は内回り循環電車、道路の向こう側に外回り循環電車が見える。こういう電車の見え方は他にはない。
 バスのように歩道から電車に乗れるのは、便利だ。内回りの中央図書館前止りも来た。

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 西4丁目の交叉点も、少し雰囲気が変わった。内回り電車は歩道ぎりぎりを曲がる。歩道端に埋め込まれたランプは、夜になると電車が通るときに点滅する。
 内回りのホームは交叉点手前の歩道上に移設された

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 電車は頻繁に来るので、前の電車が車内から見えたりもする。

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 一応、環状線を一周してみた。中央図書館前付近では、方向表示が幕の電車と擦れ違う。少数ながら、LED化されていない車輌もあるのだ。

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 この時代に、路面電車の延伸が実現したのは、大変好ましいことである。今後、札幌駅への延伸の構想などもあるそうだが、期待していいのだろうか。

(平成28年1月乗車)

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仙台市営地下鉄東西線 初乗り

 荒井~八木山動物公園間のリニア地下鉄が開通したが、両端の駅とも、よそ者には馴染みのない名である。どのあたりにあるのかも、よく分からない。

 ともかく、同じ道を往復するのは面白くないので、荒井へは仙台駅前からバスを乗り継いで行く予定にしていた。

 仙台の市バスは、運転系統とその番号が実に複雑で、何度仙台を訪れてもよく理解できない。今回も、いろいろ調べてみて、検索システムの助けも借り、仙台駅から荒井駅へは、直通する系統はない、と結論づけ、途中で乗り換えて荒井に向かうことに決めた。
 そのつもりで、朝、仙台駅バスプールに行ってみると、いきなり「荒井駅」という表示のバスが目の前に停まった。何たることだ。それに乗ったが、かなり遠回りしたので、乗り継いでいくのと所要時間はあまり変わらなかった。
 市バスの他に宮城交通のバスも運行されており、両者入り乱れているので、これまた分かりにくいのだが、荒井駅に着いてみると、多賀城へ行く宮城交通バスがあったことに、意表を衝かれた。
 
 意外に規模の大きい駅なので、驚いた。駅前にバスターミナルが整備されていて、バスが頻繁に出入りしている。駅の海側には、東西線の基地が見えている。駅のホームは地下にあるが、車輌基地の部分は地上に出るようだ。

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 海岸に近い所なので、当然周囲は津波の被害を受けていて、更地が多い。まだまだこれから開発・復興が進むべき土地だ。

 ホームに下りて、電車を迎える。荒井駅では、降車扱いの後、一旦車輌基地側に引き上げてから、改めて乗車ホームに入る。
 開業記念のロゴマークが車輌に付いている。LEDの方向表示は、白字で読みやすい。

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 中間地点の仙台で既設の南北線と十字に交叉するとともに、JRと連絡する。仙台から青葉通一番町あたりが都心部を行く区間で、最も混雑もするようだ。
 八木山動物公園へは、時々地上に出ながら、ぐいぐいカーブして山に登っていく。「地下鉄」のコンセプトに反する路線である。八木山動物公園駅も、地下鉄としては珍しい立地で、事実、全国の地下鉄の中で海抜が最高の駅なのだそうだ。そして、ここにもなかなかきれいなバスのりばがある。

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 八木山動物公園からも、市バスに乗って定禅寺通に下りた。ここからも、都心に向かうバスが存続している。
 かなり曲がりくねった道を運行して、どこを走っているのかよく分からなくなったが、バスにもそれなりの客が乗ったから、東西線と並行はしていないのだろう。

(平成27年12月乗車)

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