2018年3月29日

ホビートレイン・「伊予灘ものがたり」から徳島に戻る

 中村(なかむら)に泊まった翌朝は、予土(よど)線に向かう。 土佐から伊予に道程が移ることになる。

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2018年3月26日

特急とバスで訪ねる足摺岬

 西の方へ旅行する、となると、どうしても九州を目指しがちで、山陰や四国は素通りしてしまう。気がつくと、もう何年も四国、それも南の方には行っていない。
 そこで、この春は四国四県を巡ってみよう。なかでも、四国の最も南西に位置する足摺(あしずり)岬には行ってみたい。高校時代に田宮虎彦(たみやとらひこ)の小説を読んだことで、ずっと行きたいと思いながら、機会がなかった。

 狭い四国といえども、鈍行で行き来するのはまどろっこしい。特急を主に使うことになるが、ちょうどいい企画きっぷがこの時期に発売されていた。

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2017年11月13日

大井川鐵道のSL急行「かわね路」

 急行列車というと、かつては国鉄で、あるいは一部の私鉄で、急行料金が必要な優等列車として運転されてきた。が、現在はJRの急行は定期列車としては全廃され、優等列車はほぼ特急に統一されてしまった。あちこちの私鉄にある「急行」は、料金不要の単なる速達列車、JRでいう「快速」と同等のものでしかない。
 私鉄でも、過去には小田急や東武などで有料の急行列車が運転されていたが、それらも姿を消したり特急に統合されたりして、現在も有料急行を運転している会社はごく一部である。

 その稀少となった例の一つ、といっても、そのなかにあっては実績も人気も高い部類に属するのが、大井川鐵道(おおいがわてつどう)のSL急行であろう。急行といっても、特にスピードが速いわけではなく、専らSLと旧型客車という付加価値に対して急行料金を取るものである。

 わたしは既にSLの現役時代に親しんだ世代ではないので、むしろ旧型客車に乗れるところに値打ちを見いだすのだが、とにかく何年かに一回くらいは乗りたい。と思いながらなかなか来られないのだが。
 今回はやっと日程を空けることができた。

 列車はレトロだが、さすがの大井川鐵道も、今どきの時流に則って、Webで乗車券類の予約ができるようになっている。SL急行は全車指定席だ。
 わたしは、フリーきっぷとSL急行券を予約し、乗車前に起点である金谷(かなや)駅の窓口で引き換えた。SL運行の拠点は次の新金谷駅だが、JRからの乗換え客のため、金谷駅でも引換えできるようになっているのである。

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2017年10月 9日

近鉄「青の交響曲」とアーバンライナーnext

 近鉄の特急「青の交響曲(しんふおにー)」に乗ってみた。
 近鉄は私鉄随一の特急列車網を誇り、都市や観光地を結んでいるのだが、このように、わざわざ古い車輌を改造してまで「乗ること」自体を目的にするような列車を走らせるとは、珍しい。「青の交響曲」という命名も意表を衝いているし、近鉄らしからぬ、といっては失礼だが、お洒落な内外装の車輌である。
 これが走るのは南大阪・吉野(よしの)線だが、地理的にも近く条件の似ている南海高野(こうや)線にも、改造車による「天空」が走っているから、そのあたりの影響もあるのだろうか。

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2017年9月18日

京阪プレミアムカーと阪急「京とれいん」

 京阪線は、名前とおり京都と大阪とを結んでいる。が、線形の悪さからスピードで優位に立つことは難しい。しかし、スピードとは違った工夫で客を呼び込もうと、伝統的にユニークな発想をしてきた。
 古くは、戦前に当時としてはかなり画期的だった、鉄道線と軌道線の両方を走行できる車輌を開発して大阪から琵琶湖畔への直通列車を運行したりした。その後も、テレビ受像機を搭載した「テレビカー」を特急に連結したし、都市近郊鉄道としては珍しく二階建て車輌を導入したりもした。

 その京阪が、またやってくれた。一部の特急編成のうち一輌を「プレミアムカー」に改造したのである。プレミアムカーは、上級指定席車輌で、もちろん指定料金が運賃と別に必要となる。近鉄や南海には有料の車輌や列車が運行されてきたが、京阪神の都市間連絡路線としては、珍しい試みである。

 これは乗ってみないといけない、ということで、先日大阪側の終点である淀屋橋(よどやばし)駅に立った。

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 ホームには「プレミアムカー」の空席状況が表示されている。
 発車の近づいている特急は、空席が少なくなっており、見る間に満席になっていった。すると、次の特急が空席僅か、に替わっていく。指定券はWebで事前予約することもできるが、乗る間際に買う人が多いようだ。ただし、ホームに券売機はなく、窓口で買う必要がある。

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 入ってきた電車を観察しよう。

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2017年1月23日

阪堺上町線改キロ

 阪堺電気軌道の上町線(天王寺駅前~住吉)は、道路拡幅に伴う天王寺駅前電停の移設により、営業キロが改定された。
 天王寺駅前電停はこころもち後退するかたちになるので、営業キロは0.1キロ減少するのだが、起点側が減少する、というのはちょっと厄介だ。営業キロはコンマなんキロ、というように、小数第1位までで表すのが通常だが、第2位以下の端数を四捨五入する関係で、途中駅の駅間キロ数が替わってしまうケースが出てくる。
 わたしの乗りつぶしルールは、営業キロに変更(増減を問わない)があった駅間には乗りなおさないといけない、というものなので、この上町線も、全線に乗りなおしたいと思う。

 それも、改キロしたのが昨年の12月であり、結局正月休みまで乗りに行くことができなかった。正月の阪堺電車というと、住吉大社初詣客の輸送で大混雑となることは、昨年の正月、住吉公園駅廃止を前に乗りに行った際に、十二分に思い知っている。
 天王寺駅前電停には地下道からの長い列ができて、電車には機械的に詰め込まれるだけになり、周囲の観察もままならないと思われるので、天王寺駅前に到着するかたちで乗りつぶしたいが、天王寺駅前行電車は、住吉大社付近からはもちろん、堺市内でも既に満員になることも、昨年の経験で分かっている。昨年は住吉公園から始発の電車に坐って天王寺駅前まで行ったけれども、今年はその住吉公園駅が既にない。

 わたしは結局、天王寺駅前行の始発駅である浜寺駅前駅から乗ることにした。他にもいろいろ魂胆があってのことだが、とにかく南海電車で浜寺公園に着いた。ここに魂胆の一つがあるのである。

 浜寺公園の駅舎は、わが国でも最も古い時代から使われている部類に入っていたことで、よく知られている。文化財的価値もあり、見る分にもなかなかの眼福である。風格ある洋風建築なのだ。わたしも結構好きな駅舎だったので、何度も嬉しく乗降りしたものだ。
 しかし、浜寺公園駅前後の線路が高架化されることが決まり、当然この駅舎もその役目を終えることとなった。高架工事が完成するのはまだ先だが、とりあえず仮駅舎での営業に移った。それが一年ほど前である。
 それで、駅がどうなっているのか、見ておきたかった。

 ホームから地下道を通り、西側の改札に出てみると、なるほどずいぶん無機質な駅舎に替わっている。

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 しかし、この仮駅舎の右奥には、件の旧駅舎が遺されているのが見える。現在は閉鎖され、立入ることはできない。

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 囲いに説明板も掲示されているが、この駅舎は解体するに忍びないので、場所を移して保存することになったそうで、いよいよ嬉しい。

 さて、そこから西へすぐの所にあるのが、阪堺線の浜寺駅前駅である。こちらは、浜寺公園ほどの貫祿と風情はないが、軌道線にしてはしっかりした駅だし、やっぱり古めかしい。

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 折返し天王寺駅前行となる電車は既にドアを開けており、着いたばかりと見えて、誰も乗っていない。運転士さんもいない。わたしは、進行左側ロングシートの一番後ろに坐った。普通なら一番前に行きたいところだが、住吉大社付近で一斉に客が入れ換わると分かっている日に、通して乗る客が降車口のそばに陣取っていては邪魔だろう。
 普段よりも増発されているので、もう次の電車が着いて、この折返し線が空くのを待っているが、駅の手前でも降車を扱えるよう、簡易な降車ホームがあるので、客が待たされることはない。

 目の前に後部運転台があり、乗換券操作のためのパネルが貼られている。住吉公園駅が廃止されて一年近く経つのに、今も「住公」の文字が見える。

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 やがて、古びた駅舎の扉が開いて、休憩時間を終えた運転士さんが乗り込んできて、駅には発車を告げる自動放送が流れた。

 電車は、停まるごとに客が乗り込み、堺市内の併用軌道区間に入った御陵前で、通路までいっぱいになった。すれ違う電車もみな込んでいる。高須神社では、積み残しも出た。
 我孫子道には車庫があり、ここ始発の天王寺駅前行や恵美須町行も出るので、係員が、次の電車なら坐れます、などと案内している。

 いよいよ、住吉鳥居前電停の臨時ホームに停まる。ここは臨時に降車専用として地上集札を行っていて、前後両方の扉が開いて、乗っていた人が降りていく。が、降りずに乗り通す客などわたしくらいかと思っていたら、意外に多く、十数人が坐ったままだったり、空いた席に腰を下ろしたりしている。
 そこへ、後扉から破魔矢を持って乗り込んできた二人連れがいる。老母とその息子、とおぼしいが、降車ホームから乗り込むとは、横着な掟破り、と思いかけたが、かなりお歳を召したお母さんは足が不自由なようである。横着どころか、この混乱のなか並ぶのはつらく、同情するべき人なのかもしれない。ホームはロープで仕切られているし、係員が多数張りついているから、その目を盗んで乗り込むのは難しそうだ。
 立客がいなくなった電車は、数百メートル進んで住吉電停に停車する。ここが乗車専用である。去年までは、この阪堺線上のホームと、住吉公園から来る側のホーム、二カ所に天王寺駅前行の乗車ホームが分かれていて、列も二つに分かれて伸びていたが、今年は一つになった。そして、住吉公園駅からは始発電車が出るので、必ず坐れる穴場になっていて、身体の不自由な人などには、係員が住吉公園乗車を勧めているのも見た。
 してみると、そういう客を今年からは住吉鳥居前から特例で乗せることにし、そういう案内をしているのだろう。さきほどの二人連れもそのくちとみえる。

 阪堺電車も、三が日は車輌をフル稼働している点は昨年までと変わらず、昨年まで住吉公園発着だった臨時便が、我孫子道発着に改まったのみである。我孫子道以北はかなりの頻度になるので、すぐ次の電車が追いついてくるし、旧いタイプの電車ともすれ違う。
 広くはない電車道に人が溢れているのも去年と同じである。再び満員となって住吉を発車したところで後部から交叉点付近を見ると、電車待ちの長い列は、撤去された住吉公園方面の軌道跡に伸びている。三~四便待たないと乗れないだろう。係員は、この先の電停から乗る人のことも考え、極限までは詰め込まない。
 住吉大社から天王寺へ行くなら、南海とJRか地下鉄を新今宮で乗継ぐ方が快適で早そうなのだが、上町線もかなりの人気である。乗換えと階段の昇り降りがないことが、かなりアドバンテージになっているのだろう。

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 帝塚山あたりの狭い熊野街道を抜けて、阿倍野に出てきた。いよいよここからが、今回の主目的である軌道付替え区間となる。
 阿倍野の交叉点の所で、旧線から分岐して、少し西側に寄る。道路が拡幅されるので、中心がずれるのである。

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 このあべの筋の新軌道では、軌道緑化も行われている。軌道敷に芝生を植えることで、景観の向上や騒音の軽減を図るとともに、クルマの進入も防いでいるのである。
 相変わらず、右側には旧軌道が未だ撤去されずに並行しているのが見える。

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 移転した天王寺駅前まで来ると、折返し線に入る。旧電停は、上りと下りの線路が両方から歩み寄るY字形だったが、新電停は、上り(到着)線が下り(出発)線に合流する形になっている。ここは、普段から降車後の集札口で運賃を収受している関係で、合流前に降車ホームは設けられていない。次の電車が来ないうちに、迅速に折返す必要がある。

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 もう午後ではあるが、これから参拝に向かう人もまだまだ多い。
 発車案内が見やすいものになり、ホームも新しく清潔になったようである。

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 電停には、歩道橋と地下道、普段はどちらからも到達することができるが、今日は歩道橋から通じる階段は閉鎖され、ここでも地下道に長い行列がある。地下に降りる階段は狭いので、電車が着くと、乗車待ちの列を切って降客を通している。

 都市近郊の路線で、けっこう車輌数も多いので、車輌の新陳代謝はなかなか一気には進まないようで、古めかしい電車が近代的に改装された駅に出入りする様は、なかなか愉しい。少しずつ、少しずつ、改まる時代を辿っていくのだろう。

(平成29年1月乗車)

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2016年9月 9日

長崎周辺の列車とバス

 今年の夏は、中国・九州方面に出かけたが、最遠は長崎であった。
 長崎には、学生の引率では何年かに一度行くのだが、なかなか自分の旅では行かないので、この機会に、と思ったのだ。
 近辺の鉄道やバスにもいろいろ乗ることができた。

 長崎は、広島と並んで、路面電車の元気な街だが、広島と比較して、旧い電車を大事に使っている感じがする。

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 宿泊先に近いのは、宝町(たからまち)電停である。1~3系統が頻繁に発着し、どの電車も込んでいて、観光客だけでも地元客だけでもないので、感心する。 

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 1系統は赤迫(あかさこ)~出島(でじま)~正覚寺下(しょうかくじした)、3系統は赤迫~桜町(さくらまち)~蛍茶屋(ほたるぢゃや)で、この二つが幹線と言っていい系統だ。しかし現在、3系統の赤迫行は運休している。公会堂前交叉点で立て続けに脱線事故が起き、問題のあるポイント(分岐)を通らないよう、蛍茶屋からの赤迫行は、出島経由の2系統として迂回運行しているのだ。
 本来2系統は、深夜やイベント時のみ運行される臨時系統なのだが、これが終日運行される変則的な状態が、もう三カ月ほど続いているし、その前にも断続的な変則運行があった。抜本的な原因究明と対策がなされ、通常運行に戻る日が早く来ればいいのだが、とにかくそういう状態の長崎を訪れたわけである。

 さて、宝町から電車に乗り、以前から行きたかった、「きっちんせいじ」という洋食店を訪れた。
 電車のカットボティを利用した外装で、店の入口も、電車の折戸を活用している。

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 店内にも電車関係の展示などがあるが、この店の詳細は、『まるよし出歩く』の方で記事にする。

 この「きっちんせいじ」の最寄り電停は賑橋(にぎわいばし)である。宝町から賑橋へは、直通の系統はないので、わたしは3系統に乗って公会堂前で降り、一駅分歩いた。
 しかし、帰りは事故の功名で、賑橋から長崎駅前や宝町方面に乗換えなしで行けることになり、わたしも臨時運行の恩恵をこうむった。
 待っている間に、向かいのホームに明治カ~ルの広告電車が着いて、出て行った。昔のCMを思い出して、なんだか懐かしい色合いだ。これはカレー味の色か。

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 さて、長崎駅前の県営バスターミナルから、わたしは雲仙(うんぜん)行特急バスに乗った。
 特急バスといってもこれもまた、クラブ帰りの高校生や、地元のおばさんが多く、観光一辺倒ではない、ちょっと素朴な系統だ。実際、観光路線と生活路線を統合してできた系統らしい。

 基本的に橘湾(たちばなわん)に沿って走る。愛野(あいの)展望所、というカップルの聖地になりそうな名のポイントや、少年使節の一人である千々石(ちぢわ)ミゲルの出身地、千々石などを通り、小浜(おばま)の街に入る。小浜は海辺の温泉街で、放熱量が日本一なのが自慢だ。
 小浜の町で、駅名標の形をした墓石のようなものが車窓に映った。どうも駅の遺跡のようだ。そういえば、さっきから国道沿いに、不自然に細長く仕切られた田圃や空き地が目について、まるで廃線跡だな、と思っていたのだが、まさにそうらしい。が、こんな所に鉄道が通じていたなど、全く知らなかった。
 後で調べると、雲仙鉄道というのが、後で乗る島原鉄道の愛野駅から分岐して雲仙小浜という駅まで運行されていたそうだ。おそらく墓石は、その雲仙小浜駅の跡なのであろう。昭和十三年という時期に廃止された鉄道の遺跡が、今も大事にされているのだ。

 小浜を過ぎると、バスは一転して山登りを始める。終点の雲仙は、今度は山の上の温泉街となる。二つの雰囲気の異なる温泉を目指すバスなのだ。
 かなり広大に噴煙を上げる雲仙地獄を間近に見た後、終点の雲仙に着く。ここは島原(しまばら)鉄道のバスターミナルで、温泉街の中心だ。

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 このターミナルには係員が常駐していて、バスの切符も売っている。わたしは島原港までの切符を買った。いわゆる硬券と軟券の中間くらいの厚みがある、手触りが独特の古めかしい切符であった。

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 島原行の島原鉄道バスは、純粋な路線バス仕様の車輌だが、やはり観光路線の性格を併せ持っている。雲仙普賢岳(ふげんだけ)の大火砕流や平成新山の景観などのガイドが、自動アナウンスに組み込まれている。
 驚いたのは、「周遊券をお持ちの方も、切り取って運賃箱にお入れください」というアナウンスがあったことである。国鉄~JRの周遊券制度が廃止されて十八年も経って、こんなアナウンスを聞くとは思わなかった。あるいは、現地で「周遊券」と通称される割引きっぷでもあるのだろうか。乗り放題タイプのきっぷはあるが、「切り取って運賃箱に入れる」タイプのきっぷが今どきありそうにないのだが。

 島原港でバスを降りる。熊本・三池(みいけ)方面への船が発着するが、出た後なので、閑散としている。
 以前はここと熊本県の三角(みすみ)、つまりJR三角線の終点とを結ぶ船もあり、両端が鉄道に直結した、まがりなりにも「鉄道連絡船」と言えたが、今はもうない。この航路には、中学生時代の修学旅行で、貸切バスごと乗った思い出もあるのだが。

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 ここから三百メートルほども歩くと、島原鉄道の今は終点となった島原外港(がいこう)駅に至る。
 以前は駅舎もあったと記憶するが、現在は片面ホームだけの無人駅だ。黄色いディーゼルカーが発車待ちしている。
 以前からはさらに西方、加津佐(かづさ)まで路線が伸びていたが、廃止された。その加津佐方向にも線路は残っているのが、ディーゼルカーの後方に見える。
 スタイルも車内も、最近の地方私鉄によくあるディーゼルカーという感じだ。 

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 諫早(いさはや)行普通列車として発車した一輌のディーゼルカーは、次の南島原に停車する。ここには車輌基地があり、黄色いディーゼルカーが多数憩う。

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 その中に一輌だけ、クリーム地に赤帯の車輌がある。これは旧塗装、島原鉄道が国鉄に直通していた頃の、国鉄のディーゼルカーにイメージを合わせた塗装が再現されたものである。車内の吊り広告によると、これは「赤パンツ車両」というらしい。かつて、最も遠くでは小倉(こくら)まで、島原鉄道の車輌が乗り入れていたのである。

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 列車は海沿いを走る区間が多い。有明海(ありあけかい)の壮大な遠浅が車窓に広がる。大三東(おおみさき)駅は、ホームが海に直に面している。

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 そうかと思えば、神代町(こうじろまち)では、向かい側のホームの仕切りが、沿線の家の塀と一体化しており、しかもその家専用の通用口があったりして、驚く。こういう家なら住んでみたいものだ。
 総じて、私鉄の線路沿いはJRに比べて建造物が近く、列車からすぐ手の届く所にある。 

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 古部(こべ)を過ぎたあたりからは、何かと物議の対象となってきた潮受け堤防が長大な姿を見せる。

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 干拓の里という駅に停まる。あんまり記憶にない駅名だと思ったが、これは平成になってから新設された駅である。そういう名のテーマパークができたからだ。
 「干拓」と「里」がなんとなく語感としてつながらない気はするのだが、これが分かりやすいのだろう。それにしても、島原鉄道の駅名標は、その色合いやデザインが、駅に出された広告看板とあまり印象が違っていない。

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 諫早に近づいた所に、幸(さいわい)という駅がある。これも新設駅だが、当然ながら島原鉄道は、この駅の入場券をしっかり宣伝している。幸・愛野・吾妻(あづま)の三駅をセットにして売り出しているのだ。

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 こうした各駅に停まりながら進んだ普通列車だが、わたしは職業柄、どうも自動アナウンスの文言が耳につき、気になってしょうがない。
「次の停車駅は、〇〇に停まります」
 というアナウンスを駅ごとにくり返すのである。こんな文のねじれたアナウンスにしなくても、「次は〇〇です」とシンプルに言えばいいのに、ともどかしい。

 終点諫早の駅は、JRと一体となっているが、島原鉄道はワンマン運転が基本で、車内で運賃精算をするため、中間改札はなく、乗換え客は改めてJRの改札を入ることになる。

 翌朝は、長崎を離れることになる。
 宝町から長崎駅前まで、二電停間電車に乗るつもりだったが、億劫になった。朝ラッシュで電車は込んでいそうで、車内を乗車口(後扉)から降車口(前扉)まで移動するのも大儀だ。そのうえ、両電停とも歩道橋と直結になっていて、もちろんエレベーターなどはない。道路の交通量は多く、横断するのは危ない。
 だからわたしは、来たときは重く大きなキャリーバッグを不自由な手に提げて歩道橋を昇り降りしたのだが、これはなかなかしんどかった。歩道橋直結というのは、昭和の頃には時代の最先端をいっていたのだろうが、現代は世の趨勢に反する電停になってしまった。
 僅か二~三分電車に乗るためにしんどい思いをするくらいなら、歩いた方が楽かもしれない。そう思って余裕をもってホテルを出、ぶらぶら駅に向けて歩いた。平坦な歩道を歩く限り、キャリーバッグは勝手に転がってくれる。 

 駅に着いても時間があるので、駅前を行き交う電車やバスを眺める。
 最近、各地のバスで、回送車が方向幕で謝っている様子が話題になったりする。が、この県営バスの表示は、わたしが見た中では最も丁寧な表現である。

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 朝の電車は、系統番号のない築町(つきまち)行がしばしば来るのが見える。築町は市街中心の電停である。
 運休しているはずの、3系統赤迫行もやって来る。これは、問題の分岐を通らなくてもいいように、公会堂前始発で朝夕ラッシュ時のみ運転されているものである。逆の公会堂前行という便はないので、築町で終着した電車が公会堂前に回送されて3系統赤迫行になるのか、と推測して観察していたが、確としたことは分からなかった。

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(平成28年9月乗車)
 

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2016年4月 7日

福鉄福井駅広場乗入れ

 以前からの懸案で、工事が進められていた、福鉄福井駅前枝線(通称ヒゲ線)の福井駅前広場への乗入れがついに実現した。営業キロも0.1キロ伸びたので、乗りつぶしの対象となる。北海道新幹線に一日遅れての延伸だったので、北海道を先に片づけてから、福井に戻ってきた。それで、開業初日の様子は見られなかったが、函館からの帰り、福井駅電停から福鉄に乗った。

 JR福井駅ホームからは駅前広場が見えない(窓がすりガラスなので)。富山駅のように、新幹線ホームから市電の出入りが見えると面白いのだが。
 中二階からは見えたが、低い位置なので、様子がよくわからない。やはり、電停を福井駅側に持ってきてほしかった。

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 福井駅側にあるのはバスターミナルである。京福・福鉄両社のバスが交じってターミナルに出入りするのは感慨深い。「すまいる」もここ発着である。

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 福井駅電停は、せっかく二線あるのに、通常は同時に二線は使用しない。臨時などが入るときだけ二線使うようだ。

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 ただし、わたし個人が駅前で買い物や用務するのは、駅前電車通り沿いが多いので、却って電停が遠くなってしまった。
 そして、やはり越前武生(えちぜんたけふ)方面への発車が終日毎時二本程度に減り、朝ラッシュ以外急行に乗れなくなったのは、大きなマイナスである。急行の方が電車も大型で、着席チャンスも大きいため、市内からの帰りは、市役所前から急行に乗ることが多くなった。枝線が延伸されたとたんに、枝線を使わなくなる、という皮肉な結果になったのである。
 西武百貨店前あたりに新たに電停を設け、急行はそこまで入って折返すなどすれば、利便性が増すことだろう。

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 ともあれ、これで完乗タイトル奪還したが、このダイヤ改正で、面白い変化もいくつかあった。

 まず、改正前は予備車的存在に成り下がっていたはずの600形・610形の両編成が、ばりばりの現役に復帰したことである。福鉄オリジナルの200形が運用を休止し、武生の車庫で寝ているうえ、ダイヤ改正で運用数が増えたので、駆り出されることになったようだ。
 600形は、従来居酒屋電車やビア電などのイベントにも使われてきたが、このあおりで、2016年度のビア電は運行しない旨、発表されている。
 600・610形は、越前武生~田原町(たわらまち)間の急行に入ることが多い。えちぜん鉄道には直通しない。

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 市内軌道線区間で、木田四(きだよ)ツ辻(つじ)の電停が、商工会議所前に改称されたが、駅名表には括弧書きで「木田四ツ辻」と書いてある。誤乗を防ぐため、親切に旧名称を併記しているのか、と思いかけたが、同じく改称された足羽山(あすわやま)公園口(旧称・公園口)で括弧書きされているのは「毛矢町(けやちょう)」であった。
 これはいずれも、隣接しているバス停の名前を書いているのである。ならば、この機会にバス停と名称を統一すればよかったように思うが、以前取り沙汰されていた、「電車・バス兼用レーン」への布石なのであろうか。
 面白いことに、木田四ツ辻電停で使われていた電停名称のポールは、歩道のバス停に移設されている。どことどこがどういうやりとりをして、こうなったのだろうか。

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 そして、この改正で新しく登場した種別が、「区間急行」である。朝の上り一本だけで、神明(しんめい)まで急行、そこから越前武生までは普通電車として運転する。サンドーム西駅近くにある鯖江(さばえ)高校への通学に配慮した運行と思われる。
 神明で列車番号も変わるので、運転士さんによっては神明で種別幕を換えるが、「区間急行」のままで越前武生まで行く日もある。
 面白いのは、この区間急行が、神明駅の予備ホームである通称「3番線」に発着するようになったことである。「3番線」は臨時列車が発着する程度で、あまり使われていなかった。この線路の錆取りのために、従来は朝ラッシュ輸送を終えて回送で武生に戻る電車がここを通っていた。しかし、改正によって回送がなくなり、皆営業列車になったため、やむなく区間急行を「3番線」発着にしたのだとか。

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 これからも目が離せそうにない福鉄である。

(平成28年3月乗車)

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2016年4月 5日

函館市電も新幹線歓迎

 さて、北海道新幹線に湧く函館の街を象徴するように、市電も祝賀ムードに満ちていた。

 函館に着いて、市電でホテルに向かおうとすると、向かい側に無料運行電車が入ってきた。旧型ながらまだまだ主力車輌である710形の一輌に看板が掲げられ、定期電車として運行していた。
 電停にはこの無料電車の運行予定時刻も掲示されていたが、実際の運行はかなり遅れていたようである。市民の方にしてみれば、わざわざこれに合わせて移動はしないだろうから、たまたま来た電車が無料電車だったら幸運、というくじ引きのようなサービスだったのではないか。

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 それにしても、久しぶりに函館市電に乗る。
 函館駅前の電停も、きれいに整備されたものである。特に雪除けの屋根のデザインが、洗煉されている。

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 これまで、北海道というと、「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」などの寝台特急で札幌へ直行することが多く、なかなか函館で降りる機会がなかった。
 今回は、新幹線やその周辺の列車に乗るための拠点として、三日間滞在したので、市電にもかなりお世話になったのである。

 「らっくる号」というニックネームが付けられている二車体連接の超低床車には、北海道新幹線に合わせた塗装が施されて、歓迎ムードを盛り上げている。側面には新幹線のイラストも描かれている。

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 五稜郭(ごりょうかく)公園前電停は繁華街の中心にあたるが、ここの電停も整備されていた。単に屋根だけではなく、車道との境界にしっかりした壁があるのが、安心感もあってよい。

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 お気づきだろうか。LED式の行先表示には、「祝 北海道新幹線開業」の文字が入り、右端には新幹線のイラストが入っている。
 こういうことが臨機応変にできるところが、LEDの利点だ。 

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 幕の車輌の方が多いのだが、それを見て感心したのは、実に四種類の文字で行先が書いてあることである。外国からの観光客が増えた影響だろう。

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 そうかと思えば、最初の710形のように、毛筆体だけで書かれている幕もあったりして、不統一なところが、また北海道らしくていいような気もする。

 二日めは、一日乗車券を最初に乗った車内で購入した。
 朝ラッシュの忙しい時間帯だというのに、運転士さんは愛想よく、自ら日付を削って渡してくれた。

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 最終日には荷物を引いて、湯(ゆ)の川(かわ)終点まで乗り、そこからバスに乗り継いで空港に向かった。観光にも実用にも十分に使える、活気ある市電は、頼もしいことである。

(平成28年3月乗車)

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2016年4月 4日

オプション券で行く青函周辺各線

 北海道新幹線に初乗りして函館入りした翌日、改めて新幹線で青森まで行き、そこから「青春18きっぷ」とそのオプション券を使用して、函館に戻ってくることにした。

 「青春18きっぷ」は、JRの普通列車だけが乗り放題という切符だが、今回の北海道新幹線開業で、青函間が新幹線だけになってしまったうえ、北海道側の並行在来線が第三セクター化されたため、「青春18きっぷ」だけでは北海道に渡れないことになる。
 これを救済するため、「オプション券」が発売されることになった。「オプション券」は2300円で、これと「青春18きっぷ」を併用することで、奥津軽(おくつがる)いまべつ~木古内(きこない)間の北海道新幹線と、木古内~五稜郭(ごりょうかく)間の第三セクター鉄道、道南(どうなん)いさりび鉄道に、それぞれ片道一回乗れる、というものである。奥津軽いまべつに併設されている在来線駅である津軽二股(ふたまた)駅までは青森からJR津軽線が通じているし、五稜郭~函館間は従来どおりJR北海道の路線である。従って、「オプション券」を買い足すことで、まがりなりにも「青春18きっぷ」で津軽海峡を越えられることになる。

 まず、函館駅から朝の「はこだてライナー」で新函館北斗(しんはこだてほくと)に向かう。昨日は各駅停車に乗ったが、今日乗るのは快速で、途中五稜郭のみの停車である。この列車は「青春18きっぷ」だけで乗れるので、函館駅で日付を入れてもらった。
 ただし、函館駅の案内表示には快速と各駅停車の区別がない。電車にはきちんと「快速」「Rapid」と表示されていた。

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 新函館北斗駅は、昨日と違って閑散としていた。朝早いからかもしれないが、開業のお祭が終わればこんなものなのか。
 わたしの乗った車輌も十数人しか乗っておらず、そのままの状態で新青森に着いた。新青森からはかなり多くの人が乗り込むようであった。

 青森の駅ビルの中でいくらかの買い物をする。ここも北海道新幹線開業関連のキャンペーン中のようで、特別仕様のポケットティッシュをおまけにくれた。同じ仕様のものは、後で函館駅でも貰えた。

 「青春18きっぷ」 を使って、奥津軽いまべつへ向かう。津軽線の列車に乗るのだが、発車案内にあったホームに行ってみると、三輌編成の電車が停まっている。これは回送かな、この後に津軽線が来るのかな、と思ってよく見ると、行先が「蟹田(かにた)」と表示されている。
 津軽線の普通列車はディーゼルカー、という古い固定観念が抜けていなかった。津軽線は特急や寝台列車で通ることがほとんどで、普通列車など十年以上乗っていなかった。
 これに乗り込むが、ロングシートの通勤型で、あまり旅情はない。

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 途中、西側に新幹線の高架が遠望できる。これほど近接して並行しているのに、津軽線が「並行在来線」扱いにならなかったのは不可解だが、東日本と北海道で方針の違いがあるのかもしれない。

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 終点の蟹田で、三厩(みんまや)行のディーゼルカーに乗り換える。ディーゼルカーは二輌だ。さっきの電車といい、詰め込めば一輌で十分乗れるだけの客しか乗っていないのに、JR東日本は太っ腹である。昨日の北海道の普通列車が、一輌で立ち客が出ていたのと対照的だ。

 十五分ほどで奥津軽いまべつの隣にある津軽二股に着く。しかし、奥津軽いまべつに停車する新幹線列車はすぐにはなく、一時間半ほども待ち時間がある。その間に終点の三厩まで往復して来ることができるので、そうした。

 中小国(なかおぐに)を過ぎると、貨物列車の線路が分かれていき、これが新幹線の高架に合流していくのが見える。

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 三厩に来るのも、三十年ぶりくらいではないかと思う。
 駅自体はさほど変わっていないが、龍飛(たっぴ)岬へ向かうバスが、かなり派手なラッピングバスになっていたのに驚く。わたしが来た時はまだ青森市営バスの運行だったが、現在は地元のコミュニティバスに変わっている。

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 三厩から今度は青森行直通となったディーゼルカーで折返し、津軽二股に戻る。
 道の駅が併設されており、ちょうどお昼時なので、レストランには列ができている。新幹線見物の客で賑わっているようだ。
 在来線時代の海峡線には、ここに津軽今別(いまべつ)という駅が併設されていた。やはり津軽線とは別駅扱いだったが、そこへの階段跡も残っている。駐車場に入っていく通路の方を抜けると、新幹線の奥津軽いまべつ駅の大きな駅舎に着く。
 駅舎の前の広場には、マイクロバスが停まっている。新幹線開業に合わせて運行を開始した、津軽中里(なかざと)行の弘南(こうなん)バスである。津軽中里は、ストーブ列車で知られる津軽鉄道の終点であり、これと新幹線とを組み合わせた回遊ルートをなそうという意図である。

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 奥津軽いまべつに停車する新幹線はかなり少ないのだが、13時台には上下列車が続けて発着する。それで、それに合わせて見学に来ている人が多いようだった。
 エレベーターで最上階に昇り、跨線橋を渡って改札口に至る。跨線橋からは、周辺の線路がジオラマのように見下ろせる。駅の前後は、新幹線と貨物線が分かれていて、貨物線は駅の脇をすり抜けている。

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 ここから「オプション券」を使いはじめることになるので、改札口でスタンプを捺してもらう。

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 向かい側ホームに東京行の「はやぶさ」が来たが、紫帯のJR北海道車であった。北海道新幹線といっても、東日本の車の方が圧倒的に多いから、北海道の車はなかなか見られない。
 続いて、わたしの乗る新函館北斗行が来た。この奥津軽いまべつは、下り線は通過線と待避線に分岐し、待避線にホームが面しているが、上りの線路は一本だけである。

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 「はやぶさ」の車輌は普通車でも座席がゆったりしているので、リクライニングして車窓を眺めていると、「青春18きっぷ」の旅とは思えない贅沢な気分である。
 昨日から三回めとなる青函トンネルを抜け、木古内に着く。「オプション券」の客はここで降りないといけない。

 木古内駅は、在来線時代からあった駅だが、やはり新幹線開業に合わせて、キュービックな大駅舎が建てられている。
 表口の南側、裏口の北側、それぞれに駅前広場が整備されている。バスやタクシーの客は南側、自家用車は北側に誘導されているようで、合理的だ。
 内装は、名前に因んでか、かなりウッディであり、木の柱などが目立つ。

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 従来の江差(えさし)線が、道南いさりび鉄道に変わっており、「オプション券」で乗れる。この「オプション券」は、片道一回しか乗れないし、道南いさりび鉄道線内では途中下車できない。そういう厳しい制約があるのだが、乗るときに乗車券のチェックはなかった。その旨の掲示もある。
 要するに、係員を配置していないわけだが、これでは重複使用しても分からないのではないか。そのリスクと人件費を天秤にかけた結果、こうなったのだろうが。

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 ホームに下りてみると、既に次の函館行ディーゼルカーが入っていた。これも一輌だけである。が、見た目はJR北海道の車輌そのままである。
 塗装もそうだし、車内もJR、というか国鉄車そのままの雰囲気で、扉のガラスにも、JRのロゴマークが残ったままだ。

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 地元の人と、新幹線から乗り換えたらしいフランスからの団体客などで、満席になった。「オプション券」利用らしい客はあまり見あたらない。
 観光客は渡島当別(おしまとうべつ)で降り、車内は空いた。トラピスト男子修道院を見学するのだろう。そのまま五稜郭でJR北海道の路線に入り、函館に終着する。「オプション券」は自然に手元に残った。

(平成28年3月乗車)

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