広島行「ドリームスリーパー」~ ゼログラヴィティシート

 中国バスは、広島県福山(ふくやま)市を拠点にするバス会社だが、平成24年から、横浜方面の夜行バスに、非常に豪華な車輌を投入し、注目を集めている。
 我が国の路線バスとしては最高レベルと言ってもいい、という評判を聞き、是非とも乗ってみたいと思っていたのだが、北陸に住んでいるとなかなかこの区間の夜行バスに乗る機会がなく、無理やり作るしかなかった。ようやく先日、関東・中国・九州に連続した日程で所用があって、この路線を旅程に組み込むことができた。

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 横浜~広島間の「ドリームスリーパー」というのがこのバスの愛称だが、定員はなんと14名だ。この人数でバス1台を占有するのだから、贅沢になるわけである。問題の最高のシートは、バスには珍しくほぼ個室といってもいい「ゼログラヴィティシート」と銘打たれたものである。
 わたしは当初勘違いしていて、「ドリームスリーパー」車輌の全ての席が「ゼログラヴィティシート」だと思っていた。それで、普通に予約サイトで席を取ったのだが、後でいろいろと中国バスのサイトなどを読んでいると、「ゼログラヴィティシート」は前方の4席だけで、他は「エグゼクティブシート」という席であった。
 「エグゼクティブシート」も、凡百の高速バスに比べれば、格段に快適なのだが、どうせなら最高の座席に乗りたい。「ゼログラヴィティシート」はサイトでの予約はできないことも分かったのだが、わたしの予約した「エグゼクティブシート」も、残席は2席程度しかなかったはずだ。
 これはもう、「ゼログラヴィティシート」は埋まってしまっているに違いない、と悄然としたが、訊いてみないと始まらない。わたしは中国バスに電話して、案内嬢に空席状況を尋ねた。ら、なんと最前列の席が空いている、と言うではないか。
 豪華寝台列車などだと、グレードの高い個室から埋まっていく傾向があるので、バスもそうなのかと思っていたが、事情が異なるらしい。わたしは、早速席を取ってもらうと、予約サイトで「エグゼクティブシート」をキャンセルした。

 横浜~広島間というのは、高速バスとしては長距離の部類に入るので、横浜駅東口を始発する時刻も20時20分と早い。夜行バスに乗ろうとすると、発車までの時間潰しに苦心したりするが、これなら通常の生活時間帯である。
 
 横浜駅東口のバスターミナルは、乗り場への行き方が分かりにくく、駅から続く地下街から乗り場に上がるのに、階段しか見あたらない。そごうの営業時間中なら中のエスカレーターなどが使える。別の場所にエレベーターもあるが、それがバスターミナルに通じているのかどうか、はっきりした表示がない。各種サイトに、横浜駅から東口ターミナルへの行き方が写真付きで解説されているが、この肝腎のところになると案内が切れてしまう。
 ホームも割合武骨な感じで、待合室も売店もない。夜行便を待つ雰囲気ではないが、一応ベンチなどはあるので、そこで待つ。
 すると、そこに19時50分発の「メープルハーバー」が入ってきた。同じ中国バスの同じ広島行である。これは一般的な3列シート車で運行される。

 ほぼ同じ運行区間のバスが続行しているわけだが、「ドリームスリーパー」は三十分後に出て、広島駅には十八分早く着く。つまり、「ドリームスリーパー」は「メープルハーバー」の急行便かつグリーン車、とでもいうことになる。
 「メープルハーバー」もそれなりの乗車率で発車して行き、いよいよ「ドリームスリーパー」が入って来た。

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 やはり、一度乗ってみたかった、という人が多いのか、バスの写真を撮ったりしげしげ眺めたりして、なかなか乗り込まない人が多い。
 荷物をトランクに預け、運転手さんに切符を示すと、レジ袋を渡される。これに靴を入れて乗るのである。車内の通路にも座席にも絨毯が敷いてあり、その上は土足禁止となる。
 ステップを上がると、唖然とする。この感じは、バスではない。どう見ても寝台列車である。

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 通路の両側に仕切りの壁が立ち、もちろん両側に一席ずつしかない。密閉はしないが、カーテンを閉じてしまえば、一人だけの空間が確保できるのである。
 仕切りの中に、ゆったりしたリクライニングシートが設置されている。写真では分かりにくいが、背もたれはかなり深い角度まで倒れる。フルフラットまではいかないが、それに近い感覚でのけぞることができる。 
 ただし、高さとリクライニング角度の両方をうまく調節して自分の体に合わせないと、変な所が痛くなったりする。わたしも何度か体を起こしては試行錯誤することになる。

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 そこまでの角度で寝られても、クルマのシートである以上、シートベルトを締める義務はある。このシートでベルトをすると、手術台で抑制された患者のような気分でもある。

 各席にイオン発生機が取り付けられ、細菌や花粉をブロックしているという。原理はよく分からないが、作動させると、なるほど楽な気分になったような気がする。車内にはウェルカム・アロマとして、微かな芳香が漂っている。
 そして、やはり各席に、コンセントとUSBジャックがあり、ケータイ等の充電、パソコンなどの使用も自在である。 

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 これら設備の説明書きを読むだけでも退屈しない。 

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 後方の「エグゼクティブシート」に空席があったので、覗いてみる。
 「ゼログラヴィティシート」との違いは、後ろの席との幅が若干狭く、境が壁ではなく布であることくらいである。こちらもそれなりに快適そうだ。

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 このようにいろいろ珍しい思いをしているうち、発車時刻が近づく。このブースは近郊路線の乗り場も兼ねているので、それを待っているらしいおばさんが、「ドリームスリーパー」に驚いて、運転手さんに断って車内を見学したりしている。

「本日は、快眠バス「ドリームスリーパー」をご利用くださいまして、ありがとうございます」と挨拶があって、おもむろに発車する。
 最前列といっても、運転席との間にも仕切りがあるので、前面展望はきかないが、自席内の照明を切れば、夜中でも気兼ねなく窓の景色を見られる。

 わたしは、買っておいた缶ビールと軽い惣菜で、夕食にする。
 バス車内で、周囲に構わず飲み食いできるのは、嬉しいことだ。もっとも、列車とは揺れ方が異なり、激しいため、飲み物はいちいちしっかりホルダーに戻し、料理もパックの蓋をきちんと閉めておかないと、大変なことになるので、注意が必要だ。

 一時間足らず走って、町田(まちだ)バスターミナルに着く。早く着きすぎたようで、手前で時間調整した後、着車した。

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 ここでも数人乗って、今夜の乗車は終わりである。ほぼ満席となったようだ。

 東名高速に入り、足柄(あしがら)サービスエリアで唯一の下車休憩をとる。足柄は他の高速路線でも休憩が実施されるので、勝手知った所である。車道を渡らなくていいように、バスの停車場所が確保されている。

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 軽食や飲み物を買って来る人が多い。朝食を買う人もいるのだろう。

 足柄を出てすぐ、車内の通路などが消灯となる。時刻は二十二時四十分くらいである。いつもの就寝時間よりは早いが、わたしはすぐ寝入った。その分朝は早く目が醒めたのだが。

 朝起きると、バスは山陽自動車道の龍野西(たつのにし)サービスエリアに停まっている。運転手の交代のためだろう。まだ五時台で、あたりは暗い。
 とりあえずトイレに行く。トイレもなかなか清潔感があった。

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 その後も二回ほどサービスエリアに停車したが、降りられないのが惜しい。

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 「ドリームスリーパー」は、広島側の下車地として、福山市内の広尾(ひろお)と福山駅前、東広島市の西条昭和町(さいじょうしょうわまち)、広島市内に入って中筋(なかすじ)駅、広島バスセンターが途中にあるが、この日はそれらで降りる人はなく、全員が広島駅下車だったので、広島駅に直行する、とアナウンスがあった。途中で降りる人は、わざわざグレードの高い席を取らず、「メープルハーバー」に乗るのだろうか。
 停留所を通過するからといって、勝手に道を替えるわけにはいかないようで、ちゃんと福山市内や東広島市内では高速を降りて一般道を経由する。それでも、停車したりバスターミナルに入ったりする時間は省略できたので、終点の広島駅新幹線口には、定刻より三十分ほど早い、七時三十分頃には到着した。

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 いかに豪華なバスでも、終点に着いてしまえば、あっさり追い出される。
 夜行列車にも言えたことだが、夜行バスが朝到着するターミナルに、銭湯のような施設が併設されていると、言うことないと思う。駅前なので、朝食をとる場所には事欠かないのが救いだ。

(平成28年8月乗車)
 

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年に一月の限定路線~ 京阪三条線

 もう十年以上前に、京都市内で近江鉄道バスの停留所を見かけることがあり、不思議に思っていた。近江鉄道が京都市内で路線バスを運行しているとは、聞いたことがなかったからだ。
 停留所の表示を見たり、いろんな所で調べたりして分かってきたのだが、これは近江鉄道が京都発の定期観光バスを運行しており、その送り込みを路線バスとして営業しているらしい、ということだ。この定期観光バスは、紅葉シーズンしか運行されないので、この路線、「京阪三条(さんじょう)線」というのだが、これも毎年十一月だけの運行である。早朝に一便だけ、京阪三条行片方向のみの運転ということもあり、なかなかこちらの予定と合わず、乗る機会がなかった。
 昨年の十一月中旬の土曜に、やっと日がとれたのだが、この京阪三条線の始発は近江鉄道の八日市(ようかいち)駅である。その近くにバスの車庫があるのだろう。それで、十一月の初めに近江鉄道の公式彩図で時刻と運転日とを確かめ、八日市市街に宿をとって、万全の準備を整えたのだが、直前になってもう一度彩図を確認すると、異変が起きていた。

 「停留所名から探す」から八日市駅発の時刻を検索しても、京阪三条線が出てこないのである。元々期間超限定の危なっかしい運行だったので、ついに廃止されたのか。一年違いで間に合わなかったか、と落胆しかけた。それならそれで、十一月に入るまでにそういう告知をしてくれないと困るではないか。よほど急転直下の廃止だったのか。しかし、そのような告知も彩図には載っていない。なくなったのなら、わたしの滋賀行も意味がなくなるので、中止しようかと思った。ところが。
 同線が廃止されたのなら、他に京都市内に乗り入れる路線はないのだから、当然京都市内の各停留所もなくなったはずだ。しかるに、「停留所名から探す」には京都市内の蹴上(けあげ)停留所ほかが依然として掲載されているではないか。念のため、蹴上の時刻表を見ると、7時39分と8時39分の二便があり、それぞれに運転日が書いてある。
 そこでその時刻をクリックしたが、その便の始発から終着まで全停留所の時刻が出るのが普通のところ、「この停留所時刻表から通過時刻表へリンクは工事中です。恐れ入りますが「路線の時刻を全て探す」ページより直接お探し下さい」とのメッセージが出て、見ることができない。これでは、どこが始発地か分からないから、「路線の時刻を全て探す」ページへ行こうにも、どのエリアから探せばいいのかが分からない。
 しかたないので、全てのエリアの路線一覧表をしらみつぶしに見ていく。すると、「大津地域」の表の中ほどに、「京阪三条線」をようやく見つけた。これを見ると、どうやら今年度から始発地が立命館大学に替わったようである。
 その「平日」ダイヤをクリックすると、立命館大学から京阪三条まで、十三の停留所の時刻が掲載された表が出た。立命館大学発は7時10分と8時10分だと分かったが、この表には運転日に関する記述が一切ない。これではこの表だけ見た人は、毎日運転と誤解するだろう。
 しかも、この表の「立命館大学」という停留所名をクリックすると、「行き先選択」として同バス停から出る全ての系統の一覧が出るのだが、「京阪三条線」の「平日」をクリックすると、上記二便の時刻が記された表が出て、備考欄に運転日がやっと書かれている。しかし、「行き先選択」に戻って「土曜」「休日」をクリックするといずれも「選択された曜日の時刻表はありません。他の曜日をお選びください。」との註記が出た。運転日には土曜や休日も含まれているのである。これもまた誤った情報と言わねばならない。
 運賃も調べようとしたが、京阪三条線の運賃は彩図のどこにも載っていなかった。

 こういう、なんともひどい扱いを受けている京阪三条線だが、乗りたい気持ちに変わりはないから、行くことにした。会社はよほどこの系統に乗ってほしくないらしいのだが、そうなると逆に乗ってやろうという天の邪鬼な気になる。
 わたしは、八日市の宿をキャンセルし、野洲(やす)のホテルを予約しなおした。立命館大学に近い草津(くさつ)・南草津両駅付近に、適当な宿が見つからなかったからである。

 南草津駅から、南草津立命線のバスに乗って、京阪三条線の発車に間に合うように立命館大学に来た。一緒に乗ってきた人の多くはキャンパス内に散ったが、わたしの他にもう一人、バス乗り場付近でうろうろそわそわしている男性がいる。同じ目的らしい。
 たくさんある乗り場のどこで待てばいいのか分からず、掲げられている総合時刻表を見ても、京阪三条線の時刻がどこにも書いていない。

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 しかたないので、百メートル以上にわたって分散している全ての乗り場のポールを見てあるいた。が、やはりどこにも京阪三条線に関する記載がない。バスターミナルには営業所もあるが、まだ開いていないので、訊けない。もしかすると、発車直前にしかるべき案内があったりするかもしれないので、営業所の前あたりで待つ。
 発車の五分ほど前に、観光仕様のハイデッカー車がターミナルに入ってきた。あれが京阪三条線のようである。しかし、わたしや男性の前を通過して、先の方に進んでいくではないか。バスガイドがこちらを窺っているから、わたしたちが乗ろうとしていることは分かったと思うのだが、何のアナウンスもしようとしない。先の乗り場に停まるのか、一旦待機所にでも入るのか、よく分からないから、小走りにバスを追いかける。
 バスは、よりによって最も先端に位置する乗り場に停まった。いつの間にか、そこに二人の若い男性の先客が出てきて待機しているのを遠望しながら、バスの所に走る。

 バスガイドに京阪三条行であることを確かめて、乗り込む。折返し定期観光バスになるのだから、路線バスらしさはなく、フロントガラス右側に、実に読み取りにくい紙で行先が掲げてあるのみである。

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 彩図で分からなかった京阪三条までの運賃は、1080円であり、バスガイドが車内で徴収する、ということだった。
 ここで、わたしの前を駆け足した件の男性が、バスガイドに異議を申し立てた。彩図できちんと公表もしていない運賃を払えない、と言うのだ。バスガイドも、公式な運賃表のようなものを持っていなかった。
 バスガイドは営業所に電話をかけ、担当者を電話口に出すと、男性に電話を渡し、直接話をするように促した。男性は、今年の運行開始までに彩図を整備してもらわないと困る、と苦情を言っている。いくら乗る人が少ないからといって、正規の路線バスとして運行している系統の情報をいい加減に扱うべきではない、という主旨の話をしている。
 正論であり同感でもあるが、わたしは自ら抗議するまでの気にはならない。インターネットが普及する前からバスのそぞろ乗りをしている世代だから、バスなんてこんなものだ、という意識が残っているし、こうしていろいろ推理しながら乗ることに、懐かしささえ覚えているのである。さらに、用もないのに乗っている引け目もある。

 バスは、男性の電話が終わるのを待ったので、五分ほど遅れて立命館大学を発車した。乗客は結局四人である。全員京阪三条まで乗ることを確認されたのだが、路線バスである以上、途中停留所からの乗客がいれば乗せねばならないから、あくまで所定の経路どおりに走る。
 ほどなく草津田上(たなかみ)インターから新名神に入り、すぐ名神に合流する。何となく、一般道路だけを運行するのかと思っていたので、ちょっと意表を衝かれる。これなら立派な「高速バス」である。

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 三車線の広い道路だが、休日朝ゆえか、京都に近づくに連れ、流れが鈍くなる。京都東インターを下りたところで、渋滞になった。じりじりとしか進まず、遅れが増大していく。抜け道に逃げたりUターンするクルマもあるが、路線バスはじっと待つしかない。道路の電光表示には「御陵(みささぎ)まで渋滞」と出ている。
 やっとのろのろと流れだしたところで、最初の停留所である四(し)ノ宮(みや)を通過する。京阪京津(けいしん)線の四宮(しのみや)駅の近くである。対向の停留所はコンビニの前にあり、主に京阪バスが発着する所だが、ちゃんと近江鉄道のポールも立っている。京阪三条線は片方向しか運行しないのだから、反対側のポールは不要に思えるが、これは折返しの定期観光バスに市内各停留所からも乗車できるようになっているのである。
 その次の停留所ポールは「山科駅口(やましなえきぐち)」と読めるが、同じ位置の京阪バスは「外環(そとかん)三条」となっているし、さらに近江鉄道の彩図ではここは「国道山科」となっている。このあたりも、この路線に対する投げやりな感じが窺われるが、実際に乗降などほとんどないのだろう。 

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 JRのガードをくぐって、坂道を昇りはじめ、御陵、日(ひ)ノ岡(おか)と通過する。かつて京津線が路面を走っていた道路であり、当時は同名の電停があった。現在は下を地下鉄東西線が走っている。それにしても、これほどの勾配を電車が上下していたのか、と思うほどの坂が
続く。

 インクラインの線路跡を右に見ると蹴上を通過、ここから京都の中心市街地に入る。最後の途中停留所、東山(ひがしやま)三条を過ぎると、すぐに終点である。

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 三条京阪のバスターミナルに入って、南向きのブースに停車した。
 京都市バス他各社のバスは、ここを「三条京阪(前)」と称しているが、近江鉄道のみはなぜか「京阪三条」である。
 以前は折返しの定期観光バスもここで客を乗せていたと聞いているのだが、現在は降車専用となっている。

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 わたしたちを降ろしたバスは、遅れていることもあり、ただちにドアを閉め、ターミナルから出て行った。そして、ターミナルに隣接する京阪バスの定期観光乗り場に入っていくのが見える。定期観光バスが京阪バスとの共同運行になった関係で、乗り場が変わったらしい。

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 呆気なく終わった謎のバス路線探訪だったが、それなりに充実感はあった。
 帰宅して、改めて近江鉄道バスの彩図を何度か確認したが、十一月下旬になっても内容は変わらないままだった。

(平成26年11月乗車)

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竹田城跡訪問~ 「天空バス」と「はまかぜ」など

INDEX
1.はじめに
2.竹田
(たけだ)駅まで
3.「天空バス」で山へ
4.城に登る
5.「天空バス」もう一周して駅に戻る
6.「はまかぜ」で帰路


1.はじめに

 竹田城を初めて訪れたのは、「誰かと乗った播但(ばんたん)線」の記事に記したように、中学校の部活で行った実地踏査の時であった。 それからも、播但線に乗るたびに懐かしく山上の石垣を眺めた。
 知る人ぞ知る山城で、観光地というほどでもなかった。そう思っていたのだが、ここ数年、アニメに出てくる城になぞらえ「天空の城」、あるいは、日本のマチュピチュなどとも呼ばれて、急激に注目を集めているのだ、という報道が目に入り、驚かされた。

 昨年からは、休日に城まで登るバスが運行され、竹田駅に特急が臨時停車する、という勢いになっている。想像もつかなかった竹田城の急成長ぶりを確かめに、再訪する気になった。9月の休日に出かけてみた。
 
 

2.竹田駅まで

 往時は地平の駅だった姫路(ひめじ)も、高架になった。その北端、すなわち姫路城寄りのホームから播但線に乗る。「城」という概念もかなり広汎なもので、姫路と竹田とではまるで異なる。
 播但線を走る列車も変わった。旧型客車やディーゼルカーが幅を利かせていたのが、途中の寺前までは電化されて電車になっている。
 大阪近郊の通勤輸送に使われていたおなじみの形式の電車だが、僅か2輌の短い編成で、ワンマンカーとなっている。そして、生野(いくの)銀山に因み、「銀の馬車道」と記されたラッピングが施されている。派手すぎず、いい感じである(写真左は姫路駅で発車待ちの電車。右は寺前駅に到着した電車)

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 寺前(てらまえ)駅のホームには段差があって、スロープで行き来できるようになっている。ここは電化区間の終点なので、電車とディーゼルカーを乗継ぐ駅であり、電車の方が床が高いのである。もっとも、必ずしも高い側に電車、低い側にディーゼルカーが入る、というわけでもないようだ。

 和田山(わだやま)行のディーゼルカーに乗換え、生野の峠を越える。但馬の国に移って、円山川(まるやまがわ)沿いを日本海に向けて下る。
 青倉(あおくら)を過ぎると、左前方の山に城の石垣が見えてくる(写真左)。一旦はその山の麓を回るので見えにくくなるが、竹田の町に入ると、違う角度から見上げられる(写真右)
 

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 竹田駅に近づくと、席の半分くらいを埋めていた客の、そのまた半分くらいが立ち上がった。 いかにも山登りという出で立ちの人も多い。若い女性もいるのは意外だし、何より普通列車でもこれだけの観光客を運んで来るのか、と認識を新たにする。どうも何もなかった昔の竹田城を思い描いていたらだめなようだ。
 ホームにも看板が掲げられ、特急停車に対応して足元にペインティングもなされている。

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 小さな駅舎には、観光案内所が入っていて、地元のボランティアらしいおばさんが三人ほど、客に応対している。パンフレットを配布したり、城へ行く方法を指南したりしている。わたしも「天空バス」のことをいろいろと訊いた。駅前では臨時の弁当販売も行われている。
 駅は手狭なので、バスは入ってこられない。前の四つ角を左に折れた所に、観光客向けの臨時運行を行っている「天空バス」の乗場がある。

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3.「天空バス」で山へ

 発車時刻が近づくと、案内の女性係員がバス停にやってきたが、名札を見ると、JRの職員である。地元の全但バスが運行する「天空バス」だが、運転日は特急臨時停車の日に合わせているし、一連の観光客対応のとりくみは、JR主導なのだろうか。

 到着したバスは、各地のコミュニティバスなどでよく使われている小型の車輌であった。山道や街中は、こういう車輌でないと走れないのだろう。
 

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 「天空バス」は、竹田駅・「山城の郷」・竹田城跡・まちなか駐車場を巡る一方循環で運行されている。
 座席がちょうど塞がった程度で竹田駅前を出て、狭い道を北に向かう。文字通りの城「下」町であり、また宿場でもあった竹田の街並みは、それ自体見歩く価値のあるものだが、とにかくわたしを含めた乗客の意識は、とりあえず城である。
 町を外れると、西側の山に向かう。途中、播但連絡道路をくぐるが、この道路の高架は、欧州の古い鉄道橋を思わせるようなアーチの連続になっている。竹田城を意識したデザインなのかどうかはよく分からないが、ちょっと珍しい景観である。
 

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 バスは、竹田城の玄関口として設けられている拠点・休憩施設である「山城の郷」に向かって坂道を昇っていく。が、この道路が大渋滞している。この先の駐車場に入る順番待ちのクルマ群である。バスもその列の後ろにつく。竹田城で渋滞が起きることも驚きだが、これではバスの定時運行も難しいだろう。
 そう思ったら、警備員さんが近づいて来て、運転手さんと二言三言交わすと、バスはクルマの列を追い抜きながら昇りはじめた。対向車を止めたのを確認し、バスを優先して通すのである。こういう措置に抵抗がないまでの世間になったことは、ひとまずめでたい。

 わたしはとりあえず「山城の郷」で下車する。降りる時に運転手さんに一日乗車券を所望すると、二つ折りの切符の日付部分を削ったうえで渡してくれた。
 「山城の郷」から、今昇ってきた道を見下ろすと、相変わらずクルマが連なっている。
 

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 「山城の郷」には、飲食店や土産物屋、それに資料の展示室なども設けられている。トイレもあるが、使用時間が通常の観光地とは異なる。早朝から使えるのは、城が雲海の中に浮かび上がる日の出前後に城へ登る客が多いからである。

 わたしは、レストランで早めの昼食をとることにした。

 「山城の郷」のレストランは、明るい窓から陽が差し込み、木製のテーブルとカウンター席の坐り心地もよい。団体やグループ向けの座敷もあって、意外に収容人員が多い。
 早速メニューを広げる。

 牛・豚・鶏と三種の肉が、それぞれ地元産のもので料理に仕立てられている。畜産が盛んな但馬らしい。
 但馬牛は以前道の駅で食べたし、但馬鶏の唐揚げは寝台特急「トワイライトエクスプレス」の中で酒のつまみにした。それで今回は、八鹿(ようか)豚のとんかつ定食にした。柔らかく癖のない肉で、なかなか美味しかった。
 

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 再び「天空バス」に乗って城跡に向かうことにするが、昼近くなって、京阪神からクルマや特急列車で到着する客が増えてきたようである。この山城の郷で「天空バス」を待つ人も多い。竹田駅から上がってきたバスは満席である。
 全但バスの係員が、「この後にもう一台来ます」と案内してくれる。バスを大型化できないので、続行運転で客を捌いているようである。
 続行のバスはこの山城の郷始発だが、それでも坐ることはできなかった。

 下車した竹田城跡の停留所は、中腹の第二駐車場に設けられている。ここから上は、徒歩でしか登れない。登り口には杖も用意されている。

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4.城に登る

 一列になって、下りてくる人と譲り合いながら、狭くて険しい山道を登っていく。前の人について行くしかないので、自分のペースは守れない。曲がり角で列を避けて一休みする年輩の夫婦などもいる。二十分弱、黙々と昇り続けて、ようやく城に到達する。駐車場から上は、極力手を加えず、元のままの姿を残している。
 城跡で見た機械文明の所産は、このAEDくらいである。場違いな感じだが、あれだけ急峻な山道だから、体調を崩す人もいるかもしれず、妥当な配置である。
 

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 山頂に拡がる城跡だから、どっちを向いても眺望が開けている。
 城跡から東側を見下ろすと、竹田の街である(写真左)。播但線の線路も見えている。反対側からは、「山城の郷」も見える(写真中)。こんなに登ってきたのか、と思う。南方向は、山に挟まれた円山川の上流域が奥へとつながっているのが見える(写真右)。どちらを向いても山がちの立地である。

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 しばらくの間、山城の佇まいを味わって、と言いたいところだが、とにかく人が多いので、落ち着いて雰囲気を愉しむわけにはいけない。ひと通り見回って、早々に下山することにする。
 また譲り合いながら山道を下る。石を積んだり木の枠を埋め込んだりして階段状に整備してくれてはいるが、下るのはなかなか怖い。転ばないように慎重に進む。登ってくる人から道を訊ねられたりするが、一本道だから迷いようはない、と安心させてあげる。「あとどれくらいですか」と訊く人もいる。

 竹田城跡のバス停まで戻ってくると、ここでも「天空バス」を待つ人が多い。列について待っていると、少々遅れ気味で、バスが入ってきた。この便は三台での続行運転である。今度はどうにか坐れた。 

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5.「天空バス」もう一周して駅に戻る

 もう一度「山城の郷」で一息つきたいのだが、一方循環だから来た道を戻ることはできない。が、そういう客も想定して、バスは竹田駅止りではなく、もう一度山城の郷まで行ったところで終点となる。
 わたしも竹田駅を通り過ぎ、終点まで乗った。同様の人が数人いる。

 また「山城の郷」のレストランに入り、アイスコーヒーを注文する。帰りの列車で食べる軽食も仕入れておこうと思い、壁にお品書きが貼ってあるサンドイッチの持ち帰りを所望した。
 ところが、おばちゃんウェイトレスは、愛想はすこぶるいいものの、テイクアウトはできない、と答える。サンドイッチなんてテイクアウトのためのメニューだろう、と思うが、意外である。
 それなら、と但馬牛バーガーのテイクアウトを頼む。これは確かホームページにテイクアウトが可能である旨書いてあったと記憶するからである。しかしこれも持ち帰りはできない、と言う。記憶違いだったか。テイクアウトできるメニューは無いのか、と訊ねても、ない、とのことである。
 しかたなく、建物の前に出ている露店で、但馬牛の牛丼を次善の策として購入した。持ち歩いてから開けたので、食べる時には温泉卵が崩れて中心からずれてしまっていたが、味はよかった。
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 帰ってから「山城の郷」の公式彩図を確認すると、遺憾ながら、やはり但馬牛バーガーはテイクアウト可と明記されている。あてにして来る客もいるのだし、立地上、他に選択肢も乏しいのだから、自ら発信した情報のとおり運用してほしいものである。

 再び「天空バス」に乗り、竹田城跡を経由して街に戻る。今度はまちなか駐車場で下車する。ここは、「山城の郷」や中腹の駐車場の混雑を緩和するために設けられているものである。ここでクルマを降りて「天空バス」で城に登ることが推奨されているのである。

 竹田の街をぶらぶらと歩きながら駅に向かう。大した距離ではないが、宿場町のムードは味わえる。
 

6.「はまかぜ」で帰路

 竹田駅の待合室は、間もなくやってくる特急「はまかぜ4号」を待つらしい客でいっぱいになっている。委託の窓口も、列ができている。普通列車で和田山に一駅移動し、山陰線で京都や城崎(きのさき)などに帰る人もいるようだ。
 十分前頃から改札が始まり、係員が案内にあたるが、ほとんどの人は自由席に乗るようである。竹田駅に「みどりの窓口」はないので、指定券はすぐには発行できないのだ。帰りの時間を決めずに来ているのか、あるいは、「はまかぜ」など大して込まないことを知っているのだろうか。わたしは予め特急券を買ってあるので、それを見せると、
「足元1番、あ、指定ですね、失礼しました。6番でお待ちください」
 と案内される。

 ホーム先端の1番の所には列ができたが、6番の方に向かったのはわたしの他もう一人だけである。この人も6号車指定席に乗るのか、と思ったら、写真撮影のためだったようである。
 ほどなく踏切の音が聞こえ、「はまかぜ4号」が入ってきた。竹田城跡のヘッドマークを付けている。乗り込んだのはわたし一人、乗ってみたら6号車は無人であった。結局、三(さん)ノ宮(みや)まで6号車を借り切ることができたが、休日にこの乗車率ではちょっと心配である。夏とはいえ、休日の午後の列車に、城崎方面から帰る客はいないのだろうか。

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(平成25年9月訪問・乗車)

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しまなみ海道のバス

 明石(あかし)海峡~鳴門(なると)のルートや瀬戸(せと)大橋は何度も通ったのだが、しまなみ海道だけは一度も通ったことがなかった。瀬戸大橋は鉄道併用橋だから、鉄道旅行をしていれば自然に通る。そして、関西、殊に神戸で過ごした時期も長いから、四国の特に東部への行き来は自然に大鳴門橋を渡ることになる。
 しまなみ海道にだけ縁が薄かったのである。

 ここを通るバスにずっと乗ってみたいと思っていながら機会がなかった。この夏、やっと福山(ふくやま)から松山までの「キララエクスプレス」に乗ることができた。

 事前予約も受け付けているが、まあなんとかなるだろう、と福山駅に降り立った。
 高速バスの待合所の中に券売機があり、ここで便と座席を指定した乗車券を手にした。指定された席は「06席」とあるが、普通に考えると、これは通路側の席だろう。結構込んでいるんだな、と少々落胆しながらバスを待つが、発車時刻が近づいても、それほど多くの人は集まってこない。十数人というところだ。途中の停留所から乗る人が多いのかもしれない。

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 本四バスの車輌が到着し、運転手さんが降りてくる。
「ご予約の方からどうぞ」
 というが、わたしが「ご予約の方」に当てはまるのかどうか、分からない。座席の指定まで受けているのだから該当するのだろう、とこの切符を見せると、
「お名前は」
 と訊かれる。券売機で買ったのだから、名前など登録していない。切符を見せると、
「今買われたんですね。ちょっと待っててください」
 と言われ、コンビニなどで発券したクーポンを持っている人が、優先されて改札を受けている。次にわたしのようなのが乗り込み、最後に飛び込み客、という順である。
 しかし、乗り込んでも座席番号などどこにも書いていない。どこが06番が分からないから坐りようがない。わたしは前扉まで戻り、運転手さんに質すと、
「座席は自由です。お好きな所へどうぞ」
 と言う。ならなんで座席を指定した切符を発行するのか。よく分からないが、運転席直後の席がなぜかまだ空いているので、そこに席を占めた。

 福山駅前を発車したバスは、目的地に背を向けて、東に向かう。インターチェンジの位置の関係のようだが、山陽自動車道に乗るまでに、市街で何カ所かで客扱する。あまり乗る客はいなかったが、一般道最後の停留所である広尾(ひろお)では数人が乗車した。待合所もある所で、路線バスとの乗継ぎ地点になっているのだろうか。
 福山東インターから山陽自動車道に入り、西に向かう。「はかた」号が給油した福山サービスエリアを横目に走り、次の福山西インターで、早くも高速を下りる。それなら、一般道を走って来てもよかったのではないかと思うが、市街東部の各停留所に停まることも意味があるのだろうか。そこからは国道2号のバイパスに入って、新尾道(しんおのみち)駅に向かう。
 もともとしまなみ海道は「尾道・今治ルート」と呼ばれていたくらいで、本四連絡のバスとしては、この新尾道駅が本来の起点と言ってもいいくらいだろう。ここでも数人が乗り、二十人くらいの乗りになった。

 バイパスを戻り、西瀬戸自動車道に入る。ここからがいわゆるしまなみ海道となる。一般道の尾道大橋と並行して新尾道大橋が架けられており、向島(むかいしま)へ渡る。向島には向東(むかいひがし)・向島の二つの停留所があるが、ここからもそれぞれ一人が乗る。道路は対面通行の片側一車線となり、交通量は少ない。
 因島(いんのしま)に渡ってみても、島内二つの停留所でそれぞれ乗車がある。次の生口島(いくちじま)も同様だが、まず停まる瀬戸田(せとだ)バスストップは、本来瀬戸田と呼ばれる町や港とは反対側にある。しかし、瀬戸田といえば生口島のこと、として定着しているためにそういう命名になったのだろう。実際生口島全体の大字が瀬戸田と一応なっている。島をさらに進んだ南端の停留所も、やはり瀬戸田パーキングエリアという名である。高速バスは大概、乗車エリアと降車エリアが劃然と分かれているものだが、生口島の二停留所に関しては、乗降ともに可、となっている。
 瀬戸田パーキングエリアでは、
「多々羅(たたら)大橋を歩いてお渡りになる方は、こちらでお降りください」
 とのアナウンスが入った。各橋を徒歩でも自転車でも渡れる、というのが、他の二ルートにはないしまなみ海道の魅力だ。多々羅大橋が、広島・愛媛両県の境となる。

 その先の大三島(おおみしま)・伯方島(はかたじま)には停まらない。別系統のバスが担当するのだろう。既に今治(いまばり)市内となる大島(おおしま)に停まると、しまなみ海道最長の橋となる来島(くるしま)海峡大橋となる。三つの吊橋から成り、かなりの高度から海峡を見下ろすことができる。もっとも、乗り慣れた人が多いのか、カーテンを引いたままの人が多い。

 来島海峡に突起のように出っ張った半島に渡り、いよいよ四国である。しまなみ海道の終点である今治インターで下りるが、意外にも国道196号を西進する。
 わたしは、てっきり内陸部の松山自動車道に乗るのだと思っていたのだが、こちらでは一般道で松山に向かうらしい。途中北条(ほうじょう)に停まる都合もあるのだろう。おかげで、瀬戸内海の青を右窓に堪能しながら進むことができる。左側には予讃線が並行しており、二輌編成の普通電車が追い越していく。
 北条からは松山北条バイパスと呼ばれるしっかりした道路にはいり、松山市街に向かう。バイパス沿いは、広い駐車場のある飲食店やら電器店やら、典型的な郊外の様相を見せる。やがてバイパスから逸れて松山駅前に至った。

 市内電車の姿が見えはじめると、やはりそれに乗ってみたくなる。バスの終点は伊予鉄の松山市駅前だが、わたしはJR松山駅で降りて、電車に乗り換えることにした。 
 

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(平成25年8月乗車)

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下関のロンドンバス

 下関(しものせき)でロンドンバスが走っているのは知っていたし乗りたいと思っていたが、いつでも行けると思って乗っていなかった。
 すると、平成25年3月限りで運行を終了する、というニュースが入ってきた。こうならないと足を運ばない癖は、一生治らないのだろう。

 ロンドンバスが運行されているのは、下関と城下町長府(ちょうふ)の間である。JR長府駅からバスで城下町長府に向かう。長府駅前広場にバス停のポールは立っているが、そこに掲げられている時刻が、どうも予めサンデン交通の彩図で見たのと違う。かなり少ないのである。わたしが乗ろうとしていた便もない。
 おかしいなと思いながら駅正面を見通すと、大きな交叉点があり、広い国道が左右に通っている。もしかしてと思って、その交叉点に出てみると、国道上に別の乗り場があり、そこの時刻表では頻繁にバスが来ることが分かる。どうやら、駅前広場の乗り場には、長府駅折返し便のみが発着するらしい。
 こういうことがあるので、路線バスの利用はスリルがあって面白くもあるのだが、これはちょっと分かりにくい。乗ってしまえば十分ほどで城下町長府に着く。そういう名の停留所なのだ。

 長府はその名のとおり長州の中心だった地である。現在は下関市の一角になっているが、武家屋敷が建ち並ぶ古都である。
 歩いていて面白いと思うのは、街並みが自然な感じで残っていることである。練塀に囲まれた立派な構えの旧家が多いのだが、現代的なアレンジが加えられて、必ずしも原型を保存しようとはしていない。そんな旧家に挟まれてマンションも建っている。
 石畳風に舗装された道路もあるが、別段観光客用の道というわけでなく、クルマががんがん通るし、それらのクルマが横断しようとする観光客に配慮してくれるわけでもない。

 わたしは、こういう保存のあり方が好きだ。欧州にあるような、町中の家の屋根が同じ色に統一されている、という光景は、確かに見応えはあるのだが、どうも不自然に感じるのだ。
 わたしも日本人だということだろう。節操なくいろんな文化を摂取し加工して自分のものにしていく方が、日本らしくて好きなのである。

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 そんな長府と下関駅とを結ぶ足として運行されているのが、本場ロンドンから直輸入された二階建てのロンドンバスである。長州と英国の縁は薄くはないけれど、馬関戦争で砲弾を交えた間柄でもある。そのあたりのテキトーさもまたよい。

 
 まず、下関駅からやって来たロンドンバスを待ち受ける。満席に近い盛況である。
 

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 折返し乗車する人も、一度降りて向かい側乗り場に並んでください、と車掌さんに指示されている。
 わたしも並ぶことにするが、広い国道を渡る横断歩道は、なかなか歩行者用信号が青にならず、苛々する。

 運行終了が発表されたせいか、かなりの混雑ぶりだ。一人で並んでいた中年の女性は、「地元なのに乗ったことがなかったので」と話す。
 そうかと思うと、ロンドンバスのことなど何も知らずに、長い列にとまどっている人もいる。通常のバスによる下関駅行が先に着き、ロンドンバスに興味のない人や事態が把握できていない人が、いいのかしら、と列をちらちら見ながら乗り込む。

 そこへ、方向転換したロンドンバスが到着した。

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 現在、このルートマスターと呼ばれる昔ながらのスタイルをとるロンドンバスは、既にロンドンでも引退してしまった。世界中で親しまれている型のバスだから、あちこちの国・地方に引き取られて保存されているが、営業運転しているのは珍しいことであった。
 わたしもロンドンを訪れた時にぎりぎり現役だったルートマスターに乗り、二階席も含めた乗車人員を正確に把握している車掌さんに感服したものである。

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 あの時と同じく、ドアもない後扉から乗る。もちろん、多くの人が二階に上がる。かなり狭く急な階段である。

 走り出すと、二階とはいってもエンジンの響きがじんじんと伝わってくる。
 日本にも二階建てバスはあるが、それよりも車高が高いと思われる。一階も二階もきちんと立って歩けるのだ。
 通常の路線バスが追い越して行ったり、歩道橋をくぐったりすると、その高さが実感される。
 

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 どこでも視線とファインダーの的になりながら走る。関門国道トンネルの入口である御裳川(みもすそがわ)も通る。

 下関駅に着くと、多くの客がバスの外観を撮るため、我先に降りていく。その間に二階席の前の方を撮っておいた。ロンドンでは、最前列にカップルが坐り、洋画さながらのラブシーンを演じていた。それを見ながらユーストン駅からパディントン駅へ移動したのを思い出す。
 

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 ロンドンバスのイラストがあしらわれた停留所ポールも、見納めになってしまった。

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 下関駅は改修工事中で、ろくに店も営業しておらず、落ち着かなかった。きれいに生まれ変わるのであろう。

(平成25年3月乗車)

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新東名経由の昼行高速バス

 名古屋から東京に移動するのに、前後の予定からしてけっこう時間の余裕があった。それなら当たり前の新幹線よりも、JRの高速乗合バスでゆっくり行くことにしよう、と予約を入れた。その時に初めて気づいたのだが、たまたまその日は新東名経由の「新東名スーパーライナー」運行開始の日だったのである。
 わたしは、運行開始日とか最終日とかはあまり好まないのだが、なりゆきならまあしかたがない。初日ならではの面白いことなどあるかもしれない。

 名古屋駅新幹線口のバスターミナルにも、「新東名スーパーライナー」のポスターがでかでかと貼ってあり、力を入れていることが分かる。他の東名路線と同じく、JR東海バスとJRバス関東の共同運行のようだ。

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 名古屋発の初便は7時30分発の「新東名スーパーライナー2号」だが、これは時間が早すぎるからか、わたしが乗ろうとする10時30分発の4号の発車に合わせて、記念式典が行われるようである。横断幕が掲げられ、並べられた椅子に要人が坐り、女性アナウンサーが司会している。暫くそれを眺めることにする。式典のために、発車二十分前にはもうバスが据えつけられている。夜行便と共通運用のダブルデッカーだ。
 式典までやるとは、随分思い入れがあるものだが、新東名という道路自体の話題性もあり、高速乗合バスに対する世間の関心を高める狙いを込めて大々的にやっているのかもしれない。

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 式典会場やバスの周りには、大勢のマニアや報道陣が群がって写真など撮っている。それをかき分けるようにして、バスに乗り込む。
 わたしの席は、一階の一番前である。予約の時、二階は窓際が全て埋まっていて、昼間の便がなんでこんなに込むんだ、と不審に思った後、初日だと気づいたものだが、一階最前列は一人席が左右にあるだけなので、ゆったりできる。最前列といっても運転席との間の仕切りが目の前にあって、前方の眺望はきかないのだが、幸い列車と違って一階席と言っても通常のバスの座席の高さであって、天井は低いけれども側窓からの景色は普通に見られる。

 そして、記念便ゆえの品が配られた。

 缶のお茶とボールペンである。ペットボトルでないのは、エコの風潮によるのだろうか。このほか、「新東名スーパーライナー」のリーフレットとポケット時刻表も受け取った。

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 定刻ぴったりにドアが閉まり、アナウンサーの声がいちだんと甲高くなった。式典の人々の拍手を受けながらロータリーを回る。左窓に坐っていたら恥ずかしいところだが、幸い私の席は右側だ。

 この「新東名スーパーライナー」は、従来最速だった東名経由の超特急「スーパーライナー」をはるかに凌ぐ駿足で、途中首都高速を降りた後の霞(かすみ)が関(せき)で下車を扱う以外、途中の停留所には一切停まらない。東名高速線というより、いわゆる「昼特急」に近い設定である。このため、「超特急」より上位の「直行」という種別が付されている。この4号も、三十分前の10時00分に発車した超特急「スーパーライナー」を途中で追い抜き、東京駅には十八分も先着するダイヤである。
 超特急以下の各便は、名古屋市内でも栄(さかえ)・千種(ちくさ)駅前など数カ所で乗車を扱うのだが、「新東名スーパーライナー」はそれもしない。だから、東名に入るまでの経路も従来と全く異なる。一般道路を走る距離は僅かで、名古屋高速に入ってしまう。大高(おおだか)線で南下し、名古屋南ジャンクションから伊勢湾岸道路に移る。ここから東進し、豊田(とよだ)東ジャンクションで東名に入るのである。

 しかし東名を走る時間は一時間もなく、三ヶ日(みっかび)ジャンクションで分岐し、いよいよ新東名に入る。北東へ暫く行った所が浜松(はままつ)いなさジャンクションである。ここでは道路がループ状になっていて、北西へ大きく楕円状に迂回して戻って来、さっき通った道を見下ろして南東へ向かう。ループにしないといけないほどの高低差ではないが、こういうつくりになっているのは、新東名がここからまだ西へ延長される予定だからである。新東名はまだ全通はしておらず、真ん中あたりがとりあえず開通したに過ぎない。三ヶ日から浜松いなさまでの区間は、いずれは東名と新東名を途中で梯子段のように連絡する道路となるはずである。
 新東名は、曲線半径や勾配が従来の高速道路よりも大きく緩和されていると聞く。舗装したてであることも相まって、揺れが少なく乗り心地がいい。気持ちよく運転できすぎて、居眠りを招くのではないか、と心配になるほどだ。バスはほぼ走行車線を動かず、高速としてはかなりゆっくり走っているようだ。
 東名経由であれば、三ヶ日の少し先の浜名湖(はまなこ)サービスエリアで休憩となるはずで、設備もかなり整っているのだが、そこへは行けないこの便は、新東名をかなり進んだ遠州森町(えんしゅうもりまち)パーキングエリアに入った。その手前、東名の浜名湖に相当する位置に新東名の浜松サービスエリアもあり、店も多そうなのだが、なぜかそこには入らない。
 クルマの流れがスムーズなので、予定よりも早く遠州森町パーキングエリアに到着し、予定は十五分のところ、二十分あまりの休憩に延長となった。ノンストップ便だから早発を心配する必要もないのだし、どんどん早く進めばいいように思うが、初日だから定時でのシミュレーション的な運転をしているのかもしれない。

 遠州森町パーキングエリアで感心したのは、駐車場ではなく、店舗施設の正面に路線バスの停車エリアが設けられていたことである。高速バスの休憩では、一般車輌と混じって駐車場の真ん中に斜めに停まることが多く、クルマに脅かされながら店舗やトイレに向かわねばならないのが常だが、これはすばらしい。最初からここを路線バスの休憩所と定めて設計したのかもしれない。他の路線にも波及してほしいものだ。

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 バスの少し前には、大型二輪でツーリング中のにいさんが二人、バイクを停めて休憩していたが、大きなバスが入ってきたうえ、バスから降りた客がバスを取り巻いて写真など撮りまくっているので、何事かと不思議そうに見ている。やがて気味悪くなったのか、早々にエンジンを吹かした。
 うどん中心のカフェテリアと、普通のコンビニのような規模の売店があるだけだが、一応何でも買おうと思えば買える。コンパクトにうまくまとまった休憩場所と言えるだろう。

 遠州森町パーキングエリアを定刻に出発する。新東名は市街を避けて山の中を通っているものという印象があったが、このあたりは天竜(てんりゅう)浜名湖鉄道の路線よりも海側に出ている。
 走りのスムーズさは、インターチェンジの少なさにもよるのかもしれない。三ヶ日から御殿場(ごてんば)までの間、東名は十五カ所のインターがあるが、新東名は九カ所である。
 大井川鉄道を越えた所に島田金谷(しまだかなや)インターがある。このあたりの東名は、大きく海側を回っているため、島田や金谷にインターはなかった。静岡や清水(しみず)の市街は遠く、あくまで山中を行く。日本のどこにでもある山がちの土地だから、景観に面白みはない。新清水ジャンクションには東名との連絡道路が接続する。
 富士(ふじ)と富士宮(ふじのみや)の中間くらいに新富士インターがある。新幹線の新富士駅は逆に浜側に市街を避けているので、同じ名なのはとまどう。富士山の間近を走っているのだが、曇っているのでその姿は見えない。愛鷹山(あしたかやま)の南を回ると、東名がすぐそこまで近づいてくる。暫く並行した後、御殿場ジャンクションで東名に合流した。
 まもなく足柄サービスエリアである。

 ここは高速バス休憩の定番なので、勝手を知っている。遠州森町のように横付けとはいかないが、やはり路線バス専用の停車場が設けられている。

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 みたらし団子などをおやつに買い込んで、バスに戻る。ここからは目新しいルートはない。用賀(ようが)で首都高速に移る所と霞が関の下り口とが多少渋滞したが、それ以外は流れが滞ることもなく、霞が関には十分ほどの早着であった。
 市街地では右折が多い関係もあり、意外に時間がかかり、手狭な日本橋口(にほんばしぐち)バスターミナルでも、降車の順番待ちをしたので、終着はわずか三分の早着で、荷物をトランクから出したりしている人は、ちょうど定時になったのではないかと思う。初日としては上出来の運行であろう。

(平成24年6月乗車)

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別府ゆけむり号~ フェリーに乗る路線バス 

 以前は、定期の路線バスが客もろともフェリーに航送されて海を渡る、という例が結構あった。瀬戸内海を渡るのが多かったが、そのほかにも伊勢湾や有明海を横断する路線があったそうだ。しかし、現在残っている定期路線は、広島と大分とを結ぶ「別府ゆけむり号」くらいしかみあたらない。
 減ってきた理由は、バス路線やフェリー航路そのものの需要不振、高速道路ことに架橋の進展で航送が不要になった、などいろいろあるのだろう。島国にしては例が少ないように思うが、陸路を行くよりもフェリーに乗る方が時間が短縮され、しかも一定の需要が見込まれる二地点間、というのは今どきそれほどないのである。行き来の需要があっても、よほどまとまった流動でなければ、両岸で客自身に乗り換えさせた方が運行側は楽であるし、バスの車輌も効率的に運用できる。

 ともかく、最後に残った路線がどういうものであるのか、乗ってみることにした。

 大分駅近辺のバス乗り場は、あちこち分散していて、分かりにくい。大分駅のロータリー内にあるのは近郊路線の乗り場であり、長距離の高速バスなどは、少し離れた路上停留所に発着する。わたしのチケットには「トキハ・フォーラス前」という乗車地が記されているが、その所在も定かでない。
 一日一往復しかない広島便の乗り場を見つけるのはなかなか難しく、駅前の大通りを眺めてトキハというのがデパートの名であることだけは分かる。そのトキハの一階にバス案内所があったので、そこで訊ねてみた。すると、若くて声の大きい女性係員は、わざわざカウンターから外へ出て来ると、わたしを前の歩道まで誘導し、指をさして道路向こう側の乗り場を案内してくれた。
 大分駅の改札でも構内の食堂でも、女性係員に同様の接し方をされていて、九州の女性の気さくで活動的なところをまとめて見せられた感じである。

 
 教えられた乗り場へ行ってみると、郊外の団地へ通じるバス路線が発着するブースであった。このブースの手前には、「高速バス降車場」と大書された看板も立っており、本当にここから乗れるのか、と不安になる。しかし、ごちゃごちゃ貼られた各種時刻表の中に、「広島行」の文字をやっと見つけた。
 そこで待っていると、何台かの高速バス九州内路線の降車を順番待ちした後、広交観光と書かれたバスが着車した。「別府ゆけむり号」は広交観光と大分交通が隔日で担当する。二日ごとの路線に専用車輌を用意していられないのか、愛称などはマグネットシートで貼り付けてあり、運転台の料金箱にカバーがかけてある。コンビニで買ったチケットを運転手さんにチェックしてもらい、指定された右側最前列に坐る。 

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 ここまでに大分市内数カ所の停留所で乗車を扱っているが、乗っていたのは二人だけで、このトキハ・フォーラス前でも六人しか乗らない。
 発車したバスは、すぐに大分市街を出て、海沿いの広大な幹線道路を行く。国道10号であるが、片側三車線の広さが延々続いている。
 別府と大分を結ぶ主要道路で渋滞が激しかったが、山が海に迫っていて拡幅もままならなかったので、並行していた軌道線である大分交通別大(べつだい)線(別大電車)を昭和四十七年に廃止して、その軌道敷を利用して拡幅したという。しかし、海側を見ると、護岸や埋立の跡が見られる。本当に電車を廃止しないと拡幅できなかったのか、と思う。
 別大電車は、両都市や高崎山(たかさきやま)などの観光地を結んで走る路面電車であり、客が少ないわけではなかったと想像される。その時代に、電車を近代化・高速化することにより、客がクルマから移行して渋滞が緩和される、という発想がなかったのはいたしかたないにしても、どうも厄介払いの口実にされたのではないか、と疑わしい。長崎のような生き残りの途もあったのではないか。

 別府市内でも乗降を扱う。北浜(きたはま)に停まったが乗車はなく、交通ターミナルでまとまった乗車となった。それでも、埋まった座席は半分程度だ。
 別府湾岸に沿い、北へ、続いて東へ向きを変えていく。東向きに曲がりきった所が、城下がれいで知られる日出(ひじ)である。ここにも停まるが乗車はない。ここからはまた北向きに転じ、山越えにかかる。日豊本線と縺れ合う。

 宇佐(うさ)で停車した後は、わたしにとって未踏の地である国東(くにさき)半島に歩を進める。北岸に沿って北東に向かう。しばらく行くと、かなり開けた街が現れる。鉄道でばかり行き来していて知らないままでいたが、日豊本線から外れた所に、こんな明るく子供たちの姿が目につく街があるのだなあ、と思う。ここは豊後高田(ぶんごたかた)で、あちこちに「昭和の町」という看板が掲げてある。バス道からは窺えないが、昭和三十年台を旨とした街並みを整備して観光客を呼び込んでいるようだ。
 その豊後高田の新町(しんまち)停留所で、バスに向かって手を挙げる老婦人がいる。ここから乗車する予約が入っていなかったようで、運転手さんは慌てた様子で急停車させた。老婦人は、
「徳山(とくやま)に行きたいんだけど、乗っていい?」
 と叫ぶ。週末なのに、大荷物を持って路上停留所から飛び込み乗車とは、なかなかに大胆である。豊後高田には予約窓口がないのかもしれない。このあたりから大阪や東京へ行くには、時間さえ合えば、このバスで徳山に出て新幹線に乗るのが最短経路だ。運転手さんが予備席らしい後方の座席を指示する。
 豊後高田の市街を出ると、海岸に沿う。国東半島は、山の尾根が四方に張り出してそのまま海に没しているため、リアス式海岸をなしている。だから、国道213号は海面より高い所を曲折しながら上下する。宇佐八幡の近傍だからか、沿道には次々と神社が見え過ぎていく。
 前をかなり緩慢な走り方をしている軽乗用車が塞いでいるので、バスはスピードを出せない。左側のサイドミラーには、バスの後ろにクルマの列ができているのが見える。お年寄りの運転かと思って垣間見ると、どうも小さな子どもを乗せた若いお母さんである。

 大きくカーブして竹田津(たけたづ)地区に入る。竹田津と聞くと専門柄、小学校の国語教科書などに乗っていた「きたきつねの子ども」などのエッセイで知られる竹田津実(たけたづみのる)氏を思い出す。このあたりのご出身と聞く。
 国道を外れて北へ折れるといよいよ、小さな竹田津港である。

 竹田津港には十三時四十五分頃、ほぼ定刻の到着だ。雑貨屋を兼ねたような待合所の前に、停留所ポールが立つ。ここが大分県側最後の乗車地である。しかし乗車はなく、バスはそのままバックしてトラックと並んで大型車の待合スペースに入ってドアを開けた。まだフェリーは入港していない。
 フェリーの出航は14時20分、乗船は十四時五分頃の見込みなので、それまで休憩となる。ほとんどの客が外に出た。 

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 やがて徳山からの「フェリーくにさき」が着き、クルマが続々、というほどの台数でもないが、下りてきた。そのなかに、大分バスの「別府ゆけむり号」大分行もいる。一日一往復なのに、二台が途中で行き違う贅沢な運用である。フェリーのダイヤに合わせるとそうなるのだろう。あちらは竹田津港での降車がある。港で降りる場合でも、フェリーからはバスに乗って出てこないといけないことになっている。
 折返し整備が手早く行われているらしい。小さなターミナルビルが船の姿を隠している。
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 岸壁から係員が走ってきて、慣れた様子で待機場のトラック一台ずつに合図を送っては、乗船口に誘導していく。港に先に来た順に乗せるらしいが、整理券などを発行している様子はなく、係員はちゃんと覚えているらしい。その程度の台数である。むろん、満車状態になったとしても、この路線バスは優先で所定便に乗れるのだろうが、そんなことは年に何回もなさそうである。バスが渋滞で遅れることもあり得るだろうが、余裕時間がかなりあるので、乗り遅れることもまあないだろう。
 隣のトラックは、ハンドルの上に乗せられた運転手の足だけが見える。係員がドアを叩いて起こし、すぐに動き出す。いよいよこちらのバスも、フェリーに乗り込む。薄暗い車輌甲板から、狭い階段で客室に上がる。

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 客室には長椅子が並ぶスペースと、棧敷席とがある。桟敷は家族連れやトラックドライバーが好んで占めるようである。バスの客はだいたい長椅子に腰掛ける。パブリックスペースとしては、ゲームコーナーを兼ねた粗末なラウンジがある。テーブルがいくつか並んでいるので、わたしはそこで持ち込んだサンドイッチなどを食べた。売店はかつて営業していた痕跡はあるが、シャッターが中途半端に閉まっているのが侘びしい。
 二時間ほどの船旅だが、静かな瀬戸内海だから、もの足らないほど揺れない。みんなとろとろしている。
 徳山までは北北東に一直線だが、もし宇佐あたりから徳山まで道路でゆくとすると、この航路を底辺とした鋭角三角形の二辺を辿らねばならない。三角形の頂点は関門橋(かんもんきょう)であり、そこを通らねば本州と九州とを行き来できないからだ。距離にして四倍ほどにもなるだろう。これでは、さすがにフェリーに便乗した方が早いわけで、冒頭に記したような稀有な条件を満たす区間となり得た。
 鉄道でも事情は同じであり、本州から大分・宮崎方面へは、行って戻るような大迂回になってしまう。瀬戸内海航路が発達したわけだ。現在は当然航空機が主流である。
 荒天などでフェリーが休航となるときは、「別府ゆけむり号」も陸路を迂回して運行されるとのことだ。その場合はダイヤも一時間以上の延着となる。
 広島と大分との間には、かつて直航のフェリーなどもあった。が、需要の鈍化により廃止され、フェリー区間が最短となるこのスオーナダフェリーだけが残っている。ここも経営は決して楽ではないようであり、定期バスの利用はありがたいことであろう。

 こんもりと盛り上がったような島がいくつか過ぎると、徳山入港のアナウンスが流れる。「おクルマの方は車輌甲板へ」などという言葉はなかったが、皆慣れた様子で階段を下りていく。わたしだけがもたもたしていたので、わたしが乗り込んですぐ、バスのドアが閉まった。バスのエンジンは止まっているが、甲板の床面を通して船の振動がバスの座席に伝わってくる。それは意外なほどバスのエンジンと似通った揺れ方であった。油臭い匂いが漂ってきて、周囲のトラックたちが身震いし、このバスのエンジンもかかった。
 乗ったときとは反対側の出口から徳山港に上陸した。ここでもターミナルビルの傍らにポールが立っている。
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 山陽本線のアンダーパスを潜って、駅付近の路地に停まり、何人かを降ろす。地元の防長(ぼうちょう)交通バスが幅をきかせる駅前広場には入れないのだろうか。この「別府ゆけむり号」の徳山乗降の場合、乗車券の発売は防長交通が扱っているはずである。が、街中で擦れ違う防長交通バスとの間で挙手の礼などはない。
 市街を北上して、道幅の広い国道2号に出た。この道は、歩道とも車道ともしっかり分離された自転車レーンがずっと続いており、安心かつスムーズに誰もが通行できるようになっている、すばらしい大通りだった。
 山陽自動車道に入って広島に向かう。インターを下りると、新交通システムのアストラムが上空を走る広い幹線道路を南下する。途中でアストラムの中筋(なかすじ)駅に停まる。路上停留所かと思っていたが、小さいながら駅前のバスターミナルがある。市街中心からインターへの順路なので、各方面と結ぶ高速バスが頻りに発着している。アストラムの終点である本通(ほんどおり)駅も、広島バスセンターと似たような場所にあるので、どちらかというとJR可部(かべ)線の古市橋(ふるいちばし)駅あたりに寄った方が、広島駅やマツダスタジアムへ行く客には便利だと思うが、それでは廻り道になるためか、寄らない。

 市内が渋滞していたので、少々遅れて広島バスセンターに着いた。六時間近い行程だが、間に気を変えることのできる船旅が挟まっているので、さほど長くは感じない。

(平成23年6月乗車)

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再度登山バス迂回運行

 平成22年7月初め、梅雨時の大雨などの影響で、神戸の再度山(ふたたびさん)ドライブウェイで崖崩れが発生し、通行止となった。
 このブログでも何度か登場している神戸市バス25系統は、その経路のほとんどが再度山ドライブウェイ上ということになるので、当然運休、と思ったのだが、驚いたことに、迂回運転で運行する、と発表された。確かに、終点の森林植物園(しんりんしょくぶつえん)は西六甲ドライブウェイ経由でも入ることができるが、途中停留所は全て飛ばさねばならない。

 どういう具合になっているのか、迂回運転が始まってまもなく、三宮から乗ってみることにした。

 この時期、森林植物園は「森の中のあじさい散策」というイベントを開催中、このイベントもあることから、運休にできなかったということだろう。
 しかし、ミント神戸バスターミナル内にある25系統の乗り場(市バスとしての停留所名は「三宮駅(さんのみやえき)ターミナル前(まえ)」)である)に行き、一番バスの発車を見てみると、ちょうど座席が埋まる程度しか乗っていない。沿線半ばの大龍寺・再度公園への観光客や、登山客が乗らないからだろう。普段は、この記事に記したように、朝の便には積み残しも出ようかという込み方なのだが。
 わたしは、二番に乗ることにした。

 発車の五分ほど前に、バスが着車した。通常のツーステップ車である。再度山ドライブウェイは、急勾配、というか、勾配のきつさが急に変わる所が多いため、ノンステップ車は運用されない。迂回運転ならそれは関係ないのだが、運用をわざわざ変えるほどのこともないのだろう。それに、ノンステップ車は座席数が少なくなる。もしかすると、ノンステップ車の方向幕には「森林植物園」というコマがないのかもしれない。
 わたしは、磁気カードをリーダーに通してステップを上がった。ふと、皆が終点まで乗るのだから、整理券方式にしなくてもいいのでは、と思ったが、考えてみると、途中市街地内の中山手三丁目(なかやまてさんちょうめ)には停車する。そんな人はまずいないだろうが、三宮駅ターミナル前~中山手三丁目だけを乗ることも、理論上は可能なのである。

 ちょうど座席が埋まった感じで発車した。中央幹線に右折して、前回は三宮駅前に停まったが、現在はこの道路の地下にある阪神の三宮駅が改良工事をしている関係で、三宮駅前停留所は休止している。そのままフラワーロードに右折、北上する。
 加納町(かのうちょう)三丁目で山手幹線に左折、まもなく中山手三丁目であるが停まらずに右折車線に入った。これはちょっと意外であった。なんとなく、山手幹線を直進して楠町(くすのきちょう)六丁目の交叉点から有馬街道に入るのかと思っていたからである。しかし、バスは通常の25系統のルートどおり、中山手三丁目交叉点で右折、トアロードを北上してから山麓線に左折した。このまま平野まで山麓線を行くようだ。後で地図を見ると、確かにその方が近道である。107101391
 山麓線に入って7系統の山本通三丁目と四丁目の間に再度山ドライブウェイの進入口がある。が、今はバリケードが張られ、警備員が立っていて、復旧工事の関連車輌以外は入ることができない。当然バスはこのまま直進する。ここからが迂回区間である。運転士さんが断りのアナウンスを入れたうえで、通過となる停留所の案内放送も順次流していく。停留所名のみならず再度山やその周辺の観光案内も収録されているからである(写真右は、再度山ドライブウェイ入口近くの山麓線に立っている通行止の告知看板)

 7系統のルートで平野(ひらの)まで来ると、再び右折車線に入る。平野は、昔から神戸でも屈指の渋滞の激しい交叉点であり、特に南北方向の有馬街道が酷い。今日も、有馬街道を北へ向かう車列がなかなか進まず、交叉点内にまでクルマが溢れている。107101271 107101290
 バスも信号を二回待って、やっと右折する。ちょっと苛立つが、三宮駅ターミナル前からこの時点までで、十二分しかかかっておらず、案外速い。しかし、有馬街道に入ってもじりじりとしか進まない。これでは森林植物園までどれだけかかるのか、と思うが、渋滞の原因は、少し先の工事現場にあった。片側交互通行になっていたのである。もうすぐ平野祇園祭の時期で、多数の人やクルマが集まるので、それまでに補修しておこうとしているのかもしれない(写真左はいずれも、平野交叉点を有馬街道から山麓線に左折する迂回25系統三宮方面行)
 当然ながらここからは流れがよくなり、反対方向が渋滞しはじめた。この付近は、路線バスは旧道を運行するのが通常だが、このバスは国道428号を直行する。細い谷に沿って蛇行するので、再度山ドライブウェイほどではないにしても、山道の感じはする。反対車線には「長い下り坂 エンジンブレーキを使え」という標示が見える。

 高座金清橋(こうざきんせいばし)で旧道と合流して、幅に余裕のない二車線を登る。長めのトンネルを抜けると、北区に入る。鈴蘭台(すずらんだい)方面への坂道が西へ分かれる水源池(すいげんち)を過ぎると、普段は市バスの運行がない区間で、ここの市バス定期運行は、昭和52年に廃止されている。現在は神姫バスと阪急バスが運行されているが、本数は多くない。107101073
 小部峠(おぶとうげ)の交叉点で右折する。神姫・阪急バスの峠停留所の近くである。ここまでで所要時間は三十分ほどである。ここから西六甲ドライブウェイに入るのだが、このルートは、半世紀も前の昭和32年に表六甲ドライブウェイが開通する以前の、六甲登山バス旧30系統(三宮駅前~神戸駅前~東六甲など)の経路である。この旧30系統は、遅くとも昭和43年頃には廃止されたはずで、それ以来の営業運転になるのではないか。あまりに昔のことで、わたしなどはもう懐かしさを感じるような年代ではなく、単に話として珍しいだけなのだが(写真右は、小部峠交叉点を有馬街道から西六甲ドライブウェイに右折する迂回25系統森林植物園行)
 沿道には恐らく半世紀前には影もなかったであろう宅地や学校が建ち並び、勾配も緩く、あまり登山道という感じではない。峠と呼ばれているくらいだから、小部峠付近がそもそも標高があるのである。107101082
 弘陵高校の前を過ぎると、そこまではおそらく通学用に設けられていた歩道もなくなり、両側が林に挟まれる。ようやく山道らしくなったが、すぐに五辻(いつつじ)にさしかかる。五辻は、再度山ドライブウェイからつながる奥再度ドライブウェイの終点である。ここにもバリケードがあり、ガードマンが立っている。崖崩れ箇所は、麓でかなり市街地に近い部分だと聞いていたので、それなら森林植物園側から奥再度ドライブウェイに入って、再度公園(ふたたびこうえん)あたりまで運行してはどうか、とこの時は思ったのだが、全区間が通行止とは思わなかった(写真左は、五辻で奥再度ドライブウェイに左折せず西六甲ドライブウェイを直進する迂回25系統三宮方面行)

 森林植物園終点に着いた。所要時間は約四十分で、所定の約三十五分とあまり変わらない。これなら運用数も増やさずに済む。途中で客の入れ換わりがないので、シャトル便のような落ち着いたドライブであった。

 
 さてその後、要望があったからかどうか、森林植物園~大竜寺(だいりゅうじ)間に臨時バスが運行されるようになった。復旧工事も一段落し、工事車輌が北側から入ることがなくなったのだろうか。九月に入ってから、もう一度再度山を訪れた。109201367

 わたしは北鈴蘭台駅からの森林植物園無料送迎バスに乗ったのだが、このバスからの接続もよかった。が、送迎バスは一時間おき、臨時バスはほぼ五十分おきなので、接続のよさは偶然だろう。
 25系統には普段ノンステップ車は入らないのだが、この臨時バスには中型ノンステップ車が充当されていた(写真右は森林植物園で発車待ちの大竜寺行臨時バス)。PRがゆきとどいており、再度公園や大龍寺にもバスで行けるようになったことがそれなりに周知されているようで、ちょうど中型バスの座席を埋める程度の客がある。
 方向表示は「臨時」、車内の停留所・料金表示も「臨時」とだけ表示して機能していない。添乗の係員が料金を現金で収受し、案内もするので、実質ツーマンカーである。停留所案内は、運転士さんのマイクによる口述である。
 大竜寺以北には、ノンステップで運行に支障があるほどの箇所がないということなのだろうが、それでもところどころにヘアピンカーブが待つ。大学生らしい若い女性客から歓声があがり、
「『頭文字D』みたーい」
などと言っている。
 109201384109201392 再度公園で客の半分が降り、残りが大竜寺終点まで乗った。大竜寺では、バスが山門前の道路に突っ込んだ後、添乗の係員、というか、もはや車掌そのものだが、その人の笛でバックする、という昔ながらの転回で、すぐ反対側の停留所に着く(写真左の左は大竜寺の降り場(通常の三宮方面行乗り場)に到着した臨時バス。左の右は大龍寺内の道からバックして方向転換するバス)

 折返し時間が二十分以上あるので、わたしは登山道を辿って修法が原池まで歩いた後、再度公園停留所から折返しの森林植物園行に乗った。乗り込むと、車掌さんが驚いた顔をして、あどうも、と言った。109201464109201460109201362
 その車掌さんに、乗継ぎで三宮まで行く、と告げると、乗継ぎ用の乗車券を発行してくれた。もう使われることのない乗車券なので、画像をお見せしてもいいだろう。臨時的なものなので、地紋などは入っていないが、市章や交通局のマスコット「ばっしー君」のイラストまで入っており、正統の乗車券であることを主張している(写真右の左は再度公園に到着する森林植物園行臨時バス。右の中と右は乗継券の表裏)

 
 その後、25系統は9月23日から通常運行に戻っている。 

(平成22年8・9月乗車)

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特急バス高山線

 富山から飛騨の高山に足を伸ばすことにした。この類の趣味の者の習性として、往きと帰りとではルートを変えたいと思っている。経路として、JR高山(たかやま)本線のほか、いい具合にバスもあるようなので、これに乗ってみることにした。

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 富山駅前のバスターミナルは、富山地方鉄道バスの拠点だが、そこに濃飛(のうひ)バスが入って来た。これが11時20分発の高山(たかやま)行特急バスである。
 富山地方鉄道との共同運行で、それぞれ二往復ずつ、都合四往復運行されている。平成二十一年度から若干のルートが変わったようで、どのような利用率か、興味がある。駅前の案内所でリーフレットをもらうと、なかなか停車停留所などがややこしいようである。 

102131174  「特急バス」なので、このようなハイデッカーのちゃんとしたバスである。着車とともに乗り込んだのはわたし一人で、当然左側最前列の最上の席に坐れる。運転手さんが、
「どちらまでですか?」
と訊くので、
「高山ですけど」
と答えると、
「は!」
と驚く。高山行なのに、そんなに珍しいのだろうか。
 看板や時刻表を見たりしながら、乗場のあたりをうろうろしている学生風の青年が一人いる。乗るのか乗らないのかよく分からなかったが、結局発車間際に一大決心をしたような顔で、乗ってきた。

 バスは、富山市街をまっすぐ南下しながらごく一部の主要停留所のみ停まっていく。中心街の総曲輪(そうがわ)でも乗る客はなく、星井町(ほしいちょう)を過ぎると、早くも郊外の感じになり、広い駐車場のある飲食店やガソリンスタンドなどが道沿いに並ぶ。休日なので、富山市民病院前(とやましみんびょういんまえ)でも乗車はない。クルマの流れはスムーズで、早発気味なのか、乗降がなくても一応全ての停車停留所で停まっては、高山行特急です、と車外に放送する。
 と、次の西上袋(にしかみぶくろ)で降車ボタンが押された。住宅街の中にある大規模なショッピングセンターの前である。先の青年が降りていく。富山市内の相互乗車ができるとは、意外だった。こういう長距離の特急バスでは、発地帯では乗車のみ、着地帯では降車のみ、という例が少なくないからだ。ここでバスを待っていたおばさんが青年と入れ換わりにステップを昇って運転手さんに何やら訊ねるが、
「行きません」
の声に押されて降りていく。
 富山インターで潜る北陸自動車道には目もくれず、さらに南下するが、最勝寺(さいしょうじ)で右折、まっすぐ正面に空港ターミナルビルが見えている。富山空港(とやまくうこう)だけは例外的に乗車しか認められない。空港連絡バスと競合するかららしいが、世知辛い。
 しばらく新しい幹線道路を通ったのち元の国道に戻り、大沢野小学校前(おおさわのしょうがっこうまえ)に停車、このあたりは工場が多くなる。再び家が建て込んでくると、笹津(ささづ)である。JR高山本線の駅が近いはずだ。昔は地鉄の鉄道線も通じていたが、廃止されて久しい。ここから猪谷(いのたに)までは、地鉄の便は各停となるが、この濃飛バス担当便は、ひき続き主要停留所だけに停まる。これもまたややこしい。
 神通川(じんづうがわ)を渡ると、高山本線の線路が右側に近づき、ここからは山の中を並行する。左側の神通川はすぐダムとなり、細長いダム湖がえんえん続いている。それが尽きかけると、線路も道路も屈曲する川と別れて長いトンネルに入る。出るとまたダムである。

 猪谷が富山県最後の停留所である。神通川は二つの支流に分かれる。高山本線はここから宮川に沿って南西に曲がるが、バスは高原川とともに南東に進む。ここからは、廃止された神岡(かみおか)鉄道の路線跡に沿って行くことになる。高原川にも、小規模ながらダムがある。岐阜県、すなわち濃飛バスのエリアに入ってほどなく、
「次は、ど、どです」
というアナウンスが聞こえた。思わず料金表に電光掲示された停留所名を見上げると、「土」とある。仮名一文字の停留所なのである。珍しいので、メモする。
 ダムの上流にあたるたっぷりとした川に沿って、両側に山が迫る中を走っていく。道はしっかりしている。漆山(うるしやま)の停留所は、地下道につながっている。こんな山奥に地下道とは場違いにも見えるが、道の反対側の法面に抜けて、川沿いの集落に至る道であった。102131263
 やがて、ようやく盆地が開けると、神岡(かみおか)である。旧神岡鉄道の終点があった所で、現在もここから奥飛騨温泉郷へのバスが出ている。
 緩い斜面に拡がる街並みを縫って濃飛バスの営業所に着くと、数分の時間調整をする。ちょうど反対方向の富山行特急バスも入っていて、行き違いとなる。富山駅前とは逆に、地鉄のバスがアウェーの環境に身を竦めている(写真右は、濃飛バス神岡営業所を出発する富山行地鉄特急バス)

 狭い路地をよじ登るようにして国道に戻る。高原川のさらに支流である山田川に沿って海抜を上げていく。右手にひだ流葉スキー場のゲレンデが雄大に広がりはじめ、国道はその根元に向かってエレガントな逆S字カーブを描いて登る。可愛いペンションや飲食店が点在する平を抜けると、今度はヘアピンカーブの連続で下る。下りきったところで、宮川と高山本線に再び出会う。
 古川の市街に入り、飛騨市庁舎前(ひだしちょうしゃまえ)に停まる。転回の必要があるからか、市役所構内のロータリーに入り、玄関前でドアを開けた。地元のコミュニティバスの停留所は道沿いにあるから、通例と逆である。コミュニティバスの客の方が市役所に用がありそうなものだが。

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 ここからは、宮川に沿って、というより両側が山なので、宮川が形成した狭い平地を行くよりなく、高山本線と並行して高山に至る。ターミナル内には入らず、路上でバスを降ろされる。
 晴れた昼間に初めて訪れる高山で食べた飛騨牛入りのそばは、意外な美味であった。

(平成22年2月乗車)

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純復古版シティー・ループ

 シティー・ループというのは、神戸市街中心部を巡る観光用レトロ調バスである。現在各地に見られる、小型バスで観光地を循環する路線バスの、嚆矢の一つと言っていい路線である。
 運営するのは、神戸交通振興(こうべこうつうしんこう)という第三セクターのバス会社だ。神戸市交通局の関連会社で、乗務員には神戸市バスのOBも多い。車輌も、一般路線は神戸市バスからの譲渡車で運行している。このシティー・ループは特製であるが。その他、市バスの一部路線の運行を受託し、交通局の経費節減にも貢献している。

 このシティー・ループの利用促進キャンペーンの一環として、平成21年の夏休み期間、いつもと違う車輌が運行された。

 それが、神戸市交通局が所有するボンネットバス「こべっこⅡ世号」である。
 同局は、御影地区の狭隘区間で運行していた小型のボンネットバスを、引退後は車庫の構内作業用に使っていたが、これをイベント用に動態保存することにし、整備して車籍を復活し、「こべっこ号」と名づけた。
 「こべっこ号」は神戸まつりパレードに参加するなどしたが、何分にも古い車輌のため、部品確保や排ガス規制への対応などが次第に難しくなり、ついに二度めの現役引退を余儀なくされた。
 これに代わる車輌として、同局は復元車を新造することとし、トラックの台枠に「こべっこ」号同様の車体を新製して載せたバスを、「こべっこⅡ世号」として登場させた。
 「こべっこⅡ世号」は、当然走行性能は現代のものであるし、エアコンも付いている。その後は天然ガスエンジンに改造され、最新の走り装置となっている。それで、定期運用こそもたないものの、期間限定でいろいろな臨時運行路線に供されてきた。

 それが今回、夏休み中の土曜・休日とお盆期間に、シティー・ループに使用されることになったのだが、このような定期運行されていて途中乗降も頻繁な路線に投入されるのは、初めてである。それで、乗ってみることにした。

 運行は午前と午後それぞれ一周ずつである。わたしは中突堤(なかとってい)発13時11分の便に乗ってみることにした。中突堤のポートタワー下には、シティー・ループの車輌待機場や乗務員休憩所があり、運行の拠点となっている。98131282 98131260 
 早速待機場を見てみると、通常のシティー・ループ車輌とともに、「こべっこⅡ世号」が留置されていた。通常車輌に挟まれているのは、出庫するまで少しでも隠しておきたい、ということであろうか(写真右)

 シティー・ループの運行は概ね二十分毎である。一便前のバスが出た後、早くも乗場に列ができはじめる。このうちどれくらいの人がボンネットバス狙いなのかは、よく分からない。先頭の家族連れは明らかにそうである。

 循環路線ということは、この中突堤で車輌交換ということになるが、連続乗車する客とここで並んでいる客とではどちらを優先するのだろう。また、ボンネットバス運行を知らず、通常のレトロ調車輌を期待している客もいるのではないか、そういう客はボンネットバスを見たら却ってがっかりするのではないか。
 そういうところをどう処理するのか、と思っていたが、なかなかスマートだった。

 到着した便は、二台運行だったのである。そう言えば、今年になって車輌を増備したこともあり、多客期は二台続行で運行している、と聞いたことがある。積み残しを出さないように、臨機応変に増車しているのだ。
 そして、先行車は「中突堤止」の方向板を掲げている。最初からここまでの客だけを乗せているのだ。これとボンネットバスとが入れ替わることになる。この先行車は、停留所でなくバス待機場に入って降車扱し、そのまま入庫した。
 続いてやって来た続行車は連続運行で、これがまず停留所に着車し、客扱する。並んでいた客のなかで、ボンネットバスにこだわらない客は、係員の誘導でまずこの通常車輌に乗る。その後ろに、出庫してきたボンネットバスが着車する。98131360
 意外にも、並んでいた客のほとんどは通常車輌に乗ってしまい、ボンネットバスを待つのは七人だけである。ほっとするが、少し淋しい。通常車輌の方は立客も出ている。こっちは確実に坐れるのに、皆込んでいる通常車輌に乗る。レトロ調車輌でないとシティー・ループに乗ったことにならない、と思っているのか、こっちの古くさい車輌はエアコンがなさそうだ、と思うのか。
 どちらに乗るか迷っている客には、係員が、
「こちら(ボンネット)の方が空いてますけど、乗り心地は前(通常車輌)の方がいいです」
と説明している。トラック改造だから、動揺は大きいのである。

 どうにか二台続いて発車した。結局こちらは空席が目立つ状態でのスタートだ。先頭に並んでいた子供たちは最前部のシートに坐り、興奮している。わたしは、最後部の前向き右側の座席に坐る。昔のバスによくあった三方シートなので、前向きの座席はここだけなのだ。98131461 98131480
 やはり昔のバスの常で、車体が全体に丸っこい。特に後部の丸みが懐かしい(写真右は最後部の車内)
 そして、左側一箇所だけの扉のところには、女性車掌が乗務している。運賃箱は設置されていないので、車掌鞄を方から提げている。要するに、昔のツーマンカーそのままのスタイルである。
 ワンマンカーがあたりまえになった路線バスだが、このシティー・ループだけは通常車輌も含めて、ツーマン運行である。昔のように、狭隘区間や踏切での誘導はないが、観光案内や一日乗車券販売の業務にあたっている。通常車輌にはカードリーダー付の運賃箱がある。
 ツーマン運行をしている路線バスはまだあちこちにあるが、大抵は、長距離路線で交替運転手が乗客案内を兼ねたり、特定の区間だけ誘導員が便乗したり、というかたちが多い。アナウンスもテープ放送が基本である。乗降・運賃収受システムはワンマンカーと同じで、扉開閉も運転手の仕事だ。あくまで、補助的に添乗者が乗る、というものである。
 「中央部一箇所の扉のところに車掌が常駐し、肉声アナウンスや運賃収受・扉開閉を行う。運転手は基本的に接客しない」という昔ながらのツーマンバスは、全国でもこのシティー・ループだけではなかろうか(写真左は車内の様子。水色の服が車掌さん。前に通常車輌が見えている)98131463
 ただし、昔と異なるのは、ツーマンカーなのに降車ボタンが付いていることである。今回のシティー・ループでの運行にあたって増設されたのだ、と車掌さんが説明してくれた。今の客はシャイになって、降車を口で車掌さんに告げるのに抵抗がある。

 中突堤を出たバスは、平日なら神戸駅南側のハーバーランドに入るのだが、休日はハーバーランド内の道路輻輳を避けるためカットである。それで、中央郵便局横のモザイク北(きた)が次の停留所だ。しかしやはり周辺道路は渋滞気味で、そこへ行くまでに先行する通常車輌に引き離される。が、向こうは乗降が多いので、モザイク北でなんとかお尻が見えてくる。
 古い洋風建築の多い栄町通りを東進し、栄町(さかえまち)1丁目(南京町(なんきんまち))停留所で、通常車輌に追いつく。が、やはりこちらに乗る客は少ない。次の阪神前(はんしんまえ)(三宮(さんのみや)センター街(がい))では、空いているこちらを選ぶ人も多く、ほぼ席が埋まる。
 都心部なので、道路が込み、信号にもひっかかって、また先行車を見失う。車掌さんは頻りに、
「中突堤、海止まりです」
とアナウンスする。海止まり、という表現が神戸らしい。
 廃校となった小学校の校舎を転用して開設された異人館街の観光拠点、「北野工房(きたのこうぼう)のまち」の構内で転回し、ここでも客扱する。先行車が積み残したのか、結構多く乗って初めて立つ人が出る。ここで乗った人は、坂を上った所の北野異人館(いじんかん)でほとんど降りた。エリア内の移動手段として利用しているのである。
 新神戸駅前(しんこうべえきまえ)では、路線バスでは唯一改札階である2階に乗り入れているのだが、乗降はない。駅前広場を出るところで先行車に追いつく。やはり向こうは込んでいる。
 もう一度三宮を通り、市役所前(しやくしょまえ)に着く。わたしはここで降りる。96061991

 乗ってきたバスをふり返る。観光地もよいが、市街地を行くボンネットバスも、なかなか風情がある(写真左は市役所前を発車するボンネットバス。前はシティー・ループ通常車輌)。 

(平成21年8月乗車)

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