2018年9月17日

十和田・七戸 ローカル私鉄が消えた街のバス

 青森に泊まった翌朝、昼過ぎまで時間があるので、青森県内をそぞろ乗りすることにした。

 だいぶん前に鉄道を完乗したので、乗った路線のなかには既に鬼籍入りしているものも多い。学生時代に青森で一まとめにして乗ったのが、南部(なんぶ)縦貫鉄道(野辺地(のへじ)~七戸(しちのへ))と十和田(とわだ)観光電鉄(三沢(みさわ)~十和田市)である。両者とも既に廃線になった。
 その跡を走るバスに乗って再訪しようと思い立った。しかし、思い違いや何かで、大いに目論見と違う旅になった。

 いきなり、時刻表を見間違えたまま予定を立てていたことに朝から気づいてしまった。青森から三沢に向かう青い森鉄道の時刻を一時間も勘違いしていた。
 ただ、駅には早めに行ったため、乗るべき列車の一本後、約四十五分後の列車にはなんとか乗り込むことができた。慌てて三沢着の時刻を調べると、これもなんとか、予定していた三沢からの代替バスには乗れる、と分かった。ただし、乗換え時間が二分しかない、という覚束ないことになった。
 怪我の功名でクロスシートの電車になったのはよかったが、気が揉める。

 三沢に着き、跨線橋を走って昇り降りし、駅前に出た。すぐ左手が十和田観光電鉄の駅跡で、バスは今でもここに発着する。駅舎にはまだ「電車」の文字が残っている。 

189040991b

続きを読む "十和田・七戸 ローカル私鉄が消えた街のバス"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月10日

神戸市バス平成30年度乗りつぶしと新・共同運行

 今年度からの新路線開設を受け、神戸市バスの完乗タイトルを防衛・奪還をしたかったのだが、なかなかできなかった。というのも、新路線には平日のみ運転の系統が含まれるからだ。なかなか平日の休みがなかったのだが、代休などでやっと確保できた。

 初めに、31系統の新たな分岐である。通常の31系統は、JR甲南山手~渦森台の路線だが、西岡本7丁目へ分岐する便ができた。

185311880

 ところがこれがまた、朝のJR本山駅前行と夕方の西岡本7丁目行とが各一本ずつ、それも平日のみの運転なのである。
 西岡本7丁目は山の中腹にある住宅地であり、朝の便に乗るには、上り坂を西岡本7丁目まで歩いて登ることになりそうだ。ものぐさなわたしは、夕方の便に乗って、下り坂を歩くことにした。薄暮ではあるが、外が見えないほどの時間ではない。

 本山駅前の停留所で時刻表を見ると、見事に平日一本だけの西岡本7丁目行が記されている。18時36分発である。

185311872

続きを読む "神戸市バス平成30年度乗りつぶしと新・共同運行"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月26日

特急とバスで訪ねる足摺岬

 西の方へ旅行する、となると、どうしても九州を目指しがちで、山陰や四国は素通りしてしまう。気がつくと、もう何年も四国、それも南の方には行っていない。
 そこで、この春は四国四県を巡ってみよう。なかでも、四国の最も南西に位置する足摺(あしずり)岬には行ってみたい。高校時代に田宮虎彦(たみやとらひこ)の小説を読んだことで、ずっと行きたいと思いながら、機会がなかった。

 狭い四国といえども、鈍行で行き来するのはまどろっこしい。特急を主に使うことになるが、ちょうどいい企画きっぷがこの時期に発売されていた。

183170684

続きを読む "特急とバスで訪ねる足摺岬"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月23日

日本最短? 福鉄バス赤十字病院線

 鉄道でもバスでも、日本一長い路線とか系統とかはよく話題になるが、短い方はそれに比べると注目度が低い。殊にバスの方は、そういうランキングのようなものもあまり見たことがない。改廃が激しいこともあるだろう。

 Webで見る限り、都バスの学05系統(目白(めじろ)駅前~日本女子大学)の約1.3キロがそれとして紹介されていることが多いようである。
 しかし、明らかにそれより短い路線が、福井に存在するのだ。地元でもあり、気になっていたが、先日来赤十字病院に行く用が何回かできた。病院に用などないに越したことはないのだが、せっかく行くのだから、とこの路線を利用してみた。

 起点となるのは、福井鉄道福武(ふくぶ)線の赤十字前駅である。駅舎を出てすぐの所、未舗装の駐車場の一角に乗り場がある。写真がその乗り場だが、横にある小屋のようなものは、待合室ではなくトイレである。これほどトイレに近いバス停ポールもまた珍しい。 

179111285f

続きを読む "日本最短? 福鉄バス赤十字病院線"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月22日

1日フリー乗車券で行く福鉄バスそぞろ乗り

 この春、福井鉄道が路線バス用の1日フリー乗車券の発売を始めた。
 従来から鉄道線用の1日フリー乗車券はあり、550円で鉄道全線に乗り放題、というもので、全線の片道が370円ということを考えると、まずは妥当な金額のように思う。
 それが路線バスとなると、運賃は割高になるし、ちょっと長距離の路線になると、優に片道1000円を超えてしまう。それなのに、1日フリー乗車券は1000円である。これで全線乗れる、となると、かなり使いでがある。土曜・休日のみの発売であり、平日のみ運転の便や路線も多いなか、乗れる所は限られるのだが、それでも福井県の嶺北(れいほく)・嶺南(れいなん)に拡がる福鉄バス路線は、その地域性や使命も多岐にわたる。

 5月のある日、この1日フリー乗車券でそぞろ乗りを試みることにした。
 朝の神明(しんめい)駅窓口で、この乗車券を購入する。バス車内でも買えるのだそうだが、窓口のほうが、日付を入れてもらいやすいのではないか、と思ったのだ。
 しかし、窓口の係員は、「日付は最初のバスを降りる時に運転手に入れてもらってください」と言う。

 神明駅から、朝一番の鯖浦(せいほ)線織田(おた)行に乗ろうと思い、ぎりぎりに駅に着いたわたしは、以上のやりとりを大急ぎで交わしたのだが、7時55分発のバスがなかなか来ない。一緒に待っている人たちも、時計をちらちら見ている。
 以前なら、鯖浦線はここ神明が始発だったので、早くからバスが駅の軒下に据え付けられていたものだが、4月からJR北鯖江(きたさばえ)駅始発に延長されたので、ぎりぎりまで来ないことになる。それにしても、定刻を過ぎても姿が見えないので、やきもきする。わたしは、終点の織田で際どい乗継ぎを控えているのだ。

 ようやく、四分ほど遅れて、織田行が駅前ロータリーに入ってきた(下の写真は、神明駅に入ってきた鯖浦線織田行)

175050798

続きを読む "1日フリー乗車券で行く福鉄バスそぞろ乗り"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月24日

鯖江(福井)付近の今春改正・変化など

 この3月から4月にかけて、福井県、とりわけ鯖江市周辺で実施されたいろいろな電車・バスの改正にまつわる姿を観察した。
 前半はバスが主となる。鉄道関係は終わりの方に少々。

 今回、福井鉄道の路線バスの改正で劃期的だと思ったのは、鯖浦線のJR北鯖江駅延伸である。鯖江市の交通政策に基づいての施策だが、JR駅接続が実現するのは驚きだった(下の写真は、いずれも公立丹南病院停留所に入る鯖浦線バス)

174020980b 174021360b

続きを読む "鯖江(福井)付近の今春改正・変化など"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 9日

長崎周辺の列車とバス

 今年の夏は、中国・九州方面に出かけたが、最遠は長崎であった。
 長崎には、学生の引率では何年かに一度行くのだが、なかなか自分の旅では行かないので、この機会に、と思ったのだ。
 近辺の鉄道やバスにもいろいろ乗ることができた。

 長崎は、広島と並んで、路面電車の元気な街だが、広島と比較して、旧い電車を大事に使っている感じがする。

169011171b

 宿泊先に近いのは、宝町(たからまち)電停である。1~3系統が頻繁に発着し、どの電車も込んでいて、観光客だけでも地元客だけでもないので、感心する。 

169011160 169011161

 1系統は赤迫(あかさこ)~出島(でじま)~正覚寺下(しょうかくじした)、3系統は赤迫~桜町(さくらまち)~蛍茶屋(ほたるぢゃや)で、この二つが幹線と言っていい系統だ。しかし現在、3系統の赤迫行は運休している。公会堂前交叉点で立て続けに脱線事故が起き、問題のあるポイント(分岐)を通らないよう、蛍茶屋からの赤迫行は、出島経由の2系統として迂回運行しているのだ。
 本来2系統は、深夜やイベント時のみ運行される臨時系統なのだが、これが終日運行される変則的な状態が、もう三カ月ほど続いているし、その前にも断続的な変則運行があった。抜本的な原因究明と対策がなされ、通常運行に戻る日が早く来ればいいのだが、とにかくそういう状態の長崎を訪れたわけである。

 さて、宝町から電車に乗り、以前から行きたかった、「きっちんせいじ」という洋食店を訪れた。
 電車のカットボティを利用した外装で、店の入口も、電車の折戸を活用している。

169011192

 店内にも電車関係の展示などがあるが、この店の詳細は、『まるよし出歩く』の方で記事にする。

 この「きっちんせいじ」の最寄り電停は賑橋(にぎわいばし)である。宝町から賑橋へは、直通の系統はないので、わたしは3系統に乗って公会堂前で降り、一駅分歩いた。
 しかし、帰りは事故の功名で、賑橋から長崎駅前や宝町方面に乗換えなしで行けることになり、わたしも臨時運行の恩恵をこうむった。
 待っている間に、向かいのホームに明治カ~ルの広告電車が着いて、出て行った。昔のCMを思い出して、なんだか懐かしい色合いだ。これはカレー味の色か。

169011195b 169011194b_2

 さて、長崎駅前の県営バスターミナルから、わたしは雲仙(うんぜん)行特急バスに乗った。
 特急バスといってもこれもまた、クラブ帰りの高校生や、地元のおばさんが多く、観光一辺倒ではない、ちょっと素朴な系統だ。実際、観光路線と生活路線を統合してできた系統らしい。

 基本的に橘湾(たちばなわん)に沿って走る。愛野(あいの)展望所、というカップルの聖地になりそうな名のポイントや、少年使節の一人である千々石(ちぢわ)ミゲルの出身地、千々石などを通り、小浜(おばま)の街に入る。小浜は海辺の温泉街で、放熱量が日本一なのが自慢だ。
 小浜の町で、駅名標の形をした墓石のようなものが車窓に映った。どうも駅の遺跡のようだ。そういえば、さっきから国道沿いに、不自然に細長く仕切られた田圃や空き地が目について、まるで廃線跡だな、と思っていたのだが、まさにそうらしい。が、こんな所に鉄道が通じていたなど、全く知らなかった。
 後で調べると、雲仙鉄道というのが、後で乗る島原鉄道の愛野駅から分岐して雲仙小浜という駅まで運行されていたそうだ。おそらく墓石は、その雲仙小浜駅の跡なのであろう。昭和十三年という時期に廃止された鉄道の遺跡が、今も大事にされているのだ。

 小浜を過ぎると、バスは一転して山登りを始める。終点の雲仙は、今度は山の上の温泉街となる。二つの雰囲気の異なる温泉を目指すバスなのだ。
 かなり広大に噴煙を上げる雲仙地獄を間近に見た後、終点の雲仙に着く。ここは島原(しまばら)鉄道のバスターミナルで、温泉街の中心だ。

169011497b

 このターミナルには係員が常駐していて、バスの切符も売っている。わたしは島原港までの切符を買った。いわゆる硬券と軟券の中間くらいの厚みがある、手触りが独特の古めかしい切符であった。

169011496 169011493b

 島原行の島原鉄道バスは、純粋な路線バス仕様の車輌だが、やはり観光路線の性格を併せ持っている。雲仙普賢岳(ふげんだけ)の大火砕流や平成新山の景観などのガイドが、自動アナウンスに組み込まれている。
 驚いたのは、「周遊券をお持ちの方も、切り取って運賃箱にお入れください」というアナウンスがあったことである。国鉄~JRの周遊券制度が廃止されて十八年も経って、こんなアナウンスを聞くとは思わなかった。あるいは、現地で「周遊券」と通称される割引きっぷでもあるのだろうか。乗り放題タイプのきっぷはあるが、「切り取って運賃箱に入れる」タイプのきっぷが今どきありそうにないのだが。

 島原港でバスを降りる。熊本・三池(みいけ)方面への船が発着するが、出た後なので、閑散としている。
 以前はここと熊本県の三角(みすみ)、つまりJR三角線の終点とを結ぶ船もあり、両端が鉄道に直結した、まがりなりにも「鉄道連絡船」と言えたが、今はもうない。この航路には、中学生時代の修学旅行で、貸切バスごと乗った思い出もあるのだが。

169011660

 ここから三百メートルほども歩くと、島原鉄道の今は終点となった島原外港(がいこう)駅に至る。
 以前は駅舎もあったと記憶するが、現在は片面ホームだけの無人駅だ。黄色いディーゼルカーが発車待ちしている。
 以前からはさらに西方、加津佐(かづさ)まで路線が伸びていたが、廃止された。その加津佐方向にも線路は残っているのが、ディーゼルカーの後方に見える。
 スタイルも車内も、最近の地方私鉄によくあるディーゼルカーという感じだ。 

169011662 169011664

 諫早(いさはや)行普通列車として発車した一輌のディーゼルカーは、次の南島原に停車する。ここには車輌基地があり、黄色いディーゼルカーが多数憩う。

169011671 169011679

 その中に一輌だけ、クリーム地に赤帯の車輌がある。これは旧塗装、島原鉄道が国鉄に直通していた頃の、国鉄のディーゼルカーにイメージを合わせた塗装が再現されたものである。車内の吊り広告によると、これは「赤パンツ車両」というらしい。かつて、最も遠くでは小倉(こくら)まで、島原鉄道の車輌が乗り入れていたのである。

169011672 169011677

 列車は海沿いを走る区間が多い。有明海(ありあけかい)の壮大な遠浅が車窓に広がる。大三東(おおみさき)駅は、ホームが海に直に面している。

169011681

 そうかと思えば、神代町(こうじろまち)では、向かい側のホームの仕切りが、沿線の家の塀と一体化しており、しかもその家専用の通用口があったりして、驚く。こういう家なら住んでみたいものだ。
 総じて、私鉄の線路沿いはJRに比べて建造物が近く、列車からすぐ手の届く所にある。 

169011691

 古部(こべ)を過ぎたあたりからは、何かと物議の対象となってきた潮受け堤防が長大な姿を見せる。

169011695

 干拓の里という駅に停まる。あんまり記憶にない駅名だと思ったが、これは平成になってから新設された駅である。そういう名のテーマパークができたからだ。
 「干拓」と「里」がなんとなく語感としてつながらない気はするのだが、これが分かりやすいのだろう。それにしても、島原鉄道の駅名標は、その色合いやデザインが、駅に出された広告看板とあまり印象が違っていない。

169011771

 諫早に近づいた所に、幸(さいわい)という駅がある。これも新設駅だが、当然ながら島原鉄道は、この駅の入場券をしっかり宣伝している。幸・愛野・吾妻(あづま)の三駅をセットにして売り出しているのだ。

169011772

 こうした各駅に停まりながら進んだ普通列車だが、わたしは職業柄、どうも自動アナウンスの文言が耳につき、気になってしょうがない。
「次の停車駅は、〇〇に停まります」
 というアナウンスを駅ごとにくり返すのである。こんな文のねじれたアナウンスにしなくても、「次は〇〇です」とシンプルに言えばいいのに、ともどかしい。

 終点諫早の駅は、JRと一体となっているが、島原鉄道はワンマン運転が基本で、車内で運賃精算をするため、中間改札はなく、乗換え客は改めてJRの改札を入ることになる。

 翌朝は、長崎を離れることになる。
 宝町から長崎駅前まで、二電停間電車に乗るつもりだったが、億劫になった。朝ラッシュで電車は込んでいそうで、車内を乗車口(後扉)から降車口(前扉)まで移動するのも大儀だ。そのうえ、両電停とも歩道橋と直結になっていて、もちろんエレベーターなどはない。道路の交通量は多く、横断するのは危ない。
 だからわたしは、来たときは重く大きなキャリーバッグを不自由な手に提げて歩道橋を昇り降りしたのだが、これはなかなかしんどかった。歩道橋直結というのは、昭和の頃には時代の最先端をいっていたのだろうが、現代は世の趨勢に反する電停になってしまった。
 僅か二~三分電車に乗るためにしんどい思いをするくらいなら、歩いた方が楽かもしれない。そう思って余裕をもってホテルを出、ぶらぶら駅に向けて歩いた。平坦な歩道を歩く限り、キャリーバッグは勝手に転がってくれる。 

 駅に着いても時間があるので、駅前を行き交う電車やバスを眺める。
 最近、各地のバスで、回送車が方向幕で謝っている様子が話題になったりする。が、この県営バスの表示は、わたしが見た中では最も丁寧な表現である。

169020781_2 169020782

 朝の電車は、系統番号のない築町(つきまち)行がしばしば来るのが見える。築町は市街中心の電停である。
 運休しているはずの、3系統赤迫行もやって来る。これは、問題の分岐を通らなくてもいいように、公会堂前始発で朝夕ラッシュ時のみ運転されているものである。逆の公会堂前行という便はないので、築町で終着した電車が公会堂前に回送されて3系統赤迫行になるのか、と推測して観察していたが、確としたことは分からなかった。

169020792 169020798

(平成28年9月乗車)
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月25日

一部不通の日高線と周辺のバス

 北海道の日高線方面に出かける用事があった。
 JR日高線は、昨年(平成27年)に相次いで発生した土砂崩れにより、鵡川(むかわ)~様似(さまに)間が不通、バス代行となっている。列車が運行されているのは、苫小牧(とまこまい)~様似間全線146.5㎞のうち、苫小牧~鵡川間30.5㎞に過ぎない。
 バス代行が一年半以上も続いているので、列車が走らないことが常態化しつつあると思われ、この代行バスの乗場も、各駅前に寄るのが基本であったのが、トータルの到達時間を短縮するため幹線道路上に移行する傾向にあり、また便数やダイヤも利用実態に合わせて手直しがくり返されている。
 これは、かつて正面衝突事故によって運行停止命令が出てバス代行となった、旧京福(けいふく)電鉄福井支社の各線と状況がよく似ている。地域を挙げて、ローカル鉄道のバス移行の是非を社会実験しているようなものであることも。
 そのあたり、興味を惹かれるので、様子を見てくることにした。行くのは休日なので、普段の状態までは見られないが。

 実は、日高線のほぼ全線に並行して、道南(どうなん)バスによる路線バスも走っている。この点は京福とは異なるが、その存在も気になるところである。併せてその路線バスにも乗ってみたい。

 まず、苫小牧駅前発9時07分の静内(しずない)行道南バスに乗る。高速バスや貸切バスにも使えるような、リクライニングシートの一扉車が来た。北海道の中長距離路線ではよくある。最前列の席は荷物置き場となっている。長距離利用が多いのだろう。
 苫小牧駅前で乗ったのは、わたしを含めて三人、その後市街の停留所で乗った客もあって、十人ほどになった。が、職訓センター通りという停留所で大量に下車があり、結局残ったのは駅前で乗った三人だけである。そんなに職業訓練に行く人が多いのか、と思ったが、実はこの停留所はイオンの前に位置するのである。その割に地味な名前だが。
 三十分近く走って、まだ「沼(ぬま)ノ端(はた)」という地名を冠した停留所が続いている。沼ノ端は、JR室蘭線だと苫小牧の次の駅である。駅間距離の長い北海道とはいえ、これは意外である。
 JR日高線は沼ノ端の手前で南に分岐してしまうため、郊外の住宅・商業地である沼ノ端地区には駅がない。とはいえ、地区の南側を掠めてはいるのだから、駅を設ければ利用がありそうである。内地なら、こんな立地にはすぐ、新駅を、という声が上がりそうだ。

 路線バスは、「浦河(うらかわ)国道」と通称される国道235号を基本的に走り、時々脇道に逸れて集落に立ち寄ったりする。鵡川駅前に着いたのは、10時04分であった。
 苫小牧~鵡川間の所要時間は、JR列車のちょうど倍くらいになるが、その分苫小牧市内できめ細かい停留所があるので、利便性は一長一短であろう。本数は、路線バスが一日四往復、鉄道が八・五往復となっている。

 このまま静内まで乗ってもいいのだが、鵡川で一旦降りた。朝が早かったこともあり、何か食べようと思ったのである。鵡川はシシャモで知られる街である。が、市内の店では、旬を外れているということで、生シシャモの寿司などは食べられなかった。スーパーで適当なものを買って駅に戻り、「むかわ交通ステーション」の看板がかかった駅の待合室で食べる。
 その後、膝の上でノートパソコンなど触っていると、客のおばさんに「駅の方ですか?」と声をかけられた。鵡川は現在のところ終点、かつては急行も停まった駅だが、無人駅になってしまった。

 ここからも、路線バスで進む。静内行は夕方までないが、途中の富川(とみかわ)を通る平取(びらとり)行のバスが12時25分に鵡川駅前を出る。まずそれに乗る。

167171273
(写真は、鵡川駅前に着く平取行道南バス。後方には待機中の酒井運輸のJR代行バスが見える)

 平取は、富川から沙流川(さるがわ)沿いに内陸に入った所にある町だが、昔から町の中心に鉄道が通ったことはなく、道南バスが主要な足だが、本数は少ない。主にクルマの生活なのだろう。
 これに乗って、富川中学校前で降りる。こんな所で降りたのは、スマホのナビアプリに従ったからで、平取から来る静内行に三十分ほどの待ち時間で乗継げるのである。クルマがあまり通らない国道沿いに、途切れ途切れに並ぶ店、電話局の残骸などがあるだけの所だ。再び訪れることはありそうにない。

167171295
(写真は、富川中学校前停留所付近の風景)

 あまりに何もないので、富川の町の中心の方へ歩いて戻る。次の停留所、富川北には、待合小屋があったので、ここで待つことにする。地元の自治会あたりが整備した待合小屋かと思ったが、この後も道南バスの各地停留所で同じ規格の待合小屋を見たから、雪国ならではの設備としてバス会社が用意したものらしい。
 この近辺にもシシャモ料理の看板を出した店が多い。
 13時20分発の静内行が来た。苫小牧からのバスに比べればちょっと見劣りするが、それなりに大きなバスだ。

167171371b 167171372b
(写真は、富川北停留所の待合小屋と、そこに着く平取からの静内行バス)

 乗っていたのは二人、この富川北でわたしともう一人が乗った。門別(もんべつ)の町内で二人降り、二人になって、後は静内まで誰も乗ってこない。
 今日の用務先は新冠(にいかつぷ)だが、宿は静内にとったので、終点まで乗る。静内の中心街、というか、賑わっている地区は、国道沿いの末広町(すえひろちよう)付近で、イオンを初めとする大規模なロードサイドショップが建ち並んで、優駿の町のイメージとは全く異なる、内地でもよくある地方都市郊外の光景である。唯一の相客であった女性客も、末広町で降りてしまい、終点の静内駅前まで行ったのはわたし一人だった。

 駅舎の正面に、路線バスとJR代行バスの停留所ポールが仲よく並んでいる。
 暫く見ていると、ここからさらに東に向かう、様似行代行バスが発車して行った。静内以東の代行バスは、JR北海道バスが担当している。様似に営業所があり、浦河・えりも方面に路線があるからだろう。

167171483b 167171496 167171495
(静内駅前の停留所と、JR北海道バスの様似行代行バス)

 静内は、わたしが様似を起点とする最長片道切符の旅をした時、最初に途中下車した駅で、駅前で唯一空いていた何でも屋さんで、ひじきご飯を主食とする弁当を買って夕食にしたのを覚えているが、それらしい店は見あたらない。

 静内駅近くのホテルにチェックインして、改めて新冠に向かう。新冠は、日高線でいうと、苫小牧方面に一駅戻った街である。
 16時05分に鵡川行の代行バスが発車する。酒井(さかい)運輸という、静内にある会社のバスである。この酒井運輸は、馬を運ぶ背の高いバス、馬匹車(ばひつしや)も所有していて、滞在中何度か走っているのを見かけた。あの車自体が巨大な馬のようにも見え、ユーモラスだ。
 その直後、16時11分に道南バスの苫小牧駅前行が出る。わたしが朝苫小牧から乗ったあの車である。

 代行バスと路線バスが数分の間隔で雁行するのは面白い。どちらも日に数えるほどの便しかないのだが、客の流れに合わせてダイヤを組むと、こうなるのだろう。
 これなら、どちらか一方に統合してもいい気もしてくる。バスになると運賃が高くなるのでは、という懸念があるが、新冠まではどちらに乗っても210円で同じである。富川までも鵡川までも、ほぼ同じ額になっている。道南バスがJRを意識した運賃設定をしているのだろうが、ますます統合する方が効率的では、と思えてくる。
 もっとも、高校生の通学定期は、おそらく割引率が異なってくるだろうが。

 わたしはどっちに乗っても新冠に行けるからいいのだが、用務先へは道南バスの停留所が僅かに近いので、道南パスに乗る。代行バスは乗客ゼロで発車し、道南バスはわたし一人だけが客となった。末広町で五人ほど乗る。
 道南バスは途中、国道から山の方に折れて、中腹にあるリゾート施設である「レ・コードの湯」に立ち寄るので、新冠までは代行バスよりも時間がかかる。
 それぞれの性格と事情で路線やダイヤが設定されているから、やはり統合は難しいだろうか。

167171660 167171667
(写真左は酒井運輸のJR代行鵡川行バス。右は道南バスの苫小牧駅前行で、わたしが苫小牧から鵡川まで乗ったバスの折返し)

 新冠の用務先は、レ・コード館である。新冠町は、アナログレコードの収集・保存に町の事業として力を入れており、その展示館がレ・コード館なのである。道の駅も併設されていて、新冠観光の拠点となっている。

 用を済ませた後、新冠駅に行ってみた。
 地方のローカル駅に多い瀟洒な駅舎である。「新冠」と駅名が掲げられているのはホーム側で、駅前広場に面する方には「出会いと憩いのセンター」と記されている。こういう名目をつけて地元自治体などが無人化された駅舎を維持するのは、鵡川とも共通する事情であろうか。

 それにしても、列車の来ない線路やホームというのは、廃線跡とも異なる侘びしさが漂う。

167171681 167171680 167171683
(写真は、JR新冠駅の駅舎とホーム)

 この日の新冠は、「にいかっぷふるさとまつり」という夏祭りが開催中である。駅前広場と、隣接する農協駐車場には、露店が多数出ていて、賑わっている。
 普段なら駅前広場に代行バスが発着するのだが、祭りの間はバスが入れないので、踏切を隔てた路上に臨時乗場が設けられている。特別ポールが立てられているなどではなく、道南バスの新冠本町停留所に一枚時刻表が貼られているだけで、見過ごしてしまいそうになる。

167171679 167171678 167171685
(写真は、新冠駅舎に貼られた代行バス乗場案内と、代行バス臨時乗場となった道南バス新冠本町停留所)

 わたしは、夏祭りが終わる頃まで新冠に滞在し、新冠21時23分発の静内行最終代行バスで静内に戻ることにしていた。
 ところが、遺憾ながら上の写真にある時刻表が、二十一時過ぎにバス停に行った時には、既に剥がされていた。確かに祭りの後片付けが始まり、交通規制も解除されようとしているところだが、祭り帰りの人が数人バス停に集まってきている。そしてわたしたちは、「ここでいいんですよね?」と不安げに言葉を交わした。わたしはスマホに収めた上の写真を見せて、「いいはずですけどね」と話したりした。
 誰が剥がしたのかは知らないが、終バスがまだ出ていない、しかも最もその時刻表が必要となるタイミングを前に、なぜ剥がすのかと思う。それだけ代行バス、ひいてはJR日高線の存在感がないということなのだろうか。

 幸い、二十一時十八分頃に、酒井運輸のバスがやって来て、この臨時停留所に停まった。乗場が分からなかったのか、発車間際に駆け込んできた若い女性もいる。既に乗ってきた客も含め、七名の乗車で発車する。
 代行バスは、最も便利そうな末広町にはもちろん停まらず、静内駅に直行した。バスに料金箱はなく、新冠からのJR運賃210円は、静内駅構内にある箱に入れるよう、運転手さんに言われる。

 翌日、静内からの帰りも、代行バスを利用した。
 静内駅で帰りのJR切符を買った。駅に列車は発着しないのに、窓口が営業していてこういう切符が買えるのは、不思議な感じがする。
 列車が来ないホームに出る改札口も開いている、というか閉める扉がない。入場券も発売していて、ホームに踏み出してしまうと入場料金が必要になるから、内側からホームを眺める。やはり手持ち無沙汰なホームはどこか存在感が霞んで見える。

167241060b 167180895
(写真左は、この時使った切符。右は改札口から見たホーム) 

 静内駅構内には道南バスの案内所を兼ねた売店があり、九時からの営業である。開店を待って昼食にするパンとお土産を急いで買い、駅前のバス停に向かう。
 静内発9時07分発の鵡川行は、樽前(たるまえ)観光のハイデッカー車である。ずいぶんいい車輌を充ててくれている。ドアの前に立っていた運転手さんが、わたしの大きなキャリーバッグを見て、
「苫小牧まで行きますか」
 と嬉しそうに言った。が、トランクにバッグを収納しようとは言わなかった。その必要がないことが分かっていたのだろう。わたしは最前列の席に座り、隣席にバッグを寝かせた。

167180963 167180960
(写真は、静内で発車待ちの樽前観光のJR代行バス鵡川行)

 鵡川行は、わたし一人を乗せて発車した。
 路線バスと同様、主に国道を行くが、もちろんJR駅に対応する箇所にしか停まらない。駅前に入るのが基本だが、道路事情などで入れない駅は、道路上に停留所がある。当然、踏切を何度も渡るのだが、列車が来ないと分かっていても、バスはきちんと一時停止する。バスだけでなく、どのクルマもそうしている。
 問題の土砂崩れが発生したのは、主に厚賀(あつが)~大狩部(おおかりべ)間だが、ここは急峻な地形ゆえか、国道は築堤上に新道が設けられ、線路と離れる。代行バスは旧道に入り、大狩部の停留所は、新道の下をくぐるトンネル歩道の入口に設けられていた。トンネルの向こうに駅があるのだろう。
 厚賀のように、停留所によっては、仮設の待合小屋が設置されていたりする。
 厚賀を出て暫く行ったところで、静内行代行バスと擦れ違う。向こうには十人程度の客が乗っているのが見える。

167180983 167180984
(写真左はトンネル入口に設けられた大狩部停留所。右は簡易待合室のある厚賀停留所) 

 富川の街にさしかかると、交叉点を隔てて前方のバス停に、大きなキャリーバッグを携えた人が数人待っているので、やっとこのバスに他の客が乗るのか、と思ったが、バスは交叉点をあっさり左折してしまった。富川の駅は、国道の通る中心街からは少し離れた旧市街に位置するので、脇に逸れるのである。
 さっきの客は、札幌行の高速バス「ペガサス」を待つ客だったようだ。昨日の夕方といい、どうも路線バスと代行バスは同じような時間帯にならざるを得ない。
 富川では高校生の女の子が一人乗った。運転手さんとは顔見知りのようで、ずっと二人で雑談している。

 富川から鵡川までは、二駅で三十分もかかるダイヤので、なぜなのかと思っていたが、途中にある汐見(しおみ)駅が、国道から大きく離れた海岸部に位置しており、富川や鵡川から直接通じる広い道がないため、国道を折れ、原野の中の地方道を延々往復して立ち寄るのである。
 汐見駅のそばには、数十戸の家が肩を寄せ合っている。バスも通じていない集落にとっては、駅が生命線であった時代もあったろうが、このバスに乗降はない。
 舗装もされていない狭い道で切返しをくり返して、元来た道を戻る。ここまで直行ルートを外れている場合、その駅のための代行手段を別途設けたりすることもあるのだが、そこまでの需要もないのか、そうなっていない。おかげで、のどかな寄り道を愉しむことができた。

 定刻よりやや早く、鵡川に到着した。
 ここからはやっと列車に乗れることとなる。ポイントの関係で、駅舎から離れた方の下りホームに折返し列車が発着するので、踏切を渡らないといけない。上下線のホームがずれた位置にあるため、けっこうな距離を歩く。これだけ長期の折返しなら、駅舎側に列車を着けるようにできないものだろうか。
 代行バスから乗り継いだのは二人だけだが、鵡川から乗る客が多く、一輌の苫小牧行ディーゼルカーは全てのボックスが埋まった。

167171095
(写真は、鵡川駅に停車する折返し苫小牧行)

 その状態のまま進んだが、苫小牧の一つ手前となる勇払(ゆうふつ)では多数の客が乗り込んできて立つ人もでた。周囲には工場や住宅が多い。沼ノ端の住宅街も空しく望んで通り、すぐに室蘭線に合流するが、それからも長らく直線の線路を走る。
 気持ちよくはあるが、先のイオンのすぐ裏手も通る。ここから苫小牧まで三キロ以上もあるのだから、室蘭線ともども駅を設ければ便利になるだろう。イオンだけでなく、公共施設や学校もこの付近に多いのである。
 しかし、やっぱりクルマ社会なのであろう。そんな話はないようである。 

(平成28年7月乗車)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 3日

神戸市バス乗りつぶし 平成28年

 今年も、年度初めに合わせて、神戸市バスの路線が手直しされ、新たな停留所間が出現したので、乗りつぶしてくることにした。

 まず、JR六甲道に降りる。ここからは六甲ケーブル下行の16系統が出ているが、これの経由地を一部変えた106系統が新設された。
 16系統と同じ乗り場から出る。

166020973 166020972

 16系統は、阪急六甲の踏切の手前で右折して、楠丘3丁目方面に向かうが、106系統は踏切を渡って直進、六甲登山口の交叉点で右折する(六甲登山口の停留所には停まらない)。阪急六甲の次が高羽町になる。正直言って、北行に関しては、なぜこの経由を新設する必要があるのかは、よく分からない。

 神大国際学部前で降りて一憩、折返してきたJR六甲道行に乗る。
 高羽の交叉点で右折、高羽小学校に停まる。これが106系統のために唯一新設された停留所ということになる。ここから数人の乗車があったから、106系統の存在意義はあったわけだが、北行はここにも停まらないのである。
 南行は六甲登山口にも停まり、そこからは36系統と同じ経路でJR六甲道に至る。

166020995 166020970 166020980

 次に、阪神御影に向かう。
 ここからの45系統は、御影地区の南側をくるっと回るだけの謎の系統だったが、これが魚崎車庫前まで大きく延長された。 

166021160

 従来の終点であった御影本町3丁目から、国道43号に右折して魚崎地区まで行く。マンションなどが並ぶ魚崎西町2丁目に右折、ここで降りる人が多い。
 いわゆる「酒蔵の道」を東進した後、埋立地に渡って、魚崎車庫前で終点となる。

 帰り便も同じ道である。「酒蔵の道」は、以前ボンネットバスで期間限定の観光ルートが運行されたときに、ここを通ったと思う。楽しい車窓だ。

166021460 166021461 166021462

 国道43号を定期運行する市バスというのも、久しぶりではないかと思う。件の観光ルート、あるいは、阪神大震災時の代替バスを思い出させる。

166021463

 次に、本山駅前に向かう。
 ここに発着するサンシャインワーフ方面循環の43系統だが、運行する経路は変わらないが、途中の国道2号上に三カ所の停留所が新設された。これらは阪神バスと同じ位置であり、おそらく阪神バスとの調整がついたのだろう。
 ともあれ、新たな停留所間が生じたので、一応乗っておくことにする。

166021372

 次に、三宮駅ターミナル前に移動。
 新神戸トンネルを抜けて神戸北町へ向かう急行64系統の一部便に新たな経由ができた。

166021495

 箕谷駅のロータリーを抜けてから、通常は長田箕谷線に左折するところ、直進して住宅街に入っていく。松が枝町2丁目、日の峰3丁目の両新停留所を経て、コープ(生協)などの商業ゾーンに近い日の峰2丁目で、従来の経路に合流する。
 新経路の途中にはけっこうなアップダウンがあり、徒歩や自転車ではなかなか大変だろうと思われる。待望の路線なのであろう。わたしの乗った便では新停留所の乗降はなかったが、定着していけば、こちらの経路の便が増えるのではなかろうか。従来の経路は幹線道路沿いを進むだけで、住宅からの使い勝手が悪そうだし、トータルの所要時間もそんなに違わない。

 三宮駅ターミナルに戻り、今度はHAT神戸方面に向かう101系統に乗る。
 従来の101系統は、三宮から東雲通や脇浜3丁目を経て、東側からHAT神戸を縦貫し、第五突堤で終点になる往復系統であった。第五突堤などという妙な所が終点なのは、中央営業所の出入庫の都合のようだ。
 この半端な終点ではなく、HAT神戸を抜けた後、三宮に戻って終点となる循環系統にして、利便性をアップさせたのである。

166021683

 この系統は従来区間も、そして今回の延長区間も、両方向で経路に細かい違いがあるので、やはり両方向に乗らねばならない。
 まず、新経路を先に通る便に乗る。三宮駅ターミナルを出ると、逆回りと同様にJRの高架に沿って旭通3丁目まで進んでから独自の経路に入る。新生田川に沿って南下、国道2号を横切って新生田川停留所、南下してHAT神戸の西端、脇の浜住宅西に至る。県立美術館前で下車。

 県立美術館内のカフェで時間をつぶし、逆方向のバスを待つ。HAT神戸内の回り方も両方向で異なるので、降りたのと同じ乗り場である。
 この方向では、脇の浜住宅西の次が、もう三宮駅ターミナル終点である。新生田川、旭通3丁目とも、この方向が停まれる場所にはブースがないので、通過となるのだ。あっさりと三宮に着いた。

 ポートライナーに一駅乗って、貿易センターで下車。貿易センタービルの向かいにある、貿易センター前停留所から、66系統しあわせの村行に乗る。
 従来の66系統は、ここが終点の降り場で、乗車は一筋北側にある乗り場から、となっていた。道路の一方通行などによるが、乗り場が貿易センタービルから遠く、不便であった。このため、旧乗り場を「貿易センター北」と改称して独立した停留所とし、旧降車専用の貿易センター前からも乗れるようになったのである。

166031171

 わたしの他にも二人ほどが貿易センター前から乗り、貿易センター北からも乗る人があったので、図に当たっていると言えよう。センター街東で多くの客が乗り込み、山麓バイパスを抜けて、ひよどり台センターまで来たところで降りた。

 以上で今回の乗りつぶしが完了したので、用務先の明石に向かいたいが、ここは鉄道線から離れていることもあり、明石へは、名谷でバスを乗り継いで向かうのが最速である。
 120系統名谷駅前行で、落合団地前で降りる。ここで明石駅行に乗換えだが、何もない所なので、北へ少し歩いて、白川台南口で待つことにする。明石駅へ向かう神姫バス14系統は、以前は市バスとの共同運行だったのが、市バスが撤退したものである。
 しかし、ここのポールには、何年も前に移譲したはずの系統が堂々と書かれたままであった。 

166031279

 

(平成28年6月乗車)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 3日

懐かしいスリーショット

 明石(あかし)海峡を望むJR朝霧駅から北へ、明舞(めいまい)団地方面に向けて運行しているバス路線は、わたしが子供の頃から親しんできたものだ。
 かつてこの系統は、神戸市・明石市・山陽(さんよう)(電鉄)の三社局が共同運行していた。三社局の、そして特に公営同士の共同運行は、全国的にも珍しいものと、注目を集めてきた。
 しかし、明石市は先年バス事業を廃止、路線を山陽バスに移譲したため、この共同運行は解消した。
 
 先日、朝霧(あさぎり)駅に立ち寄った時、懐かしいスリーショットを見たので、思わずバス一本遅らせて写真を撮った。

15x301584

 青い明石市バス、緑の神戸市バス、黄色の山陽バス。
 明石市バスはなくなったのに、なんでこうなったかというと、山陽バスが沿線住民の要望に応えて、明石市バスのリバイバルカラーのバスを走らせているからだ。...
 ずっと当たり前だと思っていた情景が急に見られなくなるなんて思いもせず、とまどう人が多いのだろうし、明石市バスもそれだけ親しまれてきたのだろう。

 明石市バスカラーの車が必ずしも旧明石市バスの系統に入るわけではないので、このカラーで舞子(まいこ)駅前行、という妙なものが出現するのも、ご愛嬌か。

15x301581

 ついでに、神戸市バスの幕式の車もいたので、写真を撮っておく。

15x301583

 バスの行先表示はかなりもうLEDに移行しており、幕式はかろうじて残っている程度である。
 LEDは見やすくていいのだが、バスや路面電車のLEDは、オレンジ単色のものが多く、幕のように色分けで案内できないのが弱点である。フルカラーがもっと普及すればいいのだが。 

|

より以前の記事一覧