宮島フリーパスで山に登る

 広島電鉄では、「宮島(みやじま)フリーパス」という切符をこの3月まで発売していた。

 3月末をもってこの切符の発売は終了してしまったのだが、これはこの時期全国各社でみられた現象である。
 つまり、消費税率アップに伴って各種切符の値段も見なおされたわけだが、それを機に、大幅なリストラが行われもしたのである。売れ行きがいま一つの切符や、手間がかかる割に儲からない切符などが、大幅に切られてしまったのである。
 この「宮島フリーパス」は後者ではないかと思われる。

  「宮島フリーパス」は、広島電鉄の鉄道・軌道全線と宮島口~宮島間の宮島松大だい(まつだい)汽船、それに宮島島内のロープウェーが二日間乗り放題で、2000円という値段だったのである。
 ロープウェーの普通運賃は往復1800円もしたし、それに乗るには確実に船にも往復乗船する。船の普通運賃は往復で340円であったから、それだけで元をとれることになる。あとは電車に乗れば乗るほど得になるわけだが、二日有効なので、一日めに宮島まで往復して十分に元をとり、二日めは広島市内の電車を乗りあるいて観光、などとすれば、値段の倍以上分活用することも可能である(現在は各社運賃が変わっている)。
 それで、ちょっと気前がよすぎたという判断だったのではないか。系列会社とはいえ、船とロープウェーと広電で収入を分配せねばならないし、そういうのが煩雑でもあったろう。

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 フリーパスが廃止になるからというわけではないが、発売終了ぎりぎりの3月末、このパスを使って宮島を訪れた。そして、以前の記事にあったハノーバー電車や元神戸市電への乗車も、同じくこのパスを使ったのである。

 宮島口に着いたわたしは、松大汽船の乗り場に行った。その名も「宮島」という船が着岸している。十分ほどの乗船なのだが、船内には各社のWi-fiが整備されている。 

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 JRの宮島連絡船も並行していて、港に出入りする様が見える。春休み期間なので、双方とも臨時増発をしてフル稼働である。JRの方は、宮島大鳥居のそばへ迂回する航路をとっているが、今回はパスを活かすため、松大汽船で往復する。 

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 宮島へは数回渡ったことがあるが、ロープウェーで弥山(みせん)に登ったことはなかった。今回はそれを志したのである。
 ロープウェー乗り場が既に山の中腹にあるので、坂を登らねばならない。それで、厳島(いつくしま)神社の山側から送迎バスが出ている。フェリーの桟橋から出さないのは、それでは宮島の商店街を歩いてくれなくなるからであろう。
 しかしわたしは、商店街は帰りに覗くとして、桟橋からタクシーに乗ってロープウェー乗り場まで登ることにした。タクシーも出払っていて、十分ほど待たされたが、無事乗ることができた。タクシーは、人通りの多い商店街を避け、狭い山道を辿って、ロープウェー紅葉谷(もみじだに)駅に横付けしてくれた。送迎バスも駅のそばまでは上がってくれないので、これは助かる。 

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 ロープウェーは、途中の榧谷(かやたに)駅で乗換えとなる。榧谷までは循環式といって、小さなゴンドラが頻繁に行き来する、スキー場のリフトのような方式である。だいたい一分の間隔で運転していた。混雑時は相乗りになるが、そうでなければグループ別に載せてくれる。
 谷を渡るゴンドラ群は、なかなか壮観だ。

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 榧谷まで十分ほどで着く。ここで乗換えである。榧谷付近には何もないので、導かれるまま乗り換える以外にない。
 ここからは交走式といって、大きな搬器が二台、同時に両端駅を出発して中間地点で行き違う。これの方が、一般的なロープウェーとして親しまれているだろう。 

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 これに乗って四分ほどで、終点獅子岩(ししいわ)駅に着く。
 獅子岩駅には、カフェがあったりして、登山の拠点としての整備がなされている。駅舎内には「恋人の聖地」と題するモニュメントがある。ハート型を捺した紅葉饅頭を作れるコーナーなどもある。
 駅舎の周囲には景観を愉しみながら散策できる道もある。歩いての登山が面倒な客は、ここで引き返しても満足感が得られるようになっているのだろう。弥山の本堂までは、山道を二十分ほども歩かねばならない。

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 わたしは頑張って本堂まで行ってみることにした。
 気温は低いのに下着には汗がじっとり滲んできた頃、やっと本堂に着いた。本堂にはちゃんと賽銭をあげてお参りしたが、その向かいにある「消えずの霊火堂」にも惹かれた。弘法大師がこの地で修行した時以来消さずに火が保たれているのだという。
 そして、この堂の前にも、「恋人の聖地」というプレートが飾られている。ここが本当の聖地で、獅子岩駅のは出先機関ということらしい。なるほど、こういう山上に聖地を設定しておくと、若い男女が集まってくるという寸法であろう。
 もっとも、ここが恋人の聖地であることには、格別の由来があるわけではない。全国の観光地を「恋人の聖地」に仕立てるプロジェクトがあるのだそうだ。「恋人の聖地」に指定された場所は全国に百カ所以上もあるので、そんなに遠出しなくても行き着ける、とも言える。
 弘法大師が立てかけた杖が根づいて花を咲かせるようになった、と伝えられる錫杖の梅につぼみがつきはじめていた。こういう梅の風情もだんだん解する歳になってきた。 

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 この本堂前のスペースは、かなり狭い。だいたいの人はロープウェーで来るので、さっきから同じような顔ぶれしか見ない。それにも飽きてきたし、日が傾いて汗がひくとますます寒くなる。
 そろそろ山道を戻って下山しようと思う。

(平成26年3月訪問)

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南海「天空」と雪の高野山

 南海高野(こうや)線に「天空」という特別仕様車輌による観光列車が走るようになったのは知っていたし、大阪に出かける機会は多かったのだが、あまりに奥まった所を運行しているので、なかなか足が向かなかった。指定席の取り方が面倒なのも、敷居が高かった。
 しかし、やっとこの間の休日に乗ることができた。

 空席情報は上記彩図に公表されているので、それを確かめてから「天空予約センター」に電話をかける。予約受付は9時~17時というお役所のような時間設定である。鉄道会社なのだから、職員は二十四時間いると思うのだが、なんでまたこんなきつい制限をかけるのか。
 さらに彩図には、「座席番号は選べません」「グループ予約で満席の場合は個人電話予約をお受けできません」「ご予約後のキャンセルはご遠慮ください」「運行当日のご予約はできません」などと註記があり、何から何まで不自由な列車である。
 どうも南海は、2輌しかない電車に予約が殺到して収拾がつかなくなる事態が怖くて怖くてしかたなく、指定席確保のハードルを過剰に高くしているようにみえる。

 しかし、電話した感触は全く違っていた。
 

 電話をかけたのは乗車予定の前日午後である。キャンセルしてはいけないのなら、予定が確定するまでは予約を入れられない。本当は前日でも確定とはいえないのだが、当日の予約ができないのでは、しかたがない。
 電話には極めて愛想のよい女性係員が出、よくぞかけてきてくださった、という思いに溢れた受け応えであった。しかも、
「お座席はどこになさいますか」
 と言う。座席は選べないはずなので、何も考えていない。その旨を告げると、
「お一人様でしたら、運転席右側最前列のお席はいかがでしょう」
 との提案である。空いてるならそこでいい、と答えると、十分空いております、とその場で座席が指定されてしまった。

 南海は、座席指定の特急も運行しているが、どうもWeb予約には消極的なようである。基本的に、駅に行かないと特急券は買えない。ケータイ画面を特急券代わりにできる、会員制のチケットレスサービスがある程度だが、それにも「天空」の指定席は入っていない。
 

 さて、わたしが予約した「天空3号」は、橋本(はしもと)発13時22分である。これに乗るためには、難波(なんば)発12時02分の急行で行かないといけない。この急行は橋本に12時52分に着く。三十分もの待ち時間はちょっと長い気がするが、そう指示されたので、乗らねばしかたない。

 橋本駅は、JR和歌山線との共同使用駅で、発着する列車本数は南海の方が多いが、JRが二面三線のホームがあるのに対し、南海のホームは一面二線だけで、駅本屋からも離れている。
 二線しかない所で両側からの折返し列車も捌くので、慌ただしい。「天空」もホームに据え付けられるのは、発車の直前である。
 わたしの乗った急行は、ホームの西寄りに停まるが、東寄りに極楽橋(ごくらくばし)からの終着列車も入る。一本の線路を東西に分けて使っているのだ。橋本~極楽橋間はカーブや勾配がきつく、車体長などの規格が特殊な車輌しか入線できないため、ここで乗換えとなる場合が多くなるのである。
 せせこましいホームの使い方をせざるを得ない南海をよそに、向こうのJRのホームには、マリンブルーに塗られた電車が悠然と停車している。あれは、和歌山から来た桜井(さくらい)経由奈良行である。行き違いをするわけでもないのに、橋本で9分も停まるのである。県庁所在地同士を結ぶとはいえ、大阪と直結しない列車なので、2輌の電車で十分な客しか乗っていない。

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 折返して難波行となる急行と向かい合って停まっている赤い2輌連結の電車は、車体長の短い「山用」車輌である。「天空」のような凝った内装ではないが、車内はクロスシートで、景観がよく勾配が急な路線に対応している。
 これが停まっている位置に「天空」が据え付けられるはずなので、この高野下(こうやした)行普通電車が出るまでは、来ないことになる。高野下行の発車は13時17分、「天空3号」の僅か五分前である。

 橋本駅の狭いホームには、「天空」専用の窓口が設けられている。予約した者はここで名を告げて指定券を交付してもらわなければならない。この窓口は「天空」発車前の数十分間しか開かない。
 ここで、補充券風の指定券をもらう。窓口の脇には、グッズを売る女性係員もいる。この人は、その後「天空」に乗り込んで、ガイドを務めていた。

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 「天空」の車輌はというと、留置線に停まっている。難波行特急「りんかん」の向こうにその姿が見えている。さきほどの高野下行が発車したのに続き、「天空」がのっそり動きだし、極楽橋方に一旦引き上げられた。
 編成は4輌連結で、後ろ2輌は自由席の一般車輌である。それがゆっくりと4番線に入って来る。自由席車が先頭で入るが、ちゃんと方向幕に「天空」の文字が見える。

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 この時には、既に「天空」の窓口は閉まっている。発車十分前には受付を終了するのであり、それまでに窓口に行けなかった者は、乗れないことになる。
 その十分間には、難波から次の急行が到着するし、JRホームにはさっきと逆方向の奈良発和歌山行が着くのだが、それらに乗って来て「天空」を眼前にしても、乗ることはできない。そういう客はいなかったので、実際に駆け込んできた人にどう対応するかは分からない。

 外側から車輌を観察してみる。
 緑と赤という色合わせは、あまりわたしの好みではない。昔の中国にこういう色が多かったように思う。赤をもう少しくすませて臙脂にすれば、いい感じになりそうではある。

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  二輌めとなる車輌は、壁の一部がぶち抜きになっていて、風が通る。ここが「展望デッキ」である。飯田線で乗った「そよ風トレイン117」と似た造りだ。
 座席配置は実にさまざまなパターンがあり、窓の方を向いたロングシートがあるかと思えば、四人がけボックスにテーブルがしつらえられていたりする。

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 あまり時間はないので、急ぎ乗り込む。
 わたしの席は予約どおり右側最前部の二人がけである。この列車に何を求めるかにもよるが、ある意味で最も恵まれた席だ。さっき指定券を受け取る時、台帳を盗み見たが、隣は空席のようだ。それ以前に、座席数の三分の一ほどの客しか乗っていない。
 ボックスに割り当てられたらしい家族連れの男の子が、そこに坐りたそうな素振りを見せたが、親が手を引いて行った。が、そもそもわたしの席には先客が坐っている。中年の男性だが、わたしがその人の顔と指定券を見比べるしぐさをしただけで、席を立って一つ後ろに移った。
 二列めに割り当てられて、あわよく空いていれば最前列に坐ろうということか、お気の毒に、と思っていると、車掌さんが来て、男性に指定券の提示を求めた。

 すると、予約をしていない、と背後で答えている。車掌さんは、有無を言わせず、自由席車へ行くように指示した。男性は、追加料金が必要なら払う、と言ったのだが、空席は十分あるのに、それも認められなかった。
 なかなか厳しいが、車掌さんはわたしの検札はしようとせずに去って行った。台帳と見比べて、空いているはずの席に坐っている人にだけ声をかけているようだ。結局極楽橋まで一度も検札はなかった。わたしが予約した本人であるという保証はないのだが、まあホームで引き換えたばかりだし、何となくこれでいいのだろう。
 全体に、列車の指定席と言うより、バスツアーのような扱いである。手続的にはツアーなのかもしれない。

  「天空3号」は、定刻に橋本を発車した。すぐに大きく右にカーブして紀(き)ノ川(かわ)を渡る。赤いトラスで守られた橋は、いかにも列車の鉄橋、という感じで、よい。トンネルも長短二十四本をくぐることになるが、最前部から見ていると、入口も出口も快感がある。

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 紀ノ川を渡ったらまた右に九十度曲がる。橋本駅の対岸に出て、和歌山線に並行して坂道を昇っていくかたちになる。紀伊清水(きいしみず)を通過する。橋本市街中心部へは、ここから道路橋を渡った方が、橋本駅からよりも近くなる。ここで橋本行普通電車と交換する。
 さらに紀ノ川南岸を西進し、学文路(かむろ)に停車する。ここは、「学問(文)の路」という字面から、その入場券が特に受験生のお守りとして人気が高い。この駅は無人駅なので、本来入場券など存在しないのだが、需要が多いので、橋本や難波など、南海の主要駅でもこの入場券を買うことができるし、通信販売もしている。
 そういうこともあってか、この「天空」も停車するが、後ろの自由席車に一人乗車があったようである。地元の人は日常の行き来にこの列車を利用しているらしい。
 次の九度山(くどやま)にも停車、ここから南に針路をとり、紀ノ川とも別れていよいよ山に分け入ることになる。この対岸にある和歌山線の駅は高野口(こうやぐち)である。あちらから見ればここが高野山の登山口ということなのだ。九度山の名は、弘法大師が母に会うため月に九度ここまで下りてきたことに因むそうだが、まさに霊山の入口だったのだろう。

 最初のトンネルを抜けると、高野下である。麓は晴れていたのに、山の天気になったのか、雨がぱらつきはじめた。先行していた赤い普通電車が、ホーム向かい側で折返し待ちしている。その駅名から、高野山に向かう観光客が誤下車するという事態が未遂も含めて跡を絶たないので、高野山への下車駅は極楽橋である旨、看板で知らせている。それならさっさと改称すればよさそうに思うが、適当な名がないのだろうか。
 電車は、不動谷川(ふどうだにがわ)というそれほど大きくない支流に沿って、湾曲しながら勾配を登る。最前部から見ていると、登り具合や曲がり具合がよく分かる。谷あいの集落は、遥か下に見えるようになる。小さくU字形に曲がって、通ってきた線路が右窓に見えたりもする。

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 下古沢(しもこさわ)を通過するとき、電車は徐行する、というより元々そんなに速度は出ていないのだが、なぜなら対面の今は使っていないホームに、「花屏風」と呼ばれる飾りつけがなされているからである。ガイドさんが、それに注目するよう、促す。元々周囲に分布していた折々の花を、車窓から眺められるように、地元住民がボランティアで立体的な花壇を整備しているのだという。
 上古沢(かみこさわ)では、ドアは開かないが、交換待ちのため停車する。何が来るのか、と思って目を凝らしていると、小雨をついて現れたのは、難波行の特急「こうや」である。わたしも帰路はあれに乗ることにしているが、電車が通ると、殊更に坂の急であることが分かる。停まっている駅部分も緩やかに傾いている。

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 上古沢を出た頃から、雨足が強まった。いよいよ人家も途切れるため、次の紀伊細川(ほそかわ)まで三キロほども駅がない。都市近郊の私鉄としては長い駅間である。紀伊細川では、難波行の快速急行と行き違う。橋本で分離された運転系統のなかにあって、特急以外では珍しく難波と極楽橋の間を直結する列車で、山用の短い車体を連ねた電車が難波まで入るのである。
 相当に谷幅が狭まってきた所に紀伊神谷がある。窓外の雨には雪も混じりはじめた。ガイドさんが降り支度を促す。特等席に乗っていると、降りたくなくなるが、線路の行き止まりも特等席なればこそ眼前に迫る。
 右手に欄干が赤く塗られたごくささやかな橋が架かっている。灰色に霞んだ車窓に、鮮やかに、というほどではないが、浮かび上がってくる。これが駅名の由来となった極楽橋なのだそうだ。クルマが一台通れるかどうか、という幅しかなく、くぐっているのも小川である。普通なら駅名になるような橋ではないが、そんなのに因まないと名が付けられぬほど何もない所に、ケーブルカーの起点を造らざるを得なかった、ということである。しかたなく極楽橋に終着した。

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 ホームに降りると、震えるほどの寒さで、難波はもちろん、橋本とも全く気候が異なる。日本海側に出てきたような錯覚に陥る。
 ケーブルカーは、特急とイメージが統一された塗装である。「天空」から降りた人が皆乗っても、だいたい坐れる。
 五分ほどで高野山駅に着く。橋本から極楽橋までの高野線の各駅もそうだったが、「天空」に合わせたデザインの駅名標が整備されている。ケーブルカーの常として、ホームは急な階段状になっているが、それを厭う客のために、改札口に上がるエレベーターが設置されているのは珍しいことである。普通なら、ケーブルカーに乗ってであっても、山に登ろうとするほどの人なら、足腰は丈夫なのだろうが、高野山の性格からいって、必ずしもそうでない人も乗るからであろう。

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 山上はすっかり雪景色である。近畿でこういうのが見られるとは思わなかったが、薄白い駅前広場には、南海りんかんバスの車輌が待機している。そのなかには、「天空」と同じ塗色の車もあり、それが奥の院前行として乗場に着いた。
 「天空」に接続する便にはこれを充てるようにしているのだろう。

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 高野山には三度ほど来たことがあるが、奥の院に参ったことはないので、バスで終点まで行った。奥の院前の停留所は鄙びた所かと思っていたが、意外に開けて賑わっている。

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 その後、別系統のバスで移動し、金剛峯寺の本堂にもお参りした。

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 傘をさしていても体の芯まで冷えてしまう。食堂に駆け込んで、暖をとっている観光客に交じる。

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母恋から地球岬

 地球岬、とその名を聞いただけで、一度行きたい、との思いが募っていたのだが、なかなか行く機会がなかった。この初秋、やっと訪ねることができた。

 地球岬の最寄り駅は、室蘭(むろらん)(枝)線の母恋(ぼこい)駅である。ここで降りるとなると、どうしても見て、というか食べておきたいものがある。

 それは、「母恋めし」である。特急が停まる主要駅でも、駅弁を売る駅が少なくなったなかで、こんな小駅に駅弁があること自体が珍しいのだが、この「母恋めし」がすこぶる評判がよく、通好みになっている。手作りなので、百貨店の駅弁大会などに出ることはないが、それだけに、現地でないと食べられない稀少価値が付加されて、いよいよ食べてみたくなる。

 特急「スーパー北斗」で東室蘭に降り立った。ここから母恋に向かう普通列車に乗り換える。ホームの時刻表には、何カ所もテープが貼られていて、もの悲しい。特急車輌の出火トラブルなどを受け、ディーゼル特急が間引き運転になっているのだ。

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 室蘭行の普通列車はディーゼルカー2輌で、ワンマンカーである。わたしは後ろの車輌に乗ったが、母恋では最前部のドアしか開かないので、かなり車内の通路を移動する。

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 待合室に出てみると、売店の前にのケースに母恋めしが積まれていたので、ほっとする。限定販売なので、早く行かないと無くなるのである。

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 化粧紙で風呂敷のように包まれた素朴な母恋めしを手にすることができた。
 売店を守るおばさんは、遠来の客にも応対しなれているようで、どちらから、などと会話を暫し交わし、ぜひまた来てください、とポイントカードのような物を添えてくれたりする。
 駅前に出ると、母恋めしをアピールする看板が出ている。駅前は幹線道路なので、これを見てクルマを停める人もいるのかもしれない。

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 さて、駅前からはタクシーに乗って地球岬に向かう。地球岬に乗り入れる路線バスはなく、手前の住宅地までしか行かない。そして、岬までは上り坂が続くのである。海に向かう道が上り、というのは、なかなか理解しがたいのだが、そういう込み入った地形らしい。
 初めて室蘭にきた時は、駅の前に見上げるばかりの山が聳えていることに驚いたものだ。その山の中腹に見えたバスが、数分後に駅前に現れたりしたのだ。

 初老のタクシーの運転手さんも、いかつい顔をしてはいるが、気さくな人であった。母恋駅からは地球岬への観光客が一つのパターンらしく、今朝も九州からの客を地球岬に案内した、と嬉しそうに話す。
 坂は続くが、距離としてはそんなに遠くないので、十分ほどで地球岬の駐車場に着く。ここからさらに徒歩で数十メートルの坂を上がると、なるほど大きい視界が開けた。

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 想像していたより、遊歩道や展望台などの施設が整備され、悪く言えば俗化している。それでも、そんなことを超越するような海原が眼前に広がる。地球岬の名は、もともとチキウという、「断崖」を意味するアイヌ語による地名であった。それに「地球」の字を当てたわけだが、まさに地球の丸さを感じさせる情景には相応しすぎる名となった。
 周囲の海岸線は切り立った崖ばかりである。これだと、津波のときにも崖が自然の堤防となったことだろう。

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 海岸線だけではない。展望台から市街地の方を見下ろしても、山と崖の狭間に住宅や工場が巣くっている感じで、実に珍しく複雑な地形である。
 
 

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 坂道を降り、駐車場に戻る。地球を象った球形の施設があるが、これは公衆電話だ。また、駐車場に面して三軒ほどの店が出ているが、何かおちょくったような商品を売っている店もある。
 ひっきりなしにクルマや貸切バスが出入りしている。外国からの観光客も多い。今日は平日なのに、人が途切れることがない。休日にはもっと賑わうのだろう。これなら、母恋駅から岬までバスを運行してもよさそうに思うが。

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 さて、わたしはベンチに坐り、母恋めしを早昼としようと思う。この歳になると、アウトドアで弁当を食べる機会も少なくなるが、たまには愉しいことだ。
 風呂敷包みを開けると、素朴な挿絵の入った掛け紙がかかった市販の紙容器の中に、無造作に中身が詰め合わされている。 

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 主食はホッキ貝を炊き込んだおむすびだが、ホッキ貝の貝殻のなかにも、同じ物が入っている。茄子の漬物、燻製玉子、燻製チーズがおかずである。

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 おむすびが二つある分、カロリーは嵩むが、それでも600キロカロリーくらいのものだろう。ちょっとした軽食にもちょうどいい。味もよかった。駅弁駅弁していないのがまたよい。

 さて、地球岬からの帰りはバスに乗ろうと思う。岬までは来ていないが、少し下の地球岬団地と呼ばれる住宅地までは路線バスの便がある。その乗場まで徒歩で十分ほど坂を下ってきた。あいにくバスは出た後で、次のバスまで二十分ほど待つことになる。ベンチに坐って行き交う人やクルマを眺める。
 五叉路に面した回転地が乗場である。ここからあちこちの方向に狭い坂道が分岐しており、それぞれに面して一戸建て住宅が並んでいる。もちろん、北海道らしく、家同士の間隔は広い。郵便配達のバイクが、道を下って来ては別の道に登って行く、という動きを繰り返している。タクシーもこの回転地に次々入ってきては転回して駅の方に向かって行く。観光客だけでなく、近隣の住民もお得意様なのだろう。これだけ坂があれば、分かる気がする。待っている間に延べ十台ほどが転回したが、そのうち二回が、往路に乗ったあの運転手さんであった。

 やっとバスが回転地に入ってきた。五分ほどの乗車で母恋駅前を通る。

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 わたしはそのまま乗り続け、市役所前で一旦下車した。室蘭市街は、狭い湾に沿って広がっている。湾口に架かる白鳥(はくちょう)大橋によって、U字型の市街地の端と端が短絡されている。この白鳥大橋もまた、観光スポットである。
 白鳥大橋を渡る系統のバスは本数が限られるが、これを利用して室蘭市街を一周するバス乗りあるきをしてみよう、と当初は思っていた。

 しかし、その系統のバスに乗ってみると、これが常に案内放送と料金表表示がずれていて、放送は合っているが、料金の方が一停留所先行してしまっている。
 白鳥大橋の手前の停留所で、お爺さんが料金を投入して降りようとする。運転手が呼び止めて、料金が足りない、と言う。お爺さんはいつも乗っているがこの値段だ、と言い返す。もちろん料金表が誤っているのだが、初老の運転手は高圧的な態度で請求する。しかしお爺さんも強硬に支払いを拒否する。埒があかなかったが、根負けした運転手が、「他のお客さんが待ってますから、もう結構です。こちらでも調べておきます」と捨て台詞を吐く。自分で呼び止めておいてそれはないだろう。

 車内の雰囲気が沈んだままバスは橋にかかる。わたしも、すっかり白けた気分になる。それでも、橋の上からの景色はしっかり見ておく。

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 呆れたことに、運転手は案内放送を止めてしまった。放送と料金表がずれていることに気づいていたのである。白鳥台団地で折返す時に、機器を操作して料金表を一つ戻した。
 わたしはこの運転手の態度と行為に嫌気がさし、この会社のバスに乗りあるく意欲が一気に失せた。

 東町ターミナルで降りて、これからどうしようか、と思っていると、新千歳(しんちとせ)空港行のリムジンバスが来た。空席もあったので、わたしは、これに乗って早々に室蘭を出ることにした。もっとも、このリムジンバスも同じ会社の運行ではあるが。
 待合室からホームに出ようとしたわたしに、バスを待って屯していた男子高校生たちが非常に礼儀正しい態度で道を譲ってくれた。おかげで、室蘭のイメージが良くなったところで去ることができたのが、幸いであった。

(平成25年9月訪問・乗車)

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竹田城跡訪問~ 「天空バス」と「はまかぜ」など

INDEX
1.はじめに
2.竹田
(たけだ)駅まで
3.「天空バス」で山へ
4.城に登る
5.「天空バス」もう一周して駅に戻る
6.「はまかぜ」で帰路


1.はじめに

 竹田城を初めて訪れたのは、「誰かと乗った播但(ばんたん)線」の記事に記したように、中学校の部活で行った実地踏査の時であった。 それからも、播但線に乗るたびに懐かしく山上の石垣を眺めた。
 知る人ぞ知る山城で、観光地というほどでもなかった。そう思っていたのだが、ここ数年、アニメに出てくる城になぞらえ「天空の城」、あるいは、日本のマチュピチュなどとも呼ばれて、急激に注目を集めているのだ、という報道が目に入り、驚かされた。

 昨年からは、休日に城まで登るバスが運行され、竹田駅に特急が臨時停車する、という勢いになっている。想像もつかなかった竹田城の急成長ぶりを確かめに、再訪する気になった。9月の休日に出かけてみた。
 
 

2.竹田駅まで

 往時は地平の駅だった姫路(ひめじ)も、高架になった。その北端、すなわち姫路城寄りのホームから播但線に乗る。「城」という概念もかなり広汎なもので、姫路と竹田とではまるで異なる。
 播但線を走る列車も変わった。旧型客車やディーゼルカーが幅を利かせていたのが、途中の寺前までは電化されて電車になっている。
 大阪近郊の通勤輸送に使われていたおなじみの形式の電車だが、僅か2輌の短い編成で、ワンマンカーとなっている。そして、生野(いくの)銀山に因み、「銀の馬車道」と記されたラッピングが施されている。派手すぎず、いい感じである(写真左は姫路駅で発車待ちの電車。右は寺前駅に到着した電車)

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 寺前(てらまえ)駅のホームには段差があって、スロープで行き来できるようになっている。ここは電化区間の終点なので、電車とディーゼルカーを乗継ぐ駅であり、電車の方が床が高いのである。もっとも、必ずしも高い側に電車、低い側にディーゼルカーが入る、というわけでもないようだ。

 和田山(わだやま)行のディーゼルカーに乗換え、生野の峠を越える。但馬の国に移って、円山川(まるやまがわ)沿いを日本海に向けて下る。
 青倉(あおくら)を過ぎると、左前方の山に城の石垣が見えてくる(写真左)。一旦はその山の麓を回るので見えにくくなるが、竹田の町に入ると、違う角度から見上げられる(写真右)
 

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 竹田駅に近づくと、席の半分くらいを埋めていた客の、そのまた半分くらいが立ち上がった。 いかにも山登りという出で立ちの人も多い。若い女性もいるのは意外だし、何より普通列車でもこれだけの観光客を運んで来るのか、と認識を新たにする。どうも何もなかった昔の竹田城を思い描いていたらだめなようだ。
 ホームにも看板が掲げられ、特急停車に対応して足元にペインティングもなされている。

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 小さな駅舎には、観光案内所が入っていて、地元のボランティアらしいおばさんが三人ほど、客に応対している。パンフレットを配布したり、城へ行く方法を指南したりしている。わたしも「天空バス」のことをいろいろと訊いた。駅前では臨時の弁当販売も行われている。
 駅は手狭なので、バスは入ってこられない。前の四つ角を左に折れた所に、観光客向けの臨時運行を行っている「天空バス」の乗場がある。

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3.「天空バス」で山へ

 発車時刻が近づくと、案内の女性係員がバス停にやってきたが、名札を見ると、JRの職員である。地元の全但バスが運行する「天空バス」だが、運転日は特急臨時停車の日に合わせているし、一連の観光客対応のとりくみは、JR主導なのだろうか。

 到着したバスは、各地のコミュニティバスなどでよく使われている小型の車輌であった。山道や街中は、こういう車輌でないと走れないのだろう。
 

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 「天空バス」は、竹田駅・「山城の郷」・竹田城跡・まちなか駐車場を巡る一方循環で運行されている。
 座席がちょうど塞がった程度で竹田駅前を出て、狭い道を北に向かう。文字通りの城「下」町であり、また宿場でもあった竹田の街並みは、それ自体見歩く価値のあるものだが、とにかくわたしを含めた乗客の意識は、とりあえず城である。
 町を外れると、西側の山に向かう。途中、播但連絡道路をくぐるが、この道路の高架は、欧州の古い鉄道橋を思わせるようなアーチの連続になっている。竹田城を意識したデザインなのかどうかはよく分からないが、ちょっと珍しい景観である。
 

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 バスは、竹田城の玄関口として設けられている拠点・休憩施設である「山城の郷」に向かって坂道を昇っていく。が、この道路が大渋滞している。この先の駐車場に入る順番待ちのクルマ群である。バスもその列の後ろにつく。竹田城で渋滞が起きることも驚きだが、これではバスの定時運行も難しいだろう。
 そう思ったら、警備員さんが近づいて来て、運転手さんと二言三言交わすと、バスはクルマの列を追い抜きながら昇りはじめた。対向車を止めたのを確認し、バスを優先して通すのである。こういう措置に抵抗がないまでの世間になったことは、ひとまずめでたい。

 わたしはとりあえず「山城の郷」で下車する。降りる時に運転手さんに一日乗車券を所望すると、二つ折りの切符の日付部分を削ったうえで渡してくれた。
 「山城の郷」から、今昇ってきた道を見下ろすと、相変わらずクルマが連なっている。
 

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 「山城の郷」には、飲食店や土産物屋、それに資料の展示室なども設けられている。トイレもあるが、使用時間が通常の観光地とは異なる。早朝から使えるのは、城が雲海の中に浮かび上がる日の出前後に城へ登る客が多いからである。

 わたしは、レストランで早めの昼食をとることにした。

 「山城の郷」のレストランは、明るい窓から陽が差し込み、木製のテーブルとカウンター席の坐り心地もよい。団体やグループ向けの座敷もあって、意外に収容人員が多い。
 早速メニューを広げる。

 牛・豚・鶏と三種の肉が、それぞれ地元産のもので料理に仕立てられている。畜産が盛んな但馬らしい。
 但馬牛は以前道の駅で食べたし、但馬鶏の唐揚げは寝台特急「トワイライトエクスプレス」の中で酒のつまみにした。それで今回は、八鹿(ようか)豚のとんかつ定食にした。柔らかく癖のない肉で、なかなか美味しかった。
 

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 再び「天空バス」に乗って城跡に向かうことにするが、昼近くなって、京阪神からクルマや特急列車で到着する客が増えてきたようである。この山城の郷で「天空バス」を待つ人も多い。竹田駅から上がってきたバスは満席である。
 全但バスの係員が、「この後にもう一台来ます」と案内してくれる。バスを大型化できないので、続行運転で客を捌いているようである。
 続行のバスはこの山城の郷始発だが、それでも坐ることはできなかった。

 下車した竹田城跡の停留所は、中腹の第二駐車場に設けられている。ここから上は、徒歩でしか登れない。登り口には杖も用意されている。

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4.城に登る

 一列になって、下りてくる人と譲り合いながら、狭くて険しい山道を登っていく。前の人について行くしかないので、自分のペースは守れない。曲がり角で列を避けて一休みする年輩の夫婦などもいる。二十分弱、黙々と昇り続けて、ようやく城に到達する。駐車場から上は、極力手を加えず、元のままの姿を残している。
 城跡で見た機械文明の所産は、このAEDくらいである。場違いな感じだが、あれだけ急峻な山道だから、体調を崩す人もいるかもしれず、妥当な配置である。
 

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 山頂に拡がる城跡だから、どっちを向いても眺望が開けている。
 城跡から東側を見下ろすと、竹田の街である(写真左)。播但線の線路も見えている。反対側からは、「山城の郷」も見える(写真中)。こんなに登ってきたのか、と思う。南方向は、山に挟まれた円山川の上流域が奥へとつながっているのが見える(写真右)。どちらを向いても山がちの立地である。

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 しばらくの間、山城の佇まいを味わって、と言いたいところだが、とにかく人が多いので、落ち着いて雰囲気を愉しむわけにはいけない。ひと通り見回って、早々に下山することにする。
 また譲り合いながら山道を下る。石を積んだり木の枠を埋め込んだりして階段状に整備してくれてはいるが、下るのはなかなか怖い。転ばないように慎重に進む。登ってくる人から道を訊ねられたりするが、一本道だから迷いようはない、と安心させてあげる。「あとどれくらいですか」と訊く人もいる。

 竹田城跡のバス停まで戻ってくると、ここでも「天空バス」を待つ人が多い。列について待っていると、少々遅れ気味で、バスが入ってきた。この便は三台での続行運転である。今度はどうにか坐れた。 

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5.「天空バス」もう一周して駅に戻る

 もう一度「山城の郷」で一息つきたいのだが、一方循環だから来た道を戻ることはできない。が、そういう客も想定して、バスは竹田駅止りではなく、もう一度山城の郷まで行ったところで終点となる。
 わたしも竹田駅を通り過ぎ、終点まで乗った。同様の人が数人いる。

 また「山城の郷」のレストランに入り、アイスコーヒーを注文する。帰りの列車で食べる軽食も仕入れておこうと思い、壁にお品書きが貼ってあるサンドイッチの持ち帰りを所望した。
 ところが、おばちゃんウェイトレスは、愛想はすこぶるいいものの、テイクアウトはできない、と答える。サンドイッチなんてテイクアウトのためのメニューだろう、と思うが、意外である。
 それなら、と但馬牛バーガーのテイクアウトを頼む。これは確かホームページにテイクアウトが可能である旨書いてあったと記憶するからである。しかしこれも持ち帰りはできない、と言う。記憶違いだったか。テイクアウトできるメニューは無いのか、と訊ねても、ない、とのことである。
 しかたなく、建物の前に出ている露店で、但馬牛の牛丼を次善の策として購入した。持ち歩いてから開けたので、食べる時には温泉卵が崩れて中心からずれてしまっていたが、味はよかった。
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 帰ってから「山城の郷」の公式彩図を確認すると、遺憾ながら、やはり但馬牛バーガーはテイクアウト可と明記されている。あてにして来る客もいるのだし、立地上、他に選択肢も乏しいのだから、自ら発信した情報のとおり運用してほしいものである。

 再び「天空バス」に乗り、竹田城跡を経由して街に戻る。今度はまちなか駐車場で下車する。ここは、「山城の郷」や中腹の駐車場の混雑を緩和するために設けられているものである。ここでクルマを降りて「天空バス」で城に登ることが推奨されているのである。

 竹田の街をぶらぶらと歩きながら駅に向かう。大した距離ではないが、宿場町のムードは味わえる。
 

6.「はまかぜ」で帰路

 竹田駅の待合室は、間もなくやってくる特急「はまかぜ4号」を待つらしい客でいっぱいになっている。委託の窓口も、列ができている。普通列車で和田山に一駅移動し、山陰線で京都や城崎(きのさき)などに帰る人もいるようだ。
 十分前頃から改札が始まり、係員が案内にあたるが、ほとんどの人は自由席に乗るようである。竹田駅に「みどりの窓口」はないので、指定券はすぐには発行できないのだ。帰りの時間を決めずに来ているのか、あるいは、「はまかぜ」など大して込まないことを知っているのだろうか。わたしは予め特急券を買ってあるので、それを見せると、
「足元1番、あ、指定ですね、失礼しました。6番でお待ちください」
 と案内される。

 ホーム先端の1番の所には列ができたが、6番の方に向かったのはわたしの他もう一人だけである。この人も6号車指定席に乗るのか、と思ったら、写真撮影のためだったようである。
 ほどなく踏切の音が聞こえ、「はまかぜ4号」が入ってきた。竹田城跡のヘッドマークを付けている。乗り込んだのはわたし一人、乗ってみたら6号車は無人であった。結局、三(さん)ノ宮(みや)まで6号車を借り切ることができたが、休日にこの乗車率ではちょっと心配である。夏とはいえ、休日の午後の列車に、城崎方面から帰る客はいないのだろうか。

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(平成25年9月訪問・乗車)

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標識表現の限界

 交通標識というのは、あらゆる道路状況を考慮して、規制などを簡易に表示できるよう、工夫されている。
 が、簡易な表示体系であるだけに、限界もある。そんな例を。

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 これは、おそらく日本一短い軌道内通行可区間であろう。「ここから30m」と言っても、三十メートルで軌道は終わりなのである。それに、ここは路線の末端電停のさらに先なので、通常ここまで電車が来ることはない。地元のドライバーもそれは知っているから、こんな標識があろうとなかろうと、がんがんレールを踏んで行く。
 それなら、何のためにこの標識が掲げられているのか。この区間を反対側から見てみよう。

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 右に道が分かれている交叉点までが軌道内通行可、そこから先は適用外なのである。電車が停まっている電停付近は、既に軌道内通行禁止である。
 この狭い街路でクルマが路面電車の走行を阻害することを防ぎたい。しかし、路面電車の軌道は、実態はともかく、通行禁止が定位であって、したがって「軌道内通行禁止」という標識はない。そこで、電車の通らない区間を「通行可」にわざわざ指定して、それ以外の区間が通行禁止であることを念おしした。
 おそらく、そんな事情ではないかと思う。いわば「逆説的」な標識である。

 
 もう一つは、東京の下町で見かけた標識。

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 いや、複雑すぎるやろ(笑)。
 進んではいけない方向だけを示してもらった方が分かりやすいが、それがたぶん、右斜め上にでている矢印のついてない線なのだろう。ふつうこういう線はこの標識にはないと思う。交叉点の形がややこしいから、変則的な標識になったのだろう。
 これも、「交叉点でこの方向にだけは進入するな」という標識がないことで、こんなことになっている。

(平成23年1月執筆)

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飛鳥山の斜行モノレール

 わたしは日本の鉄道を完乗した人間であり、完乗した以上は、そのタイトルを維持したい。それで、新しい鉄道線が開通すると、乗りに行く。
 どこまでを鉄道とするのかは難しい。モノレール・ロープウェイ・トロリーバス・リフト…などと、「鉄道」なのかどうかはっきりしない乗物がいろいろある。全国のスキー場のリフトに完乗するなどは現実的でないし、どこかで線を引かねばならない。それで、多くの完乗人がそうしているように、わたしも、「国土交通省が毎年発行する『鉄道要覧』に載っている路線のうち索道以外」を完乗対象としている。索道とは、ロープウェイとリフトの総称だ。鉄道の格好をしていても、遊園地の豆汽車などは「遊戯施設」であって、国土交通省が管理する交通機関としての「鉄道」とは違うので、乗らなくてよい。

 そうは言いつつも、鉄道に類似したものができたと聞くと、興味をそそられる。もとより完乗タイトルのために乗りあるいているのではないし、対象外の乗物こそ、「乗りたいから乗る」という趣味の原点を追求できる。

 そういう乗物が、東京の飛鳥山にできた。やっぱり行ってみたくなった。

 飛鳥山は、JR京浜東北線(正式には東北本線)の王子駅近くにある公園である。江戸時代から庶民の娯楽の場として親しまれた由緒ある公園だが、各種博物館などのある主たるゾーンは丘の上にあるので、駅からそこへ歩いて行こうとすると、急な坂道か階段を昇らねばならない。
 その斜面に並行して都電荒川線が走っているが、坂を昇るためだけに都電に一電停間だけ乗るのも面倒である。それで、気楽に乗れるよう、斜行モノレールの開通となったわけである。
 斜行モノレール自体は珍しいものではない。郊外の高台にある住宅地や高所の施設に行くための手段として、全国に何箇所も設置されている。しかし、大都会の真ん中に、誰でも乗れるかたちで設置されるのは珍しい。
 開通直後は係員が坂上と坂下の両方の乗場について乗客の整理をしていたが、現在は坂下にいるだけのようだ。利用者は呼び出しボタンで車輌を呼び、自分で「閉」ボタンでドアを締めると、勝手に動きだす。要するに、斜めに動く屋外エレベーターだと思えばよい。が、エレベーターにしては眺めがよい。

 地下鉄南北線で王子に着き、地上に出てみる。都電の通る街路の左側にモノレール乗場がある(写真右の左。写真右の右は坂下の乗場)97191191 98221271
 一応、乗る人が待機する列と降りる人が干渉しないよう、ロープで区切られている。片道二分の運行なので、待っても五分程度である。
 下りてきた車輌から降りる人はなく、すぐに中に入る。前と後ろにそれぞれ三脚ずつの椅子があり、立席も含めて十二人乗れる(写真左の左は坂を下りてくるモノレール。左の中は坂上の乗場。左の右はモノレールの利用者がほぼ全員つっこむ向かいのラーメン屋)9822126197191190_298221280
 音もなく、左にカーブしながら昇っていき、あっけなく坂上の乗場に着く。ここからの眺めが、特に鉄道趣味人にとっては格別である。並行する都電はもとより、王子駅に発着するJR京浜東北線、通過する各線の列車、それに高高架でそれらの上を行く新幹線(東北・秋田・山形・上越・長野の各線)など。いろんなものが見える。

 

 

 ということで、坂上の乗場横の展望スペース(?)から撮った、モノレールといろんな物の組み合わせをお楽しみいただこう。

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まずはモノレールの背景にある電車道を都電が王子駅前に向かっているところ

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後ろの王子駅を発車しようとする京浜東北線北行電車

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王子駅を通過する湘南新宿ライン北行電車。ちょうど二階建てグリーン車がガードにかかっている

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コンテナ貨物列車も通過していく

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トリは、高高架を行く新幹線

 ひととおり眺めた後、飛鳥山の電停から都電に乗ることにする。9822136298221381
 偶然、旧塗装の車輌が、何かのイベントなのか、「貸切車」の表示で道路から専用軌道に曲がっていくところだった。その後やって来た早稲田行はレトロ調の新車であった。たまたまだが珍しい車輌に出会えて、こちらもついでに目の保養になった。

(平成21年7月訪問) 

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紅葉の摩耶

 えー、そういうわけなので、六甲山と再度山に挟まれて影が薄い(このブログでは)のが摩耶山なんでね、ちょっと触れとこうかなってもんで。紅葉というか黄葉というか、綺麗なんだここが。ケーブルとロープウェイから見下ろす色づいた山というのが、えもいわれぬ。

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 この他、紅葉の向こうに街や海がちらつく角度もまた神戸らしくてよい。

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 ケーブルとロープウェイの乗換駅は通称「虹の駅」、正式な駅名は「虹」だけれど、まあそれはどっちでもいい。

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 でもせっかくの山なんだから、あんまり飾りたてない方がよかったんじゃないかね。ケーブルとロープウェイの駅を結ぶ道も、星が並んでいたが、ありのままの山でいい気がする。
 と言っても、こっちもケーブルで登ってて大きな口はきけんけどね。

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 せめて下山だけでも徒歩にします。次から。

(平成20年11月訪問)

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門司港レトロと鉄道記念館

 久々に九州で新鉄道路線が開通したというので、出かけることにした。例によって日帰りであるが、九州のとっかかりの門司港にある短い路線なので、可能なのである。

 この門司港地区は、「門司港レトロ」と称し、地元とJR九州が観光に力を入れている所である。近年は受け入れ施設も整ってきた。せっかく行くのだから、その辺も見てきたい。

 ところが、行く予定の数日前から体調を崩し、風邪気味になった。延期してもいいところだが、おして出かけることにする。どうなることか。

 往路の新幹線では食欲がないので、軽い子供用のような弁当を砂を噛む思いで食べただけで、栄養ドリンクでビタミンを補い、あとはだるい体を休めるため、ひたすら寝る。
 新下関で下車したが、ここは町外れで周囲はあまり賑わっていない。ここには新幹線と在来線を結ぶ連絡線があり、フリーゲージトレイン、つまり新幹線と在来線どちらのレールの幅でも走れる車輌の実験などが行われるのだが、それもホームからはよく見えない。そもそも新幹線と在来線のホームが、両者を斜めにむりやりくっつけているので、えらく離れている。連絡通路には中途半端に動く歩道など設置してある。ないよりはましだが、これを降りてからの方が歩く距離が長いので、げっそりする。
 下関行の普通電車はたった2輌で込み合っていたが、なんとか坐れた。二駅で終点の下関、ホーム向かい側からJR九州の小倉行普通がすぐに連絡、関門トンネルを抜けたら門司である。
 ここで下車し、西鉄バスに乗換え、かつて西鉄北九州線が走っていたバス道を辿り、清滝一丁目九州鉄道記念館前という長い名前のバス停で降りた。

 元は門司港駅の一画だった所を小規模ながら鉄道記念館にしてあるのである。JR九州の前々身である九州鉄道の起点だったこの門司港は、その歴史を辿る施設を設ける場所柄としてこれ以上はない。ゆっくり見回っても一時間もかからない規模だが、一度見ておきたかった。
 ただ、バス停があるのは裏口の駐車場側であり、入館口を探すのにちょっと手間取った。わざわざ隠れるように切符売場が設けてあり、これといった案内表示もないのである。

 本館は、赤煉瓦の建物で、これは旧九州鉄道本社屋を利用したものである(写真右)95091301
 この1階には、運転シミュレータ、鉄道模型パノラマ、記念品コーナー、喫茶室と、どれも小規模ながら鉄道の展示館として最低限のものはちゃんと揃っている。
 2階には企画展示コーナーやパソコン・図書で鉄道について調べられる情報コーナーの他、「つばめ」コーナーなるものもある。

 「つばめ」は、戦前に漢字表記の「燕」として国鉄の超特急(東京~神戸)の名として採用されたのが列車愛称としての歴史の始まりとなる。先に運転していた特急「富士」「櫻」よりも駿足であったため超特急とされたわけだが、国鉄最重要幹線の最速列車ということなので、紛れもない国鉄の看板列車であり、国鉄の代名詞ともなった。だから、国鉄バスにも燕のマークが描かれたほどである。
 戦争の激化で「燕」は一旦廃止されたが、戦後東京~大阪間に特急「つばめ」が復活、増発・電車化を経て東海道新幹線開業を迎える。東海道本線の昼行特急が全廃となったが、国鉄は栄光の「つばめ」の名を棄てるに忍びなかったのであろう、山陽本線に増発された特急にその名を充て、新大阪~博多間の特急となる。その後、東は名古屋、西は熊本に延長された。新幹線岡山延長に際しては、岡山~博多・熊本(のち西鹿児島)の新幹線連絡九州特急となった。
 新幹線が博多まで延長されると、さすがの「つばめ」も行き場がなくなり、廃止されてしまう。伝統の愛称が消えることを惜しむ声は大きかったが、如何ともしがたかった。
 ところが民営化後、JR九州が門司港・博多~西鹿児島などを走る特急「有明」を新型車輌でグレードアップする際、新愛称を「つばめ」としたので、ファンは驚いた。東海道本線から始まって西へ西へシフトしてきた「つばめ」の運転区間の変遷からして、あってよい流れではあるものの、国鉄のシンボルのような愛称が一JR九州のエリア内の特急に付けられることに違和感を覚えた人も少なくないだろう。
 しかしJR九州はそんなことは先刻承知、伝統の愛称を自社が取ることについて、他のJR各社に挨拶を通し、その代わり「つばめ」の名に恥じない特急にしてみせる、と約束した。そして「つばめ」は、その約束を違えることなく、スピード感・居住性・サービス・車輌デザイン、どこをとってもわが国の最高レベルの特急として人気を博し、鉄道マニアをも納得させたのである。
 現在、「つばめ」は九州新幹線(新八代~鹿児島中央)の列車名に使われ、さらに国土の端へ追いやられたが、恐らくいずれはまた博多まで伸びるであろうし、ことによったら、再び山陽・東海道区間へ東進を始める可能性さえある。
 そんな波瀾の「つばめ」歴代のヘッドマークが「つばめ」コーナーに飾られている。
 さらに、喫茶室の窓よりの小さなテーブルは、かつてJR九州在来線特急時代の「つばめ」編成で、ビュッフェに備えつけられていたものを模している(写真右)95091344

 屋外の車輌展示ホームには、定番のSLの他、関門トンネル開通時の電気機関車、九州初の交流専用電気機関車、戦前型のディーゼルカー、炭礦線を支えた石炭貨車など、なかなか歴史的に重要かつマニアックな車選がなされた車輌群がいる。そして、国鉄時代特急電車の主力だった車輌も二種類ある。電車とディーゼルカーは車内に入れるようになっていて、楽しい。
 前面が丸くなって愛嬌のある顔だちのディーゼルカーは、直接見るのは初めてである。運転席も直接覗き込める。座席はもちろん木製で、狭いがムードがある(写真左の左はキハ07の全景。右側に見えている電車は門司港駅に留置中の現役車輌である。左の中は扇形になった運転席。左の右は小ぶりな木製クロスシートが並ぶ車内) 。95091370_2 95091383 95091375_2

 特急電車は、二種類ともほぼ同型の車輌が北陸では今だ現役なので、このように展示されているのを見るのは複雑である。が、恐らく国鉄時代の姿を復元するために再現されたJNR(Japan national railway)マークが凛々しくも懐かしい 。
 「月光」のヘッドマークを掲げた寝台兼用電車581系は、車内が昼間の座席状態にセットされて展示されているが、せっかくだから一部の区画を寝台セットしたり、座席・寝台転換途中の状態にしたりした方が、この車輌の特性が分かっていいのではないか。また、側面方向幕は、残念ながら当時のものではなく、保存用に製作したものであることが一目見て分かる9509132295091305 (写真右の左は581系前面。右の右は481系のJNRマーク。左の左は481系が特急「にちりん」に使用されていた当時の方向幕。左の右はキハ07の側面方向番で、廃止された宮原線の区間が掲げられている。当時のものかどうかは不明)

 他に、ミニ電車を運転できる広場などもあるが、わたしはここまで見れば十分である。今度は表口から退館し、門司港駅側に出る。95091315 95091392_4

 門司港駅は門司港レトロの拠点とし て整備されたが、駅舎の側面はペンキも剥げかかって惨めな状態である。しかし、正面のある部分からは急に綺麗に整備しなおされて、不自然に線引きがなされている。管轄が部分によって異なるのだろうか。
 駅舎内の掲示などもレトロ調に統一され、その建物に自動改札が実にうまく調和させられている(写真右はいずれも門司港駅構内のスナップ)950914109509142295091415

 さて、目的の新路線は、予約した便までまだ少し時間があるので、お茶でも飲みたいと思ったが、喫茶店の類が周辺のどこにも見当たらない。あるのは焼きカレーの店ばかりで、黄色い幟がそこら中に立てられている。
 焼きカレーとは、カレー味のドリアのようなもので、これが門司港の名物とされている。食べてみたくもあるが、喉の調子が悪い今、刺戟物のカレーは避けたい。それなのに焼きカレー屋しかないのだ。ただ、よく見ると、居並ぶ焼きカレー屋の中には、どう見ても喫茶店としか思えない作りの店も少なくない。メニューにコーヒーなどのソフトドリンクを用意している店も多い。察するに、元々喫茶店だった店も、門司港レトロに協賛もしくは便乗し、こぞって焼きカレーを出すようになったのだろう。
 しかし、純粋にコーヒーを飲みたい客には不自由である。カレーの匂いがたちこめるなかでコーヒーを啜りたいとは思わない。

 「海峡プラザ」という大規模なショッピングビルが建てられている。その一画の甘味屋でお茶を飲むことにした。このビルは船溜まりに面していて、ビルと海の間が遊歩道になっている。こういう景色を英国のどこかの街で見たような気がする。欧風の街並みを意図しているのだろうか(写真左)95091440

 そうしているうちに、列車の時刻が近づいてきた。 

(平成21年5月訪問)

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