可部線復活延伸

 この春の鉄道線乗りつぶし(タイトル奪還)の旅は、広島である。
 JR可部(かべ)線の終点可部から二駅、あき亀山(かめやま)までの区間が延伸された。 

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 この区間は、一旦廃止された路線の路盤を復活させたもの、ということで、ニュースなどでも採り上げられたので、ご存じの方も多いと思う。
 廃止前の路線には、当然乗ったことがあるのだが、一旦線路の籍がなくなり、営業キロを失った後、改めて新線として敷設されたことに、少なくとも書類上はなるので、やはりこれは乗りなおす必要があるだろう。

 広島に向かうときは、山陽線を「青春18きっぷ」で普通列車を乗継いで向かうことにした。
 ダイヤの都合で、岡山県に入ってすぐの和気(わけ)で広島方面の大野浦(おおのうら)行に乗換えたのだが、ここで早くも、広島支社下関車両区所属の電車がやって来た。
 和気で「大野浦」の行先が理解されるとは思えないが、放送は「岡山方面」とくり返していた。実際は岡山までしか乗らない人が多いのだろう。しかし、わたしはこれで広島方面まで乗り通す。

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 広島駅から、いよいよ可部線に乗る。可部線は、従来可部行が多かったが、今回の改正で可部の行先はなくなった。可部は単なる途中駅になったようである。
 ここで来たのも、国鉄が作った古いタイプの車輌で、思いがけなく、側面方向幕の表示が、国鉄時代を思わせる白地に紺字であった。上の大野浦行がそうであるように、旧型車の幕も、黒地に白ヌキのJR仕様になっているはずなのだが、なぜ今更この幕にしたのだろうか。

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 「あき亀山」という駅名は、JR関西線や山陽(さんよう)電鉄に亀山駅が既にあるため、旧国名を冠したもので、それ自体は国鉄開設からよくあることだが、最近のJR西日本の新駅は、こういう場合に旧国名の部分を平仮名にしている。
 駅名が古めかしくとっつきにくくなることを避けるためだろうが、「あき」と平仮名で書かれると、太めの女優さんの顔が浮かんでしまう。

 さて、あき亀山行電車は、かつての終点可部に到着した。ここは、広島市内ではあるが、副都心、というより隣町という感じの所で、さらに郊外に向かうバスのターミナルともなっている。
 以前、ここから先の路線があった時は、この可部までが電化されていて電車が走っていたが、可部から先、三段峡(さんだんきょう)までは非電化のまま線路が伸びており、ディーゼルカーが走っていた。
 それで、電車用の折返しホームや留置線が設けられていたのだが、それらはもう使われなくなった。

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 可部を出て、いよいよ新開業もしくは復活区間に入った。国道を潜る部分は、以前まだ延伸計画中で旧線路が放置されたままだった頃に歩いたこともあり、この線路沿いにも闖入して廃踏切を渡ってみたりした。そこを今また車窓から眺めるのは、大いなる感慨である。

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 じきに、次の駅、河戸帆待川(こうどほまちがわ)に着く。狭い片面ホームだけの駅である。
 河戸帆待川の駅前は、広場というほどのものはないが、駅の案内板とモニュメントが建っていた。普段は無人駅のはずだが、開業間もないためか、案内の係員が立って集札している。

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 以前の路線では、もう少し先に進んだ所に河戸という駅があったが、今回の復活に当たっては、住民の便を考え、旧河戸駅の両側に二駅を新設した。
 そういうわけなので、河戸帆待川から終点のあき亀山まではごく近く、歩いて十分ほどしかかからない。それなら、乗る前に歩いてみた方が面白そうだ。

 現在、原則として新たに踏切を設けることは認められないのだが、ここは旧路盤を活かした新線であり、踏切を廃止すると、付近住民の利便が大きく損なわれることになるため、特認でいくつかの踏切が新設されている。
 「新たな踏切」というものを見るのも珍しい体験なので、じっくり観察した。

 旧踏切が全て復活したわけではなく、閉鎖されたものもある。その代わり、その踏切跡には、エレベーター付きの跨線橋が設けられている。スロープで潜る地下道の方がよさそうな気もするが、付近は住宅が建て込んでいるので、それは難しいのだろう。

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 四日市(よっかいち)踏切は、既にあき亀山駅の構内であり、西側にはもうあき亀山駅のホームや停車中の列車が遠望できる。
 踏切の東側が、旧河戸駅があった地点である。旧ホームは既に撤去されている。

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 線路の終端側を横切るようにして、あき亀山駅の取付道路が設けられている。駅舎はこぢんまりとしている。ここも無人駅だが、ICOCAのタッチができる簡易改札機はある。
 そして、駅舎の反対側を望むと、旧路盤跡が続いている。

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 改札がないので、駅に入ったり出たり、うろうろしながら観察する。
 ホームは一面二線だが、留置線が三本もある。従来の可部駅の機能を全てここに移したようで、時刻表を見るかぎり、あき亀山での滞泊編成が四本もある。
 最も北寄りの1番線が、かつての路盤のようで、さきほどの旧路盤跡に続くかたちになる。
 駅の北側では、未だ自転車置場の設置工事などが勧められている。

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 やがて、次の折返し列車が接近してきた。
 今度もやはり国鉄タイプの車輌だが、JR西日本が効率化のため進めている塗装の単色化にしたがって、黄色一色になっている。側面方向幕は、やはり白地に紺字だが、往路に乗ってきた編成とは微妙にフォントが違うようにも見える。この行先が、この配色とフォントで表示されているさまも、後々から見れば、貴重な記録となろうから、画像に収めておくかちはある。 

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 折返しの電車で広島へ戻る。途中で行き違う電車は、多くが新鋭の227系である。いつの間にか、広島付近は227系の比率がかなり高くなっていることに気づいた。

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(平成29年3月乗車)

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常磐線付替え復旧

 東日本大震災で津波などの被害を受け、普通になっていた常磐(じょうばん)線の各区間が、少しずつ復旧している。
 といっても、もう震災から六年以上も経っているわけで、それでもまだ完全復旧に至っていない。阪神淡路大震災のときには、通常の鉄道は半年ほどで全て復旧し、最後まで不通だった摩耶(まや)ケーブルも、六年で復旧を果たしている。そう考えると、東日本大震災の規模の大きさが改めて痛感されよう。

 仙石(せんせき)線や石巻(いしのまき)線もそうだったが、復旧にあたって、線路や駅を内陸に移設する、というケースもある。そうなると営業キロも変更となるから、わたしの完乗ルールでは乗りなおさないと完乗タイトルを維持できないことになる。
 被災地を遊びで訪れるのは不謹慎かもしれないのだが、救助活動の最中ならともかく、復興の途上についている地は、むしろ訪問していいのではないか、とも思う。自身も神戸の者として、実感したことなので、お邪魔することにする。
 今回、営業キロを変更して復旧したのは、相馬(そうま)~浜吉田(はまよしだ)間である。その南側の小高(おだか)~相馬間は既に復旧しており、二つの不通区間に挟まれた離れ島のような路線として独立した運行を続けていた。
 阪神淡路大震災でも、神戸高速鉄道などで同様の「離れ島」状区間ができ、たまたまその区間に取り残された車輌を使って運行されていたが、小高~相馬間は別途車輌を搬入して復旧したとのことだ。
 相馬~浜吉田間が復旧すると、仙台(岩沼(いわぬま))側と線路がつながるので、ようやく車輌の融通ができることになる。

 わたしは、乗りつぶしにあたっても、往きと帰りとではルートを替えたい質なのだが、常磐線はまだ不通区間があり、代行バスの本数も少ないから、東京(日暮里(にっぽり))・水戸方面からは、復旧区間へのアプローチがしにくい。
 そこで、わたしは福島からバスで相馬に向かうことにした。県都である福島と、県北東部の相馬・原町(はらのまち)とを直結する鉄道はないが、この区間を福島交通の急行バスが結んでいる。これに乗って、まず相馬駅に近い相馬営業所に降り立った。

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 相馬の市街は、すっかり平静をとり戻しているように見える。細かく見ていくと、震災の影響は見いだせるのだろうが、わたしは駅周辺をうろつく闖入者なので、なかなかそこまで観察できない。

 相馬駅に向かう。
 ちょっと見ると、普通の民家のようでもある、瓦屋根の駅舎だ。なんとなく落ち着くが、本来なら特急停車駅、しかもかつては特急・急行の始発終着駅だったわけで、そう思って見ると、こぢんまりしている。
 発車案内のディスプレイ、上り側には「いわき・上野(うえの)方面」とあるが、その方面の列車が発着するのは、まだ先である。もっとも、震災がなくても、このあたりから東京方面への直通列車はなくなり、いわきで系統分割することが発表されていた。東京への行き来は、福島や仙台からの新幹線利用が主になっているのだろう。

 今回の復旧区間はここから下り方向になるのだが、とりあえずの終点になっている小高も見てみたいので、上り電車に乗ることにする。小高~原(はら)ノ町(まち)間はその二駅間のみの折返し運転になっており、原ノ町で乗り換えなければならない。原ノ町行を待つ。

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 構内に入ってみると、さすが幹線の貫祿で、ホームは長い。上りホームへの跨線橋に掲げられた案内は、ちゃんと「原ノ町方面」に修正されている。休日ながら、クラブ帰りらしい高校生が数人電車を待っている。仙台方面のホームにはもっといる。
 やって来た原ノ町行は、仙台からの列車である。けっこう長時間の運行なのに、ロングシート車なのは意外だった。

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 十七分ほどで原ノ町に終着する。しかし、ホームに降りてみると、乗ってきた電車の方向幕が「小高」に換わっていた。直通運用なのである。

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 仙台から小高~原ノ町間折返し運用の車輌を送り込むためのスジだったようだ。
 改めて乗り込むと、原ノ町から乗った客も含めて二十人ほどを乗せ、小高行となって発車した。二駅なので、十分ほどで小高に終着する。暫定的に行き止まりの終着駅となっているのだ。

 小高駅は、信号の関係からか、待避線で折返す。元々待避線はホームに面していなかったので、仮設ホームが造られ、改札口と連続した平面となっている。そういえば、神戸市の住吉(すみよし)駅も普段は橋上駅なのに、往時は新快速が折返すホームから線路の上に板を渡して、直接代行バスの乗り場に出られるようになっていたのを思い出す。
 この仮設ホームは2輌分の長さしかないので、小高~原ノ町間運転の列車は全て2輌編成であり、送り込みの列車も2輌でないといけないわけだ。
 2輌だけでそんなに込んでもいないのに、ワンマンではなくちゃんと車掌さんも乗っている。そしてこの区間はSuicaも使えないなど、何かと暫定的な扱いのようである。 

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 原ノ町での仙台方面との接続の都合であろう、折返し時間は三十分ほどある。ほどよい時間なので、駅の周辺を散策する。

 駅舎は相馬よりもむしろ整った感じで、新しさもある。震災後に建て替えられたのだろう。
 駅前には、今もって不通である竜田(たつた)~小高間の代行バスのポールが立っている。乗客の便を考え、バスは原ノ町まで直通する。このバスは一日僅か2往復しかないため、代替輸送手段としては心細い。帰宅困難区域を通り抜けるため、ノンストップで窓も開けてはいけない。いろんな制約もあって2往復が精一杯なのだろう。地元の人の最小限の需要を満たすためだけの運行とも推察され、このバスで小高に向かうことは、今回は遠慮したのである。

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 駅付近は住宅街だが、更地もそこここに目立っている。ここもつい昨年までは避難指示が出ていたので、やっと新しい生活が回りはじめたところだろう。
 仮設のスーパーや飲食店、ワゴン車を使った喫茶スタンドなどもある。わたしはそれらでいくらか買い物をし、わずかばかり地元に貢献する。この先、常磐線がさらに復旧して乗りに来ることがあっても、おそらく小高では降りないだろう。

 時間になり、折返し原ノ町行が発車した。今度は正真正銘、原ノ町止りである。原ノ町では僅か四分接続で仙台行がある。
 既に席が埋まっているようなら、一本見送って原町の市街を歩いてみようか、とも思っていたが、跨線橋を渡ってみると、手近な車輌に空席が見えたので、そのまま乗ることにする。午後に仙台に向かう列車となると、そんなに乗らないのだろう。仙台行はセミクロスシート車4輌である。進行右側のボックスに坐れたので、乗りつぶし区間の観察も好都合だ。

 相馬からが今回の復旧区間である。次の駒ヶ峰(こまがみね)からは線路が内陸に付け替えとなった区間に入る。旧線路跡が分かれていくのははっきり認められた。その後も、それらしい道筋が右窓に時々映った。
 それよりも、浜側に広がる、本当に広がっているのは、何もない荒蕪地である。海岸沿いには土が堆く積まれ剥き出しの法面を曝している建設中の堤防も車窓を圧してきたりもする。そして、そこを重機があちこちに動いて作業している。ゼロから、あるいはマイナスからの復興が盛んに行われているのだ。
 移転した真新しい各駅で、原ノ町や相馬から乗った人が少しずつ降りてゆく。大いに待たれた末の復旧であることがよく分かる。

 新地(しんち)駅もまた、移転した駅である。
 新地といえば、津波が引いた後のニュース映像を思い出す。ヘリコプターから俯瞰して実況中継していたのだが、貨物列車が転覆しているさまは、鉄道好きを茫然とさせるに十分な衝撃を有していた。アナウンサーは「牽引車が横転しています」と叫び、「電気機関車じゃ!」とつっこんだりはしていたが。新地駅では旅客列車も津波に巻き込まれたが、乗客は避難して無事だったという。
 その新地も周囲は、全てはこれから、という光景である。 

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 その次の坂元(さかもと)から宮城県に入るが、胸を衝く様が続くことに変わりはない。この区間、線路は高架化され、踏切が解消された。そして高速で駅を通過しやすいよう、工夫した配線になっている。ここを特急や貨物列車が行き交うのはいつのことだろう。
 浜吉田の手前で、浜側から旧線路を転用した道路がそれらしい緩いカーブで近づいてきて、合流する。これで乗りつぶしは完了である。

 亘理(わたり)からは、かなりの乗車がある。亘理に市制は敷かれていないが、相馬市と変わらない人口を擁している。仙台のベッドタウンでもあるのだろう。
 わたしは、東北線に合流する岩沼で途中下車することにした。このまま仙台まで乗ってもいいのだが、「常磐線」に区切りをつけておきたい気分になった。

 岩沼は、最長片道切符の旅でも途中下車し、街中の街道沿い、JRバスの駅にある待合室で食事をとった覚えがある。そこを見に行ってみる。
 その場所はすぐ分かったが、JRバスはもう撤退しており、民間バスの停留所になっていて、立派な待合室は姿を消していた。二十年も経つと、街道沿いの店も変化している。くすんだ商店街だったはずが、小洒落た喫茶店やファーストフードも多くなっている。

 岩沼駅でも、いろいろ興味深いものを見た。
 駅構内に、地元コミュニティFM局のスタジオが設けられている。わたしも普段、そういうラジオ局に関わっているので、貼ってある番組表などを、興味深く瞥見する。駅入口には、痴漢防止の呼びかけ、かと思ったら、痴漢逮捕の礼を述べた掲示もあったりする。なかなか珍しい。
 そして、街側に向いたメインの改札、東口改札から構内に戻り、岩沼始発の仙台行に乗るため跨線橋に上がると、そこに西口改札があった。東口から階段を昇っただけの所で、駅全体からみると東側である。首を捻りながらよく観察すると、改札内と改札外、二本の跨線橋の間に渡り廊下のような物が設けられ、そこに改札機を置いているのだ。なるほど、こういうショートカットのし方もあるのか、と感心する。これを「西口」と称するのは、少々大胆な気がするものの、駅の西側に出たい人はここを通ってください、という意味だろう。こういう改札は初めて見た気がする。

 さきほどの小高駅といい、JRの駅もいろいろ柔軟になったものだ、と思う。

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(平成29年1月乗車)

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阪堺上町線改キロ

 阪堺電気軌道の上町線(天王寺駅前~住吉)は、道路拡幅に伴う天王寺駅前電停の移設により、営業キロが改定された。
 天王寺駅前電停はこころもち後退するかたちになるので、営業キロは0.1キロ減少するのだが、起点側が減少する、というのはちょっと厄介だ。営業キロはコンマなんキロ、というように、小数第1位までで表すのが通常だが、第2位以下の端数を四捨五入する関係で、途中駅の駅間キロ数が替わってしまうケースが出てくる。
 わたしの乗りつぶしルールは、営業キロに変更(増減を問わない)があった駅間には乗りなおさないといけない、というものなので、この上町線も、全線に乗りなおしたいと思う。

 それも、改キロしたのが昨年の12月であり、結局正月休みまで乗りに行くことができなかった。正月の阪堺電車というと、住吉大社初詣客の輸送で大混雑となることは、昨年の正月、住吉公園駅廃止を前に乗りに行った際に、十二分に思い知っている。
 天王寺駅前電停には地下道からの長い列ができて、電車には機械的に詰め込まれるだけになり、周囲の観察もままならないと思われるので、天王寺駅前に到着するかたちで乗りつぶしたいが、天王寺駅前行電車は、住吉大社付近からはもちろん、堺市内でも既に満員になることも、昨年の経験で分かっている。昨年は住吉公園から始発の電車に坐って天王寺駅前まで行ったけれども、今年はその住吉公園駅が既にない。

 わたしは結局、天王寺駅前行の始発駅である浜寺駅前駅から乗ることにした。他にもいろいろ魂胆があってのことだが、とにかく南海電車で浜寺公園に着いた。ここに魂胆の一つがあるのである。

 浜寺公園の駅舎は、わが国でも最も古い時代から使われている部類に入っていたことで、よく知られている。文化財的価値もあり、見る分にもなかなかの眼福である。風格ある洋風建築なのだ。わたしも結構好きな駅舎だったので、何度も嬉しく乗降りしたものだ。
 しかし、浜寺公園駅前後の線路が高架化されることが決まり、当然この駅舎もその役目を終えることとなった。高架工事が完成するのはまだ先だが、とりあえず仮駅舎での営業に移った。それが一年ほど前である。
 それで、駅がどうなっているのか、見ておきたかった。

 ホームから地下道を通り、西側の改札に出てみると、なるほどずいぶん無機質な駅舎に替わっている。

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 しかし、この仮駅舎の右奥には、件の旧駅舎が遺されているのが見える。現在は閉鎖され、立入ることはできない。

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 囲いに説明板も掲示されているが、この駅舎は解体するに忍びないので、場所を移して保存することになったそうで、いよいよ嬉しい。

 さて、そこから西へすぐの所にあるのが、阪堺線の浜寺駅前駅である。こちらは、浜寺公園ほどの貫祿と風情はないが、軌道線にしてはしっかりした駅だし、やっぱり古めかしい。

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 折返し天王寺駅前行となる電車は既にドアを開けており、着いたばかりと見えて、誰も乗っていない。運転士さんもいない。わたしは、進行左側ロングシートの一番後ろに坐った。普通なら一番前に行きたいところだが、住吉大社付近で一斉に客が入れ換わると分かっている日に、通して乗る客が降車口のそばに陣取っていては邪魔だろう。
 普段よりも増発されているので、もう次の電車が着いて、この折返し線が空くのを待っているが、駅の手前でも降車を扱えるよう、簡易な降車ホームがあるので、客が待たされることはない。

 目の前に後部運転台があり、乗換券操作のためのパネルが貼られている。住吉公園駅が廃止されて一年近く経つのに、今も「住公」の文字が見える。

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 やがて、古びた駅舎の扉が開いて、休憩時間を終えた運転士さんが乗り込んできて、駅には発車を告げる自動放送が流れた。

 電車は、停まるごとに客が乗り込み、堺市内の併用軌道区間に入った御陵前で、通路までいっぱいになった。すれ違う電車もみな込んでいる。高須神社では、積み残しも出た。
 我孫子道には車庫があり、ここ始発の天王寺駅前行や恵美須町行も出るので、係員が、次の電車なら坐れます、などと案内している。

 いよいよ、住吉鳥居前電停の臨時ホームに停まる。ここは臨時に降車専用として地上集札を行っていて、前後両方の扉が開いて、乗っていた人が降りていく。が、降りずに乗り通す客などわたしくらいかと思っていたら、意外に多く、十数人が坐ったままだったり、空いた席に腰を下ろしたりしている。
 そこへ、後扉から破魔矢を持って乗り込んできた二人連れがいる。老母とその息子、とおぼしいが、降車ホームから乗り込むとは、横着な掟破り、と思いかけたが、かなりお歳を召したお母さんは足が不自由なようである。横着どころか、この混乱のなか並ぶのはつらく、同情するべき人なのかもしれない。ホームはロープで仕切られているし、係員が多数張りついているから、その目を盗んで乗り込むのは難しそうだ。
 立客がいなくなった電車は、数百メートル進んで住吉電停に停車する。ここが乗車専用である。去年までは、この阪堺線上のホームと、住吉公園から来る側のホーム、二カ所に天王寺駅前行の乗車ホームが分かれていて、列も二つに分かれて伸びていたが、今年は一つになった。そして、住吉公園駅からは始発電車が出るので、必ず坐れる穴場になっていて、身体の不自由な人などには、係員が住吉公園乗車を勧めているのも見た。
 してみると、そういう客を今年からは住吉鳥居前から特例で乗せることにし、そういう案内をしているのだろう。さきほどの二人連れもそのくちとみえる。

 阪堺電車も、三が日は車輌をフル稼働している点は昨年までと変わらず、昨年まで住吉公園発着だった臨時便が、我孫子道発着に改まったのみである。我孫子道以北はかなりの頻度になるので、すぐ次の電車が追いついてくるし、旧いタイプの電車ともすれ違う。
 広くはない電車道に人が溢れているのも去年と同じである。再び満員となって住吉を発車したところで後部から交叉点付近を見ると、電車待ちの長い列は、撤去された住吉公園方面の軌道跡に伸びている。三~四便待たないと乗れないだろう。係員は、この先の電停から乗る人のことも考え、極限までは詰め込まない。
 住吉大社から天王寺へ行くなら、南海とJRか地下鉄を新今宮で乗継ぐ方が快適で早そうなのだが、上町線もかなりの人気である。乗換えと階段の昇り降りがないことが、かなりアドバンテージになっているのだろう。

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 帝塚山あたりの狭い熊野街道を抜けて、阿倍野に出てきた。いよいよここからが、今回の主目的である軌道付替え区間となる。
 阿倍野の交叉点の所で、旧線から分岐して、少し西側に寄る。道路が拡幅されるので、中心がずれるのである。

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 このあべの筋の新軌道では、軌道緑化も行われている。軌道敷に芝生を植えることで、景観の向上や騒音の軽減を図るとともに、クルマの進入も防いでいるのである。
 相変わらず、右側には旧軌道が未だ撤去されずに並行しているのが見える。

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 移転した天王寺駅前まで来ると、折返し線に入る。旧電停は、上りと下りの線路が両方から歩み寄るY字形だったが、新電停は、上り(到着)線が下り(出発)線に合流する形になっている。ここは、普段から降車後の集札口で運賃を収受している関係で、合流前に降車ホームは設けられていない。次の電車が来ないうちに、迅速に折返す必要がある。

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 もう午後ではあるが、これから参拝に向かう人もまだまだ多い。
 発車案内が見やすいものになり、ホームも新しく清潔になったようである。

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 電停には、歩道橋と地下道、普段はどちらからも到達することができるが、今日は歩道橋から通じる階段は閉鎖され、ここでも地下道に長い行列がある。地下に降りる階段は狭いので、電車が着くと、乗車待ちの列を切って降客を通している。

 都市近郊の路線で、けっこう車輌数も多いので、車輌の新陳代謝はなかなか一気には進まないようで、古めかしい電車が近代的に改装された駅に出入りする様は、なかなか愉しい。少しずつ、少しずつ、改まる時代を辿っていくのだろう。

(平成29年1月乗車)

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福鉄福井駅広場乗入れ

 以前からの懸案で、工事が進められていた、福鉄福井駅前枝線(通称ヒゲ線)の福井駅前広場への乗入れがついに実現した。営業キロも0.1キロ伸びたので、乗りつぶしの対象となる。北海道新幹線に一日遅れての延伸だったので、北海道を先に片づけてから、福井に戻ってきた。それで、開業初日の様子は見られなかったが、函館からの帰り、福井駅電停から福鉄に乗った。

 JR福井駅ホームからは駅前広場が見えない(窓がすりガラスなので)。富山駅のように、新幹線ホームから市電の出入りが見えると面白いのだが。
 中二階からは見えたが、低い位置なので、様子がよくわからない。やはり、電停を福井駅側に持ってきてほしかった。

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 福井駅側にあるのはバスターミナルである。京福・福鉄両社のバスが交じってターミナルに出入りするのは感慨深い。「すまいる」もここ発着である。

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 福井駅電停は、せっかく二線あるのに、通常は同時に二線は使用しない。臨時などが入るときだけ二線使うようだ。

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 ただし、わたし個人が駅前で買い物や用務するのは、駅前電車通り沿いが多いので、却って電停が遠くなってしまった。
 そして、やはり越前武生(えちぜんたけふ)方面への発車が終日毎時二本程度に減り、朝ラッシュ以外急行に乗れなくなったのは、大きなマイナスである。急行の方が電車も大型で、着席チャンスも大きいため、市内からの帰りは、市役所前から急行に乗ることが多くなった。枝線が延伸されたとたんに、枝線を使わなくなる、という皮肉な結果になったのである。
 西武百貨店前あたりに新たに電停を設け、急行はそこまで入って折返すなどすれば、利便性が増すことだろう。

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 ともあれ、これで完乗タイトル奪還したが、このダイヤ改正で、面白い変化もいくつかあった。

 まず、改正前は予備車的存在に成り下がっていたはずの600形・610形の両編成が、ばりばりの現役に復帰したことである。福鉄オリジナルの200形が運用を休止し、武生の車庫で寝ているうえ、ダイヤ改正で運用数が増えたので、駆り出されることになったようだ。
 600形は、従来居酒屋電車やビア電などのイベントにも使われてきたが、このあおりで、2016年度のビア電は運行しない旨、発表されている。
 600・610形は、越前武生~田原町(たわらまち)間の急行に入ることが多い。えちぜん鉄道には直通しない。

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 市内軌道線区間で、木田四(きだよ)ツ辻(つじ)の電停が、商工会議所前に改称されたが、駅名表には括弧書きで「木田四ツ辻」と書いてある。誤乗を防ぐため、親切に旧名称を併記しているのか、と思いかけたが、同じく改称された足羽山(あすわやま)公園口(旧称・公園口)で括弧書きされているのは「毛矢町(けやちょう)」であった。
 これはいずれも、隣接しているバス停の名前を書いているのである。ならば、この機会にバス停と名称を統一すればよかったように思うが、以前取り沙汰されていた、「電車・バス兼用レーン」への布石なのであろうか。
 面白いことに、木田四ツ辻電停で使われていた電停名称のポールは、歩道のバス停に移設されている。どことどこがどういうやりとりをして、こうなったのだろうか。

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 そして、この改正で新しく登場した種別が、「区間急行」である。朝の上り一本だけで、神明(しんめい)まで急行、そこから越前武生までは普通電車として運転する。サンドーム西駅近くにある鯖江(さばえ)高校への通学に配慮した運行と思われる。
 神明で列車番号も変わるので、運転士さんによっては神明で種別幕を換えるが、「区間急行」のままで越前武生まで行く日もある。
 面白いのは、この区間急行が、神明駅の予備ホームである通称「3番線」に発着するようになったことである。「3番線」は臨時列車が発着する程度で、あまり使われていなかった。この線路の錆取りのために、従来は朝ラッシュ輸送を終えて回送で武生に戻る電車がここを通っていた。しかし、改正によって回送がなくなり、皆営業列車になったため、やむなく区間急行を「3番線」発着にしたのだとか。

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 これからも目が離せそうにない福鉄である。

(平成28年3月乗車)

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北海道新幹線開業

 北海道新幹線開業の当日は、仙台付近で過ごしていたのだが、その翌日に初乗りすることになった。

 仙台駅から新函館北斗(しんはこだてほくと)行の「はやぶさ」に乗ることにする。新幹線のホーム案内板で函館の文字を見るのは、やはり感慨深い。秋田行「こまち」を先頭に入ってきた列車の広報が「はやぶさ」である。

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 新青森までの東北新幹線延伸が、そんなに前のこととは思えないのだが、それからもうこの日を迎えたのか、と思う。
 乗り込んだグリーン車は、ツアー客と思われるお年寄りの団体を中心に、満席の盛況である。わたしの隣にはツアコンさんが坐っている。

 新青森を過ぎてしばらくすると、右側から在来線の狭軌線路が合流してくる。ともに青函トンネルをくぐる貨物線である。つい先日までは特急やら寝台列車やらも行き来していたが、これからはほぼ貨物専用となる。

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 トンネル内は、新幹線も従来どおりの時速140キロに制限されている。貨物列車と擦れ違うときの風圧を考えて、そうしている。ただし、わたしの乗った「はやぶさ」は貨物列車とは一度も出会わないままトンネルを抜けてしまった。

 抜けると同時に、
「北の大地、北海道へようこそお越しくださいました」
 とアナウンスが入る。洒落た放送で、こういうところは、JR北海道らしさだな、と思う。

 車窓風景も、なんとなく北海道らしくなっている。隣の線路は三線軌道、つまり新幹線と在来線が両方通れる線路になっているのが分かる。

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 木古内(きこない)で貨物線と分かれると、またスピードが上がる。やがて、右窓に函館山が見えはじめる。本当に新幹線で北海道に来たのだ、という実感が募る。

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 満席状態が続いたまま、終着の新函館北斗に到着した。観光には中途半端な夕刻だが、これからホテルに荷物を置いて函館山の夜景を観に行くのに、ちょうどいいのだろう。

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 駅の内外は、乗る人、降りる人、単なる見物の人、入り交じって混雑している。
 乗り場である11番線には、新幹線の特急券を持った人のみ入れるようになっている。見学客は降車ホームの12番線に行くよう、案内されていた。新幹線ホームといっても、そんなに広くはないのだ。
 改札外の通路からは、ホームと線路を見下ろせるようになっていて、そこに多くの見学客が詰めかけている。

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 構内は左側通行が呼びかけられ、つまりそれだけ多くの人がいたわけである。
 その割に、店などの設備は貧弱である。改札内の売店、それに、改札外にカフェがあるくらいだが、いずれの店も、弁当類は売り切れていた。
 寂しい気がするが、考えてみれば、新幹線駅といっても、定期列車はわずか十三往復しか発着しない駅なのである。そう考えれば、この程度の設備でしかたないのか。

 駅前広場に出てみると、多数のバス乗り場があり、函館市内や大沼(おおぬま)公園に向かうバスなどが発着している。
 北海道の物産展が開かれていたようで、屋台が並んでいるが、今日の営業は既に終わっていた。

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 駅の通路から、駅前広場と反対側を見てみると、なんとものどかな風景が広がるのみで、ずいぶん表側とはギャップがある。

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 そして、新幹線の線路の終端部を見てみると、路盤は続いているが、空しく車止めが施されている。この先も、早く乗れる日がきてほしい。

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 ひと通り駅を見た後、函館市内に向かうことにする。
 すぐに接続する函館行は、ディーゼルカー一輌の普通列車である。これに、けっこうたくさんの客も乗り、立ち客も出ていた。

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 しかし、わたしは今回運転を開始した「はこだてライナー」に乗ることにする。先の普通列車の僅か十五分後に出るので、新型車輌を調えた新幹線連絡列車であるのに、ほとんど客が乗っていない。
 大きなエンブレムの付いた電車は、半自動ドアである。つまり、停車中は客がボタンを押して扉を開閉する方式である。この方式は、札幌近郊ではかなり定着しているが、函館付近には初めての導入である。だから、係員が巡回して、丁寧に客に使い方を説明したり、開け放しの扉を閉めて回ったりしている。

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 結局、六輌編成に乗った客は三十人程度で、駅の喧騒から考えるとあまりに少ない。
 これから利用状況をみながら、ダイヤや編成の調整がなされるのだろう。結局、函館までわたしの乗った二輌めは、わたしの貸切であった。

(平成28年3月乗車)

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札幌市電延伸(環状化)

 正月休みに札幌市電に乗ってきた。延伸されたため、完乗タイトルを防衛する必要があったのである。
 しかも延伸区間は、「路側走行方式」という珍しいものなので、面白い光景を見ることができた。

 札幌市電は、昔は市内縦横に路線を伸ばしていたが、次第に廃止が進み、西4丁目~すすきの間の一路線だけが存続していた。
 この両終点、西4丁目とすすきのの間は、四百メートルほどしか離れていなかったのである。つまり、市街南西部をぐるっと回って、元の場所に近い所に戻ってくる、「準環状線」ともいうべき形状だった。

 それなら、両終点をつないで、完全な「環状線」にした方が、乗客の利便性も運行の効率も上がる、ということで、環状化計画がもちあがったのだが、今どき路面電車なんていう古くさいものを延伸するのか、道路交通を阻害するのではないか、など、懐疑的な声(実は、そういう考えのほうが世界的には時代後れになってるのだが)もあった。

 しかし、なんとか実現にこぎつけた。昨年12月、市電の環状化が成ったのである。
 
 この延伸(実際は復活)区間である駅前通りは、通常の路面電車のように道路の中央を走るのではなく、両端(路側)を走り、歩道から直接乗り降りできるようにした。バリアフリーの風潮にも合致している。
 これにも賛否はあったのですが、いちおう実現した。恒常的な路側走行方式が採用されたのは、日本では初めてのことである。
 ゆえに、他の路線では見られない、独特の情景が見られるようになった。
 
着いたのは夜だったので、イルミネーションの中でとりあえず様子を見る。写真は、駅前通りを走る内回り循環の超低床車「ポラリス」である。道路の端を走っているのがおわかりだろうか。
 電車専用信号に不慣れなドライバーに注意を促す看板が掲出されている。免許を取るときには習うはずだが、身近にないと忘れてしまうのだろう。左側に見えているのが、改修成ったすすきの電停である。

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 仔細な観察は翌朝にした。
 下は朝のすすきの付近である。駅前通りを南に走ってきた外回り電車が、右折してすすきの電停に入る。手前のタクシーは左折して画面右の方へ行こうとしている。当然、電車専用信号が設けられている。
 やって来た電車はすすきの止りであった。朝ラッシュ時は、すすきの~西4丁目~西線16条の折返し便が運行される。環状化前は西4丁目~西線16条間で運転されていた区間便だ。

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 路側走行と中央走行の境目は、変則カーブになる。すすきの交叉点には時計台があるので、外回り軌道の敷設には苦労したことだろう。

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  すすきの電停は大改修され、上下線路の間に折返し用の引上げ線が設けられ、ラッシュ時に折返し運転が行われる(昼間は環状運転が基本)。だから、そんなに広くない道路に三本の線路が並ぶ。よくこれが許容されたもの、と拍手したいところである。左が外回り線。中央が引上げ線で、折返し西線16条行が待機している。右が内回り線で、遠くに超低床車が見えている。

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 すすきので折返し内回り循環になるダイヤもある。外回りには、中央図書館止りも来る。これは、ラッシュ輸送を終えて入庫する電車である。中央図書館前電停から入庫線が分岐している。

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 路側走行区間に新設された狸小路(たぬきこうじ)電停に行ってみる。
 手前は内回り循環電車、道路の向こう側に外回り循環電車が見える。こういう電車の見え方は他にはない。
 バスのように歩道から電車に乗れるのは、便利だ。内回りの中央図書館前止りも来た。

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 西4丁目の交叉点も、少し雰囲気が変わった。内回り電車は歩道ぎりぎりを曲がる。歩道端に埋め込まれたランプは、夜になると電車が通るときに点滅する。
 内回りのホームは交叉点手前の歩道上に移設された

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 電車は頻繁に来るので、前の電車が車内から見えたりもする。

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 一応、環状線を一周してみた。中央図書館前付近では、方向表示が幕の電車と擦れ違う。少数ながら、LED化されていない車輌もあるのだ。

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 この時代に、路面電車の延伸が実現したのは、大変好ましいことである。今後、札幌駅への延伸の構想などもあるそうだが、期待していいのだろうか。

(平成28年1月乗車)

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仙台市営地下鉄東西線 初乗り

 荒井~八木山動物公園間のリニア地下鉄が開通したが、両端の駅とも、よそ者には馴染みのない名である。どのあたりにあるのかも、よく分からない。

 ともかく、同じ道を往復するのは面白くないので、荒井へは仙台駅前からバスを乗り継いで行く予定にしていた。

 仙台の市バスは、運転系統とその番号が実に複雑で、何度仙台を訪れてもよく理解できない。今回も、いろいろ調べてみて、検索システムの助けも借り、仙台駅から荒井駅へは、直通する系統はない、と結論づけ、途中で乗り換えて荒井に向かうことに決めた。
 そのつもりで、朝、仙台駅バスプールに行ってみると、いきなり「荒井駅」という表示のバスが目の前に停まった。何たることだ。それに乗ったが、かなり遠回りしたので、乗り継いでいくのと所要時間はあまり変わらなかった。
 市バスの他に宮城交通のバスも運行されており、両者入り乱れているので、これまた分かりにくいのだが、荒井駅に着いてみると、多賀城へ行く宮城交通バスがあったことに、意表を衝かれた。
 
 意外に規模の大きい駅なので、驚いた。駅前にバスターミナルが整備されていて、バスが頻繁に出入りしている。駅の海側には、東西線の基地が見えている。駅のホームは地下にあるが、車輌基地の部分は地上に出るようだ。

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 海岸に近い所なので、当然周囲は津波の被害を受けていて、更地が多い。まだまだこれから開発・復興が進むべき土地だ。

 ホームに下りて、電車を迎える。荒井駅では、降車扱いの後、一旦車輌基地側に引き上げてから、改めて乗車ホームに入る。
 開業記念のロゴマークが車輌に付いている。LEDの方向表示は、白字で読みやすい。

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 中間地点の仙台で既設の南北線と十字に交叉するとともに、JRと連絡する。仙台から青葉通一番町あたりが都心部を行く区間で、最も混雑もするようだ。
 八木山動物公園へは、時々地上に出ながら、ぐいぐいカーブして山に登っていく。「地下鉄」のコンセプトに反する路線である。八木山動物公園駅も、地下鉄としては珍しい立地で、事実、全国の地下鉄の中で海抜が最高の駅なのだそうだ。そして、ここにもなかなかきれいなバスのりばがある。

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 八木山動物公園からも、市バスに乗って定禅寺通に下りた。ここからも、都心に向かうバスが存続している。
 かなり曲がりくねった道を運行して、どこを走っているのかよく分からなくなったが、バスにもそれなりの客が乗ったから、東西線と並行はしていないのだろう。

(平成27年12月乗車)

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上野東京・北陸新幹線・地鉄初乗りなど

 今年(平成27年)の3月14日改正に伴い、新たにできるものもあって、完乗タイトル奪還のために、そぞろ乗りをしないといけない。

 それで、神戸からの帰途、東京廻りといういびつなコースをとることにしたのである。

 品川(しながわ)のホテルに一泊した後、朝の品川駅に出た。もちろん、今回開通した上野(うえの)東京ラインに乗るためである。
 もっとも、上野東京ラインは、元々ある路線に線路が増設されて、運転系統が変わっただけなので、新たな区間が開業したわけではない。だから、完乗タイトルには影響がないのだが、首都の心臓部に新たな線路が敷かれる、というのは滅多にないことだし、興味深い。やっぱり乗ってみようと思った。

 品川で「上野」という行先を見るのは、何とも新鮮で、これも見慣れればどうということはなくなるのだろうが、どうも「上野」というと、東北・上越(じょうえつ)方面からの列車の行先という観念が染みついている。特にラッシュ時は、従来東京行だった東海道線(湘南(しょうなん))電車に、上野行が多くなった。尾久(おぐ)の車庫に入るからだろうが、南側からの上野行にはまだまだ抵抗がある。逆に、常磐(じょうばん)線方面からは品川行が多くなった。

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 もちろん、東海道線から上野を通り過ぎて、東北・高崎(たかさき)線に直通する列車も多い。わたしは、その一本である籠原(かごはら)行に乗ることにした。長距離だし、景色もしかと見たいので、グリーン車の二階に席を占めた。

 神田(かんだ)を過ぎるあたりから、上野東京ラインの線路はかなり高い位置を走るようになる。スペースがないので、新幹線の上を高高架で通しているのだ。
 その分眺めはよく、スカイツリーの先端部もよく見えている。掘割を渡ったりするうち、新幹線から少し位置がずれ、「はやぶさ」などの新幹線列車も眼下に見える。
 

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 新幹線は秋葉原(あきはばら)から地下に潜る。上野駅の新幹線ホームは地下にあるからである。それで空いた所に、上野東京ラインの複線が下りて行く。秋葉原付近の賑やかな街並みがやはり眺めよい。

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 各方面からの列車がこの上野東京ラインに集まってくるので、けっこう高頻度で列車と擦れ違う。JR、特に東日本は、新たな路線や運転系統では、当初は用心深く控えめな運転本数にし、利用客の反応を見ながら徐々に増やしていくことが多いのだが、今回はいきなり飛ばしている感じである。
 ただ、まだまだ人々の行動様式が大きく改まるところまではいっていないのか、各列車はそんなに込んではいないようだ。この籠原行も、東京でどっと空いて、上野から多く乗ってくる。

 乗換えのため熊谷(くまがや)まで来てホームに降りてみると、いつか人身事故で高崎線に大幅な遅れが発生していた。
 こうなると、ダイヤの混乱を波及させないため、直通運転を中止する、という対応がとられる。本来は東京経由小田原(おだわら)行の列車が、上野止りに変更されている。当初、上野行なのに列車種別が「上野東京ライン」と表示されていて、禅問答のようになっていたが、おかしいと思ったのか、すぐに「普通」に変わった。 

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 さて、高崎に移動し、ここから北陸新幹線に乗る。
 長野までは既設の区間で、もちろんとうに乗ったことがある。車輌も長野以南に先行投入されていたので、やはり先日乗っていて、目新しさはない。
 しかし、改めて車内を観察すると、座席の間隔がゆったりしているし、背凭れの頭の部分が上下に動いて頭にフィットするよう工夫されているのは、最新の車輌という感じがする。普通車でも全席にコンセントが整備されたのも、時代である。
 
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 「はくたか」に乗って、高崎から北陸新幹線に入る。この列車で富山まで行く。
 長野県に入り、軽井沢(かるいざわ)に停まる。この辺から、右窓にはまだまだ雪を頂いている浅間山が荘厳な姿を見せる。 

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 佐久平(さくだいら)、上田(うえだ)と停まって、長野に着く。
 ここからが、いよいよ新開通区間で、わたしの完乗タイトル奪還が始まる。
 長野を出たところで車輌基地が右手に見える。国鉄製の近郊形電車が憩っているほか、写真では見えにくいかもしれないが、奥の方には横須賀(よこすか)色の荷物電車や、国鉄オリジナルカラーの特急形電車も停まっているのが見える。なかなか国鉄要素の大きい車輌基地だ。やがて、新幹線自身の車輌基地のエリアに入るが、そこは地下に潜って抜けるので、それを見ることはできない。 

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 開通区間最初の駅は、飯山(いいやま)である。旧信越線からは外れ、支線である飯山線で少し入った所にある駅である。新幹線どころか、飯山線には特急も走ったことのないので、新幹線の駅ができたのは破格の扱いである。東北新幹線の古川(ふるかわ)と似た境遇だ。
 飯山は一応市制が敷かれているが、人口は二万人余り、特に大きな都市ではない。地形の関係で新幹線が通ったのは、天佑であろう。 

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 飯山から山地をトンネルで抜ける。このため、かつてはスキー列車が多く終着した妙高(みょうこう)高原の駅を新幹線は通らず、同駅はしなの鉄道とえちごトキめき鉄道、両第三セクター鉄道が接続するだけの、ローカル駅になってしまった。
 この妙高高原の他、新井(あらい)・高田(たかだ)・直江津(なおえつ)と主要駅が並ぶ旧信越線だが、そのいちいちに付き合うわけにいかない新幹線は、このエリアの中ほどにある旧脇野田(わきのだ)駅でえちごトキめき鉄道と交叉し、ここに上越妙高駅を設けることとなった。
 駅名に「上越」が付いているが、上越新幹線とは無関係である。ここの上越は、新潟県すなわち「越後」を京都に近い方から「上越」「中越(ちゅうえつ)」「下越(かえつ)」の三地域に分けたうちの最初のものを指す。対する新幹線名の「上越」は、「上野国(こうづけのくに)」と「越後国」とを結ぶ線という意である。だから、上越妙高へ行くのに上越新幹線に乗ってはならない。取り返しがつかない、というほどではないが、かなりの遠回りを強いられる。
 トンネルを抜けると、まさに雪国で、長野県側は晴れていたのに、一気に空が曇り、田畑は白く染まっている。

 上越妙高は追越し可能な二面四線の構造になっている。ホームの両側に柵が設けられて、展望はきかない。ここで、速達型列車の「かがやき」に抜かれる。長野でこの「かがやき」に乗り換えれば、富山には早く着いたのだが、わたしは各駅をしっかり観察するため、敢えて「はくたか」に乗り通しているのだ。
 やがて、「かがやき」がホームに面した線路を通過していく。あまりに速いから、写真に撮っても「かがやき」の車輌は霧のように危なっかしい。

 上越妙高を発車すると、線路に設けられたスプリンクラーが、激しく水を吐いている。 

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 ワゴンサービスが回ってきた。わたしは、パウンドケーキとコーヒーのセットを買った。
 在来線の特急ではどんどん車内販売が縮小されている。せめて新幹線では愉しみたいものである。
 座席にはワゴンサービスのメニューが入っていて、分かりやすい。 

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 列車はまた長いトンネルに入るが、それを抜けた能生(のう)あたりで、初めての日本海が一瞬だけ見える。
 さらに、糸魚川(いといがわ)に近づくと、高架線路だけに、海岸までの距離はあるものの、海を見わたせるようになる。今日は曇っているが、天気のいい日なら、碧海の眺めがすばらしいものとなろう。

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 黒部宇奈月(くろべうなづき)温泉駅に停まる。ここは、富山地方鉄道との連絡駅である。
 富山地方鉄道の方は「新黒部」という駅名である。同鉄道は終点が宇奈月温泉だから、ここの駅名を新幹線に合わせるわけにはいかなかった。
 黒部宇奈月温泉は、新幹線の駅名としては最も長い。 

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 黒部宇奈月温泉を過ぎ、魚津(うおづ)あたりでもちらちら海が見える。今後、新幹線の車窓から蜃気楼が見えたりすることもあるのだろうか。

 富山で、わたしは一旦途中下車する。やはり、完乗タイトルを奪還するために、立ち寄らないといけない。
 「ますのすし」の売店がホームにあるのがいかにも富山らしい。ここから金沢までは、区間運転の「つるぎ」もあるので、若干運転本数が増える。「つるぎ」の折返しは、外側の線路どちら側でも行われるようだ。ホームから南側を見下ろすと、これから乗ろうとする富山地方鉄道市内線の、富山駅乗入れのため新たに敷かれた線路が見える。

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 ホームから階段でコンコースに下りる。
 なかなかコンパクトながら、落ち着いたデザインがなされている。
 改札を出ると、右側が在来線の改札で、新幹線から乗換えるにも、一旦改札を出なければならず、中間(連絡)改札はない。旧北陸線の方が第三セクター鉄道のあいの風とやま鉄道になったので、こっちが主役で、高山(たかやま)線をひき続き運営するJR西日本が、看板の隅に追いやられている。
 片隅には、水道水を飲める設備がある。立山(たてやま)の雪解け水を水道水にしている富山は、水の美味しさが自慢なのだ。

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 新幹線から正面に進むと、市内電車の乗場である。全く段差なく行き着けるようになっているのは、現代のデザインである。
 高架下のコンコース至近まで市電が乗り入れるのは、画期的なことで、LRT整備に積極的な富山だけのことはある。
 この市電乗場に面して、バルコニーのような高い空間があり、テーブルと椅子が並んでいるのが見えたので、カフェかと思ったが、階段を昇ってみると、フリースペースであった。ここから市電を眺めることができる。
 現在のところ、富山駅電停は行き止まりとなっているが、在来線の富山駅が高架になれば、ここから北へ線路を伸ばし、北口に発着する富山ライトレールと直通運転する予定だ。

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 環状線のセントラムと呼ばれる電車が富山駅電停に入ってきた。この富山駅電停に電車を引込むために新設された線路が、新開通区間である。完乗タイトルのため、ここを乗らなければならない。
 が、富山駅電停からは、電鉄富山駅・エスタ前(旧・富山駅前)電停、新富町(しんとみちょう)電停、両方向に出られるように線路が敷かれている。どちらに向かうのが正式な新線なのか、手許に資料のない素人には分からない。分からなければ、両方乗るしかない。それには、環状線で一周して戻ってくるのがちょうどいい。 

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 そうやって戻ってきた。電鉄富山駅・エスタ前から右手を見ると、新たな富山駅ビルの全容が見える。

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 再び富山駅電停に入ったところで下車する。開通以来初めて乗ったらしい若い女性客が、
「えー、何これやばい。金沢みたい」
 と、きれいなコンコースを見て感嘆している。

 富山駅電停では、1系統(富山駅~南富山駅前)が折返す他、2系統(大学前~南富山駅前)にとっては途中電停だが、双方向ともここで進行方向替えをするし、3系統(環状線)もここに入って進行方向が変わる。
 だから、発着線が二線ではなかなか手狭に感じるほど、電車はひっきりなしに出入りする。渡り線がクロスしていて、それを使って電車を捌いている。
 電鉄富山駅・エスタ前から南富山駅前方面と、新富町から大学前および環状線方面と、二つの方向に出て行く線路は交叉点の少し手前で分岐する。分岐から交叉点までは、電車一編成分の長さがある。だから、片方面の電車が信号待ちをしていても、それに支障されることなくもう一方面の電車が発車できるようになっている。さっきの環状線が発車するときも、信号待ちの間に南富山駅前行が横をすり抜けて先に出て行った。写真のように、両方面の電車が並んで信号待ちする様子が見られることもある。
 こういう効率のいい運用が可能な路面電車の配線は、欧州あたりにはよくあるらしいが、日本では初めてだと思う。この交叉点の信号はけっこう変わるまでが長いので、いい設備である。 

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 これで、富山地方鉄道の未乗線もつぶした。新幹線に戻って、残り区間に乗ろう。

 再び改札を入ってホームに上がると、金沢行「つるぎ」が入っていた。12輌編成だが、それほどの客も見込めないので、乗車できるのは1~6号車である。うち4輌が自由席だが、たった二駅で終点になる列車だから、そんなに込まない。わたしは三人掛けを独り占めできた。 

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 「つるぎ」が富山を発車すると、まもなく右手に、富山新港に架かる新湊(しんみなと)大橋が遠望できる。日本海側では随一の斜長橋である。

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 新高岡(しんたかおか)では富山より多くの人が乗ってきたが、それでも座席は三割も埋まっていない。新高岡はJRの支線である城端(じょうはな)線と連絡する駅で、従来からの高岡駅へは城端線で一駅、僅か1.5㎞である。それくらいなら、なんとか高岡駅に乗り入れられなかったのか、と歯痒い。
 倶利伽藍(くりから)峠をトンネルで抜ける。すぐに金沢である。
 「つるぎ」として金沢に着いた編成は、すぐに側面表示が「はくたか/東京」に変わった。「つるぎ」はあまりにささやかな列車なので、専用編成を用意するのではなく、東京~金沢間列車の間合いを利用して運転されているのだ。 

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 金沢駅もまたいろいろ変わってきれいになっていたが、第三セクターのIRいしかわ鉄道となった在来線津幡(つばた)方面の列車は、従来のJRのままであり、変わり映えがしない。国鉄製の電車もそのままの塗装で用いられていた。
 この駅には中間改札もあった。これで未乗区間がなくなったわたしは、安心して福井方面の在来線特急に乗継いだ。

(平成27年3月乗車)

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JR吾妻線付け替え

 万葉線の高岡(たかおか)駅乗入れ以来、約半年ぶりに、完乗タイトル防衛の必要が生じた。JR東日本吾妻(あがつま)線の一部が、ダム工事のため付け替えられることになったためである。
 吾妻線全体としては0.3キロ短くなるのだが、岩島(いわしま)~長野原草津口(ながのはらくさつぐち)間は明らかに新たな線路が敷かれるわけで、途中にある川原湯(かわらゆ)温泉駅も、従来と異なる場所に移転する。これはやはり、乗りなおさなければならないであろう。

 10月の中旬に、宿泊地の東京から日帰りで出かけることにした。ホテルの最寄り駅に行ってみると、山手(やまのて)線ホームにいきなりやってきたのが、ちょっと変わった電車であった。

 東京駅開業100周年を記念した、赤レンガ色の電車である。運行を始めたばかりだし、山手線に運用されている編成数はかなり多いので、まさか見られるとは思っていなかった。なかなか幸先がいい。

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 高崎(たかさき)線の普通電車で高崎まで行く。
 ここで早昼の時間になったので、以前から評判を聞いていたカツ丼の店を訪れ、昼食とする。
 群馬あたりはソースカツ丼が主流だそうだが、この店のカツ丼は和風だしのカツ丼である。福井には醤油カツ丼も出てきたが、それとも違う。醤油の味は利いているものの、だしの香りがまさっている。これが不思議に、わたし好みの香ばしいタイプの衣とよく合っているのである。これも大いに満足する。

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 駅に戻って、普通電車に乗る。高崎から奥へ行く各線には、オレンジと緑の昔ながらの湘南塗色のまま、国鉄形電車がまだ頑張っている。

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 これに乗ろうとしたが、遺憾ながら入線直前まで何輌なのか案内がなく、アナウンスで3輌だと聞かされ、わたしを含め、4輌の乗車位置で待っていた客が嫌そうな顔をして並びなおす。
 しかし、電車全体はそれほど込んでいないので、どうにか坐れた。上越(じょうえつ)線を北上し、渋川(しぶかわ)から吾妻線に入るが、客はほぼ減る一方で、具合のいいことに、付替え区間の手前にある中之条(なかのじよう)まで来て、進行右側の四人掛けボックスを独占することができた。

 岩島を過ぎると、旧線跡が分かれてゆき、新線に入った。しかしほどなくトンネルに入ってしまう。新たに掘られた八ツ場(やんば)トンネルである。
 「八ツ場」の名を聞けば、思い当たる人も多いだろう。かなり進捗していたダム工事が、民主党政権に替わった時に、凍結されたのが、ここである。結果的には、民主党政権の清新さを演出するため、公約遵守のシンボル的に使われたことで、地元も吾妻線も翻弄されたことになる。国土交通大臣が、鉄道ファンで知られる前原誠治(まえはらせいじ)氏であったのは皮肉なことであった。
 自民党政権に戻って、工事は再開され、計画どおり吾妻線も移設されることとなったのである。使われなくなる旧線の途中には、日本一短いトンネルとして知られた樽沢トンネルがあったことでも話題になった付替えである。
 その筋の人たちが、樽沢トンネルの現役の姿を目やカメラに収めようと、付替え直前にはかなり集まっていたようだ。トンネルは7メートル余りの長さしかなく、電車1輌の半分にも満たないため、電車が通過する際の光景はユーモラスなものだったが、わたしはトンネルに格別の関心を持っていなかったので、付替わってから乗りに来れば十分、と考えたのである。トンネル跡自体は現在も残っていて、クルマでそばまで行くことはできるそうだ。

 掌を返すように、4キロ以上もある長いトンネルとなった八ツ場トンネルをやっと抜けると、川原湯温泉である。
 川原湯は、温泉街自体がダムに水没することになるので、まるごと高台に移転することになった。この移転の段取りも既に進んでいたため、ダム工事凍結が揉める原因ともなった。現在も新温泉街は完成に至っていないが、ともかく駅も移転して新しくなった。
 線路のバラストもまだ白く、初々しい。ホームの設備なども快適に使えそうである。

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 川原湯温泉を出てまた長いトンネルに入る。これは川原湯トンネルである。それを抜けると、すぐに元の線と合流し、長野原草津口に着く。
 長野原草津口のホームは一面二線だが、列車の行違いはできない。南側の線路は行き止まりで、終点の大前方面に抜けているのは北側の一線だけなのである。吾妻線列車の一部がここで折返すためにこういう構造になっているのだが、駅舎を建て替えた関係でこうなったらしい。
 駅付近には見事に何もない。店も家もなく、駅前広場に草津(くさつ)温泉などと結ぶバスが発着するだけである。駅舎にも売店があるだけで、食事などをする設備はない。
 こういう姿になったのも、ダム工事の関係だということで、この駅も何かと振り回されているようだ。

 わたしもこれで目的を果たしたので、ここからひき返すことにする。東京への切符を予め買ってあるが、この付替えを機に、吾妻線は東京近郊区間に組み入れられた。ということは、山手線内までの切符は、途中下車不可、当日限り有効、となるはずである。しかし、わたしの切符は2日間有効で途中下車もできる。

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 なぜこうなるのかよく分からない。確かに購入したのは付替え前だが、有効開始は付替え後を指定している。こういう場合は付替え後のルールが適用されるのではなかろうか。まあ、わたしもここに来るまで思い至らなかったのだが。

 帰りは特急に乗る。元々常磐(じようばん)線で走っていた特急車輌が転属してきたものが、特急「草津」に使われている。指定席は六割くらいの乗りであった。

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 途中下車可の効力を活かし、わたしは途中の大宮(おおみや)で降りた。自動改札機でも引っかかることはなかった。
 降りたのは、鉄道博物館に立ち寄るためである。この時期、特別展である「鉄道王国とやま」展が行われていたのに興味を惹かれたのだ。間もなくの北陸新幹線金沢開業に協賛したもので、富山高専鉄道部が模型レイアウトを出展しているのも、興味深い。同じく期間限定のレストランメニューである、スフレセットも味わって帰った。

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 単なる乗りつぶしでなく、なかなか充実した鉄道旅行となったことである。

(平成26年10月乗車)

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万葉線高岡駅乗入れ

 富山県の高岡(たかおか)と新湊(しんみなと)とを結ぶ路面電車である万葉線が、高岡駅ビル完成に伴い、それまで駅前広場に発着していたのを、駅ビル内まで線路を延長し、高岡駅電停を移転した。
 各地の路面電車で、このように乗換えなどの便を図るようになってきたのは喜ばしい。そして、この延伸によって、営業キロも変更(0.1km延伸)されたため、ここを乗りなおさないと、完乗タイトルを維持できないことも分かった。早速、乗りつぶしに出かけた。

 JR高岡駅は、ホーム自体は従来どおりだが、橋上駅となって、改札口が二階に移設された。そこを出て左手、駅前広場に出るエスカレーターを下りると、その左側がもう万葉線の乗り場である。これまでは、駅前広場を横切らねばならなかったので、便利になった。

 高岡駅電停は、二面二線の頭端式ターミナルである。付け根側から見て右側の1番線は、朝ラッシュと団体・臨時電車にのみ使用される。右端のホームも同様である。
 通常は左側の2番線で電車が折返す。二本の線路に挟まれたホームが、通常の乗降兼用ホームとなる。2番線の左側にはホームはない。

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 ちょうどそこにドラえもんトラムが入ってきた。高岡が藤子不二雄(ふじこふじお)両氏の故郷であることに因んだものである。

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 当然ながら、この電車は子供連れに人気があるので、これを狙って乗車しようという人も多い。長い列の後ろについて、乗り込む。車内外に『ドラえもん』の登場人物が描かれ、運転席後ろにはドラミちゃんのぬいぐるみが愛嬌を振りまいている。 

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 駅付近の狭い商店街をS字カーブすることもあり、次の末広町(すえひろちょう)までは結構距離がある。わたしは一駅だけで下車し、電車を見送った。これで完乗タイトル防衛を果たした。
 単線の電停だが、乗降の便を考えて、軌道の両側にホームが設けられている。

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 反対側のホームに渡って待っていると、高岡駅行の電車がやってきた。型は同じだが、通常塗装のノンステップ連接車である。

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 これに乗って高岡駅に戻る。駅前広場に入り、移転前の高岡駅電停跡付近を通る。以前は単線のまま軌道が終わっていたのである。かつてのホームは歩道になり、柵とグリーンベルトが整備されている。

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 すぐに新・高岡駅電停に到着し、短いタイトル防衛行が終了した。

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(平成26年4月乗車)

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