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2005年8月18日 (木)

8月15日

 なんということだ。8月15日正午からは何を措いても一分間の黙祷を欠かさなかったのに、今年は十分ほど過ぎてから気づいたではないか。 どうも戦没者の方々には申し訳ない。遅れ馳せながら合唱はさせてもらったが。

 わたしが毎年黙祷するのは、戦後日本の繁栄が、戦争によるいろいろな犠牲のもとにあることを感謝する、というごく率直な思いであって、ことさらに「英霊」を神格化する気はさらさらない。靖國神社にも二度お参りしたが、それは事実として戦死者がそこに祀られているからであって、「神」として神社に祀るのが正しいのかどうかは大いに疑問ではある。国営墓地とか寺院とかであったとしてもわたしはそこにお参りするだろう。

 昭和天皇は、昭和50年に日本記者クラブと初めての記者会見をもったとき、広島の原爆による被害についての感想を問われて、「遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています」とお答えになられたそうである。この言葉は物議をかもしたそうだが、わたしは小学生だったのでよく覚えていない。さて諸賢はこの言葉をどう思われるか。

 実は、わたしはこの会見をVTRで見て、昭和天皇のファンになったのである。この質問は、予定された質問ではなく、その場で関連質問として出されたものである。つまりとっさに考えアドリブでこう答えあそばしたわけである。何と頭のキレる方であろうか。

 もしここで広島の被害者について何か慰めの言葉を仰せられたとしたら、どうであろうか。戦没者の命は、原爆の被害に遭おうが、通常の空襲であろうが、戦地に斃れようが、シベリア抑留中に落命しようが、その重みに変わりはないのである。そのなかで広島についてだけ特別なコメントをできるはずがない(長崎はどうするのだ)。この質問をしたのは広島の新聞の記者だということで、気持ちは分かるが、これはこの場でする質問ではなかったと思うし、昭和天皇のお立場としては、こうとしか答えようがないし、答えてはならない。

 ということを瞬時に判断して、国民からの批判も予想されるこのお答えをなさせられた昭和天皇を、尊敬するのである(同じ記者会見で、「戦争責任」を問う質問にも、絶妙の回答をあそばしている。これもまたいずれ)。

 わたしは、戦争によって失われた全ての命をいつくしみたいと思う。軍人であろうと銃後を守っていた人であろうと。戦後の日本はアメリカナイズされて、日本らしさを失ってしまった、という懸念には同感するが、そうであれなんであれ、平和な世の中が来ていて、わたしはその上にあぐらをかいて暮らしているのは確かなのだ。わたしのような一人前でない体に生まれた者でも生きる隙間を与えられるありがたい世の中が。

 なお、首相の靖國参拝には賛成である。靖國神社には軍人が祀られている。国の命令で戦地に赴いて死んだ人を、国の責任者が弔うのは当たり前のことである。それが「日本の軍国主義回帰の象徴である」かどうかは、事実を見れば分かることであるし、事実をもって理解を求めるしかないだろう。「選挙の焦点がぼやける」というような俗な理由で見送ってはいけない(とはいえ、8月15日に参拝するべきかどうかはまた難しいところだ)。

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