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2005年10月の記事

2005年10月30日 (日)

専門バカになる資格

 専門バカになるにはまず専門が必要だ。

(トラックバック試験を兼ねて)

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福鉄800形に乗りました

(この記事は、趣味資料庫ブログ『まるよし電車区』に移転しました)

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翻訳三題

  前々記事「翻訳された小説の表現主体は」に対するトラックバックから。

去年だったか、「The Catcher in the Rye」の翻訳を村上春樹が出した。
僕は楽しめたのだけど、野崎孝の翻訳「ライ麦畑で捕まえて」をすでに読んでいた友達に見せたら、彼は断固と して「野崎孝の方がいい」といって譲らなかった。
野崎孝の翻訳は各所で「名訳」と誉れ高い翻訳である。が、少々年月がたってるせいもあって表現が古い。
村上春樹は今の10代向けに書き直したそうで、意識的に野崎訳とは表現を変えている。
そのため村上訳と野崎訳は作品の雰囲気が大きく異なっている。
そして、どちらにも支持する読者がついているのである。

『∀∀’s daily life 』「翻訳+」
http://arbitrary2.blog22.fc2.com/blog-entry-58.html#more

 これを読んで思い出したこと、補足。

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2005年10月28日 (金)

研究室異変

 壊れたのは行先表示器だけではなかった。

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翻訳された小説の表現主体は

 それはなかなか難しい問題ではある。が、わたしの姿勢は決まっている。

翻訳された海外の小説を読んで面白いと、
「これは元々原書が面白いのか、それとも翻訳家が面白くしたのか」
と疑問に思います。
当然、翻訳されて日本に入ってくるからには、海外で高い評価を受け、(おそらく)数少ない、プロの翻訳家の目に留まることが前提として考えられるので、原書が一般的に優れていることはわかります。

しかし、翻訳は原書のニュアンスをそっくりそのまま日本語に置き換えることが出来ません。翻訳家の仕事は、原書のニュアンスをできるだけ崩すことなく日本語化することでしょう。
そのとき翻訳家の仕事には、創造することも含まれるのだと思います。

『∀∀’s daily life』 「翻訳」
http://arbitrary2.blog22.fc2.com/blog-entry-51.html

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2005年10月25日 (火)

光より速いものを考えよ

 光の速さより速いものをあげ、その理由を述べよ

というのは、わたしが数年前に国語のテストの「時間が余った人用おまけ問題」に出した問題である。もちろん、解答によっては点数を100点満点の外側に加算する。昔は、定期試験にこういうあそびを盛り込むゆとりがあった。

JABEEも認証評価も、こんなことは認めないだろう。よく知らないが、機械や何かの接合部には「あそび」がないと、動きがぎくしゃくして使い物にならないもんではないのか。

※ 「ホンダ前社長講演」の記事からコメントが伸びて、ちょっと話題がずれてきたので新しい記事にします。

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2005年10月23日 (日)

珍しい方向幕

(当記事は、鉄道趣味ブログ『まるよし電車区』に移転しました)

 

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行先表示器ヘルプ

 研究室の電動回転式ハイテク行先表示器が動かなくなりました。

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2005年10月21日 (金)

福鉄800形デビューらしい

(当記事は、鉄道趣味ブログ『まるよし電車区』に移転しました)

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彩図の原型

 この前の池田町でもそうだったが、地方の小さな町などへいくと、「資料館」の類をよく見かける。かねごんさんのブログで以下のように紹介されているのもその一つ。

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2005年10月20日 (木)

弁論大会の模範試合案

 今日の弁論大会で、我が機械工学科2年は第5試合「学生にアルバイトは必要か」で肯定側にあたり、見事勝利した。国語の先生のクラスというプレッシャーにも潰れることなく、着実に準備したかいがあって、天晴である。機械工学科というのはほんとに結束が堅固だ。2年の時も3年の時も、機械工学科が出る試合では、学科ほぼ全員がともかく機械工学科の方に札を挙げるのだ。 

 今年の弁論大会は、運営も比較的スムーズでよかったと思う。
 ただ近年、弁論大会は真面目に過ぎるきらいがある。かつて必ず一つドラえもん絡みの試合テーマがあったり、教官チームが出場したり、という遊びがあったものだが、この頃はシリアスなテーマを淡々とこなすだけで、今一つの面白みを期待したい。
 その意味で、わたしはエキジビションマッチをやってもいいのでは、と思っている。前年度の最優秀チームと教員チームの対戦で、それこそドラえもんもののような分かりやすくとっつきやすいテーマで、模範を示しつつ、娯楽も提供する。
 例えばこんな具合にってことで。台本を考えてみよう。

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2005年10月18日 (火)

11月18日

 一年365日、どの日も何かの記念日ではあるのだろうが、11月18日を見てみよう。

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2005年10月15日 (土)

ホンダ前社長講演

 昨日は、創立40周年記念行事(式典・講演会)が挙行された。当然ながら、全教職員・全学生が参加することになっており、卒業生・教職員OBなど、懐かしい人の顔をたくさん見ることができた。わたしのクラスは13時10分頃には全学生が揃い、なかなか優秀。出席確認後どうしたかは知らないが。

 で、記念行事自体をさぼった、もしくは式典が終わったところで退場した学生に一言申し上げたい。

    あなたがたは、あほです。

 なぜなら、その後の講演会こそが、あそこまで足を運ぶ価値のあるすばらしいものだったからだ。

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2005年10月13日 (木)

多数決の条件

 真面目な軟派師さんが、「数字による評価」について考察している。
     http://puredelusion.blog24.fc2.com/blog-entry-15.html
 そこはわたしも一家言あるところだが、そこへいく前段階として、「多数決」について絞殺死体、元へ、考察したい。「多数決」が伝家の宝刀のようになっていて、わたしのクラスなど、多数決とくじ引きという民主主義的な方法が大好き(早く特活が終わって帰れるし)なのだが、何でもかんでも多数決で決めていいというものでもない。多数決をとるにはそれなりの条件があるのではないか。最近の事例より。

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2005年10月12日 (水)

安楽死語の世界

 安楽死語と呼ぶのが適切かどうか、もっと適切な名前がありそうに思うが、とにかくそんな名前で呼びたい語句というのがあるのではないか、とこの頃考える。
 死語というのは、役目を終えて使われなくなった語句であろう。もう今やほとんど使われなくなって死語になるのも時間の問題、という語句なら、いわば瀕死語とか危篤語と呼ぶことになる。ここで言うのはそういうのではなく、まだ寿命には間がありそうで堂々と使われているが、廃れ寂れる前に佳き思い出として記憶の彼方に彗星のごとく飛び去っていただき、あるいは後進に途を譲っていただいた方がいいのでは、とわたしが感じる語句である。

 先日、学生に ぐうの音も出ないほど という言い回しが通じなかった。ここまで言葉を知らんのか、と愕然としたが、善し悪しはともかく、通じないものはしかたないので、これもリストに加えようと思った次第。安楽死語化にもいろいろな要因があり、その要因別に系統分類できそうだ。使う人・世代が尽き始めているから、赤字ローカル線系とでも言うか。
 他にはこんな語句がわたしの安楽死語リストにのぼっている。

  言うも無粋なことながら、この記事は七割方ギャグで書いているので、表現学者としての真面目な見解とは思わないでほしい。

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『鉄道愛』

 『鉄道愛』というタイトルを見ると、かの映画化・ドラマ化されたベストセラーの二番煎じなんじゃないのか、と冷笑する方もあろうが、全く違う。タイトルだけは狙ってるのかも知れんが。とにかく面白く読みごたえがある。 

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2005年10月 9日 (日)

文は人なりや

 「文章から人柄を推測することはできない」という考え方があるそうである。その根拠は、文章は自分の考えをそのまま書くのではなく、あくまで演出するものであるから、ということである。
 そういう考えの人が挙げる例は、以下のごとくである。

「総理が靖国神社に参拝することについてどう思うか」 という小論文の課題が出たとする。しかし、普段からそんなことを何も考えていない人もいるのだ。それでも、小論文となれば、賛成か反対かどちらかの意見を書くものだ。それは演出であって、実際にはそんなのはどうでもいいと考えているかもしれない。従って、その文章を通して分かるのは演出されたその人であって、文章で人が分かることはない。

 では、わたしの考えを述べよう。

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2005年10月 7日 (金)

通過列車をホームで見送ること

(当記事の本文は、鉄道趣味ブログ『まるよし電車区』に移転しました)

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2005年10月 6日 (木)

外部評価と授業の自律

 流行りのe-ラーニングによる英語の授業について、真面目な軟派師さんお得意の辛辣な批評がある。

しかし,講義という観点でみると,ただの
手抜きにすぎない.だってこれさ, 講義の流れを考えて
みると
1.単語テスト配布
2.学生,単語テスト解く
3.単語テスト回収
4.学生,各自e-leaning
なわけで,
(中略)
 単語を暗記したりe-leaningしたりするのを果たして「講義」と
して行うことが適当なのだろうか.こんなもの各自で
自主学習するべきものだろう.

 http://puredelusion.blog24.fc2.com/blog-entry-13.html

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2005年10月 4日 (火)

教師七つ道具(1) 赤ペンとの邂逅

 教師こだわりの筆記具は。
  社会人になると、ボールペンを使うことが圧倒的に多い。万年筆はかつて必需品だったが、「万年筆テイストのボールペン」が出ているので、ほとんど必要ない。ましてシャーペンや鉛筆なんて、ここ十年ほど買っていないのは使う機会が少ないこともあるが、クラスの学生が教室に放置して行ったものをもちろんHRで持ち主を確かめて誰も名乗り出なかったもの、でことたりるのだ(傘だって買う必要がない)。事務書類や教材プリントはワープロで字を打って作るし、手書きするのはむしろ黒よりも赤が多いほどだ。教師にとっての商売道具となる、教師の象徴と言ってもいい文房具が赤ペンだ。

※この記事は、∀∀'s daily life:やはり文房具は使い慣れたものが一番ということに対するトラックバックとして書いたものです。
 

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2005年10月 1日 (土)

二つの「出雲」共演と日本一長い名前の駅

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