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2005年10月12日 (水)

安楽死語の世界

 安楽死語と呼ぶのが適切かどうか、もっと適切な名前がありそうに思うが、とにかくそんな名前で呼びたい語句というのがあるのではないか、とこの頃考える。
 死語というのは、役目を終えて使われなくなった語句であろう。もう今やほとんど使われなくなって死語になるのも時間の問題、という語句なら、いわば瀕死語とか危篤語と呼ぶことになる。ここで言うのはそういうのではなく、まだ寿命には間がありそうで堂々と使われているが、廃れ寂れる前に佳き思い出として記憶の彼方に彗星のごとく飛び去っていただき、あるいは後進に途を譲っていただいた方がいいのでは、とわたしが感じる語句である。

 先日、学生に ぐうの音も出ないほど という言い回しが通じなかった。ここまで言葉を知らんのか、と愕然としたが、善し悪しはともかく、通じないものはしかたないので、これもリストに加えようと思った次第。安楽死語化にもいろいろな要因があり、その要因別に系統分類できそうだ。使う人・世代が尽き始めているから、赤字ローカル線系とでも言うか。
 他にはこんな語句がわたしの安楽死語リストにのぼっている。

  言うも無粋なことながら、この記事は七割方ギャグで書いているので、表現学者としての真面目な見解とは思わないでほしい。

離発着
 正面衝突系である。
 こんなおかしな言葉がなぜ定着してるんだか、さっぱり分からない。流石にNHKでは聞かないが、民放ではニュースでもばしばし言ってる。この前ANAの彩図にも使われてるのを見て椅子ごと床に倒れそうになったぞ(自分たちのやってることが何なのか、分かってないのか?)。現に今こうしてJapanistという日本語入力システムで打っても、一発で変換する。
 間違った言葉がこれだけ定着して流布したら、もう気が済んだだろう。犬に噛まれたと思って忘れたいので、運行停止として丁重にお引き取り願いたい語だ。
 

ゼロックス・する(サ変動詞)
 新幹線系である。
 この、企業名や商品名を普通の名詞や動詞のように使うのはそろそろみんなで止めにしないか。独占独裁を認めるようで、何か嫌である。セロハンテープ のことを セロテープ なら略語として成立してるのでまだしもだが、小学校の音楽の教科書に書いてあった 電子オルガン エレクトーン のことだと理解するまで数年がかりやったがな。
 楽器といえば、高校の時の選択音楽の授業で、グループで作曲する課題に取り組んでいるとき、グループ全員メロディ音痴で、お互い思いついたメロディを唄って見せても正確に他のメンバーに伝わらない。いちいち楽譜を書くのも面倒だし、わたしは先生に、
「何かメロディの弾ける楽器貸していただけませんか?」
 と頼んだ。先生は、
「あそこの棚に メロディアン が入ってるわよ」
 と仰有った。メロディアン とは何じゃいな(コーヒーに入れるやつではない)と思いながら棚を開けると、そこにあったのは ピアニカ だった。何で商品名で言うんだ、フツーに ピアニカ と言ってくれりゃ分かるに、と首を傾げたが、後から知ったところでは ピアニカ も商品名なのだ( メロディアン は鈴木楽器、ピアニカ はヤマハ)。普通名詞では 鍵盤ハモニカ というそうだ。なら最初からそう言ってくれ。
 国立学校で教えているので、ホッチキス という商品名はまずいだろうな、と思ってプリント類には ステープラー とわたしは記しているが、もちろん口頭で「 ホッチキス のことね」と付け加えないと通じない。
 ゼロックスする は、サ変動詞 にまでなった、という抜きんでた定着ぶりを誇る例だが、さすがにもうかなり年配の人しか使わなくなった。コピー機 もいろんなメーカーが出てきたからではないか。健全な競争が出てくれば正常化するのだ。
 かつて ひかり はほぼ新幹線とイコールの意味で使われていた時代があり、東北新幹線が待望されていたとき、「ひかり は北へ」というキャッチフレーズもあったが、実際に北に来たのは「やまびこ」だった。それ以来 ひかり にそんな意味合いはなくなった。
 

弁慶
 蒸気機関車系である。
 力の強い人の代表格として、弁慶 はいろいろな慣用句に名を残している。しかし、あまりに昔の人なので、最近の日本人にはピンとこない。弁慶に関するエピソードももうあまり知られていないし、若い者は弁慶が誰かも知らない(今年は大河ドラマが『義経』なので、少しはましだろうが)。日本人の定番だったはずの忠臣蔵のストーリーさえ、正確に言えるのはクラスに一人いるかいないかなのだ。ならば、「力の強い人の代表が 弁慶 」の譬えも成立しなくなっているわけで、あたかも弁慶が義経をどつきまわした時のように、弁慶 を含む慣用句は静かに引退願ってもいいのではないか。
 もしくは、それら慣用句の 弁慶 を全て 猪木 に差し替えるのも一法である。誰にもスムーズに高速に伝わる譬えがあるなら、置き換えてやろう。
 

機械的
 999系である。
 こんな語の存在を、機械工学の関係者がよく黙って許しているものだ。機械的 というのは、何にも考えずに、という意味である。所属校の内規にもこの語は使われているから不可解。機械工学の人は何にも考えずに仕事してるのか。
 いや、そうじゃなくて、何も考えていないのは「機械」そのもの、ということか。しかしそれももう成立しないのでは。最近の機械はけっこう考えてるのではないか。「自律ロボット」という種類のロボットもあるほどで、考えないと自律はできないのではないか。もっとも「機械が考える」とは具体的にどうすることを指すのか、定義しておかねばならないが(専門家、よろしく)。コンピュータのハードディスクなんかなかなか考えてそうだ。
 映画『さよなら銀河鉄道999』のラスト近くでは、「サイレンの魔女」というのが現れて、機械エネルギーとそれに関わるものを片端から吸い取ってしまったので、999号は自律ロボットである機関車サンに操縦させるのを止め、昔ながらの石炭を燃やして走る蒸気機関車に牽かせて切り抜けた。それを見てわたしは首を傾げた。石炭を燃やして宇宙を飛べるのか、というのは措くとして、蒸気機関車は機械ではないのだろうか。あの世界でいう「機械」とは、自ら意志を持って考え判断するものだけをいうのか。
 今や機械は人間よりも複雑で正確な思考をするものと言えるかもしれない。むしろ 機械的 というのは「超人的な判断力で」という従来と逆の意味に変質していくのかも。
 

 皆さんの周りにも、安楽死させてあげたい語句はないだろうか。見つけたら、わたしに通報していただきたい。だからって何するわけでないが。

※ このカテゴリーの記事のように、まるよしの楽しい日本語の話を満載した本、ぜひお手に取ってお読みくださいね。

 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

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  http://www.katsuki-books.jp/ (書籍検索から)
 Amazon・楽天などでは購入できません。

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コメント

よっこいしょーいち

って言って立ち上がったら研究室の5年生に「なんのことですか」
といわれました.
これって安楽死語になりませんか.

投稿: 真面目な軟派師 | 2005年10月13日 (木) 19時37分

●真面目な軟派師さん
 語というよりは、ギャグの安楽死という感じですが、リストに加えておきます。真面目な軟派師さんが横井庄一氏を知っていることに驚きますが。
 ギャグというのは、正当な常識的なものを敢えてずらして見せることで笑いを誘うわけですが、常識が共有されなくなってくると、ギャグは厳しいです。
 もっとも、横井庄一氏の名前が常識的な知識かどうかは、微妙なところです。
 次回は、床に斧が落ちているときに、
「おのだ、ひろおうー」
と言って通じるかどうか、試してみてください。 小野田氏はお元気ですよね。

投稿: まるよし | 2005年10月13日 (木) 21時51分

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