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2005年10月21日 (金)

彩図の原型

 この前の池田町でもそうだったが、地方の小さな町などへいくと、「資料館」の類をよく見かける。かねごんさんのブログで以下のように紹介されているのもその一つ。

> で、その海員学校跡の資料館を見学…。しっかりと戸は
> 開いていて、OPENしてます!という雰囲気なのですが、
> だれもいない。「あ、見学料とか取ってないんだ」と思い
> ながら、中を見ていると、いろいろな資料があるんですが、
> 並んでいるというより、どさどさと置かれている感を
> 持ちました。
>  (中略)
>
>  これらもしっかりと管理できればなと思いながら、見学料を
> 取らないと無理だし、取ったら取ったで、お客さんも
> 減るかな?とまた稚拙なことを考えながら、ちらちらとみた
> わけです。
> で、10分ほどで外に出てしまい、隣のル・ポール粟島を
> のぞくと、
>
> 「本日は閉館しました」
>
>  はい!?まだ15時です。しかも日曜日の…。

 この頃、こういう資料館をみると、これが彩図(註・サイト。わたしの好んで使うあて字である。いわゆるホームページのこと。その筋の人に言わせればサイトとホームページとは別物だそうだが)の原型なのかな、という気がする。規模や管理のあり方行き届き方はまちまちである。
 有名観光施設のように「見たい人がいるから見せる」のではなく、「是非見せたい」という思いから開設され、できるだけ多くの人を誘導しようとしているのだろう。当然入館料は取らない。これもマスメディアと彩図の関係に似る。
 こういうのは、自治体の観光予算によって開設運営されるわけだろうが、かけられる金額もまたそれぞれだ。展示物の手入れや陳列のしかたによって、印象は天と地の差が出てくるし、すぐに陳腐になってしまうこともある。全ての展示物を見ても十分とはかからなかったり、展示テーマがあまりに尖鋭的で、一般受けしなかったりもするが、それはそれで、苦労してるんだなあ、と思って敢えて一所懸命観てしまうが、欲求不満になって出てくる。無人ならいいが、館内が見渡せる受付におばさんが鎮座している所では気まずくて長居できない。
 やはり展示館には、観るにせよ維持するにせよ、適正な規模というのがあるのだろう。ある程度の広さがないと、一つの建物の中の一つの世界が作れない(大きすぎるのも考えもので、大英博物館などは何がなんだかさっぱり分からなかった)。
 彩図も、あんまり単調な内容でもいけないし、あれこれと拡げすぎてもいけないのだな、と反省する。ちょっとわたしの彩図も、オフィシャルなのとこのブログとがあるし、整理を検討する必要があるかもしれない。

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