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2005年12月27日 (火)

個の言葉は乱れてもよいが

 レストランで朝食をとった。ウェイターに案内された席の隣のテーブルに坐っていたのは若い男女であった。旅行の途中らしく、旅程についていろいろと話しているのが耳に入ってくる。

男性 空港行のバスってこの前から出るんだよね
女性 そうだはず
 (男性、ちょっと椅子からずっこけるポーズ)
男性 そうだはずって…、どこの言葉だよ
女性 ? 標準語ですけどぉ?

 日本語に 標準語 というものはない、というマニアックなつっこみはまあおいとくとして、もちろんそんな表現は共通語にはない。地方の方言にあるかどうかはちょっと簡単に断言できない。こういうのは、辞書で調べて出てくる表現でもないので、扱いが難しい。

 この表現、わたしは、どこかで聞いたような気がしないでもないが、使用されている現場に明確に出くわしたのは初めてだと思う。が、女性が 標準語 だと確信をもっているところをみると、少なくとも彼女の周辺では普通に使われている表現らしい。なぜこういう誤用が生まれたかという推理はわりあい簡単だ。

そうである  そうだ

 であることは誰でも分かるだろう。左側に はず を下接すると、そうであるはず となる。そうであるはず そうである を図式に従って そうだ に入れ換えると、そうだはず のできあがり、と。
 では、そうであるはず が正しくて そうだはず が誤りなのはなぜか。
 はず は形式的とはいえ名詞であるから、これに接続するには活用語を連体形にしなければならない。前者の ある 五段活用 動詞)は、連体形にしても ある と形は変わらない。しかし、断定 の助動詞)の連体形は ではない。だから、そうだはず は文法的に明らかに誤っているのである。
 の連体形は である。ああそれじゃ そうなはず と言えばいいのか、と思うのは早計、残念ながら 形式名詞 )にしか接続しない特殊な連体形なのだ(例えば、書名にもなった 問題な日本語 という表現が規範的でないとされるのも、このためだ)。言うとすれば、そうのはず、あるいは単純に そのはず となるだろう。それをなぜ そうだはず と言うか、というと、やはり はず という 当然 の意味を強調するためにも、という断定の助動詞を残したい心理がはたらくのであろう。
 それを後押しするのが、現代語において終止形と連体形との区別が曖昧になっているという事態である。
 古典語でも、そもそも 四段活用 動詞は終止形と連体形は同形(例えば 書く。 書くトキ )だったが、それ以外の活用語についても、係り結びや連体止めなどが多用されることで、次第に文末に連体形が来ることが自然に受け止められるようになり、江戸時代頃に連体形による終止形の駆逐が進んだ結果、現代語では、形容動詞と形容動詞型活用の助動詞にしか終止形と連体形との区別が残っていない。
 こういうことが、そうだはず を許容する土壌となっている。

 親しい人との日常会話に、規範的な日本語を使う必要はない。ギャグも含め、砕けた言葉の遊びを大いに愉しめばよいのである。ただ、それが規範的ではない、という認識はもっていてほしいと思う。
 学生もなかなかそういう感覚がもてないらしく、作文にも堂々と うざい とか なにげに とか書くのは困ったことである。気取らない普段の文章で使うことに目くじらは立てないが、作文は公の文章であり、規範的な表現が求められる。

 何の本か忘れたが、ある大学の国文科の授業で、最近蔓延している (ちが)くない? だの 違かった だのという表現についてとりあげ、教授が「これも若年層という限られた範囲の人の間で使われるという意味で、一種の方言ですね」と言ったところ、女子学生(もちろん国文専攻)が「違かった が方言だとしたら、共通語では何て言うんですか?」と真顔で質問したので、教授が愕然とした、というエピソードを読んだことがある。やはりもう少し言葉を大切に考えてほしいものだ。

 やがてこの若い男女は席を立ち、レジに向かった。ウェイターが、

ありあざいまーす

 と見送る。代わって来店した客に、

おはいざいまーす

 と声をかける。
 それがいかんのだ。それなりの格の店で、お客に対してかける言葉には品を保つべきだろう。公の言葉なのだから。

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 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

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