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2005年12月20日 (火)

大雪 下

毎年最初の積雪の時はかなり交通が乱れるものだが、今回は最初の積雪がいきなり大雪なので、乱れ方も気合が入っている。しかし、この交通状況も、関西にいた者の感覚とは全く違うのである。

 まず、大雪になると、道路が渋滞する、というのが最初理解できなかった。

 関西では、積雪があると、ふだんクルマの人も怖いので運転を見合わせて、公共交通機関を利用する。故に、道路はラッシュ時でもがらがらになり、そこを満員のバスがチェーンをがちゃがちゃいわせながら走っていく、というのが普通の風景だったからだ。積雪が常態でない地域では、スノータイヤなどの準備がない、チェーンの巻き方も自信がない、などでクルマが出せないのであろう。
 そして公共交通も発達しているので、そっちに頼ることができる。積雪といっても、除雪車が出動するほどの積もり方は滅多にないので、歩くにもそんなに支障はない。

 しかし、ここ福井では全く逆で、普段公共交通や自転車・徒歩などで出勤・登校する人までがクルマに流れるので、道路が大渋滞になる。バスも渋滞に巻き込まれて無ダイヤとなる。電車に乗るにも、駅まで歩くのが一苦労である。
 道路を未明から除雪してくれる方々の労苦はたいへんなものだが、これはあくまでクルマのための除雪であって、わたしのように徒歩や公共交通に頼らざるを得ない者のことは考えてくれない。車道から取り除いた雪を歩道に積み上げるから、歩けなくなる。沿道の店の駐車場出入口はクルマが通れるように雪を積まずに空けているのに、バス停は無視である。どこでバスを待てばいいのか悩むときも多い。不安定な足許の所に立ち、スノーブーツからひんやり伝わる冷気に堪えながら、いつ来るとも知れぬバスを待つのは何とも心細い。
 通学路などを中心に、歩道の除雪は地元町内会などを中心に行うようだが、、そうでない道路は、靴跡の集積によって自然に形成される踏分け道か、沿道の家や店のご好意としての自発的な除雪に頼るしかなく、それは道路の部分部分でなされように差があるので、それを見極めながら、歩きやすい所を求めつつ進まないといけない。まったく通路が確保されていない箇所はしかたなく車道の端を通るが、積まれた雪の分、いつもより狭くなった車道だから、クルマと接触しそうな所を歩くことになる。足を滑らせて車道側に転倒したら一巻の終わりだ。なんでたかが出勤するのに命懸けなのか、分からない。今日のように雪が小やみになると、車道を塞ぐ雪の壁を砕いて吹き飛ばしてくれ、バスベイもやっと現れたりもするのだが、それもクルマの便宜のためであって、歩道の雪はどけてはくれない。
 これに関しては、交通弱者である学生が主役であるはずの高専構内も例外ではない。学生の安全を考えて設けられている歩道は雪置場と化し、せっかく設置した車椅子用のスロープも、雪の重しの下に隠れてしまうのである。
 体に問題はあっても、自分の足で歩けるわたしはまだいい方である。バリアフリーがどうのと言っても、こうなってしまうと、車椅子もバッテリーカーも役に立たない。そういう物を使っている人は、雪の間家に閉じ込められてしまう。クルマを通すために必要以上に歩行者を阻害する、という思想はどこかおかしくはないか。

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コメント

 車道用に除雪車があれだけ配備されているのだから,歩道用の除雪機だってもっとたくさんあってもいいと思いますね.

投稿: 真面目な軟派師 | 2005年12月22日 (木) 15時59分

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