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2006年1月 4日 (水)

『紅白歌合戦』のもつ力

 今回の『紅白歌合戦』を観て感じたことは、みのもんた北島三郎の区別がつかなかった、ということである。

 民放感の強い司会者であるみのもんたを起用したからには、紅組にもそれに対抗し得る司会者を配するべきだっただろう。古舘伊知朗上沼恵美子の口先対決の時のようにである。仲間由紀江も頑張っていたが、口でみのもんたに張り合えるはずもない(どうでもいいが、仲間由紀江長澤まさみはケンカでもしているのだろうか。どうも気になった)。みのもんたが結局は紅白独特のムードに呑まれてしまっていた感が強い。

 手練のみのもんたをも呑み込んでしまうほどの力が『紅白歌合戦』にはある、ということに感心した。視聴率が落ちようが、いろんな人に悪口を言われようが、紅白は紅白であることに存在意義があるのであり、だからこそこれまで何度も打ち切りの噂が出ても、もちこたえてきたのである。

 その力はやはり、半世紀続いてきた、という事実に基づくのだろう。初期はラジオのみの放送で、正月の番組だったから、実質の継続性は第5回あたりからになるのだろうが、それでも半世紀である。
 だいたい、出場回数を括弧書きで注釈する番組が他にあるだろうか。いくら若手がビッグヒットを飛ばしてカリスマ的人気を得たとしても、北島三郎(42)には絶対に追いつけないのだ。そういう長幼の序が頑としてあるところが日本的な紅白という番組のよさなのである。だから、このごろあまりやらなくなったが、歌手の名前を書くときの出場回数括弧書きは徹底して続けていただきたい。そんなことが関心の対象になる番組など他にないのだから。

 そして、いくら40%前後に落ちたとしても、やはり歌番組のなかでは最も国民によく観られ、最も長く続いているものである。『紅白歌合戦』という統一タイトルで継続して放映されているのがよいのだ。生放送ゆえのハプニングも、一つの番組だからこそ語り継がれていくことができる。
 「山本耕史前川清を誤って山川と紹介した」「WaTが歌っている最中にマイクが倒れて声が聴こえなくなった」という二つのハプニングが伝説に書き加えられ、今後も名場面として何度も見せられることにほぼ決定したわけだが、前者の時にみのもんたが「ミソラつった人もいるんだから」とあまりフォローになっていないフォローをしたのも、グループ魂が歌いはじめに「仮面ライダー!」と叫んだのも、そういう紅白伝説の蓄積を知らなければ意味が分からない。おじいちゃんやおとうさんが蘊蓄を語る余地がある。これは一つの番組として継続しているからこそ成立することである。

この頃はドラマも1クール三カ月で終わるものがほとんどで、継続性に重きをおいた番組が少なくなっている。バラエティーで長く続いているものはあるが、中身は細かいコーナーをつなぎ合わせたもので、内容は番組開始時とは似ても似つかなくなっていたりするのである。そういうことからすると、「歌合戦」を半世紀続けている番組は貴重であるし、独特の力を持っているのもあたりまえだ。

 伝統とか昔のものとかを破壊することが新しくカッコいい、と勘違いしている向きは数多い。『紅白歌合戦』のような権威ある番組は、けなさないと沽券に関わる、とばかり口を極めて罵る。しかし、こういうものは止めるのは簡単だが、それに代わるものをつくりあげるなどは並大抵のことではないのだ。安易に止めろなどというべきではない。もはや視聴率の上下など超越しているのだから。伝統であること自体が価値なのだから。

 だからこそ、視聴率を上げるためにと民放の視聴率男を司会にもってきてもあまり意味がないのである。
 みのもんたのフォローなども、実質白組応援団長である北島三郎が果たしてきた役割なのである。そういう意味で、みのもんたの存在感が北島三郎とだぶってしまうのだ。

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