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2006年2月16日 (木)

科学と教育とモラルと

 担任した時にいつも、終わり頃の時期に学生に考えてもらう課題がある。科学と教育とモラルとの絡み合いである。技術者倫理というのは別段こういうことを指すわけではないが、技術者倫理前段階の考察として、十数年前に実際にあった事件を元にした課題について考えてもらうのが有効だと思うからだ。
 学生の回答は学級通信に掲載することにし、正解が決まっているわけではないが、優秀な回答には図書券を進呈する、ということもあって、学生は頑張って考える。
 読者の皆さんも奮ってお考えください。これ! という回答を思いついたら、ぜひコメントを。何も出ませんが(笑)。

 では問題。

 ある私立高校普通科に、生物の非常勤講師として勤務していた先生、この先生は大学院博士課程の学生でもあった。授業にはとても熱心で、普段から生徒にも人気があったという。
 ある日、この先生が学校に出勤する途中、道端に子猫が段ボール箱に入れて捨てられているのを見つけた。先生はこれを拾ってきた。「これはいい教材になる」と思ったからである。 

 その日の生物の授業で、学習の一環として先生はこの子猫を解剖して見せた。一部の生徒は「やめて~」と抗議したが、先生は「これは勉強だから」と言って解剖を強行した。女子生徒などは顔を覆い目を逸らす者も少なくなかった。一部には熱心に見学する生徒もいた。
 
 その後、この授業が保護者の間で問題になり、保護者会から学校に対して抗議があった。そこでこの先生も交えて話し合いがもたれたが、先生は、「フナやカエルの解剖は理科の教科書に載っているし、小中学校でも普通に授業でやっていることだ。フナやカエルの命もネコの命も、尊さは同じではないか。なぜネコだといけないのか。生物の体のしくみを知る、という学習目的のために解剖したのであり、無駄に命を奪ったわけではない」と主張し、何がいけないのか分からない様子だった。また、保護者たちもこれにはっきりと反論はできなかった。
 
 結局この先生は混乱を招いたとして解職されたが、肝心の問題は明らかにならないままだった。なぜフナやカエルはいいのに子猫を解剖してはいけないのか、この先生に教えてあげてほしい。

 この課題をこの場所に書く気になったのは、この課題を使うのが今回の担任で最後になるからだ。最近の小中学校ではフナやカエルの解剖すらしなくなってきているので、学生たちがもう一つ実感をもって考えられなくなったことがその主な理由である。今後はその傾向がさらに強くなろう。図書券が発売中止になったことも理由の一つだが。

 ということで、繰り返しますが、この問題は、一つの正解を用意しているわけではありません。さまざまな観点からのアプローチが可能です。わたしが思いもよらない角度からの答があると、とても助かります。

※ この記事のように、まるよしの楽しい国語教育の話を満載した本、ぜひお手に取ってお読みくださいね。

 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

 勝木書店のホームページでご注文いただくのがご便利かと思います。
  http://www.katsuki-books.jp/ (書籍検索から)
 Amazon・楽天などでは購入できません。

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6.0教育・研究」カテゴリの記事

コメント

件の事件ですが、おそらく研究者とそうでない人の視点の違いから起こった事件かと思います。
この非常勤講師は、動物はどれも等しく標本として扱えたようですが、一般的に動物は等しく扱われません。猫は特に、他の動物に比べて特別扱いされている動物です。
現在、多くの家庭で猫や犬が飼われています。また、飼ってなくても飼いたいと考えている人もかなりたくさんいますね。ここでは理由を考えませんが、猫や犬は人間が愛着を持ちやすい動物であることは確かです。
また、多くの人にとって、猫や犬は情が移りやすい動物です。親近感がわきやすいので、よく擬人化されて物語に登場する動物でもあります。

人間にとって、猫は他の動物と違って、融和の対象になる動物です。特に子供は、猫を見ると「仲良くなりたい」と考えることが多いと思います。大人でもそういう人はけっこういますね。既にペットとして飼っているなら、「友達」や「家族」と考える人もたくさんいるでしょう。

友達や家族が目の前で刻まれるのは、誰でも見たくないものです。姿が似ているだけでも気分が悪くなるでしょう。件の事件は、そうした猫に対して思い入れのある生徒の感情を無視したために、問題になったのではないでしょうか。

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ところで。図書カードを今まで見たことがなかったので調べてみたら、1990年から発行開始していたそうで。ぜんぜん知らんかったワァ。

投稿: ∀∀ | 2006年2月17日 (金) 10時30分

 この伝でいくと、ヒト型ロボットが精巧になればなるほど、分解修理とかしにくくなりますな。修理にあたるエンジニアは、医者のコスプレで臨むのか。

 図書カードは1000円が最小単位かと思い込んでたら、500円もあるとかだった。1000円だと、学生への景品として大きすぎるかな、とためらっていたが、それなら十分使えそうだ。

投稿: まるよし | 2006年2月17日 (金) 19時04分

>この伝でいくと、ヒト型ロボットが精巧になればなるほど、分解修理とかしにくくなりますな。
この場合、ロボット研究者・技術者は何も感じないでしょうな。

精巧、というのは人間が情を移すかどうかが焦点かと邪推いたしました。

例えば、「キテレツ大百科」で登場したコロ助があのまま大量生産された場合。家庭でコロ助に慣れ親しんだ子供は、道に捨てられているコロ助に情が移るし、捨てられていたコロ助を先生が授業で分解し始めたら目をそむけたくなるのでしょう。

投稿: ∀∀ | 2006年2月18日 (土) 11時42分

 人間との距離感によって「残酷か残酷でないか」が決まってくると思います.
 
 猫は人間の身近にいる愛玩動物だし,人間と同じ哺乳類だし,表情もある.カエルは両生類だし,ペットとして飼っている人は猫よりは少ないし,無表情.人間にとって猫はカエルと比べて生物学的にも社会的にも近い存在なわけです.それ故,感情移入もしやすくなるから,解剖したら残酷だ,かわいそうだとなるのではないでしょうか.
 
 感情移入するしないで解剖するしないを決めるのは人間のエゴだという意見があるかもしれないけれど,人間の行動は感情抜きには考えられないわけで.特にこの例では高校の授業が舞台です.高校生に感情抜きで動物と接しろと言うのは酷な気がします.これが獣医学部や製薬会社が舞台というのならば話は違いますが.専門性が上がりますから,感情移入するから解剖できません,ではすまない世界になってきます.ただし,彼らは専門性が高いぶん,人間に近い生物を殺すことに対し高校生よりも遥かに高度な倫理観をもっているはずです.逆に,高校生にはそこまで高度な,専門性に裏打ちされた倫理観など備わっていないから,猫のような身近な生物の解剖はしてはいけないのです.

投稿: 真面目な軟派師 | 2006年2月18日 (土) 20時29分

●∀∀さん
 人間が情を映すかどうかは、やはりつくりの精巧さと比例するんでしょう。人間の体ほど精巧な物はないですから。
 あ、すると、人間の体に近づけば近づくほど、修理の過程は限りなく医療行為に近づくわけだ。ロボット技術者と医者との区別さえ必要なくなるのかも。

●真面目な軟派師さん
 何ともよくまとまった回答を。
 専門家の方が高い倫理観をもっていることは理想ですが、時として逆になるのでね。また一般の倫理観を超越していることを専門家の証として誇ったりする部分も、特に若手の専門家にはありがちであります。


 しかし、犬と猫ではまた微妙に違ってくるのかな、という気もちょっとしてきています。ドリトル先生シリーズでは、基本的に動物の種の間に分け隔てはないのですが、ネコだけは例外で、忌み嫌われているのです。漫画『ピーナツ』でも、犬は主役級なのに、猫は画面に姿が出てこない敵役。何でこういう差があるんだろうか。

投稿: まるよし | 2006年2月18日 (土) 21時45分

いつも拝読させて頂いています。今回初めてコメントさせていただきます。
私の主張も∀∀さん・真面目な軟派師さんと同じで,動物を解剖の対象として見たとき,「フナやカエル」と「ネコ」は(少なくとも日本では)同一ではないのでは?という事です。もちろん人によってスレッショルドは違っているでしょうが,安全率を高めに設計するならば「ネコ」は除外すべき。
また,そもそも体の仕組みを知りたいなら,魚屋でワタとってない魚を買ってくれば十分というのが私の持論です。フナやカエルでも何もわざわざ「殺す」ことはないと思います。

あと,別解を考えてみました。捨てられたのを朝拾ってきて,そのまま解剖しちゃったっていうけど,それは拾得物横領とか器物破損になるんじゃないかな? 教師たるもの違法行為はいけませんね。

投稿: hyaru | 2006年2月20日 (月) 13時13分

●hyaruさん 初めまして。ご笑覧ならびにコメントありがとうございます。

 なるほど、法律から攻めるやり方には、思い至りませんでした。
 捨ててあるものでも勝手に拾って自分の物にするのは、厳密に言えば罪になりますね。占有離脱物占有とか、そういう罪名があったかと思います。「だれかひろってください」という紙が添えてあれば、連れ去ってもいいのかな?
 でも、たとえ自分で飼っていた子猫を解剖したとしても、結果は同じでしょうからねえ。

投稿: まるよし | 2006年2月20日 (月) 20時24分

おはようございます。
そういえば昨年暮に,NHK教育の「知るを楽しむ」という番組で,池内了氏による禁断の科学と題したものがありました。科学者が自分の目的達成のために軍需に擦寄るのは仕方ないよ・的な話でしたが,ちょっと考えさせられました。

投稿: Hyaru | 2006年2月21日 (火) 08時21分

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