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2006年3月28日 (火)

一科目の入試

 東京工業大学理学部は、2007年度入学者に対する入試から、数学だけの試験にする、ということを発表したそうである。試験時間は五時間に及ぶ(休憩はあり)とのことだ。 センター試験も課さないので、まさに数学一発の入試ということになる。
 大学法人化によって独自の入試が可能になり、こういう試みが出てくるわけである。

 これはなかなかいいことだと思う。

 わたしが大阪教育大学に入学した時に受けた入試は、もちろん当時でいう共通一次試験は受けたのだが、二次試験は国語だけだった。試験時間は三時間ほどあったと思う。今でもそうだと思うが、だいたいどの専攻も、二次試験は専門となる教科の試験もしくは小論文の一科目だけだったのである。
 国語の問題は、詳しくは覚えていないが、わたしが入学した年は、谷川俊太郎氏の「言語から文章へ」という文章を読んでの論述問題が主であったと思う。簡単に反射的に答えられるような問題ではなく、その場で相当な沈思を要した。
 私立大学の入試が済んでから、わたしは机に向かっての受験勉強は全くしていなかった。図書館や書店でいろいろな本を見たり、街を歩いて思索に耽ったりするばかりであった。
 実は、この大学の二次試験は、年によって傾向が全く異なっており、対策のたてようがなかったのだ。ある年は漢文の解釈についての論述であり、またある年は現代小説の分析であった。わたしが受けた前の年は、草野心平の二連からなる詩が示され、「これに続く三連を創作せよ」というかっとばした問題であったから、そんな問題だったら大変だとびくびくしていたが、逆に去年とはがらり違った問題になるのだろう、という安心もあった。思ったとおり、谷川氏の文章は、表現論の範疇に属するものであり、国語学を専攻したいと考えていたわたしには有利であったと思う。割合すんなりと文章が頭に入ってきて、それを踏まえた自分の考えも残り一時間足らずの時になってまとまった。おもむろにそれを文章にしていった。滑り止めに合格していたから、気持ちの余裕もあったのだろう。
 実際に入学してみると、それぞれの年度の問題について、あの先生が作ったんだな、ということが明らかに分かったのだが、それはともかく、こういう対策のたてられない一科目入試というのはなかなかよかったと思う。通ったから言えるのかもしれないが。
 一科目だけでは受験生が幅広い教養をもっているのかどうか分からない、という反論はあるだろう。しかし、じっくり思弁した末に長い文章を書く問題なら、おのずとそういうものも量られるのではないだろうか。いわゆる受験勉強によって身につけた期間限定の教養ではなくセンスと素養が。

 わたしの受けた試験なら、一般教養がどれだけあるかは共通一次の点数である程度判定されていただろうし、この東京工業大学だって、調査書を評定に入れるのだろう。そこで高校時代の勉強ぶりが分かるのなら、センター試験を課さなくても問題ないと考える。
 高専の学力入試でも、五教科が課されるが、中学の授業の成果が調査書の点数として出てきているのに、なぜまた学力試験をするのか、よく分からない。国語の試験にしても、高専教育を受けるにあたって求められる国語力というものを精選して問うような問題にしたい。文章のかたちで与えられた情報を的確に理解し批評できる力が枢要ではないのか(こう言うと誤解されそうだが、別に小説の問題がいけないと言っているのではない。むしろ小説こそ言葉を研ぎ澄ましてある情報を伝達しようと仕組まれた高度な文章であって、それを読み抜く力は有用だ。そういうことを問う設問にすればよい)。通り一遍の、普通高校とそう変わらないような国語の学力試験を課す意味がどれほどあるのだろうか。
 あるいは、「国語」と銘打った試験でなくてもいいのだ。「文章情報処理」をしなければならないような理数科目の「長文読解問題」を作ってもいいだろう。そのように発想を変えれば学力試験は一科目か二科目程度でもいい(でもそういうことをやると、受験生や中学の先生から評判が悪くなるのかもしれない)。
 ともかくも、これだけのことをやればこれだけ点数が取れる、と決まったことばかりを課していて、創造性や自主性をもった学生が集まるのかどうかは疑問だ。
 そんなことをいつも感じていただけに、東京工業大学の今回の施策は、英断だと思うのである。この数学の試験がどんな問題になるのか、楽しみである。

 わたしの受験には後の話がある。二次試験を終えた翌朝、地元の新聞を開いてみた。一時は受けたいと思っていた神戸大学はどんな問題が出たんだろう、と思ってである。
 わたしは目を疑った。そこに載っていたのは、あの「言語から文章へ」ではないか。わたしは大阪教育大学を受けに行ったつもりで、神戸大学に行ったのだろうか。もちろんそんなわけがない。隣り合った都市の大学で、全く同じ文章(問われてる箇所は違ったが)が出題されるという椿事。こんなこともあるのだ。

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コメント

>高専の学力入試でも、五教科が課されるが、中学の授業の成果が調査書の点数として出てきているのに、なぜまた学力試験をするのか、よく分からない。

 塾講師や家庭教師のアルバイトを行なっていて感じたことですが、現在の中学校からの調査書はかなりアテにならないことが多いと思います。と言うのも、特に私が香川県にいたときに感じたことは、生徒を全体的にみて、学校間の差が大きいように感じたからです。
 しかし、一科目入試はとてもおもしろそうに思います。専門的な知識・知能を測る大学院入試もある意味、一科目入試のようなものですから。

投稿: kanegon | 2006年3月29日 (水) 01時26分

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