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2006年5月22日 (月)

自転車は車道の左

 体の事情もあって、クルマの運転ができないわたしの交通手段は、公共交通と自転車と自分の足。やはり天気さえよければ、自転車が安直でよろしいですね。
 ところが、自転車で街を走るのも、なかなか大変な面がある。道路交通の中では、路面電車>自動車>軽車両>歩行者の順で図体も大きく力も強い(ぶつかった時特に)わけである。路面電車は必然的に公共交通であって常に優先権が与えられているので別格として、後ろ三つの中では軽車両のポジションが一番中途半端、自動車からは脅かされ、歩行者には神経を使わなければならない。自転車は無論、軽車両に属する(道路交通法第二条十一)
 そう、自転車は、道路交通の中間管理職なのである。

 わたしはいちおう教師である。周囲の眼、特に学生の眼もあるから、法令を遵守して模範的な走り方をしないといけない。と自覚している(家の前の道幅も狭く交通量も少ない交叉点でも、馬鹿正直に信号に従って二段階右折をしているほどだ)。
 ところが、そういう走り方をすると、ストレスが溜まることが少なくない。

 車道の左端の路側帯を走っている(これが法令通りである)と、クルマに警笛を鳴らされることがある。特に危険な走り方をしていなくてもだ(もちろんわたしは、自転車の幅よりも狭くなっている理不尽な路側帯しかない箇所以外は路側帯からはみ出さないように走るし、クルマに配慮してふらつかずにまっすぐ走るように心がけている)。つまりクルマの通行帯をいささかも侵してはいないのだが、それでも鳴らされる。不可解なことである。
 そりゃまクルマとしては、そこに自転車がいるよりはいないほうが、すっと走れるであろう。自転車に接触しないよう追い抜くには、それなりの神経を使うだろうから。だからといって、それが警笛を鳴らす理由になるのか。どうやら、そこにいられると自分が走るのにちょっと余計な神経を使わねばならないのがめんどくさいというだけの理由で警笛を鳴らしているのだ。歩道に上がれ、とあかの他人に音で命令しているのだから、呆れるばかりの思い上がりだ。
 自転車が歩道を走るには、さまざまな支障がある。言うまでもなく、歩行者の安全を脅かす。歩行者にとって、前からならまだしも、後ろから音もなく近づいて来る自転車というのは怖いものである。お年寄りなど特にそうだろう。そして、歩道には段差が多い。車庫や店から車道に出るためのスロープが設けてある所など、歩道を通る自転車からみると、結構なでこぼこであり、それがあるためにスピードが出せないし、敢えて出すとがんがん衝撃が来て、自転車は傷むし籠に入れた荷物は踊りまくる。これでは通勤通学などの手段にならなくなる。マンホールや暗渠の蓋なども、馬鹿にならない障害となるし、しっかり固定されていない蓋を踏むと大きな音をたてるので、そこを走ることは沿道の住民に迷惑であり、夜遅い時間などとても通れない。
 要するに、こちらとしては、クルマへの配慮もするが、さりとてクルマのことだけ考えて走っているわけにもいかないのだ。それでもクルマは、自分がスムーズに通る便宜だけのために、上記のような支障を全て受忍せよ、と警笛で要求するのだ。
 自転車にしか乗れない平民ごときは、クルマがお通りになるために、歩道に控えて道をお開け申し上げなければならないのだろうか。クルマというのは、それほど高貴なご身分のお方がご乗車あそばしている物なのだろうか。そうでないとしたら、ちょっと信じがたいほどの自己中心性である。
 さらに嗤いを禁じ得ないのは、そういう警笛を鳴らすクルマの半分以上が、運転を生業とする人が運転しているクルマであることだ。どんな困難な道路状況でも安全にクルマを走らせるのがプロというものだろう。それがそこにいられると自分が走るのにちょっと余計な神経を使わねばならないのがめんどくさいからと素人に向かって警笛を鳴らすなんて、そんな恥ずかしいことを、プライドがあるなら、どうかしないでいただきたい。いやそれ以前に、免許を持っているなら、道路交通法の基本くらい知っておいていただきたい(これはプロに限らないが)。

車両は、歩道又は路側帯(以下この条において「歩道等」という。)と車道の区別のある道路においては、車道を通行しなければならない。(後略)(道路交通法第十七条)

軽車両は、前条第一項の規定にかかわらず、著しく歩行者の通行を妨げることとなる場合を除き、路側帯(軽車両の通行を禁止することを表示する道路標示によつて区画されたものを除く。)を通行することができる。
(後略)(道路交通法第十七条の二)

車両(トロリーバスを除く。)は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、自動車及び原動機付自転車にあつては道路の左側に寄つて、軽車両にあつては道路の左側端に寄つて、それぞれ当該道路を通行しなければならない。
(後略)(道路交通法第十八条)

 お分かりいただけたかな。自転車は車道の左端の路側帯を走るのが法令に基づいた走り方だということが。

 歩道でなく車道を走ることになっているのが、歩行者の安全を考えてであることは、論を待たない。自転車通行可の青い標識のある箇所以外、自転車が歩道を走ることは許されていないのである。これを誤解している、というか、都合のいい解釈をしている人が多い。自転車ごとき鬱陶しいものは歩道を走るのが当たり前だ、と。わたしなど、小学校に警察官が来て、安全教育を受けたがなあ。そこで、自転車で歩道を走るな、とうるさく言われたがなあ。今はやってないのか?
 わたしが歩道を走るのは、当然青い標識の掲げられている箇所のみだ。そういう箇所は、たいてい十分な幅員があって段差が極力解消されているか、自転車レーンが設けられていることになっている。ただ、これも例外があって困る。わたしも迷うことがあるのだ。あの青い標識、適用区間がどこまでなのか、はっきり分からない場合が多いからだ。「自転車通行可終わり」という表示もあまり見ない。普通に考えれば、青い標識は大抵信号のある交叉点に掲げられているので、次の信号までが適用区間、ということになるだろう。しかし、次の信号まで行く間に、歩道の幅が自転車が通ればいっぱいという狭さのうえ段差だらけ、に変わってしまうような道路もある。逆に、信号の向こうも十分な幅員のある歩道なのに、標識が出ていなかったりする。どうもよく分からない。
 そこで提案である。規則を改正する必要はあるのだが、自転車が通ってもいい歩道は、縁石もしくはガードレールを青もしくは緑に塗装して明示することにしてはどうか。こうすれば、自転車にもクルマにももちろん歩行者にもよく分かり、注意を促すことができるとともに、誤解や迷いもなくなる。

 ちょっとここまで法令にこだわりすぎているきらいがあるが、わたしもそんなに規則規則と杓子定規に考えるつもりはない。道路状況は時と所によりいろいろな場合があり得るし、その場面場面で適切な走り方をすればよい。例えば、幼児の補助輪付自転車やお年寄りのバッテリーカーまで車道を走るべきだとは思わない。速度も遅く、歩行者を脅かすおそれも少ないのだから、歩道でよいのだ。
 それに、一方的に言っているが、自転車にもマナーが悪いのがたくさんいるから、クルマが危なっかしく感じるのも、無理からぬこととは思う。ただ、ルールを守って走っている者まで蹴散らさないでほしいのである。

 通用門で校門指導をしている時、学生の登校のピーク時、何十台と輻輳する学生の自転車に交じって、軽トラが門に近づいてきた。二回ほど警笛を鳴らしたりしているが、学生はなかなか道を開けない、というより、一台や二台ならともかく、自転車は連なって走っているし道幅も狭いので開けようがない。わたしは学生たちに、
「おーい、クルマ来てるから気をつけて」
と声をかけた。もちろん、クルマに道を開けろ、と言ったのではない。警笛で自転車を追い散らすような無神経なクルマが来ているから、接触などして怪我したら厄介だぞ、という意味で言ったのである。
 自転車は常にクルマに譲らねばならないとでも思っているのだろうか。たとえばわたしが歩道を自転車で走る時、歩行者がこちらに気づいて道を開けてくれれば頭を下げて追い抜くし、気づいてもらえなければそれまでのこと、ゆっくりついていくしかない。よほど危険で非常識な歩き方(Gメン75おばさん軍団とかですね…笑)でもしていない限り、ベルなど鳴らさない。自転車の方が強いのだし、自転車の方が徒歩より楽に移動しているのだから、歩行者をいたわり優先する走り方をせねばならず、自転車の方から退けと要求するのは尊大だからだ。クルマと自転車との関係も同じである。道はクルマのためだけにあるのではない。歩道や路側帯のない道路は特にそうだ。
 だいたい、山中の一本道ではない。住宅地の碁盤目の道の一角なのだ。学生の通学路になっている道をピーク時にわざわざ通らずとも、スムーズに通れる迂回路はいくらでもとれる。自転車は自力で漕ぐ努力をしないといけない乗物である。自転車とクルマとが干渉するなら、アクセル踏むだけで楽に走っているクルマの方が迂回するのが当たり前だ。
 しかるに、軽トラはわたしの前に停まり、運転していたおっさんが、
「もっと厳しく注意してください!」
と言う。そこでわたしは、
「この時間は学生の通学が集中しますから、廻り道をなさるか、学生にプレッシャーを与えないように運転していただきたいと思います。学生に怪我があっては大変ですから」
と厳しくご注意申し上げた。おっさんはあきれ果てたというしぐさをし、憤然と軽トラを発進させた。要望のとおりにしたのに、怒らなくてもいいだろう。
  なぜクルマに乗るとかくも傍若無人になれるんだろうか。

 自転車の走り方とそのルールについては、彩図『自転車社会学会』を参考にさせていただきました。
  http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2091/

 また、道路交通法の条文については、総務省の『法令データ提供システム』を参照しました。 
  http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi

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コメント

まるよしさん
私の身近な内容でしたのでコメントさせて頂きます。
私は自転車が好きで大阪から九州まで往復した経験があります。今でもロードレース用の自転車でよく街を走っています。また通勤やレジャーでは車を運転しますので、どちらの立場でも気持ちはわかっているつもりです。
私の自転車の立場では50㌔近くスピードが出ますし、障害物があると避けるのでその時クラクションを鳴らされるとビックリして転倒して怪我をしたこともあります。それ以来私が車を運転する時は、危険な時以外はクラクションは鳴らさないようにしています。それに道路は車だけのものではありません。予知して運転してもらわなければ困りますね。ですが、自転車でも学生で並列で走ったり蛇行したりで、車にとってはヒヤヒヤすることが多々あるのです。安全に自転車に乗っているつもりでもそういったことから車にとって二輪車は危険なものと勝手な先入観があるのではないでしょうか。後ろから近づいているので気をつけてという意味で鳴らすこともあるかも知れませんね。でもやはり明らかに自転車を退かそうとする運転は私も反対というか違反です。
余談ですが、昔、道の真ん中をゆっくり走っていた前のバイクを許せずに、信号で停まった時に引きずり降ろした行為は反省しています。

投稿: プリンゼ幸夫 | 2006年5月24日 (水) 18時56分

 プリンゼさんのように、クルマと自転車両方の立場を分かっておられる方はいいのですが、大人になると自転車に乗らなくなる方も多いですからね。
 この記事はちょっと面白おかしく書いていますが、わたしもほんとうに不愉快だったり、身の危険を感じたりすることもあります。

> 昔、道の真ん中をゆっくり走っていた前のバイクを
> 許せずに、信号で停まった時に引きずり降ろした
> 行為は反省しています。

 これは激しい(笑)。でも、ゆっくり走るんなら、後方のクルマなどに配慮して、端に寄るなどしてほしかったですね(まあ、その道幅があればですが)。バイクにはバックミラーも付いてることだし、気づかないことはないと思いますが。
 自転車もクルマも、周囲にちょっとずつ配慮すれば、そんなに問題はないんですがねえ。お互い安全運転でいきましょう。

投稿: まるよし | 2006年5月24日 (水) 21時56分

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