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2006年5月28日 (日)

日本語は『縦に書け!』

 この前読んだ本をご紹介。『縦に書け!』(石川九楊 2005 祥伝社)という本である。

 要諦を言ってしまえば、日本語は縦に書くものだ、ということに尽きるのだが、そこからいろんなことに話を拡げてくれる。

 著者は福井出身の書家で、文字文明研究所所長、という肩書もついている。文字のあり方を通じて、文明や文化のすがたまでを論じようという姿勢がなかなかスケールが大きくてよい。

 現代は、生活が満ち足りてきたことで言葉が力を失っていて、社会の「文体」が崩れているのだ、という。「世界に一つだけの花」とか「世界の中心で愛をさけぶ」などといった虚構が流行するのは、若者が世界の中での自分の位置を見失ったことによる天動説への退行、と手厳しくみなす。
 これに拍車をかけ、社会の成熟を阻んでいるのが、パソコン・ワープロの普及だとする。「殺す」という文字を子供が手書きしようとすると、随分な手間隙がかかる。その間に躊躇したり心が落ち着いたりする。しかし、キーボードで打つと一瞬に変換し、一瞬に書き込めてしまう。立ち止まって考える余地がない。こういう指摘は頷かされるところだ。
 一昨年大阪教育大学国語教育学会が行った調査でも、ケータイなどでメールを打ったりチャットに書き込んだりする行為は「書く」こととは意識されていないことが分かっている(『国語と教育』第29号 2004 大阪教育大学国語教育学会)が、殊に日本語では、手書きするときとワープロ打ちする時とでは、使う脳の部位も異なるのだそうだ。
 さらに、日本語はどうしても縦書きでなければならない、と言う。天からの重力を受け止め意識するのが、宗教にも等しい日本人の心の源をなしているからだそうだ。これもよく分かる話である。縦書きと横書きの文章の性質の違いも紹介されている。縦書きは客観的に社会の中での自分を見つめる書き方になり、横書きは私的に頭に浮かんだことをつづっていく書き方になる傾向があるそうである。これも何となく分かる。
 その先も縦書きを支点にした多彩な社会批評を繰り広げ、ちょっとこじつけでは、と思う項目もないではないが、まあ全体に同意できるし、ちょっと耳が痛くもある。

 わたしは、学生の作文に縦書きも横書きも認めている。これは、実際に現代の社会では横書きの文章を読み書きする機会も多いからである。学生の大半は縦書きにするが、これは縦書きを愛しているのではなく、単に小学校の時から作文は縦に書くものという観念に縛られているだけである。
 これも見なおした方がいいのか、と最近思っていたところだ。日本語で文章を書く、ということにすっかり慣れたとしたうえで、もう高専生なのだから社会の実態に合わせて横書きで実践的に書くのもいい、と思って横書きを許可してきたのだが、文章を書くことの基本ができていない学生が多くなった。低学年では、まず日本語の文字を重ねて文章を作ることを体感させることから始めなければならないのではないかと思いなおしている。そのためには、ワープロも横書きも禁止しなければならない。日本語の文字の形・筆順・筆づかい、いずれも縦に文字を綴っていくことを前提に定められているからである。国語の時間でも堂々と目茶苦茶な書き順でノートや黒板に書く学生も少なくなくなってきたのだ。ある程度行書で連綿を教えたりした方がいいのかもしれない。そうすれば文字が連なって文になるさまも会得できるし、ちょっと日本語のかっこよさも感じてもらえそうだ。平仮名がうまく流れるように続けて書けた時の快感は、ワープロ入力では味わえないものだ。
 そうかと思えば、国語のノートを横書きでとっている学生もいる。わたしは縦書きで板書しているので、わざわざ横書きに「変換」して書いているのである。しかし、「ずのすぐ上の文字(未然形活用語尾)に着目」などと書いているのもそのまま写している。横書きにしたら上ではなくなるのだが。それに、漢文に入ると横書きではわけが分からなくなる。まあそこは自分で困って考えてくれればよいので、あえて何も言わないことにしてきた。
 しかし、これも強制的に縦書きにさせなければならない時にきているようだ。古文こそ、連綿の味わいを十二分に感じ、まずは日本語への愛着をもってもらわねばならない。ただそこで困るのは、国語用の縦書きの大学ノートがほとんど出ていないことである。学生たちは横書きのノートを無理矢理縦に使ったり、小学生用のノートを使ったりしているが、気の毒である。
 わたしも、国語の授業以外の時の板書は横書きにしてきたが、逆に、できるだけ他の先生方にも、数式など出てこない限り縦書きで板書するよう、勧める方がいいかもしれない。黒板のあの形状は、どう考えても縦書きに向いているから、縦書きで乱雑な板書をしようと思ってもできないのだ。

 国語教材としても知られる安西冬衛の有名な一行詩「春」は、

てふてふが一匹韃靼
海峡を渡って行った

 

と縦一行に書かねば意味をなさない(IE以外のブラウザの方は縦書きになりません。あしからず)。時代が変わっても、縦書きの価値が消えることはないだろう。
(下の画像は楽天ブックスの同書ページにリンクします。購入もできます)
縦に書け!

※ このカテゴリーの記事のように、まるよしの楽しい日本語の話を満載した本、ぜひお手に取ってお読みくださいね。

 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

 勝木書店のホームページでご注文いただくのがご便利かと思います。
  http://www.katsuki-books.jp/ (書籍検索から)
 Amazon・楽天などでは購入できません。

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