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2006年6月22日 (木)

二連載の終焉

 『旅と鉄道』誌(鉄道ジャーナル社)の夏の号を立ち読みしていて、驚いたので購入することにした。実に三十年間の長きにわたる、同誌の連載「種村直樹の汽車旅相談室」がこの号で連載打切となることが告げられていたのである。
 旅行雑誌の棚から趣味雑誌の棚に移り、同社の『鉄道ジャーナル』誌7月号を読むと、こちらでも同じ種村氏の連載コラム「レールウェィ・レビュー」も6月号をもって打切であることが記された「「レビュー」33年395回の終局」という記事が載っている。これも購入した。
 この事態は何事であるか。まさしく突然のことで、いずれも前号に「次号で最終回」などという予告はなかったのである。

 種村直樹氏は、レイルウェイ・ライターを自称する、鉄道関連のルポ・エッセイの著述家である。おそらく鉄道趣味に関わる人なら、種村氏の名前を知らない人はないだろう。紀行作家の故・宮脇俊三氏、評論家の川島令三氏と並ぶ、鉄道文化に関する書き手の三巨頭の一人である。
 両誌をホームグラウンドに活躍している感じであっただけに、まことに意外である。『旅と鉄道』夏の号の種村氏自身の記述によると、両誌をとりまく諸般の事情が厳しくなったため、ということであるそうだが、それにしても、両誌とともに歩んできた種村氏の看板連載を切る、というのは解せない。かなり大きな編集方針の変換があったようだ。
 水面下で何があったのかは知る由もないが、種村氏の他の連載や単発記事についてはこれからも掲載するそうなので、感情的なトラブルによる訣別といった類のことではないようである。なのに、両誌とも編集後記に相当するようなコーナーでも、編集部サイドから両連載打切に関する説明ないし謝辞が一切ないのはどういうことだろう。経緯がどうあれ、礼を失するのではなかろうか。

 種村氏は最初の単行本『周遊券の旅』を出したときから、奥付に「質問があればお寄せください」という趣旨の文言を、自宅住所とともに必ず入れ、質問や意見を記した読者の便りには全て返事をする、という方針をとった。今でこそ、Web彩図などを通じてライターと読者との間の双方向の交流が行われることは珍しくなくなったが、種村氏はそれを三十年も先取りして紙メディアで実践していたことになる。
 そうした単行本に対する質疑応答が発展独立したのが「種村直樹の汽車旅相談室」だったわけで、これは主に、種村氏の得意分野である切符の規則や上手な使い方をとりあげるものであった。わたしも、この連載、それを単行本化した数冊の書籍をかなり参考にしてきた。
 さらに、こうして生まれた固定読者の交流会として「TTTT」というファンクラブないし親衛隊が結成され、最盛期には1200人もの会員を数え、種村氏とともに鉄道を乗り継ぐ旅や、種村氏を囲んでのおしゃべり会などの活動を活発に行い、地域支部やジャンル別の分科会が生まれる盛況を見せた。
 わたしも、『まるよし電車区』にも紀行を乗せている最長片道切符の旅の話題に絡んで種村氏に手紙を送ったりしたご縁で、「TTTT」からお誘いをいただき、一時期在籍したことがあり、機関誌への投稿も数回しているし、おそろいのTシャツも持っている。
 平成12年に種村氏はクモ膜下出血で倒れ、一時執筆活動を休んだことがあった。この時、わたしは「TTTT」の会費を振込むべきかどうか迷った。ファンクラブの愛慕の対象たる作家が生死に関わる病と戦い、また予後を過ごしておられる時に、通常どおりに会が活動するべきかどうか、判断しかね、運営サイドの姿勢も見定めたいと思って、一回振込を見合わせた。すると、遺憾ながらその次の号から機関誌が届かなくなった。会費納入のなかった会員が除名される会則は分かっていたが、会の存廃にも関わる非常時にあって、随分事務的なんだな、と感じた。種村氏の健康が恢復して以前通りの活動をされるのなら、とばした年度分も含めた会費を喜んで払う意志はあったのだが。
 幸い種村氏の病状は、奇跡的とも言えるほど順調に快方に向かい、ほどなく執筆を再開された。わたしも、「TTTT」との縁こそ切れたが、種村氏の著述を応援する気持ちには変わりなく、諸連載を楽しみに読んでいるし、単行本も買っている。

 そういうわけなので、種村氏の著述活動にかける姿勢を象徴する存在でもある「種村直樹の汽車旅相談室」の連載終了は、わたしにも深い感慨がよぎる事態であるし、鉄道趣味界の歴史にとっても、かなり大きく書き残されるべき事件ではないか、と思う。
 相談室に寄せられる質問も次第に減ってきていたという。これは、他の交通機関の台頭や大衆化、それに趣味の多様化による鉄道趣味自体の相対的な衰勢も一因だし、種村氏の年齢が古希を迎えるまでに高くなって、質問を主に寄せていた中高生との世代の隔絶が起こってきたためでもあるだろう。加えて、この相談室の機能に相当するような電子掲示板の類もいくつも開設されており、これも相対的に、連載のオリジナリティーが低下している。
 「TTTT」も最盛期と比べると会員がかなり減少してきているそうだ。近年鉄道趣味が最も盛り上がったのが昭和62年の国鉄民営化前後であり、その後はJR各社が独自の機軸を打ち出してそれぞれの道を歩むようになったこともあって、鉄道趣味の関心も分散していくことになる。
 「相談室」や「TTTT」のように、一点に気持ちを集約していくようなあり方、一人のカリスマの元にファンが集結する、という形態自体が現代の鉄道趣味と合わなくなっているのかもしれない。
 『鉄道ジャーナル』誌の記事では、種村氏自身も病気以後の筆力の衰えを認めている。コラムの方も一時ほどの勢いではないのだろう。不景気やモータリゼーション進展の影響で縮小・廃止される路線、鉄道事故などの不祥事の連続など、近年明るくないニュースが増えてきたことも、コラムのムードを曇らせる遠因だったろう。

 そうであっても、鉄道に関する著述の世界に新たな方法論を提案し、実践してきた、そして鉄道趣味の広がりに貢献してきた種村氏の功績は大きいと思う。これからは無理をしないで旅と著述をお続けになり、従来とは違うペースでまたわたしたちを楽しませてほしいと思う。
 長い間お疲れさまでした。

  まるよしが現時点で未乗の区間

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3.3.3.0 鉄道  」カテゴリの記事

7.5.0 書籍・文学」カテゴリの記事

コメント

自己コメント。

『鉄道ジャーナル』誌8月号には、編集長の連載終了に寄せる文章がある。種村氏の功績は認めており、その体を労っているが、言外に、締切の超過などの不都合を匂わせる感じは否めない。しかも、ごく短い文章なので、なぜこれをまさに打切の6月号もしくは種村氏による総集編的記事の載った7月号に書けなかったのか、疑問だ。

投稿: まるよし | 2006年6月24日 (土) 21時33分

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