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2006年7月26日 (水)

原稿の扱い

 母校である大学で組織している国語教育の学会の機関誌に、原稿を送った。
 その経過で久しぶりに頭に血が上った。送られてきた掲載誌の自分の文章の載っているページを開いてみた瞬間、思わず床にそれを叩きつけた。可能ならば全冊回収に回りたいほどだ。編集しているのは後輩である院生だし、わたしもその雑誌の編集の苦労は経験したのだから、あんまり怒っても、と思うが、そのへんを差し引いても酷い扱いだ。

 まず、当初から「フロッピー入稿」なのか、「完全版下原稿作成」なのかがはっきりせず、「院生がワープロ打ちする」というよく分からない説明だった。まあそれが経費節減になるのなら、と思って、指定されたとおりの書式でWordファイルを作り、フロッピーに入れて送った。念のためにプリントアウトした紙も添えて。
 その後、編集担当の院生から、指定のフォントが間違っていたのでこちらで直す、というやはりよく分からないメールが来た。それにはフォントを直したWordファイルが添付されていて、それを見る限り特に問題はなかった。それにしても、どうなっているのか、と不信感を募らせているうちに数カ月が経過した。

 どう考えてももう印刷が上がっている頃なのに、音沙汰がない。わたしが、進捗状況を訊ねるメールを送ると、もう雑誌はできているが、次回の学会案内と一緒に送ろうと思っているのでもう少し待ってほしい旨のメールが来た。
 もうこれでかなり不快になった。一般の卒業生にはそれでいいだろうが、原稿の執筆者にそれはないだろう。既に大学の教員や現役学生には配布しているわけで、筆者のわたしよりも先にわたしの文章を読んでいる人がいることになる。それで、今度はゼミの後輩の院生に直接きつく催促した。それでやっと送ってきたのである。それも一冊だけ。

 で、自分の文章の所を開いて愕然とするのである。まず、本文でわたしが入れていた一行空け(もちろん空けることに表現意図がある)、が勝手に詰められている(文章全体を通じた基準で行空けするかどうかを決めている。それが一箇所だけ破られている)。また、註記部分のポイントを落としてあった(これにも表現意図がある)のに、勝手に本文と同じポイントにされている(それも、全部の註記がそうなっていればまだしも、一部だけである)。そして、一番怒り狂ったのは、表の形が勝手に変えられていることであった。表の列の幅が不均等で、右端の列だけがやたら横幅が広くなっている。わたしが送ったファイルでは、もちろん全ての列を同じ幅にしていたし、同じ幅であることにも表現意図を込めているのである。これではわたしの作った表と意味が違ってくる。
 さらに、フォントや表の大きさを変えた関係で、わたしが見栄えを考えてページの一番上に配置していたはずの表の上に一行だけ本文が入っている。まことにふざけた割付であり、わたしよりも、編集部自身、こんな割付を美しいと思うのどうか、感覚を疑う。

 要するに、わたしが書いたものと異なる意図を表現している文章が、わたしの名前(その名前も、わたしの名前の漢字がワープロで打てない字であるため、手書きで書き加えた不恰好なものになっている)で発表されているのである。わたしのこだわる文章様式に対する美意識が徹底的に踏みにじられている。このような文章にわたしは責任をもてないし、何よりも、わたしがこのような不細工な様式の文章を平気で雑誌に載せる杜撰な人間だと思われることが、迷惑である。

 で、何でこんなことになるのか、と手許に控えてあるWordファイルを引っ張りだしてみた。雑誌の刷り上がりはA5だが、本文は通常どおりA4の文書としてファイルを作っている。表はそのまま使えるよう、A5の刷り上がりサイズと合うように苦心して表のファイルを作ったのだ。それをそのまま切り貼りして使えばよかったのだ。なのに、わざわざA4サイズの本文ファイルに貼り付けて組み込んだらしいのだ。当然表も倍のサイズに拡げなければならないのだが、こともあろうに表の右下の矢印をマウスで引っ張って拡げたらしい。わたしも試しにそうやって拡げてみると、果たして雑誌に載っているとおりの形になった。そして、それを組み込むことで、本文の字詰めが微妙な影響を受け、それを修正しようとすると、フォント指定が解除されたり改行が一つ詰まったりして、やはり雑誌のとおりになった。
 要するに、横着な編集をされたのである。Wordでの編集上の手順が優先され、原稿と照合してそのとおりのし上がりに手直しする手間を省かれたのである。表について、やはり試しに、拡大した後丁寧に手を加えてみると、元の原稿どおりの(つまり形はそのまま二倍に拡大した)形に整えることができた。編集部でそれをやるのが面倒なら、わたしに言ってくれば一時間もかからずにできたのである。
 大体、少しでもファイルに手を加えたのなら、印刷にかかる前に、これでいいか、と執筆者にファイルなりプリントアウトなりを送って、改めて承諾を得るのがあたりまえだろう。いや、それ以前に、完全原稿を出せ、と言ってくれれば、用意することはできた。中途半端に院生が編集などするからおかしくなるのである。

 Wordの機能とそれを使いこなす能力に妥協して、原稿を疎かにするなど、本末転倒だろう。機械が便利になりすぎると、えてしてこういうことが起きる。ワープロ専用機時代は、表がうまく入らなかったりした場合、編集部で一から表を打ち直してでも、美しくし上げたものだが。

 他人の原稿に対してこのような扱いを平気でできるのは、院生たち自身が雑誌論文を書いたことがないからであろう。だから、研究者が文章にかける念の強さに思いを致せないのだろう。その点はわたしにも覚えがあるし、同情もするが、同情してしまうとわたしの怒りのもっていき場もなくなるので、次回(わたしがこの雑誌に書くことは二度とないが、他の人の原稿でも)同じ轍を踏まぬよう、書き留めておく次第である。
 このごろは、学生や院生に学会を運営させたり研究発表会の仕切りをさせたりということがよく見られるが、わたしは反対である。実務を学生がやるのはいいけれど、学生には分からないことも多くある。しかるべき人が指導助言する態勢をつくっておくほうがよい。

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6.0教育・研究」カテゴリの記事

コメント

@namazです。

初稿とか2稿とかは、ないのですね?
pdf等での提出なら、分かる気はするんですが?
お怒りこと、お察し申し上げます。
学生に任せっきりはどうも・・・、。

取り急ぎ、。

投稿: Namaz-Coordinator | 2006年7月27日 (木) 19時12分

 完全原稿でないのなら、本人校正が二回は必要だと思います。それがなかったので、こういうことになります。

投稿: まるよし | 2006年7月27日 (木) 19時51分

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