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2006年7月 6日 (木)

夜回りの声

 先日、夜回り先生こと水谷修氏の講演を聴いた。
 職場を代表してご招待いただいた、クローズの講演会であるし、内容を書くのは遠慮するとして。

 お話の上手な方だ、と思った。中高生を含めて皆が静かに、熱心に聴き入っていたし、笑うところでは笑う、泣くところでは泣く、という、まことにまともな反応があった。
 それは、聴衆が、水谷氏の生きざまに共感しつつ驚嘆する、という前提があるわけであるが、それにしても、自分の生きざまが他人に分かるように話す、というのはたいへん難しいことであり、氏の話はそこが極めてうまかった。
 同じ主旨のことを繰返し繰返し話されるのだが、まさに手を変え品を変え、で、ある時はデータを引用して論理的に説明する。ある時は聴衆に問いかけて身を振り返らせる。ある時は自身の体験を語る。説明から描写までを行ったり来たりしながら話がスパイラルに展開するのであり、描写度の振幅がかなり大きい。説明では冷徹に事実や現状を突きつけることで聴衆のことばを失わせる。描写では水谷氏の関わってきた子どもたちの顔姿が目に浮かぶような細密なもの、それでいて感情は最小限にしか挟まれておらず、あくまで人や物の姿を通して感情を間接的に喚起する。だから、その感情は聴衆の中に湧き出るものであって、感情を直接語る押しつけがましさはない。こういうことから、繰り返されても飽きることはなく、もっと聴きたい、と思わされた。
  そして何より感心したのが、水谷氏の声である。決して美声ではないのだが、響きがよい。他人を威圧するような勢いは感じさせないが、芯が一本しっかりと通っている。声質は生まれもったものであろうが、この声で話しかけられれば、聞いてみようという気になるだろうな、と思う。夜回りにも天賦の才能が活かされるのかもしれない。
 水谷氏の子どもをとらえる時の姿勢は一貫していて、子どもは不完全・未熟なものであると一旦認めきったうえで、それでもその子らしい一つの人格である、あるいはそれが完成する可能性を秘めている、とも認める。この二つのとらえ方はともすれば矛盾してしまうのだが、氏はそれを両立させ、それをさらに実際に子どもたちと相対するときの態度に具体化している。この簡単そうにみえて難しいことを実践しているのが氏の凄味なのであろう。

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 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

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