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2006年7月29日 (土)

「蛍の光」の使い途

 再び「蛍の光」を話題にする。

 甲子園球場で、阪神タイガースの応援団が、相手チームの投手が降板する際に「蛍の光」を歌うのが通例であった。これに対して、野球評論家でタイガースの元投手江夏豊氏が、このような相手を侮辱する行為をする者は阪神ファンではなく観戦の資格もない、という主旨の痛烈な批判を新聞の連載コラムに書いた。それを受けて、応援団では、「蛍の光」合唱を、阪神の優勢の時相手投手が打ち込まれて降板する場合に限ることにした、という。これまでは阪神の劣勢時であっても、イニング途中での相手投手の降板にあたっては必ず歌っていたというし、阪神ファンのなかにもそれを苦々しく思っている人がいたようである。

 批判・提言を受けて事態を改善するのはいいことである。尤も、わたしはプロ野球ひいてはプロスポーツにさっぱり興味のない人間であるため、その応援のあり方もどうでもいいといえばいいので、ほっとけばいいのであるが、この経緯を読んで、おかしいと思いませんか。
 プロ野球の関係者がファンを批判するとは、尋常なことではない。ファンに支えられてこそプロスポーツが成り立つのだし。無論そんなことはよく分かっている江夏氏の、投手経験を踏まえた、切実な提言なのだ。まして江夏氏といえば、ある世代の阪神ファンには神と崇められる伝説の投手なのであり、その発言は傾聴に値するだろう。その江夏氏の身を切るような提言を、どう聞いたのか。
 江夏氏が批判したのは「相手に対する侮辱」である。「蛍の光」が最も相手を傷つけ追い討ちをかける場面は、相手投手がKO降板する場面ではないのか。それなのに、その場面だけ「蛍の光」を残して、他の場面は止める、という対応が、わたしには全く理解できない。阪神の劣勢時に、役目を終えた相手投手を、敵ながら天晴、と「蛍の光」で敬意を表しつつ見送るのなら、結構なことではないのだろうか。こんな対応では、江夏氏の思いを逆撫でするだけではないか、と思うのだ。
 野球をよく分からずに書いているから、見当外れを言っているかもしれないので、その点はご教示ねがえれば幸いであるが。

 わたしは、何にせよ、歌を愛する人間の一人として、どのような形であれ、歌が他人を傷つけることに意図的に使われることには堪えられぬ哀しさを感じるので、このニュースを聞いて一言言いたくなったのだ。特に子供も見ているような場面でそういうことは止めにしてほしい、と願う。

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コメント

まるよしさん

私も阪神タイガースの「蛍の光」の件については一言いいたいと思ってました。

その前に、現在私はソフトテニス(市で行ってるスクールです)をやっていて、ルールについても教わっていますが、相手に対して暴言を吐いたり失礼な事を言ったりすると退場処分になるのだそうです。それは観客であっても度が過ぎる場合はイエローカードどころかレッドカードを出すと聞きました。しかし、野球やソフトボールなどは、野次は飛ばしてもいいスポーツです。それも相手チームに対する戦略のひとつなのです。

しかし、タイガースの「蛍の光」については前々から度が過ぎると思ってました。江夏氏の言葉を受けて阪神の優勢の時相手投手が打ち込まれて降板する場合に限って、という事でしたら何も問題の解決になってないんじゃないかと思います。いっその事歌わないのがいちばんいいと思います。江夏氏だけじゃなく、良識あるタイガースファンならば、苦々しく思っている人はいるはずだと思いたいです。


投稿: かなみ | 2006年7月30日 (日) 15時27分

 やはりそう思っていただけますか。わたしも、どうもこの対応が腑に落ちなかったので。

投稿: まるよし | 2006年7月30日 (日) 18時06分

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