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2006年7月22日 (土)

歌の力

 53年前の今日、7月22日、横浜港に一隻の船が入港した。その船、「白山丸」に乗っていたのは、フィリピンのモンテンルパ収容所に収監されていた、「戦犯」100名あまり、死刑判決を受けていた者も含まれる。そして、現地で処刑された17名の遺骨も載せられていた。埠頭では二万人を越す群衆が船を迎えた。

 そろそろ更新を再開しようか、と思って端末に向かった時、なぜかふと渡辺はま子さんの「あヽモンテンルパの夜は更けて」のメロディが頭を過った。この曲のこともいつかはきちんと調べて書きたいとは思っていたが、今すぐにと思っていたわけではない。でも何か気になるので、少し資料を繙いたところ、「白山丸」の入港が今日の日付だということを初めて知った。全く偶然だが、これを書けという啓示なのかもしれない。不思議である。これは再開しかないだろう。
 

 この曲のことや渡辺さんの生きざまは、『モンテンルパの夜はふけて~気骨の女・渡辺はま子の生涯』に詳しいので、わたしが説明することも無粋ではあるが。
 この曲を初めて聴いたのは、中学生か高校生の頃の、たぶんNHK『思い出のメロディ』であった。渡辺さんは当時の懐メロ番組の常連であり、「蘇州夜曲」や「桑港のチャイナタウン」などのヒット曲をよく披露していたものだが、艶やかに楽しげに歌うそれらの曲と違い、「あヽモンテンルパの夜は更けて」に取り組む時の渡辺さんは気魄が全く違っていたのだ。そして客席は静まりかえり、涙を拭く聴衆も多い。曲の謂れは分からぬながら、ただごとでないものが伝わってくるので、わたしは呆然と画面を見つめた。その場の状況やムードによってでなく、歌そのものが純粋に人を泣かせるという事態を初めて見た気がしたからだ。

 そんなわたしを見て、母がこの曲について解説してくれた。
 …渡辺さんは、戦時中は戦地の慰問に励んだ。そして戦意を鼓舞する曲を歌って戦争に協力した責任を強く感じ、戦後は日本人捕虜の慰問を精力的に行った。単身収容所に乗り込んでも、歌うことが許されない場合もあって、そんな時は収容所の外の道端に立ち、窓に向かって歌った。そして、モンテンルパ収容所にいた虜囚が作ったこの曲をレコーディングしてヒットさせた。そのうえ、勇気あることに国民の署名を500万人分も集め、フィリピン大統領に届け、釈放を嘆願した。それによって虜囚たちの釈放が決まった…
 当時の母の説明は、後で調べた史実と微妙にずれている部分もあるのだが、大筋は間違っていない。ともかく戦争に人生を捧げた同胞の命を、歌が救ったことは確かだ。そして、多くの国民の心を動かしたことも。
 「あヽモンテンルパの夜は更けて」は、モンテンルパ収容所で代田銀太郎さんが作詞し、伊藤正康さんが作曲した。二人とも死刑囚として収容されていたのである。それもいい加減な裁判の結果である。そして二人と共に収監されていた死刑囚も、既に十数人処刑されていた。明日をも知れぬ身で不自由な毎日のなかにあった。敗戦の情けなさ、虚しさを一身に背負わされたような境遇である。

 そんな袋小路のような状況を打破したのが、歌だったのだ。収容所に詰めていた教誨師であった加賀尾秀忍さんが、歌で人心に訴えることを思いつき、二人に曲を作ることを勧めたのだという。加賀尾さんがキリノ大統領に初めて面会した時、この曲のオルゴールを差し出して、これは収容所の戦犯が作った曲だ、とだけ言ったそうだ。それ以外のことは何も言わずに。どうせ泣き落としで囚人の命乞いをしてくるのだろう、と冷やかな思いで会見に臨んでいた大統領は、意表を衝かれるとともにそのもの悲しいメロディに心打たれ、一部の囚人を独立記念日を機に恩赦することをその場で約束した、という。さらにその後、日本から500万人の署名が大統領に届けられたその日のうちに、キリノ大統領は囚人全員の減刑と日本への送還を決断した。
 人生を豊かにし、人を救うのは、法律や科学技術や物質だけではない、という、あたりまえのことが、改めて感じられる。人を教え導く仕事に就いている者として、忘れがちになるが忘れてはいけないことを、この曲が教えてくれる。
 戦争が終わった途端に、掌を返したように戦争を批判し、戦争に関わった人達やその遺族までを白い眼で見るような風潮に、渡辺さんは強く憤りを感じていたそうである。ただ怒るだけでなく、歌手という立場でできる限りの行動をとって自分の想いを伝えた。この信念と勇気があったからこそ、歌に命が宿ったのだろう。渡辺さんを尊敬するし、歌をそれまで以上に愛することができるようになった。

 こういう事情を知ると、「あヽモンテンルパの夜は更けて」を涙なくして聴くことも歌うこともできなくなった。芸術に関してそんなに興奮することは少ないわたしなのだが。特に三番の最後でメロディをオクターブ上げてシャウトする声には、渡辺さんの怒り・哀しみ・やるせなさが目一杯こもっている。
 「白山丸」の入港は、わたしが生まれる十年ちょいと前である。この歳になったから言えるのかもしれないが、十年という年月は、そんなむちゃくちゃ長い時間ではない。時代の息吹は連続している。そんな時期にこんなことがあったのだなあ、と戦争の時代を近く感じさせられる。
 歌の力は、まっとうに、的確に、わたしたちの生活に活かしていくべきものなのであろう。
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モンテンルパの夜はふけて

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