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2006年8月10日 (木)

原爆ドームそばのマンション

 広島は原爆ドームに隣接して、高層マンションが建設中で、物議を醸している、という報道をテレビで聞いて、驚いた。「隣接」と言うから、原爆ドームと壁を接して建てられているのか、と思ったのである。しかし、わたしも原爆ドームは見に行ったことがあるが、公園の中になっていて、そんなすぐ隣にビルなど建てようがないはずだ。
 やがて映像が流れると、思ったとおりであった。

 なるほど原爆ドームに近いのであるが、全く隣接などはしていない。見た感じ、100メートルは離れているのではないだろうか。見る角度によっては重なって見える、と言う程度のものだ。これがなぜ問題なのか。吉永小百合さんのコメントも紹介されていたが、吉永さんの活動には賛同し敬意を表するものの、核兵器廃絶を目指して努力しなければならない、という当然の総論と、このマンションの建設中止を願う各論とのつながりがわたしにはよく分からない。

 広島の人が原爆に特別な思いを抱くのは、よく分かる。しかし、原爆だけが広島ではないし、街自体を遺跡として保存するならともかく、生きている街は日々発展していくものだろう。高層ビルだって建つし、コンビニもファストフード店もできる。ましてそこは県庁所在地にして中国地方の中心地たる大都市の都心部である(だからこそ爆心地に選ばれたわけだ)。
 原爆ドームはたまたまあのように半分壊れかけたような形で残ったので、被爆地の象徴的存在として注目され、そのままの姿で保存された。しかし、跡形もなく壊れ燃え去った建物が他にたくさんあったはずだし、そこで命を落とした人々もたくさんいる。それらの場所とドームとの間に価値の差はない。ドームを見下ろしてはいけないのなら、広島の町じゅう、神聖な扱いをしないといけないだろう。
 しかし、広島市民は、この公園付近だけを被爆の記念として残し、それ以外の市域は復興し新たな街づくりをしていくことを選択したのではないのか。マンションの建っているエリアも、被爆の跡を意識した街づくりをするのなら、初めからそういうつもりで都市計画をなし、規制をかけておくべきである。いざマンションが建ちはじめてから高さがどうだとか言っても、と思う。

 こんなことが問題になるというのなら、他のことも気になってくる。角度によっては原爆ドームの背景に市内随一の高層ホテルが見えるはずだが、それはいいのか。今回のマンションよりよほど威圧的だと思うが(わたしもそのホテルに泊まり、平和公園を見下ろしたことがある)。あるいは角度によっては、広島市民球場の照明設備が映ると思うが、あのような能天気な娯楽施設が道を隔てた至近にあるのはいいのか。原爆ドームの前の道には広島電鉄の路面電車が走っているが、派手な色の広告電車が行き交っているのは構わないのか。こんなことを言いだせば、きりがないのではないか。なぜマンションだといけないのか。

 唯一の被爆国として、原爆の悲劇を世界に発信し未来に語り継がねばならないことは、自明だと思う。平和公園の敷地内にある原爆資料館が主に果たすべき役割であろう。もちろん、それを直接、現物ならではのインパクトをもって無言で語るモニュメントとしての原爆ドームにも、大きな価値がある。
 その重く尊い価値は、側にマンション一棟建っただけで損なわれるような価値なのか。わたしにはそう思えない。たとえ周囲が高層ビルだらけの近代的な都市になったとしても、否、そうなって尚更、超然と時を留めていく原爆ドームの存在価値は増しつづけるのではなかろうか。
 高層ビルが建つと世界遺産の指定を外される、という話もあるようだが、これもおかしな話である。知床半島のように、自然をそのまま残していることに価値を認められた遺産なら、規制を逸脱した人工物が造られることでその評価が下げられるのは、分かる。しかし、原爆ドームのような人為的な出来事を記念する遺跡が、その遺跡自体に手が加えられたのならいざ知らず、周囲の環境がいかに変化しようと、それで評価が変わるのは、筋が通らない。
 世界遺産の認定機構が、杓子定規に周囲の景観を認定条件として適用するのであれば、それは機構側が誤っているのであり、認定を取り消されることを恐れる必要はない。誰に認定されずとも、被爆地には固有の値打があるのである。
 こんな問題を云々することの方が、超越的存在として遇するべき原爆ドームと原爆被害者に失礼な話のように、わたしは思う。
 まして、世界遺産を外されると、観光資源としてのランクが下がり、経済効果に影響する、という下心があって反対を唱える人がもしいるのなら、何をかいわんやである。

 どう考えても、違和感を拭いきれないニュースであった。

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コメント

突然、サッコさん以外の話題にコメントします。
「しあわせの一番星」を探していたらこのテーマにぶつかりました。1つ違いなので。
私は高校時代までは広島県で教育を受けたので、何かと原爆の話を聞き、教育されました。しかし、(誤解を恐れずに言えば)ちょっと原爆にこだわりすぎている部分もあるように思います。もちろん、核兵器はなくすべきでしょうし、戦争もしない方がよいに決まっています。そのためには語り継ぐべき話もあるでしょうし、教育も必要でしょう。ただ、被害者意識が強くなってはいけないと思っています。

投稿: 美咲 | 2006年8月25日 (金) 21時50分

 学生時代、広島出身の同級生もいたので、広島県の反核教育の熱心さはうすうす聞いています。もちろん、それは間違っていないし、自然なことではあると思います。
 今回のニュースは、出てきたのが原爆記念日の前後であること、その後さっぱり報じられなくなったことなど、意図的に流されたような感を受け、少々鼻白む思いです。

投稿: まるよし | 2006年8月25日 (金) 21時59分

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