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2006年9月の記事

2006年9月30日 (土)

『キップをなくして』

 池澤夏樹の『キップをなくして』を読んだ。
 『ターミナル』という映画があった。これはアメリカにやってきた東欧のとある国の男が、入国しようとした途端に祖国がクーデターで消滅し、パスポートが無効となったため、空港で足止めをくってそこで生活することになる、という不条理ものであった。
 『キップをなくして』は、その鉄道版ということになるだろうか。電車に乗っている間に切符をなくしてしまって、改札を出ることができない子供たち。彼らは、実は東京駅の構内にある秘密の部屋で共同生活をしていたのである。 

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2006年9月28日 (木)

地下組織再び

 わたしが関わる非合法地下組織としては、「まるよしくらぶ」をご紹介したが、これに加えて、またわたしが顧問を務める地下組織が出来した。去年まで担任していたクラスの学生が結成した未公認同好会である。わたしの研究室が部室らしい(そんなこと許可した覚えはないぞ)。活動内容がまた妖しいのだが。

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2006年9月26日 (火)

私的解題(11) 「青い麦」

 「青い麦」というタイトルを聞いて一般に思い浮かべられるとすれば、フランスの女流作家コレットの小説だろう。
 フランスの小説らしく、恋愛と性の感情の萌芽をぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃ説明するような小説で、と言っても全部読んだわけではないのだが、だいたい想像がつく。そして映画化もされていて、これまたフランス映画らしくぐじゃぐじゃ…と、好きな人には叱られそうなことを書いているが、要するにストーリー展開よりも心理説明に重点がおかれているような虚構であるわけだ。

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2006年9月24日 (日)

「きたぐに91号」の旅

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2006年9月23日 (土)

敬意の方向音痴

 古典語文法の学習にあたっては、敬語の種類(尊敬謙譲丁寧)と敬意の方向(誰の誰に対する敬意か)とがポイントであり、特に受験勉強などではうるさく練習させられるものである。
 こういう文法の規則は、古典語の時代の方がきっちり原則に忠実に運用しているので、現代語よりもかえって教えやすかったりする。敬語に関しても、身分関係が厳然としていた平安時代の貴族社会だと、こういうことを考えやすい。もっとも、いろんな身分の人が一堂に会している場面に自分もいて、後からその時の様子を清少納言が描写する、などという文章では、さすがに敬語が混乱しているところもあるのだが。それでも、概して規則どおりに使われている。
 しかし、現代はかなり規則が崩れているので、これを考えるのは難しかったりする。

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2006年9月19日 (火)

私的解題(10) 「夢みる頃」

 水泳のことはよく分からないが、跳び込んで最初の一掻きをするまでは、その泳ぎの輪郭は見えないのだろう。一掻きめで泳ぎ方をかたちづくろうとする。が、まだ飛びこんだ勢いが残って水流に揉まれる不安定さを残したまま二掻きめを経、三掻きめになればもう後は自分なりの泳ぎでどこまでも続けていけるリズムに乗ることができるのではないだろうか。
 実際にそんなことを自覚しながら泳ぐわけでもないだろうが、こういう過程はいろんな新しい世界に飛びこんだ時にみられるようでもある。

 わたしが研究の世界に入ったときもそうであった。わたしの最初の雑誌論文は、修論の紙幅と時間の都合で端折った本質でない部分を膨らませた。修論をなすまでには多くの先生や先輩のご教示やご配慮があったわけで、とても自分一人で書いたとは言えない。
 で、二本めをどうするかが難しいわけで、修論の別の部分を切り売りするのか、次のステップに進むのか、決断が要求される。そこを決めかねぐずぐずしていたら、大学院の直接専門でない授業(受講者はわたし一人だった)の先生が、その授業の演習をとおしてわたしが考察を進めた内容を、大学の紀要に論文として載せては、と強く勧めてくださった。一本めと同様、先生の学恩を浴びつつ二本めが成った。
 その二本を書いた結果、研究活動の成果を論文にまとめるというのがどういうことかが分かってきた。それで三本めは満を持し、修論の骨子を今度は膨らませるのでなく凝縮して中身の濃い一本をなした。幸いまずまずの反響をいただいた。自分にとっても、学問に飛びこんだ勢いだけで乗り切った修論とは、この三本めをもって訣別し、そこから新たな課題を見いだして自力で次に進む、ひいては研究者としてやっていく覚悟もようやく定まった。その後は一掻き一掻きしながら今のわたしがある。

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2006年9月18日 (月)

高専の事件

 例の殺人事件に関しては、なぜ殺さねばならなかったか、という細かい事情については、分からなくなってしまった。
 ともあれ、亡くなった両学生のご冥福をお祈りする。

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