« 私的解題(10) 「夢みる頃」 | トップページ | 「きたぐに91号」の旅 »

2006年9月23日 (土)

敬意の方向音痴

 古典語文法の学習にあたっては、敬語の種類(尊敬謙譲丁寧)と敬意の方向(誰の誰に対する敬意か)とがポイントであり、特に受験勉強などではうるさく練習させられるものである。
 こういう文法の規則は、古典語の時代の方がきっちり原則に忠実に運用しているので、現代語よりもかえって教えやすかったりする。敬語に関しても、身分関係が厳然としていた平安時代の貴族社会だと、こういうことを考えやすい。もっとも、いろんな身分の人が一堂に会している場面に自分もいて、後からその時の様子を清少納言が描写する、などという文章では、さすがに敬語が混乱しているところもあるのだが。それでも、概して規則どおりに使われている。
 しかし、現代はかなり規則が崩れているので、これを考えるのは難しかったりする。

 存じるというような動詞にその辺があらわれている。

(1) 私は、山田先生のことは存じ上げませんよ、田中さん。
(2) 私は、山田先生のことは存じませんよ、田中さん。

 (1)の存じ上げ謙譲語である。行為の対象である山田先生に対する敬意をあらわすからである。それに対して、(2)の存じ丁寧語である。話し相手である田中さんに対する敬意をあらわしている。ウソー、と言う方には、(3)をご覧いただく。行為の対象である名詞を置き換えただけである。

(3) 私は、アンパンマンのことは存じませんよ、田中さん。

こうすれば、存じ丁寧語であることがはっきりするであろう。この存じ存じ上げに置き換えることは不可能である(もちろんアンパンマンを心底尊敬する人なら、可能である)。

 誤用とまでは言えないまでも、尊敬語が丁寧語的に使われる例も多くなってきた。

(4) 山田先生は立派な方でいらっしゃいますよ、田中さん。
(5) 山田先生はお家がとてもご立派でいらっしゃいますよ、田中さん。 

 (4)のいらっしゃいは、山田先生に対する敬意をあらわす尊敬語である。しかし、(5)のいらっしゃい尊敬語と考えると、お家に対する敬意になってしまうので、丁寧語とみなすしかない。気持ちのうえではやはり田中さんよりも山田先生に敬意が向いているように思うが、この文で敬意を山田先生に向いているというふうに説明することは、現行の学校文法では不可能である。
 最近、首を傾げたのも、これに類する例で、秋篠宮紀子妃殿下のご出産に関するTVのニュースで、

(6) お腹のお子様はよく動きお元気な様子だ、ということです。

 という文を聞いた時であった。お元気なというのは、お腹のお子様に対する敬意をあらわす尊敬語なのであろうか。それとも、紀子妃殿下に対する敬意なのであろうか。前者だとすれば、やんごとなき際にある方は、母君のお腹の中に在る時から尊敬の眼でみられるのか、と驚きその重責に同情もしたくなるし、後者だとすれば、文法的な説明がつけられない。
 こういう例を見てくると、現代語の敬語に、従来と異なる理論体系を設けねばならないのではないか、という気もしてくる。もちろん、現行の学校文法に照らすと、(5)や(6)は許容度の低い文ということにはなるのだが。

※ このカテゴリーの記事のように、まるよしの楽しい日本語の話を満載した本、ぜひお手に取ってお読みくださいね。

 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

 勝木書店のホームページでご注文いただくのがご便利かと思います。
  http://www.katsuki-books.jp/ (書籍検索から)
 Amazon・楽天などでは購入できません。

167071880

|

« 私的解題(10) 「夢みる頃」 | トップページ | 「きたぐに91号」の旅 »

5.6  言葉の動向」カテゴリの記事

コメント

たいへんご無沙汰しています。
高専生から社会人になり、最初に悩むのが「敬語」です。
もちろん、今も上手く使うことができていません。
どのように学習すれば良いでしょうか?特攻薬はありませんか?

又近頃、再度悩んでいるのが、5W1Hを長文にする際の順序です。
後日BBSで解説していただくか、解説書を紹介していただけると有難く思います。

投稿: カメ | 2006年9月23日 (土) 23時48分

 こちらも、どう教えるか悩んでいるくらいなので、特効薬と言ってもなかなか分かりかねます…。日本語教育の方のほうがその辺はお詳しいのでは(笑)?
 「長文」というのは、1センテンスが長い、という意味ですか? それとも、長い文章と言う意味ですか? それによってまた違ってきそうですが。

投稿: まるよし | 2006年9月24日 (日) 00時51分

表現力不足で申し訳ありません。
「長文」とは1センテンスが長いことです。

例えば、
「昨日、先祖の墓参りのために、カメは家族と高速道を通って自家用車で
山形市へ行って来ました」
の場合の正しい順序は?

すいません。小学校レベルの質問ですね。

投稿: カメ | 2006年9月24日 (日) 20時21分

諒解です。

> すいません。小学校レベルの質問ですね。

 どうしてどうして。なかなかの難問ですよ。と言うのも、英語などと違って、これが正解というのはないのです。日本語は、文の成分の順序は比較的自由ですから、どんな順序にしても間違いではありません。
 ただ、いくつかの傾向はあります。
 (1) 日本語の文は、重要で目新しい情報ほど後ろの方に出し惜しみする、という性質があります。ですから、その文で特に強く伝えたい情報を含む成分を、後ろに持っていくことになります。こういう表現意図は、文脈から考えないと分からないので、これ一文だけみても、この順序が適切かどうかは何とも言えません。「山形市へ」という行先を主に伝えるのであればこの順序でいいですし、独りではなく家族と行ったのだ、と言いたいのであれば、「昨日、先祖の墓参りのために、カメは高速道を通って自家用車で山形市へ家族と行って来ました」の方が意図がはっきりします。
 (2) 文にあらわされた事態全体の時や場所を示す成分は最初にきやすいですね。例文だと「昨日」がそれにあたり、自然に文頭にきています。また、述語の「行って来る」という動詞は「ダレがドコへ(行って来る)」という要素を必然的に含みます(行く人と行く先がないと、「行って来る」という行為が成り立ちません)。そういう動詞に密接した成分は述語のすぐ前にきやすいですね。だから例文では「山形市へ」が自然に最後にきています。
 (3) ならば「カメは」も後ろの方にきそうなもんですが、「は」という助詞は、大まかに文全体を覆うように係る、という性質があるので、「は」がつく成分は前の方に出る傾向があります。
 (4) 単純に、長さが長い成分は前に、短い成分は後ろにいく傾向があります。これは係る先との距離を極力短くして文の構造を分かりやすくするためです。

 以上のような(他にもあるかも)いろいろな要因が絡んで語順が決まりますので、一つの正解はないのですよ。

投稿: まるよし | 2006年9月24日 (日) 21時59分

まるよしさん、
わかり易く回答をしていただきありがとうございました。

3交替職場で業務引継ぎを漏れなく、正確に行うため、5W1Hで記述するよう部下に指導しているのですが、カメ自身が不得意ですので・・・・このような質問をしました。
お手数をお掛けしました。

投稿: カメ | 2006年9月25日 (月) 10時28分

カメさん、
私は文章を書くのも、読む(読解する)のも苦手なのです。自分の文章さえ読解できなく可能性があるので、1つの文章は極力短く切っておいて、それを適切な接続詞でつなぐように努力しています。
レポートなどは、箇条書きを多用します。技術(ソフト)屋さんなので、それで何とかなっています。

投稿: 美咲 | 2006年9月25日 (月) 22時12分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129332/11721490

この記事へのトラックバック一覧です: 敬意の方向音痴:

« 私的解題(10) 「夢みる頃」 | トップページ | 「きたぐに91号」の旅 »