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2006年12月 4日 (月)

プラークとハイヒール

 6月に親知らずを抜いて以来、ずっと歯医者に通っている。虫歯は抜くことで解決したのだが、傷跡のケアがあるのと、この機会に歯を全てきれいにしてもらうためである。

 歯の表側は自分で磨けても、歯の裏側の見えにくい所(特に歯並びが悪くて歯ブラシの死角になる所)、そしていわゆる歯周ポケットに入り込んだプラークの類が、歯医者に行っていない四半世紀分堆積しているわけである。ポケットの中となると、いくら磨いてもどうしようもないから、専門家にお願いするしかない。
 まず、歯茎から出ている部分のプラークを全て除去してつるつるにしてもらったのが初回、二回めからは数本ずつ歯周ポケットの掃除となる。が、これが独特の感覚なのである。大げさにいうと、新しい自分の発見である。

 除去といっても、機械で砕くのでも薬品で溶かすのでもない。編み針のような器具を使って、全て手作業、それもかなり力任せの作業になる。うら若き女性歯科衛生士さんが体を密着させて汗をかきかきやってくれるので、何か申し訳なくなる。
 それよりも、その針のようなものを歯と歯茎の間に何度も差し込んで、中の汚れをごりごりと掻き出すのである。こう書いただけで歯の付け根がむず痒くなる人もいるだろう。針が入ってくると、それでなくても敏感な歯茎の神経が反応し、声をあげたくなるほどの痛みが走る。そして中に入ったままの針がぐねぐねとうごめきながら、歯の骨を擦って抜けていくのだ。それが一回の治療で百回ほど繰り返される。

 ところが、である。慣れてくると、この針の刺激が、けっこう心地よいものになってくるのだ。擦り傷や切り傷が治っていくとき、薄れていく痛みにちょっと惜別の情を感じたりすることがあるが、それとも通じる。歯茎が刺激を受けていることが、数分のうちに常態と感じられるのである。そのうち、衛生士さんが針を交換したり血を吸引したりするために針を休めたりしたとき、次の刺激を待ち望んでいる自分の感情に気付き、驚く。
 いままで、笞やハイヒールを好む感覚が理解できなかったが、もしかしたら、この延長線上にある世界なのかもしれない。

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