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2007年1月20日 (土)

全国ニュースに舞鶴高専

 先日、NHKの朝のニュース(全国版)を見ていたら、舞鶴高専の校舎が大写しになったので、何事ならん、と身支度の手を止めて画面に見入った。また高専で妙な事件が起こったのでなければいいが。

 すると、それは事件の報道ではなく、高専の話題ですらなかった。
 郵便事業が公社化されたことに伴い、地方のATMが次々撤去されている、という問題をとり上げるときに、舞鶴高専構内にあったATMが事例として出されていたのである。

 何でも、公社化されてからATMの再配置というのが行われることになり、概ね年間利用件数が三万五千件以下のATMは、原則として撤去する方針なのだそうだ。
 舞鶴高専のものも、その基準に達しなかったようだ。高専側に何の通告もなく、ある日突然「サービスを停止する」という貼り紙がなされ、ATMボックスが施錠されていたという。高専側はそのことに憤慨しているという。
 高専生、特に寮生のなかには、保護者などからの仕送りを郵便貯金に入金してもらっている者も多い。それが手軽に引き出せなくなった。徒歩二十分ほどもかかる郵便局まで行かなければならなくなったのである。舞鶴だから、冬季は積雪もある。インタビューされた学生は、「面倒だし、大金を持って長い距離を歩くのは不安」と言っていた。
 まあ、若いんだから二十分くらい歩けばいいし、大金と言っても学生が持つ程度の金は知れているだろう、とは思う。
 ただ、それだけでは割り切れない問題でもあるようだ。

 国鉄末期のローカル線廃止と似たところがある。あの時に廃止対象となったのも、輸送密度という数字でシビアに切って選ばれた線区であった。それも、線区の区切りが運転系統や輸送実態と必ずしも一致しないため、杓子定規な廃止が釈然としない例もあった。
 例えば、函館から西に伸びて江差に至る江差線という線区がある。この線のほぼ中間の駅である木古内から、松前線という線区が分岐して松前まで通じていた。函館市近郊の都市交通を担う根元の部分が江差線の一部であったのが幸いし、江差線は廃止基準の輸送密度を辛くもクリアしたため、函館~木古内~江差間の全線で現在も運行されている。一方の松前線は基準を下回り、木古内~松前間は廃止された。しかし実は、木古内から先だけの輸送密度を比較すれば、松前線の方が江差線側よりもずっと高かったのである。函館~松前間の直通利用も、函館~江差間のそれより多かった。それでも線区名に従ってルールどおりに廃止が断行されたのだ。こうして、函館からの江差行列車は、木古内で大半の客が降りて松前線代替バスに乗換え、すっかり空いて江差に向かっていく、というおかしなことになった。元は函館から松前行の急行列車まで運転されていたのだが。
 このような齟齬が全国あちこちで出来するに至ったが、国側は積雪などによって代替バスの運転が困難な線区を除き、一切の例外を認めずにローカル線を廃止してしまった。

 ある基準に沿った数字で切る、というのは手軽で便利な方法ではある。しかし、社会の現象は複雑な要因の上に成り立っている。パラメータが一つの観点のものだけでいいはずがない。まして、現在は計算機器も発達したから、緻密な数値化が可能なはずである。
 ローカル線の時の教訓があったからかどうかは知らない(多分違うだろう)が、廃止が原則となっている整備新幹線の並行在来線については、例えば九州新幹線と並行する川内~鹿児島中央間が鹿児島市近郊の輸送を担当するためにJR線として残されたように、実態に合わせた柔軟な施策がとられている。

 しかるに、このニュースでインタビューを受けていた郵政公社の担当者は、「都市部の一件と過疎地の一件とでは重みが違うのでは?」という取材者の問にも、「一件は一件なので、件数で判断する」としか答えない。考え方の安易さが二十年近くも淀んだままだ。
 少なくとも、降雪などの荒天に見舞われやすい地域かどうか、高専のようにクルマに乗れない交通弱者が多数生活する施設の有無と交通手段の利便性、郵便局や隣接するATMまでの距離、くらいは、素人が考えても採用が必要だと分かる変数ではないか。
 三万五千件というのは、ATMを維持するのにかかる経費がペイするかどうかの分界点なのだろうか。そうだとしても、ATM単体で採算がとれることがそれほど重要なのかどうかは、大いに疑問だ。全国どこへ行っても、どんな田舎にでもお金を出し入れできる窓口や端末がある、ということが、銀行に勝る郵便貯金の魅力の一つだろう。わたしが給与振込を郵便貯金口座にしている理由もそれだ。その大きなメリットを自ら抹消することが、果たして郵政公社の将来にプラスにはたらくのであろうか。
 どうも、公社化後の方が国の直営であった時よりも硬直したお役所仕事になってしまうのは、不思議なことである。

 ニュースでは、ついにATMのボックスそのものが取り壊される日の様子も映されていた。高専の教職員や学生が多数見守る中、撤去作業が始まる。
 その学生たちの様子はといえば、ATMの撤去は困ると思っているにも関わらず、遠巻きにして見ているばかりで、ケータイの画像に収めている者もいる。バリケードを作って撤去阻止、なんて光景はもちろんなく、シュプレヒコールさえ起こらない。ショベルカーがボックスの壁をばりばりと割ると「おー!」と意味不明の喚声があがるばかりである。いかにも現代の学生だ。作業には郵政公社の職員が立ち会っていたが、その職員に抗議していたのは教職員であって学生ではなかった。恐らく、学生会が何か動いたとかいうこともないのだろう。撤去反対の署名は集めたらしいが、これも高専当局側の音頭取りのようだ。
 自分たちの利害に関する問題は、もう少し自分たちで動いてもよさそうなものであるが。と、そういうつっこみどころもあるニュースであった。

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