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2007年3月27日 (火)

シュワッチの幻影

 こういう商売をしているので、日本語(?)のリスニングには自信があるわけで、英語を聞いても一般的なカタカナでなく、ほんとに聴こえたとおりのカタカナに変換してしまう。ring リング でなく ウェニン と聴こえるし、girl ガール でなく グオー と聴こえるので、英語学習では却って苦労した。ともかく幼い頃から耳は音に忠実であったと思う。

 そのことが、必ずしも有利にはたらくわけではなく、実はその感度よすぎる耳のために、まさに幼い頃ばかにされつづけていたことがある。自分がおかしいのであろう、と子供心に諦めていたことが、何十年を経て出会った本で、自分がまともであったことが分かった。これまで生きていてよかった、とまで思った。
 その本は、『ウルトラマンはなぜシュワッチと叫ぶのか?』(河崎実 ・円谷プロダクション 2001 メディアワークス・角川GPメディアワー)である。
 わたしがばかにされていた、というのはこのウルトラマンの叫び声に関してである。

 ウルトラマンごっこをするとき、わたしは シュワーッチュ と叫んでいた。わたしにはそう聴こえるからである。ところが、これが友達にからかわれる。友達はみんな シュワーッだったからである。子供は動物の本能剥き出しに、徹底して異端を排除し否定しようとする。いくらわたしがそう聞こえるのだ、と言っても、多勢に無勢では勝ち目がない。チュ という音がキスを連想させて卑猥でもあるため、散々な言われようをした。
 確かに、子ども向けの雑誌などを見ても、シュワッチ とウルトラマンの吹き出しの中に書かれている。わたしは友達にそのように非難されたこともあって、注意深くTVのウルトラマンの声に耳を傾けた。それでも、よく聴けば聴くほど シュワッチュ なのである。これはいかなる事態か。十歳にも満たない子供のわたしがこれ以上この問題を解き明かすのは、無理であった。

 そのわたし自身もすっかり忘れていた謎を解いてくれたのが『ウルトラマンはなぜシュワッチと叫ぶのか?』 だったのである。書店で背表紙を見て、幼い日々の不合理な体験が脳裏を掠め、思わず購入していた。

 ウルトラマンマニアの著者(河崎氏)が、ウルトラマン(初代)のTV放送のビデオを全編チェックし、ウルトラマンの発した声を全て拾ってデータベース化し、考察を加えている。
 このデータベースによると、ウルトラマンが最もよく発した音は、意外にも シュワッチ ではなく、仮名で書くのは難しいが敢えて書くとすれば ヘァー とでもいうような掛け声であるのだそうだ。そう言われてみれば、そういう声もよく聴いた。怪獣を殴る時、投げ飛ばす時、持ち上げる時、あるいは攻撃を受けて苦しむ時など、あらゆる場面で発せられるので、ヘァー はなかなか汎用性が高い語らしい。
 してみると正しくは、この本の書名は『ウルトラマンはなぜヘァーと叫ぶのか』であるべきであった。しかし、これでは一般読者に何のことか分からないからこういう書名になったのだろう。そのくらい、シュワッチ こそがウルトラマンの象徴、という意識が一般に浸透している、ということなのである。
 河崎氏は、ウルトラマンが ヘァー と叫ぶ理由を、とんでもないこじつけで説明していてなかなか笑えるのだが、これは同書を読んでのお楽しみということにしよう。

 では、シュワッチ の方はどうなったのか。実は、同書の第一章がいきなり「ウルトラマンはシュワッチとは叫んでいない!」という章題なのである。これも意外なことだが、TVシリーズの全話を通じ、何とウルトラマンは シュワッチ と一度も言っていないのだそうだ。そんなことはない、シュワシュワ言ってたではないか、という人は多いだろうが、河崎氏によると、シュワッチ ではなく、どう聴いても シュワッチュ ないし シュワッキュ と聞こえる、というのである! 大げさに言えばもう、涙が出そうになった。ビデオという一次資料にあたった人が言うのだから、間違いないだろう。
 シュワ という音は、どこか非日常的なかっこよさを感じさせるので、ウルトラマンのような有機と無機のあわいをいくような存在の声としては最適だったらしい。そう言えば、以前ゴスペラーズが歌っていたテレビ朝日系『ニュースステーション』のテーマ曲は、「ワッシュワットーウィーヤー…」というような歌詞だったと思う。この歌詞に意味はなく、単に響きがかっこいい音をつないだだけ、とメンバーが語っていた。

 ウルトラマンの声については、もちろんあの声質も特徴的である。コンピュータによる合成音声などという技術もない時代、よくあのような声を作れたものだが、あの声の作り方がまた驚くべきものである。あれはちゃんと普通に声優が声を出しているのだが、声自体に機械的な手を加えたわけではなく、もちろん元々あんな声の声優というわけでもなく、ある状態で出した声をそのまま録るとああいう不思議で近未来的な声になるのだそうである。これにもわたしはびっくりしたのだが、具体的な方法については、同書をお読みいただこう。

 ただ、遺憾ながら、同書は シュワッチュ ないし シュワッキュ という音がなぜ シュワッチ と変貌して流布したか、という点については明確な考察をしていない。だからここから先はわたしが考えないといけない。
 わたしは、やはり先述のように、子ども向けの雑誌類に シュワッチ と書かれていたことが大きい、と考える。なぜそんな表記にしたかは不明だが、わたしがからかわれたように、チュ などという音が子どもの口から発せられるのは教育上もしくは風紀上よろしくない、という判断が意図的か無意図的かはともかくなされて、チュ が回避されたのではなかろうか。普通の子供は、活字を疑うことなど思いもよらないから、雑誌に活字で シュワッチ と書いてあれば、耳も自動的に シュワッチ と聴くであろう。権威に従うというのは楽な途であり、そういう大多数の子供たちは、平々凡々たる庶民の素質をもっている。しかし、わたしのような天邪鬼だけが、子供の時から権威よりも自分を信じて迫害を受けた揚句、研究者などという極道に身を堕とすのである。
 しかしそう言いながらも、わたしは同書という権威に縋って快哉をさけんでいるのだから、半端な極道ではある。
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 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

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