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2007年6月 9日 (土)

電車の脱輪 上

 テレビのニュースを聞いていて、最近気になったのは、鉄道事故を伝えるのに、脱輪 という用語が使われていることである。電車は 脱線 するものだと思っていたのだが、脱輪 脱線 とは微妙に意味が異なったりするのだろうか。

 クルマの用語法が鉄道関係にも流用される、という傾向が見受けられる。やはりクルマが大いに普及してきたことから、鉄道にもついつい使ってしまう、ということか。

 しかも、ニュースの解説のなかで、「このポイントで電車タイヤ脱輪しました」などと言っていたのを聞いたこともある。英語のtireは広義には鉄道の車輪のことも指すらしいので、間違いとは言えないが、外来語としての用法はそうではないだろう。そこまで言うなら、「ポイント」も「別れ道」とでも言ってほしいところだ(もしかして、この「ポイント」は「分岐器」でなく単に「地点」の意味だったのか?)。
 ジェットコースターは厳密には鉄道ではないけれども、二本のレールに案内されて走る形態は、明らかに鉄道の仲間に入ろう。しかし先日のエキスポランドのコースター事故でも、ニュースでは 脱輪 の語が多く使われていた。
 また、長崎の市内電車でポイントでの脱線が続発したため、原因が分かるまでの間、電車がそのポイントを通らないように一部の系統で経路を変更する、という事態も起きている。これも新聞などの報道では 脱輪 とされているが、長崎電気軌道の公式彩図で 脱線 の語が使われている。 

 ただ、わたしは単純に報道機関の誤用だと思っていたが、鉄道趣味の同胞のご教示も参考に考えてみたところ、それなりの使い分けができつつあるのかもしれない、と思うようになってきた。
 大きな辞書を引いてみると、脱輪 も鉄道に用いないわけではなさそうである。脱線 は事故の名称、脱輪 は現象を指して使うようで、電車が脱輪した結果脱線事故となった というふうに言うのが妥当な用法だったようだ。ただし、一般的な語感としては、やはり 脱輪 は自動車に、脱線 は鉄道に使うもの、とされてきた。
 JR尼崎の脱線事故や羽越本線の「いなほ」脱線事故など、世間の注目を集めるような大きな脱線事故が、ここ二三年たて続けに起きていることから、一般に 脱線 と聞くだけで、大事故をイメージするようになってきている、ということがあるのかもしれない。
 それで、車体は線路上にとどまっているが車輪がレールから外れた場合を 脱輪 、車体全体が線路から大きく外れてしまった場合を 脱線 という使い分けになってきているのではなかろうか。これがさらに定着していけば、やがて鉄道会社の方も 脱輪 を使うようになる、と予想する。事故に関して大規模なものという印象をもってほしくないのは、報道機関よりも鉄道会社側だろうからである。
 現在のところ、以上のように考えている。

 ニュースで事故の状況を解説する時に、下り車線 などという言葉が聞かれたこともある。下りの線路 もしくは単に 下り線でいいと思うのだが。もう十年ほども前に、鉄道雑誌で読んだエピソードに、複々線化の工事をしている路線を走る電車の中で、若い女性が「ここ、もうすぐ四車線になるんだよね」「うん。そうなったら渋滞もしなくなるだろうね」などと会話していた、といういわば笑い話があった。が、ニュースで言われたとなると、笑い事ではない。
 同じくニュースの解説で、「運転士はこの地点でブレーキを踏みました」などと言っているのも聞いたことがある。ブレーキが足踏み式になっている電車は珍しい。古いタイプなら右手でハンドルを回すし、新しいタイプなら大きなハンドルを前に倒す。この例になると、単に言葉の問題ではなく、操作のしかたまでがクルマから類推されたものが疑いなく事実として伝えられていることになる。

 クルマが普及していることから、クルマ用語に置き換えた方が一般の視聴者・読者に分かりやすく伝わるのは事実なのである。だから、不適切であることを承知のうえで、敢えて言い換えている可能性もある。
 わたしも、紀行文章では 北陸本線に折れて といった表現を使っているが、これはむしろ用語法のミスマッチから新たな味をひき出そうという修辞上の意図があって使っているものである。先日の記事でも 坂道発進 を使ったが、これはまさに分かりやすさを考えて鍵括弧つきで使った。
 やはり、ニュースの表現でも、「敢えて言い換えている」ことが分かるように示してほしいものである。

 そのうち、運転士の 速度違反 前方不注意 を追及したり、車間距離 をとれ、と言われたりするようになるのだろうか(念のためであるが、通常の鉄道ではブレーキやATSが故障しない限り規定の速度を超過したり前の電車との間隔が詰まりすぎたりすることはないし、線路に何かが入ってきてぶつかったとしても、鉄道会社の所有地である線路に侵入する方が悪いことになるのである)。

 信楽高原鐵道の正面衝突事故の時も、鉄道の信号機の動作や現示の意味をクルマのそれと混同した頓珍漢な意見がけっこう出されていたのを覚えている。鉄道とクルマのシステムの違いを理解したうえで分析しないと、本質を見誤る可能性があるので、注意が必要である。この辺はまた、いずれとりあげたいと思っている。

 ところで逆に、鉄道現場のいわばプロ鉄道員用語を、一般向けの説明に使うために不適切で分かりにくい表現になってしまう、という例もある。この問題を、記事を改めて述べることにしよう。

(つづく)

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