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2007年6月27日 (水)

電車の脱輪 下

 さて、前回の記事では、一般に普及しているクルマ用語が、鉄道に関する事態にまで汎用されて報道される、という現象について述べた。
 今回は逆に、鉄道の現場用語を一般の客に対して使う事例を考える。

 折しも、『鉄道ジャーナル』誌(月刊。鉄道ジャーナル社)の6月号では、「私の取材メモ」という連載コラムで、鈴木文彦氏が「違和感のある用語」と題して、鉄道現場と一般社会の用語法の齟齬について論じている。同コラムでは 満線(駅の全てのホームに列車が停まっているため、後から来た列車が駅の手前で待たされる状態)という用語を乗客への説明に使っている事例を挙げている。
 わたしも、駅でダイヤの乱れについて説明するアナウンスで「○○駅付近における ガセンスイカ のため…」と言っているのを聞いたことがある。ガセンスイカ と聞いて 架線垂下 という字が即座に浮かんで意味をとれる人が、わたしのようなマニアは別にして、どれくらいの割合いるであろうか。普通なら カセン と訓むべき 架線 が鉄道現場では ガセン と訓み慣らわされていることを知っている一般人は少ないだろう。これでは説明になっていない。

 こういう言葉遣いをする原因は、三つの面があると思う。
 一つは、鉄道員にとってはあまりに当たり前で意味も明らかな用語であり、それを一般に分かりやすく言い換える必要をそもそも自覚していず、あるいは自覚したとしても、どう言い換えればいいか咄嗟に思いつかない、ということがある。先の 満線 などもそうだろう。乗客には「全てのホームが列車でふさがっているため、駅に入ることができません」とでも言った方がずっと分かりやすいこと、言うまでもない。しかし、鉄道員にとっては、かなりまどろっこしい表現になるのだろう。
 二つめに、敢えて日常語と異なる用語を用いることで、プロの現場の緊張感やプライドを知らず知らず演出している、という面もあると思われる。そのような用語を使っていると、日常語で表現することが、何か子供っぽく卑俗な感じになるため、抵抗が出てくるだろう。プロミュージシャンのコンサートスタッフが、スピーカーのことをメーカー名で BOSE と普段呼んでおり、スピーカー などと今更呼ぶのが気恥ずかしい、という話を聞いたことがある(寺の境内でのライブを準備する時、住職の手前何と呼んでいいか困ったそうだ)。随分昔に聞いた話なので、今の音楽ギョーカイではまた別の呼び名になっているのかもしれない。プロ鉄道マンの世界にも、そういう側面はあるだろう。
 いま一つは、事態をもっともらしく感じさせたい、という無意識の表現意図が働いていることがある。トラブルの原因を説明するとき、専門用語で言われると、素人としては、何だかよく分からないがタイヘンなことが起こっているのだな、これはプロに任せないとしかたないな、と諦めの境地に達するであろう。電線が垂れ下がってる などと言うと、「何でそんなことになるんだよ、どうせまた整備を怠ったんだろう」などと苦情のひとつも言われそうだが、ガセンスイカ と言っておけば、何かシステム的に厄介なトラブルなんだな、という感じがする。そう言うことで批判の眼を逸らしたい意図がないとは言えないだろう。

 もちろん、先に音楽の例を挙げたように、こういうことは鉄道の世界に限らずどんな領域にでも起こり得る。アガリ とかムラサキ とかいう寿司屋の符牒を、寿司屋の店員同士で使うのはいいが、店員が客に向かって使ったり、客が知ったかぶって店で口にしたりするのは野暮なこととされる。ツカミ だの 目線 だのというギョーカイ用語を素人衆が平気で使ったり芸人が客の前で使っているのは、品がない。
 昔、萩本欽一さんのお笑い番組で、他の出演者が本番中に客の前でも、三人称として萩本さんのことを 大将 と仲間内の呼び名でそのまま表すなか、山口良一さんだけは、客に対しては(萩本さんの前でも) 欽ちゃん と言っていたのに感心したことがある。恐らく萩本さんのことを後輩芸人が面と向かって 欽ちゃん などと呼ぶのはとんでもないことなのだろうが、それでも山口さんはちゃんと客の立場になって分かりやすい言葉遣いを選んでいたのだ。ちょっと言いにくそうではあったが(笑)。

 相手意識をしっかりもった言葉選びが求められるわけだが、わたしのような鉄道マニアなどというちょっと知ったかぶりたい立場こそ、適切な言葉遣いを保つのが一番難しい。このブログの鉄道関係記事も、お見苦しいのではないかと恐縮である。

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