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2007年9月13日 (木)

垂水の懐かし安メニュー達 上

 正規の通学ルートではなかったものの、高校時代、学校の帰りに垂水にはよく立ち寄った。学校からまっすぐ丘を下れば垂水駅に出るからでもあり、そのあたりで成熟した「街」と言えば垂水しかなかった。通学コースであった舞子は、ダイエー以外にはまとまった店もなかったし、駅付近は鄙びた古い村はずれという感じで、松林の舞子公園がのどかだった。明石海峡大橋など影もない。高校生がだべって楽しむような所はなかったのである。市営地下鉄はまだ一部区間しか開通しておらず、学園都市あたりはまだ荒蕪地、名谷はちょっと遠い。
 それで、垂水の安く物が食べられる店には友人たちともども随分お世話になったものである。なかなか垂水をゆっくり訪れる機会もなかったが、春のある日、バス待ちの時間に垂水駅周辺を歩いてみた。
 震災と駅前再開発を経て、周囲の街並みは随分変わっているのが分かる。思い出を求めてまずは駅をうろつく。

 垂水駅はJRと山電とがセットで古くから高架になっていた。高架下は「たるせん」と呼ばれる商店街になっていて、当時は賑わっていた。その後はいずこも同じ駅前の地盤沈下と大型スーパーの進出の影響もあり、テナントが抜けていき、寂寞感漂っていたが、先頃再開発に合わせてリニューアルされ、「ビエント垂水」「モルティ垂水」と名を変えてオープンした。
 「たるせん」の中の飲食店にもよく行った。垂水駅前にあった予備校の高校生科に通っていたわたしたちは、中華料理店・喫茶店・お好み焼店などで授業前の腹ごしらえをした。しかし、当時の店は見あたらなかった。飲食店街は以前と同じ場所にあるが、店の名もメニューもことごとく変わっており、残念である。

 唯一変わらぬ店はケンタッキーフライドチキンであった070406_124047 。わたしはファーストフード第一世代(ケンタやマクドに一人で入れる最初の世代)だが、なぜかケンタッキーが一番落ち着く。旧バス乗り場横にあった店は、山陽電車の西改札前に移って、持ち帰り専門の店に変わっている(写真左)ので、やはり当時を思わせる要素は全くない。

 「たるせん」の西館にあった軽食類の持ち帰り店は東側の「ビエント垂水」に移っていた(写真右)。以前は食券制だった時期もあったと思うが、今は現金支払いになっているようだ。070406_124352この店は山陽電気鉄道の系列会社の経営のようだが、たこ焼きたい焼きがなかなか美味しい店であった。
 おしゃれ焼という新メニューのポスターがべたべたと貼ってある 。これは、たい焼きの具の小豆餡の代わりに、マヨネーズとソースで和えたらしいキャベツにハムや桜海老などを混ぜたものを入れたものである。早速買ってみることにした。
 敢えてレトロ感を出すためらしく、褐色の紙袋に入れてくれる。これには古くからの山電ファンには堪えられない懐かしい字体で「山陽名物」というロゴが入っている(写真左の左)。そこから取り出したおしゃれ焼は、具にまとまりがなく溢れんばかりに入っているためか、どうも型崩れしやすそうだ(写真左の中。左の右は鯛を解剖してみたところ)。袋から取り出したときにはもう萎びた古鯛になっている。0061_1342
0061_1353_2 0061_1445_1  味は、生地のかすかな甘みとソースがうまく合っていて、ハマると止められなくなりそうである。
 わたしの今の地元にはこれに近いもので太鼓饅頭型のサラダ焼というのがあるが、それよりは上である。あちらは生地の甘みとマヨネーズの酸味とが喧嘩して、いま一つまろやかさがない。おしゃれ焼の絶妙の配合を見倣ってほしいものである。

 さて、垂水の食べ歩きはまだまだ続く。次回は駅内の一番思い出深い店を訪ねた後、街へも出てみよう。

(つづく) 

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