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2007年9月14日 (金)

垂水の懐かし安メニュー達 下

 さて、前回に続いて垂水駅付近を食べ歩いてみよう。

 高架下にはわたしとわたしの仲間たちの、胃袋の青春ともいうべき店がある。思い入れが含まれることを承知でいうと、日本一の店である。

 当時高架下にあったバス乗り場は、現在は駅前広場の広大なターミナルに移っている。バス乗り場の脇には「山陽そば」という立食そば店があった。この店には相当通った。週に二回は確実に行っていたはずだ。
 高校時代はわりあいメニューはシンプルであった。一通りのうどん・そばの他、持ち帰りの鍋焼きうどんパックくらいしかなかった。わたしのお気に入りは天かすうどんであった。天ぷらうどんと変わらないボリュームで30円も安かったのだ。高校生に30円は大きい。天かすそばでもよかったのだが、うどんの太さの分だけ腹が膨れそうな気がした。この店の天ぷらとは桜海老のかき揚げで、天かすはそれがばらばらになっただけだし、欠片の大きさにいろいろあるので、おつゆにふやけた部分とクリスピーな歯応えを保った部分とがランダムに現れるのが楽しかった。レンゲで天かすを掬って丼に入れてくれるのだが、作るのがおじさんだとたっぷり、おばさんだとちょっとしか入れてくれない。この辺の賭けができるのもよかった。
 この「山陽そば」は垂水の他、板宿・明石・飾磨など、山電の主要駅に設けられているが、おつゆの味とメニューは当時から店によって微妙に異なった。食べ比べてもみたが、わたしはやはり垂水のが一番だと思う。もちろん、関西の他の私鉄系列の立食そばと比べてもすばらしく美味だ。立食としてはかなりのレベルにある玄妙な甘辛さをもった出汁である。これがまた麺とよく合っている。
 高校三年の頃、新メニューとしてぼっかけそば(うどん)なるものが登場した。どんなものかと注文してみると、甘辛くとことん煮て柔らかくなったすじ肉ととろろ昆布、それに少量の天かすが具として入っていた。悪くはなかったが、すじ肉は高校生には渋すぎ、あまり食べなかった。今なら好んで食べたいところだ。耳慣れぬメニューだったが、その後神戸の立ち食いうどん店に広まっていったようである。
 この店は、高校卒業後にメニューを拡大し、おにぎりいなりカレーライス親子丼といったご飯物もやるようになった。親子丼もそばと同じ丼で出てくるのが笑えた。また、スタミナそば(うどん)というのもできた。これは天かすと生玉子のミックスであり、玉子の黄身をいつ崩して麺と天かすにどうからめるか、という楽しみが加わり、これがわたしの定番になった。これだけ具があるとおかずになるので、おにぎりをプラスすれば、十分一食のボリュームだった。
 「山陽そば」を語りだすと止まらないが、この店は垂水駅のリニューアルに合わせて一旦閉店した。それが、ファンの熱い声に応えてかどうかは知らないが、山陽垂水駅の東改札の開設に合わせ復活した070406_124323 。しかも以前より店は拡大されてかつてのケンタッキーフライドチキンのスペースをも包含したうえに、山電の改札内からも利用できるようになった。もっとも改札内からの利用は少ないのか、その部分のカウンターにはすじ肉のトレイなどが載せてある。客が来たら慌てて片づけるのだろう。
 現在も相変わらずの賑わいで営業中である(写真左)。わたしは昔通りのものを頼もうとしたが、スタミナそば(うどん)は、天ぷら+生玉子+すじ肉に変わっていた。これは重たすぎる。昔のスタミナに相当するメニューはなくなっているので、天かすそば生玉子のトッピングをお願いする。おにぎりは昔と形が変わって三角になっている。そばの味は昔と変わらず、安心した。わたしは麺類はなんでも細麺が好きなのだが、ここの力ある出汁には太めのそばがよく合っている。

 垂水駅北側の古い商店街の中にも、当時馴染みの店がたくさんあった。
 マクドナルドにもよく行ったが、ハンバーガーの値段は今より高かったし、高校生のお腹はハンバーガー一個では満足しないので、二個頼んでドリンクをつけると500円を超え、立ち食いそば三杯分の値段になるから、なかなか贅沢なおやつであった。クラブの帰りに男女とりまぜてわいわいとやっていたし、何の打ち上げだったか、クラスの男子全員(文系クラスなので12人)で繰り込んだこともあった。店内は段差が随所にあって色々な高さの席がある立体的なものだったが、これは今の時代には合わない構造だろう。再開発に合わせて閉店していたが、ジャスコなども入った西口側の大型商業施設「レバンテ垂水」のテナントとして復活070406_130733 、地下に移っており(写真右)、ちょうど春休みの昼時なので家族連れで満席の様子だ。

 文化祭の打ち上げやお別れ会などでよく使ったのが、何でもあるレストラン「ブラジル」であった。ここで食事するのもちょっとした贅沢だったが、今から見れば街の安レストランでしかない。これも商店街の中で健在だった(写真左)

 商店街の中にあったダイエーは閉店し、通っていた予備校は小中学生の塾に変わっていた070406_130543 。他にも当たり前にあると思っていた店も潰れたか移転したか、見当たらなくなっているものが多い。
 変わったことばかりで思い出を辿るのは難しいけれど、歩いたのが春先であったのは、幸いであった。この季節になるとこのあたりに漂う名物いかなごの釘煮の匂いだけは変わることがない。神戸、なかでも垂水に住んでいると、春のご飯のお供は必ずこの釘煮である。
 その匂いに辛うじて満足し、わたしはバスに乗った。

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