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2008年6月19日 (木)

麺類ミリオンドリーム例会2008

 ジャンボ宝くじに合わせて開催する麺類部例会であるため、標題のような名称で先日挙行した。実のところ、わたしの病状が先月からあまり思わしくないため、どうしようかと思っていたのだが、結果的には開催してよかった。病状を好転させるところまではいかなかったが、少なくとも悪化はしなかったし、気分転換にもなった。

 しかし、そうなるまでには結構わたしの心の中では曲折があった。

 開催四日前くらいになって、不穏な話が耳に入ってきた。メンバーの一人について、他のメンバーが説教をする、などと言いだしたようなのである。 が、わたしの目から見れば、その「説教」は百歩五十歩とでも言うべきまことに馬鹿げた内容であって、そんな歪んだ「説教」を少なくともわたしの目の前でさせるわけにはいかない。そもそも友人に忠告するなら自分たち同士でやればいいのであって、わざわざ例会の場を借りるというのは、自分の褌でなくわたしの権威を借りようという魂胆であり、間違ってもそんなものに荷担はできない。

 この話を聞いてわたしは大いに暗くなり、いかにこれを阻止するか、または回避するか、策を練った。一時は例会自体のとり止めも真剣に考えた。が、問題の先送りに他ならないので、実施はすることにした。
 案じた末、麺類による食事の後、さるカードゲームを全員でやることにした。これはわたしが院生時代に覚えたもので、互いに邪魔し合いながら霊界を目指す、というものである。勝負を伴うゲームは多少なりとも邪魔し合うという要素があるものだが、このゲームは「じゃまカード」などというカードもあって、邪魔をし合う様がかなり明確に目に見える。従ってこれは、互いの人間性が如実に曝される恐ろしいゲームなのだ。
 わたしは、このゲームをした後、ゲームの中でかいま見えた各人の人格を座標軸に位置づけるかたちで解説し、メンバーそれぞれ長所も欠点もあること、そして彼らが五年間にわたって属してきたクラス(これが教員も公開授業を嫌がる風変わりなクラスだ)自体が世間の標準から大きくずれているのであり、クラスを基準にしてものを考えてはいけないことを説くことにした。ゲームに時間をとることにより、「説教」の時間をなくすことも狙いである。

 それでも、彼らは「説教」に話を持ち込もうとするかもしれない。万が一、「説教」になったら、それも他のメンバー皆で一人を「説教」する構図になった暁には、卓袱台をひっくり返す、と言いたいところだが、わたしの家の食卓は卓袱台ではないのでそれはできない。それで、その場で会合を中止し、夜中であろうと全員を拙宅から追い返すことを堅く決意し、当日を迎えた。
 わたしは、当日の昼に打ち合わせに来たメンバーらに、
「今日は全員で地獄へ行くぞ」
と宣言した。地獄へ行く、というのはもちろん二つの意味をかけてある。幸い、地獄へ行くにはこれ以上はないくらい相応しい日柄である。 

 しかし、結果的にはそれほど気負う必要はなかった。ドタキャンとか遅刻とかいうのは腹が立つものだが、今回ばかりは、よくぞ、と褒めてやりたいほどであった。少なくとも吊し上げは回避された。

 「説教」に主に関わるはずのメンバーらを欠いた例会は、いつもの麺類部とは思えないほど常識的で穏やかなムードで進行した。参加メンバーらの気遣いもさりげなく、わたしもいつもよりずっと心地よく過ごせた。兄貴分のまるよしくらぶの例会とほとんどかわらないほどである。いつもわたしが麺類部の例会に対して感じていた苛立ちは、今回の一次会においては全く感じることがなかったのだ。
 いつもは、2001155本来顧問であり会場の家主でもあるわたしに対して払うべき気遣いのエネルギーの一部が、他に回らざるを得ず、薄くなっていたのではなかろうか。分かりやすく言い換えれば、今回はわたしが「子守」をする必要がなかった、ということでもある。

 買ってきた材料をテーブルの上にぶちまけて(写真右。右上の袋は材料ではないようだ)の作戦会議もスムーズで、全員参加による合理的な役割分担がなされ、スープの複雑な調合が進行するとともに、麺が茹でられていく。
 特にスープは、麺類部オリジナルの名前のつけようのないもので、隠し味にあるものが入っているが、これは企業秘密のため明かすわけにはいかない(誰も知りたがらないとは思うが)。2001121
 ともかく甘辛い中にもほんのり酸味のある、夏らしいスープができあがった(写真左。って、企業秘密が映っておるではないか)。 麺にスープをかけ、好みでお湯を注いで薄め、野菜類・キノコ類を各自好みで乗せれば完成である(写真右)。一人ひとりの鉢の中に生まれた麺は全て異なり、従って味も異なる。なかなか自主性がある。
 わたしが用意した近江牛のサイコロステーキや宮崎地鶏も華を添えたのだが、麺を一人二玉という割り当てで用意したので、どうも量が多すぎる。わたしは彼らの調理中に少々地鶏をつまみ食いしたこともあり、麺にほとんど具を乗せる余裕はなく、スープで濃めの味をつけながらひたすら麺をいただく。
 学生たちも、食欲旺盛と見えて、意外に麺をもてあましている。買物の時は空腹だから、一人二玉くらい軽く食べられる、と思うのだろう。2001222しかも生麺はボリュームが小さく見える。湯を吸って膨れる分を計算に入れずに買ってしまうのである。

 まあ食べきれない分は残しておくことにして、カードゲームに移行する。六人という人数は結構ゲームを複雑にしたようで、決着がつくまで二時間を超える大勝負となった。それだけでも性格は現れたのだが、ゲームの展開にも行動が左右されるので、一ゲームだけでははっきりしない。二~三ゲームやりたいところだが、そんな時間的余裕はなく、一ゲームめが済んだところでわたしは就寝時間となった。後は学生たちに任せる。

 その後遅刻して到着したメンバーも、残っていたご飯や牛肉で夜食にし、夜半まで件のゲームをやっていたようである。

 家が近い一部のメンバーは夜の間に一旦入浴などのため帰宅、朝再びやって来た者もいる。朝食はあっさり抹茶入りざるらーめん(そんなのを売ってるのだ)にしたが、どうみてもざるそばにしか見えず、気分的に山葵を付けて食べる。

 朝食後、カードゲームの後でしようと思っていた話をする。彼らのクラスの位置づけと、構成メンバーのものごとの見方・考え方・捉え方のパターンである。鳥瞰的視点と虫瞰的視点の対立を軸に話した。この対立は、社会性と個別性、公と私、感性と理性、などいろいろな座標軸と重なり合うので、譬えとして分かりやすいのである。

 こういうことで、恐れていた不愉快な仕儀は回避され、わたしは彼らに言ってやりたいことを言え、平穏に例会を終えることができた。
 いつものパターンで、二日めは日がなカラオケをやることになる。カラオケボックスに直行して合流するメンバーもいる。カラオケだけ参加するメンバーもいるとかだ。それでわたしも是非参加しようと思ったのだが。
 彼らが先に出発した後、開催前の精神的な疲労からか、あるいは安堵感から来る脱力であろうか、結構寝たはずなのに、猛烈な睡魔に襲われた。二時間ほど寝たが、覚醒しても、体がだるく、億劫感も強くて起き上がれない。申し訳ないが、カラオケはわたしもドタキャンすることにし、彼らにメールを送る。二日めだけ参加のメンバーには顔を合わせられず、特に申し訳ないので、いずれ埋め合わせすることにしよう。

 かくして今回の例会を終え、わたしの印象を一言で言えば、「全員、意外とええ奴やね」というところ。
 ただ、元々の病気に変化はないものの、この例会で消化器を酷使したことと、疲れを溜めたことにより、わたしは数日後にぎっくり腰を患うに至った(ぎっくり腰というのは、胃腸の疲れが腰に影響して起きるものだそうだ)。
 ところがこのぎっくり腰によって、図らずもわたしの鳥瞰虫瞰対立によるメンバー分析の正しさが改めて見えることになったのだから、因果はめぐるものである。ともあれ、一応の満足感をもって、わたしの家で行う最後の例会を終えることができたのは、幸いであった。

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