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2008年9月 6日 (土)

世田文・宮脇俊三展

 わたしの好きな故・宮脇俊三さんに関する文学展が、世田谷文学館という所で開かれている、と聞いたので、別の用で東京に出かけたついでに、観覧してくることにした。

 世田谷文学館は、最寄り駅が京王線の芦花公園となっている。芦花で文学、となると、やっぱり徳富蘆花に関係があるのだろうな、と思って調べてみると、駅から南に一キロほどの所に旧蘆花邸を公園とした、蘆花恒春園というのがある。常用漢字とかいろんな都合があるのだろうが、徳富蘆花のことなんだったら、「芦花」ではやっぱり気分が出ない。

 世田谷文学館は、その蘆花恒春園への道の途中、新しいマンションや古い戸建住宅に囲まれて、あった。

 発券カウンターの前の棚には、宮脇さんや鉄道に関わる書籍などが積まれ、売られていた。岡山の大鉄道展と同じく、掘り出し物の本を一冊求める。なぜこういう所では、書店であまり見かけなくなったような本が売られているのであろうか。書店とは仕入れルートが異なるのだろうか。

 入場券を買うと、なかなか洒落が利いていて、みどりの窓口などで売られている横長タイプの切符(寝台券など)を模したデザインと紙質のものが渡される。本物の切符は薄緑で「JR」の字紋が地模様として印刷されているが、この入場券は、世田谷文学館のロゴマークとイニシャルの「SB」が地模様になっている。よくここまで凝ったものである。8911742
 しかも、二階の展示場の入り口では、半券を切り取る代わりに、やはりJR駅の改札口で捺されるような丸い改札印を模したスタンプが捺されるという念の入りようであった。どうせなら改札鋏で孔でも開けてほしかったが、適当な鋏が調達できなかったのかもしれない。
 地元の方の情報では、この展示会を知らせる世田谷区のポスターは、JTB版時刻表の表紙を模したものであったそうだし、主催者側も、宮脇さんの遊び心をよく理解している、と言えよう。宮脇さんの地元のことでもあり、ご遺族との意志疎通も十分にできているものと察せられる。

 展示物も非常に充実していた。
 ファンにとっては拝みたくなるような、伝説の「武揚堂の白地図」、つまり宮脇さんが愛用しておられた、鉄道線路だけが記入されている白地図の、宮脇さんが使っていた実物が、ガラスケースに収まっている。
 これは、著書『時刻表2万キロ』にその過程が記された、国鉄全線完乗の過程で、乗った路線を赤ペンで塗りつぶしていくべく、宮脇さん宅に貼られていたものである。余白には、いつどの線に乗って乗車キロが何キロになったかが、細かい字で記入されている。
 書き損じを塗りつぶしてあったり、赤い線の色調が所々違ったり(ペンのインクが切れかかったのか、あるいはいつも使っているペンが見当たらなかったのか)するところがまた、いかにも実用に供されていたのだな、と思わせられるリアルさである。現代は、わたしを含め、完乗記録をパソコン上で管理している人も多いだろうが、そういう資料は「展示」するのが難しいし、展示したとしてもこういう「リアル」は表現できない。宮脇さんの時代ならではの展示である。
 全線完乗を果たした昭和52年5月足尾線足尾~間藤間の記述の後には、赤字で無造作に「(全)」と書かれているだけである。しかもその次の行には、これまた無造作に、「(修正)」とだけ書いて、キロ数がいきなり増やされている。完乗にあたって計算しなおしたら、どこかで計算間違いをしていたということだろうか。このあたり、宮脇さんが『最長片道切符の旅』で「壮大にして零細」と記した時刻表の世界が、宮脇さん自身にもあてはまるようで、面白い。几帳面さと大雑把さが同居している。
 (全)の後は、新線が開業した時に、完乗タイトル防衛のために乗りに行った記録が、文字の調子も変化することなく続く。路線廃止などによって減った分は書かれておらず、あくまで累積した乗車キロである。
 この乗車記録の最後は、平成9年の「尼崎-京橋」、すなわち、JR西日本東西線になっている。同時期に開通した北陸新幹線の記載はない。もうそろそろ体がお弱りになり、乗り歩きが億劫になってきたか、あるいは記載が面倒になってきたか、どちらかだろう。
 この白地図は、リーフレットにも印刷されていた。89117442

 本物といえば、自筆原稿も展示されていて、これは作家展としては普通のことであるが、その他に、本に挿入された地図や、未開業線の想定時刻表の原稿なども展示されている。宮脇さんは、そういう図版も自分で描いていたのである。宮脇さん自身が編集者出身なので、要領が分かっていたのと、思いえがいたとおりの印刷しあがりにこだわって、自分で描かずにはいられなかったこととによるのだろう。
 それにしても、手書きの時刻表のリアルさはどうだ。わたしも架空の時刻表を書いてみたりすることがあるが、最近はエクセルでしか書かないし、手書きの時もレポート用紙を使ったり、罫線だけは雛型をコピーして使ったり、ワープロやパソコンで打ち出したりと横着をしたものである。ところが、宮脇さんのは、罫線も定規を使っての手書き、それも太罫や二重線もちゃんと手書きで表現している。そして、実際の時刻表と同じく、空欄には「…」が全て手書きで入れられている。ここまでリアルにした経験はわたしにはない。
 そして、途中下車印がいっぱい捺されて宮脇さん曰く「羽根つきの下手な子のような面相」になった最長片道切符の実物も展示されている。わたしも最長片道切符は持っているが、やはりそれは宮脇さんの本を読んでやろうと思ったことであるから、わたしにとっては一種のご利益ある御札のようにも見える。8911744
 その他、夥しい数の取材ノートの実物にも圧倒される。その文字はとても丁寧に一画ずつしっかり書かれており、達筆というわけではないのだが、読みやすい。言葉や文字への愛情を感じる、そんな筆跡である。

 お二人のお嬢さんに宛てた自筆の葉書が展示されていたり、書斎の一部が再現されていたりもする。
 わたしは、作家に限らず、憧れる著名人だからといって、そのプライベートにはあまり興味をもたないタイプなので、そのあたりは素通りしたが、観る人によっては、値打ちがあるはずである。

 宮脇さんが住まいしたこの世田谷で、気取らない文学館での充実した展示会は、まさに宮脇さんの作風に相応しいものであろう。
 堪能したわたしは、同じ道を帰るのは面白くない、と思い、芦花公園駅から歩いてくる道にバス停のポールが立っていたことから、そのバスで成城学園に抜けることにした。具合よく文学館を出てすぐ左手に「芦花パークゴルフ練習場前」という停留所があり、これまた具合よくすぐにバスが来た。その次の停留所が「芦花恒春園」であった。
 ところが、後でリーフレットの交通案内を見ると、不可解にも、最寄り停留所は「芦花恒春園」と案内されている。「芦花恒春園」の方が停まる本数が多いとかいう事情もあるのかもしれないし、ゴルフ練習場では文学館のムードと合わないと思っているのかもしれないが、とにかくそんないい加減さがまた、宮脇さんに似合っている気がした。
 成城学園前駅西口行のバスは、幹線道路を直行するのでなく、住宅街の狭く入り組んだ道路を右往左往した。住宅街に分け入っているというより、そんな道しかないようである。直角ではない微妙な角度のカーブが右へ左へ連続するので、だんだんと向かっている方角が分からなくなる。これが世に言う世田谷の迷路らしい。ちょっと最長片道切符に似ていなくもない。

(別に宮脇さんの文体模写をしているわけではない。素直に影響を受けているだけである) 

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