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2008年10月23日 (木)

阿久悠遠くなりにけり(汎用型恋歌)

 歳のせいもあるのだろうが、最近のヒット曲がさっぱり覚えられない。覚える気もしない。印象に残らないのだ。
 だから、歌詞を検討しようという意欲も起きない。学生とカラオケに行っても、バラード系は出てくる曲出てくる曲おんなじようなパターンに聞こえるし、ヒップホップ系は語呂合わせ(押韻)先行で、中身が乏しく聞こえる。
 しかしこの前、歌詞の解釈を相談に来た学生がいた。目の前に出されると、分析せずにはおられない。彼のノートに書かれたいくつかの歌詞を読んでみた。

「これ、ほんまにプロのアーチストの作品?」
「そうなんです」
「そんなこと言うて、自作の詞を持って来たんやないの? あわよくば褒めてもらえると思って」
「違います違います」
「わけわからんやん」
「そうでしょ?」

 全く、内容も薄っぺら。表現も陳腐。しかもいくつ歌詞を読んでもパターンが大体決まっている。こんな歌詞の何がおもろいのか、分からん。
 歌詞を要約してみると(要約できる時点で歌詞としてダメなのだが)、

二人は青空のもと出会った。
一緒にひだまりを歩きたかった。
でも僕の愛は君には重かった。
桜の花びらとともに遠くへ行ってしまう君。
見守るのも愛の一つの形と気づいた。

 … … …。

 「夢」とか「愛」とか「希望」とか、耳に心地よさそうなキーワードに、「虹」とか「空」とか「星」とか「太陽」とか「花」とか、過去幾多の作品に常用されてきた比喩に使われそうな単語をいくつか適当にパソコンにほりこんで、シャッフル、がらがらぽん、とすれば、たちまち十篇くらいこのての歌詞ができそうである。
 しかも、描写はほとんどなく、説明ばっかり。よくて記述があるくらいである。観念的で、表面をなぞったような表現ばかりだ。生きた人物の映像が浮かんでこない(浮かんでくるのは太陽や空ばっかりだ)。
 そして、愛が成就しなかったことに関する葛藤も反省もなく、相手に対する切実な思いもなく、最後は正当化で終わり。勝手にせえ。という感じ。

 恋愛一般を論じたのでもなければ、個別の恋愛を描写したのでもない、中途半端な「恋愛感想文」でしかない、ということですね。感想文ほどつまらん文章はない。自分の日記にでも書いとけばいいんであって、公の場に出すほどのもんではない。自分にさえ分かればいいのだから、他人に分からなくて当然。
 そんなことを言って、この歌詞が分からないのは自分の読解力がないためか? と嘆く学生を慰めたわけですが。

自分の重みに耐え切れず落ちてゆく
ガラス窓のしずく
あたかも二人の加速度の様に
悲しみを集めて
ほらひとつ またひとつ

 (「加速度」詞・曲・歌・さだまさし)

という考えさせる比喩とか、

壁ぎわに寝返りうって
背中で聞いている
やっぱりお前は出て行くんだな
 (中略)
せめて少しはカッコつけさせてくれ
寝たふりしてる間に出て行ってくれ

 (「勝手にしやがれ」詞・阿久悠/曲・大野克夫/歌・沢田研二)

というイメージ豊かに語られる失恋男の照れと拗ねとか、

孤独が好きな俺さ
気にしないで行っていいよ
気が変わらぬうちに早く
消えてくれ

 (「ルビーの指環」詞・曲・歌・寺尾聰)

というぶっきらぼうに相手の負担を軽くしてやる思いやりとか。
 こういう歌詞を若い頃から聞き慣れている身には、冒頭のような歌は歯応えがなくてしょうがない。

 ただ、少し考えて分かったことは、観念的な歌詞にしておいた方が、誰にでもあてはまる、ということなのである。「遠くへ行ってしまう」というのは、失恋したのか、引っ越して自然消滅したのか、死んだのか、どうとでも取れる。どういう意味なのかというヒントもない。自分が死んだのかもしれない。恋愛なのかどうかさえ分からない。兄弟愛や友情にもあてはめようとすればあてはまるのだ。
 聞く人の大概が、何らかの形で他人との別れくらい経験しているわけで、してみると、誰の経験にも汎用できる、フレキシブルな詞にしてヒットを狙った、ということのようだ。商売人だねえ。
 (以上、平成20年4月23日記述)

 と書いていたが、学生たちの世代からみると、われわれが親しんできた歌もまた、疑問符がついたりするのかもしれない。
 この前、学生たちと一緒に歌番組のビデオを観ていると、新沼謙治さんが登場、「嫁に来ないか
」(作詞・阿久悠/作曲・川口真)を歌った。と、学生たちはいちいち歌詞につっこみを入れはじめた。

嫁に来ないか ぼくのところへ

「なんというストレートな。もうちょっとひねれよ」

さくら色した君がほしいよ

「さりげなくエロいなあ」

嫁に嫁に来ないか
からだ からだひとつで

「そうはいかんやろ、結納とかいろいろあるし」

財布はたいて指輪買ったよ

「あかんやん、そんな計画性のない男。これからどうやって生活するんや」

たんぽぽを指にはめ
よろこんでいた

「ほんならたんぽぽでええやん」

傾いたこの部屋も綺麗に片づける

「危ないやろ、片づけるとかゆうレベルやなくて。耐震工事せえよ」

真夜中のスナックで水割りなめて
君のことあれこれと
考えているのさ

「なんや、全部妄想やったんかい」

 いやまあまあ。歌詞には比喩とか象徴表現とか、いろいろあるから。やっぱり今の子は、生活場面に即していないと心に響かないんでしょうかねえ。

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