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2009年2月20日 (金)

事故と負傷の経過 V

 Webを通じた人との交流がそれである。こういうメディアがある時代でよかった、とその時は思ったが、これが両刃の剣であることは、後に知ることとなる。

 その翌日は、午後、勤務先に立ち寄る。労災を申請するための聞き取り調査が行われるからである。そのついでに、研究室の荷物を持ち帰ろうと思う。実は事故の日は、退勤後そのまま関西へ赴き、ホテルに入る予定だったため、下着や身の回りのものを詰めたトランクを持って出勤した。それを研究室に置いたままだったのである。あれがないと、髭も剃れない。
 昨日、出かけてみたところ、階段やバスのステップでよろけそうになった。右手を上げたままで歩こうとすると、そうなる。それで、杖を突くことにする。この杖は、以前ぎっくり腰をやった時に歩くのに難渋した経験から、杖も備えておかないとなあ、と思って通信販売で購入したものである。使ってみると、なかなか楽に歩ける。
 ちょうど昼休みに研究室に入る。ドアの開け閉めが煩わしいので、開けっ放しにする。廊下を通る同僚教員や学生が、口々にお見舞いを言って通るのが嬉しい。
 三年生のくらぶメンバー二人が訪ねてきてくれる。授業を持っているクラスの子たちなので、申し訳ない。話していると、とにかく楽しい。
 保健室で、聞き取り調査が行われる。関係部署の教職員が集結する。みなさんお忙しいのに申し訳ないことだ。労災は恐らく認められるであろう、との見通し。
 研究室に戻ると、今度は以前担任していたクラスが五年生になっているのだが、そのクラスの代表・副代表が、クラスを代表して来てくれる。わざわざホームルームを開いて、クラスとしてお見舞いを持っていくことを決めたのだという。ありがたい。
 帰宅しようとすると、雨が降りだした。これは予定外である。帰りはタクシーを呼ぶが、右手を濡らしてはならない以上、僅かな距離でも歩く時は傘が必要だ。トランクは転がすタイプなので杖代わりになるから杖は右の腋に挟んで、などと思っていたのだが、傘をさすとなると、手が足りない(文字どおりの意味で)のでトランクが持てず、何をしに来たのか分からなくなる。おずおず同僚に事情を話し、トランクを預ける。後で同僚が帰る時、自宅まで届けてもらうことにしたのである。
 帰宅し、今日の聞き取り調査で話したことを反芻すると、自分なりに事故と治療の経過が頭でまとまってきた。左手でメールを書き、指導教官や友人など、何人かに事の次第を報告する。

 27日は、高校時代からの親友が、見舞いに来てくれた。片道五時間かかって、日帰りで、わずか三十分わたしと話すためだけに。
 何とうるわしいことであろうか。彼が同じめに遭ったとしたら、わたしも同じことをすると思うが、それにしてもそういう行動自体が何よりの励ましになる。
 その後、まるよしくらぶの卒業生も来てくれた。

 年末年始は帰省もせずにいることにする。御用納めになると、家にいる時間がおおくなる。すると、時間の流れが緩やかになることを感じる。
 片手生活だと、何をするにもいつもの三倍の時間がかかる。食事の支度・後片付け・洗濯・掃除…。朝を食べて片づけてちょっと横になって(まだ入院疲れはあるし、手術の痛みもあるし、片手だけ使うのはそれなりに体全体に負担がかかるので)起き上がったら、もう昼ご飯、みたいな繰り返しだ。一日が果てるのが早い。
 でも、それが辛いとかではない。新鮮なのだ。ちょっと心地よかったりもする。時間の流れがひととおりではないことを痛感(まさに文字どおりの痛感だ)する。

 28日の診察では、もう傷が開く心配はないから、心臓より上に上げる必要はない、と言われる。これで杖の用は済んだが、それでも腕を下ろしていると、疼いたりはする。

 30日になると、もはや病院も通常の診察は休みになるので、処置はERの方へ行くことになる。
 この日の診察では、包帯を手首から巻くのでなく、指を一本ずつ巻く方式に変更された。事故後初めて右手の指たちが別れ別れになり、独自の人生を歩み始めたわけだ。切断した三本の指はまだ動かせないが、親指と小指は無罪放免となった。といっても、小指は薬指と連動するから、実際には使えない。
 それでも、親指と掌が使えることで、少しできることが増えた。左手生活に変わりはないが、右手をちょっと添えるとか、ごくごく軽いものを挟むとか。これでも大分違う。

 しかし、こうなってくると、怪我した指の長さなども、徐々に見えてくるわけで、これは複雑だ。わずかな指先と言えど、自分の体の一部との別れを実感するのは辛い。片平なぎさが怒るのも無理はない(このギャグが分かるのは、35歳以上)。
 それに、手術後初めてあらわになった手の甲と掌には、事故時の血糊がこびりついたままだ。ウェットティッシュで擦っても、ちょっとやそっとでは取れない。事故が思い出される。
 ただ、今までは包帯でボクシンググローブをはめたようになっていたので、一目で右手が不自由と分かってもらえ、店などでも配慮してもらえたのだが、それが分かりにくくなったようで、前回店員が代わりにトレイを運んでくれたパン屋でも、今日は財布を出すのに手間取っているわたしを、早せえや、という目で見ていた。指の包帯と血糊でわかってほしかった。
 この手の形になれば、シャワーキャップよりはさまになるだろう、と思い、鍋つかみを買ってきた。しかし、これに手を入れようとすると、指にものすごい痛みが走る。それでも濡らしたり汚したりしないためには、被せておく必要がある。

 大晦日は、コンビニで買ったおろしそばを左手のフォークで食べながら、「絶対笑ってはいけない新聞社」を観、梅宮クラウディアが登場したところで哄笑する。事故以来、愛想以外で笑うのは初めてで、梅宮クラウディアに感謝しなければならない。
 疼く傷を堪えながら除夜の鐘を聞く。生まれて初めて独りで迎えた新年の瞬間。お餅もお節もお屠蘇もお雑煮もない元旦。 大殺界のラストを飾るに相応しいみじめさの中にいるのに、しかし不思議にどこかで幸せを感じているのは、多くの人の愛に触れることができているからだろう。

 元日は静かに家で過ごし、2日の午前中はまたERに診察を受けに行った。
 救命救急センターで流されているディスプレイのテロップでは、「当院は北米ER方式での診療を行っています」となっている。よく分からないが、ドラマ『ER』のように、待合室で延々待たされる、ということかいな、と推測した。それは当たっていた。
 待たされるのは覚悟ができたのだが、何にしろ救命救急センター、飛び込みの患者さんも同じ待合室で診察を待ってるわけで、そういう人には看護師さんがカルテ作りのための問診をする。
 左隣の青年は、「昨日から急に激しい下痢が始まって、一睡もできなかった。今も腹が痛い」と。斜め後ろのマスクをした青年は、「風邪気味だったが、急に咳が止まらなくなり、熱も40度くらい出た」と話しているのが聞こえる。
 はよ帰りたいよー、と心中叫びながら、心細く診察を待つ。

 その後、心身ともに絶不調に陥る。年末年始は訪ねてくる人も多かったが、それも途絶え、家に独りでいる。と、視野が狭くなるのだろうか。普段なら気にならない些細なことも、過大にネガティブに考えてしまう。体がだるく、坐ってさえいられずに、横になってまどろむと悪夢を見て目覚める、という繰り返し。思いどおりに行動できない苛立ち。

 体の機能が衰えてきたお年寄りの心理はこういうものなのだろうか、とも思う。
 老人がボケてくるのは、脳の衰えのせいではないのではないだろうか。考えることが多すぎるために、脳の容量を超えてしまうだけではないだろうか。
 何しろ、日常のなかの動きことごとく、どういうふうにやればいいのか考えないといけないないのである。
 床に落ちた物を拾うとき、利き手の器用さはあるが指先が使えない右手か、器用さはないが五指満足な左手と、どちらを使うべきか。出がけにゴミを出して行こうという時、手袋を着けコートを着てバッグを肩にかけてごみ袋を持ち、玄関を開けて鍵をかけて…、こういう一連の動作をどういう手順でやれば最も効率がよく、また安全か。
 そんなふうに、これまで無意識にやってきた何気ない行動をする前に、いちいち立ち止まって考えることになる。

 5日は指の糸を一部抜く。回復へのステップだということは分かってるんだが、このために新たな激痛・疼痛に襲われる。診断書によると、術後三週間で右手が使えるようになる、となっているが、まもなく三週間だ。どの程度使えるか、不安だ。
 来週の月曜から出勤、木曜あたりから順次授業復帰、と目標を立てていたが、この調子でそんなことできるんだろうか。長いこと固定していた指の筋肉をほぐして、板書の練習して、そんな時間があるんだろうか。もう年度末で、進度の融通も利かないというのに。板書がちゃんとできるかどうかも分からないのに。
 不安で不安で絶望の淵である。

(つづく)

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コメント

スチュワーデス物語ですね! 歳だ~。。。
事故の一報を受けてから2ヶ月以上経ちましたね。
精神的にも徐々に回復されてるみたいでよかったです。

投稿: プリンゼ幸夫 | 2009年2月26日 (木) 22時01分

 ご心配おかけしております。
 やっぱり同世代の方には分かってもらえましたね。これからもドジでのろまな亀(隊長さんのことではない)のように、ゆっくり歩んでゆこうと思います。

投稿: まるよし | 2009年2月26日 (木) 22時28分

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